ズィナ編  (19)



「――それで、なんでついて来ているんですか、ユイユさん」
工房を後にしたズィナは、そのまま自室に向かっているところだった。
声を掛けられたユイユは、
「ズィナ一人だと大変そうだと思って」
と、しれっと答える。
この者は社交辞令という言葉を知らないのかと内心呆れつつも、
「不可能だと言っても可能だと言っても、貴方は私を放さないんですね」
と、つい律儀に投げ返す。
嫌味だと気付かないユイユは、
「放さないんじゃなくて、放っておけないだけだよ」
と、彼なりに真面目に訂正した。
「私は今すぐ杖と本をどうにかするとは言っていない筈です。
 そんな中、一体貴方はどれだけ私を放っておかないつもりですか」
「どれだけって…
 僕に出来る事が無くなるまでだよ」
何を言っているんだと言わんばかりのユイユに唖然とする。
気が付いたら、自室の前に着いていた。
「貴方といい、貴方の先代といい、ひとに尽くし過ぎも考え物ですよ。
 もっと自分の事を優先したら如何ですか」
「僕は何も我慢していないよ。やりたい様にやっているだけ」
「もういいです。好きになさい」

そう言って自室へと踏み入るズィナだが、扉の取っ手を握ったまま立ち止まった。
少し離れて同じく立ち止まったユイユに振り返った為、「…閉めないの?」と思わず問いかける。
「そう仰るのでしたら」と、両手で取っ手を持ち替えたものだから、慌てたユイユが敷居に躓きながらズィナの部屋へ駆け入る形となった。

ズィナの部屋は、率直に言って汚かった。
机に積み上げられた紙の束、棚に収まりきらない本や実験器具。
ベッド周りにまで浸食する、雑多な資料や小物類。
他には、奇妙な抽象記号の様にも見える、色面が塗りたくられたキャンバス。ユイユが目を移した途端、ズィナがさり気なくキャンバスを掴んで裏返し壁に立てかけた為、詳細は見られなかった。
とにかく、いつの物か分からないモノ達で埋め尽くされていた。

呆然としていると、「捜し物がありますので」と、ズィナは奥の小部屋へ入ってしまった。

ズィナは手始めに、かつて自身の記憶を保存した杖を実験台にしようと考えた。
しかし、どれだけ捜しても、見当たらなかった。
先端の飾りが、蕾の形を模した杖。
捜そうと思えば見つかる筈なのに、何処にも無いのだ。

思えば魔法合成書を取りに自室奥の小部屋に入った時にも、その杖は見当たらなかった。
もしかして。今手にしているこの杖こそが『蕾杖』だったのではないか。

ならば話が早いと思った。
確かに魔法合成書が杖に及ぼす影響力は大きいだろう。しかし杖もまた、嫌な話ではあるが自身の『想い』を内部に含んでいるのだ。フォンエの言う事が正しいのなら、杖も少なからず魔法合成書に影響を及ぼしている事になる。という事は、杖に保存した自身の記憶を抜き出せば、多少は2つの道具を外し易くなるかもしれない。

一方で部屋に取り残されたユイユは、棚に並ぶ資料の背表紙をなんとなく眺めていた。
すると、思い掛けず自分に縁深い単語が目に入った。まさかと思い資料を開くと、そこには先代の魔法道具『転換石』について事細かく書き込まれていた。

つい夢中になって読んでいたユイユだが、奥の扉が開く音で我に返る。
立ち尽くすズィナに言葉を失う余地を与えず「これは何?!」と、言葉をぶつけた。
「…貴方もお分かりの筈です」
「そうだけど、そういう意味じゃなくて。
 これはシューナの残した資料なの? なんでズィナの部屋にあるの?」
「……」
「シューナって、フッセの転換石を診てくれていたそうなんだけど、どうして診方をフッセに教えなかったのかな、って…フッセなら、自分で診られる筈なのに」
「教えようとした事もあるんですよ。なのに彼は拒絶した」
「そこが僕には分からないんだ。フッセなら他のひとに迷惑を掛けない様に、教えて貰おうととする筈なのに」
「えぇ、私にとっても頷けます。だから不思議なんですよね」
「シューナがそうやって仕向けたんじゃないの?」
「…まさか」

