ズィナ編  (18)


―――

「…失礼いたしました」
ズィナは呟き、身を屈めて金属棒を拾い上げた。
心配そうにこちらを見る3名の視線が視界の端に入り、咄嗟に「大丈夫ですよ」と返す。
改めて天板上に組んだ魔方陣の上に、先程生成した小瓶を置く。
「今からでも間に合うでしょう。今一度、徐冷を行っていきますね。
 硝子の歪防止の為、内外の温度差に注意する必要がありますが、今度は些細なことでは消えない様にしてあるので、暫く放置で良いでしょう。では、今の内に」
立ち上がり、振り返る。
「フォンエさん、…杖を見ていただいて宜しいでしょうか」

「いいよ、貸してごらん」
待ってましたと言わんばかりに差し出される両手に、ズィナは杖を預けた。
杖を両手で構えたフォンエは、じっくりとズィナの魔法道具を観察し始める。
「これは見事に杖が本を貫通しているね。よく本の機能を維持できたと思うよ」
言葉を続けながら、先端の本を開く。
「1頁毎に魔法を保存できるようになっている。『1枚』じゃないんだよねぇ。
 記録魔法瓶を薄く加工したものでも無さそうだし、相当特殊な方法で作られているよ」
頁を摘まみ、1枚を表から、そして裏から見つめる。
「『魔法』を持ち運べるだけじゃなくて、その場で魔法を混ぜ合わせる事もできるんだね」

フォンエは、本を支える軸へと視線を落とす。
「一方で、杖。
 純粋無垢な性質、だから本と強固に結合し得たんだろうね。石にも曇りはみられず。ただ長いこと手入れをされていなかったからか、少し弱っている印象はあるよ。だからこそ『弱みにつけ込まれた』というのかな」
杖と本の接合部分を、指で確かめながら凝視する。
「しかも、なかなかに乱暴な合成の仕方だねこりゃ。
 無理矢理引き剥がしたら、どっちも使い物にならなくなるよ。
 その時はその時で、廃材から新しい魔法道具を作る事はできるけどね」
フォンエの指先を、ズィナも目で追う。
「片方でも、無事でいられる方法はありませんか?」
「本の力を弱めれば可能かもしれないよ。この本、魔法どころか使っていたひとの想いの断片までを相当溜め込んでいて、影響力が強いんだよね。不思議なものでさ」
「想い?」
ズィナは眉を顰める。この精霊もまた、ユイユと同じ様に捉え所の無いものを考えの軸に置く者だったのかと、肩を落としかけさえもした。
しかしフォンエの言葉の続きは気になるもので、その場に留まることにする。

フォンエ自身も、かつては道具に想いなんてと思っていた為、ズィナの疑問符は理解できていた。
「全部の魔法が、使う人の想いに引っ張られる訳では無いんだけどね。だからこそ、魔法を個々人の事情から切り離す事もできたと思うんだよ。これだけの物を扱うひとなら」
「ちょっと待ってよ」
いてもたってもいられなくなったユイユが話に割って入った。
「さっきから気になっていたんだけど。
 フォンエの言い方だと、その本を使っていたのが別のひとみたいだよ?」
「そりゃね」
杖と本の接合部分が良く見える様に、ズィナとユイユの目前に押し出した。
「2つの魔法道具が合成されたの、キミ達が生まれるより前なんだもん」

魔法道具の専門家に、嘘はつけない様だった。

「…つまり、本の力を弱めるには、保存した魔法の削除が必要だと」
「極論を言えばね。想いだけを引っ張り出せるなら、魔法までは消さなくて良いだろうけど」
そんな事、出来るはずが無かった。
物質の内部の意思を取り出すという点においては惑星儀の修理と共通するが、今回は対象の性質が異なりすぎる。惑星儀の時は具象物から抽象物を取り出したが、フォンエの提案は、抽象物から抽象物を取り出す事だった。

「…流石に無理だと思います」
多少の希望を残して「難しい」と表すことさえ、ままならなかった。
しかしフォンエはズィナの判断を一蹴する。
「やってみりゃいいじゃん?」
そこにユイユとララーノも加勢する。
「そうだよ!やったこと無くても可能性は無しじゃないよ!」
「やりかたの分かるひとに、きいたっていいんだよ!」
ズィナは横目で2人を見遣る。
「…宛てはあるんですか」
「どこかにいるかもしれないの!」
ララーノの説得に、ばれないように小さく息をつく。
いくら無理だと言い張っても、この3人の前では無駄だと悟った。

「…私も、全く分からない訳では無いんですよ。
 どうしても難しそうでしたら訪ねるかもしれませんが」
「私の方が経験は長いからね」
自信あり気に、フォンエがニヤリと笑う。
「えぇ仰る通りです。
 出来るところまでは、手を加える事を検討しますね」

  *

フッセの引き留めの甲斐無く、シューナはあの時手にした杖に、記録魔法瓶に関連する記憶を移していた。しかしフッセの事が頭から離れることは無く、結果的に、当初の計画から幾分か緩くなった状態での記憶移転となった。
こうしてオシャーンに贈った瓶の使い道を知る必要は無くなり、双方は互いに、これまで通りのすれ違いの日々を送ることになる。
記憶を移した杖は、部屋の奥に仕舞い込んだ。不用意に放置し、記憶を暴かれるリスクを懸念していたからだ。勿論、記憶移転後はそのような事を考慮するには至らないので、事前にリスト化しておいて正解だった。

以降は案外当時を思い出さないもので、杖が視界に入っても、特に気に留めなくなっていた。
元々は形の異質さに惹かれて持ち込んだのだが、そういった魔法道具は他にもあり、更には他の雑多な所持品の中に、杖の存在の記憶自体が埋もれていくのだった。そして埋もれる事が安心に繋がり、いつしか安心が当たり前となるのだった。

  *

シューナは知る由も無い事だが、当時の記憶を残そうとしたのは、かのオシャーンも同じだった。
しかし前者が事実としての記憶の保存を試みたのに対し、
後者は感情としての記憶の保存を試みていた。
あれから贈られた瓶に保存する魔法を考え迷っていた彼だったが、やがて、シューナに対する自身の感情を保存しようと決めた。
シューナは瓶の制作を請け負い、時間を費やして完成までしてくれたのだ。
一体どれほど感謝し、感激したことだろう。
こんなに胸が熱くなったのは、どれだけ振りのことだっただろう。
しかし、その感情に恐れを抱く自分もいた。
幼少期、感情に従ったまま口から紡ぎ出した言葉が、呪文となり、惨事を引き起こした記憶。
このような事は、極々稀なケースだろう。
とはいえ、感情に身体が突き動かされる事を、オシャーンは危険視していた。
そしてまた、相手からの厚意にそんな感情を抱く自分も、また嫌で。
全てを丸ごと、自分以外の何かに託せたなら――

とても日記には記せなかった。
あらゆる事象を言葉に表せる知識を身に付けようとしてきた筈なのに、
この感情は、今の自分には適切な言葉で表現できなかったから。
それに、事実を淡々と連ねる日記に、趣旨の異なる記事を落とし込むのは自身が許さなかった。

瓶への感情の保存は、成功したのか失敗に終わったのかは分からない。
ただ、シューナへの気持ちが、自身から抜けたのは感じ取れた。

この瓶に、1000代目の魔法族達が『物質の想い』を保存できたということは、その時点では既にオシャーンの感情が瓶には無かったことになる。保存されていたものが抜けたのか、或いは元々入っていなかったのか、それは知り得ない。
そして再び淡々とシューナに接するようになったオシャーンもまた、生涯を終える前に感情を取り出す事など、考えもしなかった。




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