ズィナ編  (20)



5日目の朝。漸く確証を持てる魔法に辿り着いた。1代目の頃を思えば、随分早く解の候補を見出せたものだ。
魔方陣の上に座り込み、ズィナは杖の先の本に手を掛ける。
恐らく一番使わないだろうと思われる魔法を探し、その頁に指を乗せた。その内容は、パレット上で乾いた絵の具を軟らかくし、再び使える様にするもの。ある程度の質感は戻るが、使用する絵の具の特性上ざらつきが残ったりと、筆でよく混ぜる事を要する場合もあった。

頁に書かれた数式の周りを青白い光が伝い、ぐるりと一周する。と、小さな球が浮かび現れた。これが、魔法に付随していた自身の感情だろうか。その球を握り、再び指を開くと、先程の球はぱっと弾け散り消えた。

試しに今の状態で、本を杖から外そうと試みるも、やはりこの魔法道具は強固だった。
とはいえ。
「これでその魔法が使えるのでしたら」
その後、自身の目と、筆から手に伝わる感覚を疑う事になる。
パレット上の絵の具に筆を置いて一撫ですると、全く均一な質感が穂先を纏った。
そのままキャンバスに下ろすと、遜色ない発色と粘度で、くっきりと色が乗った。
魔法自体の精度が上がっていたのだ。

当初は、魔法に自身の感情が込められる現象が実在した事に対して、奇妙な感覚を覚えたものだ。とはいえ、魔法に伴う自身の感情を抜き去る事で、思いも寄らない副産物を手に入れる事ができた。ここぞとばかりに、保存した他の魔法からも『想い』だけを抜き取っていく。
全ての魔法から、異物ともいえるモノを取り出した直後。本を杖から外そうとするが、まるでびくともしなかった。
おかしい。フォンエの話と違う。
使った魔法の是非もあるだろうという事を考慮しつつも、ズィナは恨めしげに杖と本の接合部を見つめた。

普通に見る分には、変な継ぎ方が為されていないのに。あの時フォンエは「なかなかに乱暴な合成の仕方だ」と話していた。
接合に使われた魔法にカシェの『想い』が閉じ込められている可能性を考慮する。が、使われた魔法や、こちらが掛けようとする魔法による副作用が読めない以上、手を出す事は憚られた。

ひとまず、工房を再訪する事にした。


  *

  コーレニン西部 工房

「本に入っていると思われる『想い』とやらを取り除いてみたのですが、ご覧の通りです」
差し出される魔法道具を受け取ったフォンエは「凄いじゃん! 本当にできたんだね」と言いながら、改めて観察を始めた。
透かさずズィナは「継ぎ目の特徴や、使われている魔法について教えていただけませんか?」と尋ねる。
フォンエの答えは、
「物質同士が溶け合っていてね。普通なら、本が開いたり閉じたりできる様に、余裕を持たせて部品を組むものなんだけど」
というものだった。
「使った魔法が何であれ、杖と本はこんなにも強く複雑に結びついているんだよ。
 反対魔法を掛けてどうにかなるとは思えないね」
「それ程までの物が、魔法やそれに伴う感情を除去する事で解決するだろうというのも、奇妙な話ですけどね」
「キミの言う事に一理あるよ。元々、可能性があるとするならという話だったし」
フォンエは小さく息をつき、苦笑交じりでズィナに魔法道具を返した。
「悔しいけどさ。偉そうな事言ったけど、私でもお手上げなんだよね。
 だけど今みたいに、新しい道具の作り方は日々勉強しているから。
 元が金属専門だけど、魔法道具を網羅するには、他の物質についてもよく知らないといけないし」

フォンエがどくと、作業台に並べられた小瓶が目に入った。
「見てよ、この瓶達。今は徐冷中だよ」
ララーノの魔方陣の助けを借りているとの事で、当の彼女は、傍らの椅子で寝息を立てていた。
「この前の瓶を参考にして作ってみたんだよ。
 元々は惑星儀の為にと思っていたんだけど、なんならズィナの本に入っている魔法を移し替えるのに使っても良いよ」
思わぬ言葉にズィナは少し迷ってから、
「貴方の手間をその分増やすことになってしまうので遠慮しますね。ご厚意ありがとう御座います」
と返した。
その途端。物音の聞こえた入り口へと、ララーノ以外の一同が振り返る。すると半分開いた扉から、ユイユが安堵の笑顔を覗かせた。
「居た居た! 部屋に居なかったから探したよ!」
「行き違いになっていたみたいですね。すみません」