「契約魔法についても気になっていたんだ。
 世代交代前に転換石との契約魔法を切る様に、シューナから言われたんだって。
 魔法道具との契約魔法は魂との契約だから、次の世代にも契約は継続されてしまうって」
ユイユの言葉を繋ぐ様にズィナが続ける。
「しかし彼の読みは甘く、魔法族にとっては次世代のパートナーを制限するものでは無かった。
 一方で魔法道具にとっては、契約相手の魂系に対してのみ効果を持つようになる。
 こればかりは例外も多いと思いますけどね」
「だったらさ。シューナがフッセにした事、フッセがシューナにした事。ズィナは、どう思う?」

今、求められているのは『1000代目のズィナ』としての意見だった。『1代目の記憶』の介入を、目の前に居るユイユは許さないつもりらしい。
どう答えたものかと考え巡らせるが、着地する前にユイユが自身の言葉に繋げた。
「と言っても、ズィナにはシューナの記憶もあるんだよね。
 そうだ! いっその事、シューナの記憶を取り出してみるのはどう? 保存先は、…例えば魂の本に」
思いも寄らない提案に、ズィナは素っ頓狂な声を上げそうになった。
「な、何を仰るんですか?! 大体そんな事…」
「できると思うんだ。だって僕達は魔法族だよ? 生まれ変わっても記憶が残っているなんて、世代交代の意味無いよね?」
そこまで言ったところで、ユイユははっとして口に手を当てる。
「ごめん、ズィナは悪くないのに」
「…いえ」
自身に謝られたものと錯覚するが、ユイユが受け容れているのは『1000代目のズィナ』の方だ。
『中身の1代目』には、互いに受け容れ合う為の足場を与えられていない。
加えて『中身の1代目』には、ユイユに明かせない事実があった。1代目の記憶を抜き出す方が手順を知っている為、余程簡単なのだという事。

ズィナは『蕾杖』から1代目の記憶を取り出してみせる事にした。成功するに越したこと無い上に、仮に失敗に終わったとしても、自身から1代目の記憶を抜くという『更に難しい事』をせずに済む格好の言い訳になるからだ。
「フォンエさんの仰る様に『想い』が魔法道具に関与するならば、杖の方にも何らかの『想い』が入っていると思うんですよね」
ズィナの足下に魔方陣が広がる。杖の先の本を開き頁に指で書き込みをし、本を閉じる。惑星儀の時に使った魔法と同様に、呼応して魔方陣中の一部の記号が変化した。
そして杖を両手で握り直し、軸を額に当てる。

――…………

――……

「何も手応えがありませんね」

あくまで推測だが、保存した記憶自体が無くなっているらしかった。
しかしユイユにその事は言えない。勿論、杖から本は外れなかった。
どちらにせよ、杖に保存した記憶を除去したところで、本が外れる事は無かっただろう。

どう声を掛けようか迷うユイユへと、ズィナが指を広げた左手を向ける。
「5日間。時間をください」
ユイユは一瞬、安堵した表情を見せてから頷いた。
「上手くいくと良いね。応援しているよ」

ユイユが去り、一人きりとなった部屋で、ズィナは資料を広げた。
魔法合成書への影響を考慮し、使う魔法はなるべく最小限に留めたい。
5日間で足りる気はしなかったが、一つの手掛かりはあった。
抽象物の、捕縛魔法。
惑星儀の時や、先程の魔法に応用を利かせれば良いのだ。だから図書館をはじめとした他所に、文献や手掛かりを探しに行く必要は無い。1代目の時と同じ様に部屋に籠もる日々が始まった。






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