| ズィナ編 (21) |
ズィナの部屋 ララーノから教わった魔法を試すにあたり、保存した魔法までもが消える可能性を考慮し、ズィナは各魔法の数式や魔方陣を別紙に書き写す作業を進めていた。当時の魔法を再現できるかは怪しいが、何も無いよりはマシだろう。 まさか、ララーノ経由とはいえオシャーンから魔法を教わる事になろうとは。作業を終えると、ズィナは椅子に背中を深く預けた。 長い息を吐き出しながら、天井を見上げる。 上手くいくだろうか。 いや、結果が出なくても、自分という存在が消える訳では無いのだ。 『ズィナ』の身体を使えば、まだ何百年と時間はあるのだ。 最早、追い詰められているからこその、縋る様な気持ちだった。 長い瞬きをしても、天井は変わらずそこに在った。 ズィナは椅子から降り、大きな魔方陣を描けるだけの場所を確保すべく、床に置いた荷物達を運び始めた。そうして出来た空間の中で、オシャーンから教わった魔法を一通り試していく。しかし合成書が杖から外れなかっただけでなく、他の手応えも感じられなかった。唯一、保存した魔法が消えなかった事が幸いだろうか。 ともあれ、これで手段は尽きた。魔法道具を元通りに出来ないのは、ほぼ確定となった。 道具の携帯性において不自由を感じる事はあってももう慣れたし、合成書としての使用に支障は無かった為、諦める事が得策の様に考えられた。 せめて、あの時のままの合成書を使ってみたかったのだが。蕾杖についてもそうだ。杖部分の正体が分かった以上、そしてその柵みからも解放された以上、あの時の蕾杖を一目見たいと思った。しかし、それらの願いはどうやら叶わないらしい。 途方に暮れていると、「なんなら暫く振りの場所にでも行ってみたら? 気分転換にもなるだろうしさ」というフォンエの言葉が頭を過ぎった。 * ズィナは、かつてララーノと遊んだ原っぱの部屋を訪れる。 すると、緩い傾斜を下ったところに一人佇む姿を見つけた。 魔法族同士や、ルーとの会話でも名前が容易に挙がる程の彼は、後ろ姿にも存在感があり、すぐに分かった。 「マホガニーさん…」 名前を呼ばれた彼は、帽子を押さえながら振り向いた。 「やぁズィナ。記録魔法瓶を作ったんだって?」 「…さすが、情報の伝播が速いですね」 「ユイユがいるとね。 僕も丁度、一から記録魔法瓶を作ろうかと思っていたところでさ」 「良いですよ。またお時間がある時にお伝えしますね」 ふと、ズィナは気になっていた事を思い出した。 「カシェパースさんとは会えたんですか?」 咄嗟にマホガニーの表情が固まる。見て取ったズィナは、小さく息をついた。 「彼が貴方を捜していた時から、お目に掛かっていましたよ。 この杖を直して貰おうと再会を試み、成功したまでは良いのですが、どうにもあの方の意にそぐわなかったみたいですね」 ズィナの遠回しの表現から、マホガニーは察した。 「先代が無礼をしたようで…」 「良いですよ。魂系繋がりといえど、貴方が何かをした訳では無いのですから」 淡々と、自ら振った話題を切り上げた。 少しの沈黙の後、マホガニーが切り出す。 「この部屋、時々ララーノに連れて来られるんだよね」 どうやら彼女のお気に入りの場所らしい。マホガニーも格好の遊び相手となっていたようだった。 ズィナは後ろの石柱にもたれ、続きを聞く。 「何の変哲も無い原っぱ。まるで意味付けのされていない、コーレニンでも貴重な場所。 特徴があるとしたら、欠けたその柱だけ。 ルーベリーを思い出して懐かしく思うよ」 独り言とも取れる呟きに向かって、ズィナは小さく口を開く。 「と仰いながらも、今でもルーベリーには足を運んでいるのでしょう? それにルーベリーはきっと、此処とはまるで異なるはず」 二重の問いに、マホガニーは「まぁね」と纏めて返した。 「あの土地はルーの『箱庭』でもある以上、何も変わらず営まれる世界だと思うでしょ?」 「行った事が無いから分かりませんね」 「まぁまぁ…そう言わずに」 マホガニーが言うには、ある生き物が変化を遂げながら一生を生きるのと同様に、自然自体もまた、姿形を変えながら『生きている』のだという。 ルーベリーについてマホガニーに尋ねると、「行く度に、変わらないなと安心することが多いけど、それでも些細な変化を見つけるものだから興味深い」と答えた。そして「そういうのを発見してコーレニンに戻ってくると、コーレニンにも『変化』を見出すものだよ」とも。 「コーレニンもルーファシーも『生きている』のだと思うよ。 ただそれは、何処かしらに不安定な要素を持つという事。 永久の安定は無いのだと気付き、落胆した事もあった」 ズィナは考える。 『変化』に安心を求める者もいれば、『安定』に安心を求める者もいた。 確かに、コーレニンにおける世代の構造の秩序については、安定を求めていた。 しかし実際には、変化を投げ込める事柄であることが明るみに出た。 手出しを許す事柄ならば、絶対の安定が必ずしも正しいとは言えない。 もしルーが秩序の崩壊を望まないのであれば、過去に遡って自分の行動を封じられていたに違いない。 「変化が許されるのに、地球の人間社会とは程遠い進行速度ですね」 ズィナの呟きに、マホガニーが反応する。 「2つの時空が、ルーひとりに由来するからじゃないかな」 「と、いいますと?」 「万能に近い存在であるルーでさえ、ひとつの思考の纏まりしか持たない。 ひとりの価値観で動かせる度合は、だいぶ限られてくると思うよ。 ルーベリーの文明のその後と、2つの時空に続いた『鎖国』からも分かる様に、ルーはそもそもが保守的だしね。 それから、もう一つ。僕たち魔法族の仕組みも関係していると思う」 「関与の度合いは大きいと思いますよ。同一魂系という縦の軸、同世代という横の軸でしか、異なる価値観に触れる機会を基本的に持たないんですから」 まるで、時空間移動における倫理観そのものだった。コーレニンにおいて時間と空間を同時に跨ぐ事は危険だとされており、同様に接点の無い魔法族同士の交流もまた異質な事で『本来ならあり得ない事』に分類されるのだった。 変化の為の要素が排除され、 しかし全く変わらない訳では無く、 微細に、螺旋階段の様に変化を遂げていく。 それが、この国だった。 ズィナの中のシューナにとって変わらないと思っていた日々を、日記として書き残したオシャーンという魔法族の存在が脳裏に浮かぶ。 1代目当時は、彼が道楽か、時間を潰す何かとして続けているものと思っていた。 だが、今となっては分かる。変わるものがあるからこそ、何かを残したいと願う気持ちが彼を突き動かしたのだろう。彼はこのコーレニンで起こり続ける『変化』と、真正面から向き合っていたのだ。 「音はそのまま消えていっちゃうの。 だから『一瞬』をだいじにしたいの!」 楽器の部屋での出来事の後、ララーノが訴えた言葉だった。 変わるもの、変わらないものが混在するこの世界で。 自分という存在も、ちゃんと世界と繋がっていたのだ。 「――私の生きる『時』は、既に終わっていたのですね」 |