ユイユは魔法道具における作用力を弱める方法や道具の修繕等について、フッセをはじめとした同魂系の他世代達に尋ねてみたそうだが、思い当たる魔法は無いとの返事だったと話す。ならばと記録魔法専門のマホガニーを訪ねるも、風景の記録を主にしていた彼にとっては、抽象物の保存は未開拓の分野だったそうだ。
話す内に、徐々にユイユの視線が作業台の上の小瓶達へと移っていく。
「もうこんなに作ったの! さすがフォンエだよね!」
ユイユの純粋な褒め言葉に、フォンエは「でしょ?」と、得意気に胸を張った。
そんな賑やかな声達に反応し、ララーノの耳が小さく動く。
「来てたの!」
先程まで眠っていたのと打って変わって、両腕を上げてズィナやユイユの再訪を喜んだ。

ララーノもあれから、魔法についてオシャーンに尋ねたらしい。候補となる魔法を幾つか教えて貰ったそうだ。魂の本で聞いた時に取ったと思われるメモには、魔法の種別や魔方陣の組み立て方、最低限入れる図形や文字列等が記されていた。
左右上下に撥ねる彼女の文字に目を凝らしながら、ズィナはその内容を読み解いていく。そして徐に紙とペンを取り出し、内容を訂正しながら書き写し始めた。
「これらは古代語を用いた魔法ですね。
 単語の繋がりや記号配置の違和感も、これで解消される筈です」
ララーノが「わぁ…!」と声を上げ、ユイユも同時に目を見開いた。
「古代語が読めるの?」
「この本をまともに使おうと思ったら、古代語の修得は必須ですからね」
と、口では言うが、1代目当時は日常的に現ルーベリー語と併用されていた言語だ。しかし当時からの予想通り、今となっては知る者の限られた言語となった。

フォンエも後ろから興味深げに覗き込む。
「へー、見た事無いや」
680代目生まれの彼女にとっても、古代語は珍しい物だった。
「古代語って言う分、大昔にしか使われていない言語だと思っていたからさ。
 勉強するひとは居るだろうけど、読めるひとが目の前に居るって、なんだか不思議な感じがするよ」
彼女の言葉は「現代の魔法族は古代語を読めないものである」という前提に立つものだった。
その前提を覆されたからこそ驚きを感じたのであり、賞賛が向けられるにしても対象となるのは『1000代目のズィナ』であり、中身を司る自分では無い。
一度意識すると、周りの無意識な発言が自分の上辺を滑っていく様に感じ、痛みと虚しさのあまりに目眩がしそうになった。受け容れられなくて当然で、それで良いと思っていた筈なのに。

ズィナはペンを置いて振り返り、自身の目的にもなっているこの国への疑問を投げかける。
「フォンエさんは幾世代にも跨がって生きていらっしゃるのですよね?
 コーレニンにおいて、…言語以外で何か変わった事はありましたか?」
フォンエは「私は681代目以降、殆ど工房に籠もっていたけど」と前置きした上で、
「この国の土台となるところは変わらないけど、当たり前だけど魔法族や魔法道具といった、この国に存在するモノは変わっているよ。それをこの国の変化と捉えるなら存分に変わっているだろうし、捉えないのなら、全くじゃないけど変わらない国だろうね」
と、答えた。
「視点の問題ですか」
「と、私は思うけどね。具象物か抽象物かの違いもあるだろうし。
 惑星儀を見て星空の変化に思うところがあったのなら言っておくけど。この国に同じ事を求めるなら、それはこの国が消える事だからね」
「えぇ、分かります。付け加えるならこの国のように、その星にも大きな変化は見受けられなかった可能性があるんですよね」
表面上は。星の誕生と破壊の瞬間は、それは大きな変化だろう。一方で2点を繋ぐ間に何事も無かった様に見えても、水面下で微々たる変化が続いているものだ。

「日常的に見ているモノ程、違いには気付かないものだよ。
 なんなら暫く振りの場所にでも行ってみたら? 気分転換にもなるだろうしさ」
フォンエは屈託無く笑った。
「それでもし解決したらさ、その本と杖をまた見せに来てよ」






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