| ズィナ編 最終話 |
記録魔法瓶の様に。蕾杖の様に。はたまた魔法合成書の様に。『ズィナ』という個体も、シューナにとっては『想い』を残す為の、ひとつの魔法道具に過ぎなかったのだ。 同じ魂なのだから、自分自身を利用しているとも言える訳で。「乗っ取りと言われても仕方無い」と自覚しながらも筋が通っているとさえ思っていた。 しかし当たり前だが『ズィナ』にも人格はあり、自身が直接手を出して良い領域では無かった。そしてこの個体を本来の持ち主に返し、自身は在るべき所へ還る他無いのだと、認めざるを得なかった。 普段と変わらない足取りで、ズィナは大広間に向かった。 * 「最後の挨拶に参りました。 せめて私の最期は、貴方に見届けて欲しい。 我が儘を聞き入れていただけますか?」 ルーは余りにもの唐突な言葉に目を丸くした。 「… 変化、とやらはよかったのか?」 ズィナは目を閉じ、首を横に振った。 「満足した訳ではありません。が、私は焦っていた様ですね。何か大きな変化でないといけないと考えていました。しかし、小さな積み重ねでも構わないと気付かされたんです。 そこでですが、1つ教えてください」 ――― 天体の誕生と破壊の2点を繋ぐ間に何事も無かった様に見えても、 水面下で微々たる変化が続いているものだ。 でないと、星の破壊に至らないから。 この国も誕生した以上は、終焉に向かって進んでいるのだろうか。 だとしたら、コーレニンに大きな変化が無い事は、 それを食い止める為のルーによる意図的なものだったのだろうか。 ――― 「小さく変化しているとはいえ、外の世界の様に大きな変化を成さないこの国です。様々な意味での環境の維持は、貴方の故意によるものだったのですか」 「そんな事は無いさ。だが私の手から離れた魔法が作用を続けているのなら、否定はしきれないな」 「貴方にとっては、コーレニンが一つの魔法道具だったと」 いや、とルーは否定する。 「もう道具の域をとっくに超えているさ。お前達が生まれた時からな」 自分だけの居場所だったこの国に、やがて魔法族が生まれ、精霊が住み着く様になった。その時から、ルーによる『維持の魔法』は保たれながらも、一つの独立した世界として時を刻み始めていたのだという。 ズィナは目を伏せ、足下に広がる魔方陣に杖を立てた。 「やはり、貴方やこの国には敵わなかった様ですね」 杖の先の本を開き、頁の上を指でなぞる。かつてシューナが、自身の意識を後代の身体に託した時の魔法。 「ディザ・クールウジポ」 本を閉じ、遠のく意識の中で、せめてもの笑顔を見せた。 「今まで、ありがとう御座いました」 ズィナが倒れると同時に魔方陣は消え、本は杖からあっさりと外れ落ちた。 やがて、瞼が微かに開く。 上体を起こした『ズィナ』は、不思議なものを見る目つきで辺りを見渡した。 瞬きを繰り返してから視線を落とし、自身の両手を見つめ、目を丸くする。 「あっ…」 思わず出た声にはっとし、喉元を手で押さえた。 自身の息を確かめるかの様に、ゆっくりと呼吸を繰り返していく。 「やっと返ってきた…」 胸元のリボンとその下のトルコ石を、だいじそうに握り締めて俯く。 と、眼前に回り込んだルーの小さな手によって前髪を掻き分けられ、青紫の瞳が露わとなった。 「…ルー様!」 「おかえり。ズィナ」 「只今、…戻りました。 失われた15年分、他の同世代の皆様に及ばない所はあるかもしれません。 それでも、1000代目の魔法族として、私の事を認めていただけますか?」 ルーは優しい眼差しをズィナに向けた。 「勿論さ。身体や魔法にはゆっくり慣れていけば良い。 思う存分、好きな事をしような」 ズィナは顔を綻ばせながら、大きく頷いた。 * 花がいずれ散りゆくものだとしても。私の杖は、何を咲かせる花なんでしょうね? 散らない花びらどころか、咲いてもいない蕾。 その杖を手にしている自分の周りを、花が咲いては散り、葉が芽吹いては散る。 この杖を手にすることで、まるで『時』から置いていかれた様な痛みを感じた。 縋る様に『時』にしがみつこうとして、――その鼻先で、また花は散る。 『ズィナ』に戻る時、シューナには「15年は気にしないで」と伝えた。 勿論、後悔などしていない。 シューナに占領されていた頃は『自分』の片隅で「時間を返せ!」と思った事も勿論あった。 世代交代は皆同時であり『自分』としては15年間足りない事になるからだ。 だが今となっては、別に返して貰わなくても良いと思う。 『時』を失ったことで『時』を冷静に見つめる事ができたから。 自分にとっての『時』の在り方を、手にする杖で確かめる事ができたから。 落ち着いてから、時折思い出す様になった。 シューナが必死且つ冷酷に『変化』を『時』と重ねて求める様を、傍から見ていた時の事。 彼の願いを引き継ぐ必要は無いと分かっていた。だからルーは「好きな事をしような」と伝えたのだ。 あれからズィナが魔法合成書を手に取ると、中の記載は全て消えていた。『シューナ』の残したメモを見ながら、彼の傍らで過ごした記憶を頼りに再現を試みるも、成功したのはごく僅かだった。合成書を工房に持っていくも、フォンエに「今のままだと、使い物にならないね」と告げられた。合成書を使いたい訳では無かったが、自室に戻って作成時の資料を探したりもした。この様に、シューナの軌跡を辿る日々が暫く続いた。 本来の自分に戻って、嬉しかった筈なのに。これからは『自分』として生きようと決意した筈なのに。 一人でこの『時』に放り出された現状や、自分より数歩先を進む『時』を、シューナだったら喜んでいたのだろうか。 水面に映る自分を見て、落ち込んだ。 周りに映る花と同じ様に、自身もいずれ散るというのに。一体、何をしているのだろうと。 だが、何をしたいかが判らないのだ。意識を乗っ取られていた頃は色々と思い浮かべていたのに、今となってはどれも魅力的でない様に感じてしまった。 思い詰めていたからか、声を掛けられてもすぐには気付かなかった。 「ズィナも来ていたんだね。何か捜しているの?」 肩を叩かれ、ようやく声の主へと顔を向ける。 「ユイユ…さん。考え事をしていただけですよ」 ズィナが自分なりの生き方を見つけるのは、 先代に起因する出来事に立ち会い、 自身と『時』との関係性を心より納得してから、 まだずっと先のことだった。 ――Farbe ズィナ編 終わり―― |