オシャーンの日記編 (26)



  コーレニン西部 工房


精霊混じりと精霊に会えて満足したプナハは、たいへん興奮していた。
今すぐ、大切な人に伝えに行かないと。コーレニン内を捜そうとしたプナハだが、ラィとフォンエとマホガニーを背に、はたと立ち止まった。

――もし、行き違いになったらどうしましょう?

このまま捜すよりかは、出発点に戻るのが確実なような気がした。
「…皆さんのことを、伝えたい方がいるんです。だから、私は元の時代に帰りますね」
プナハは、名残惜しそうな視線を3人に向ける。
「とっても嬉しかったです、皆さんにお会いできて!」

3人の順応は早いもので、
マホガニーは即座に「役に立てたみたいで良かったよ」と笑いかけ、
フォンエは驚いた後、「またいつでも来てよね」と手を振り、
ラィは少し考えてから、「これからも、…よろしくね」と、絞ったにしては小さな声で伝え、
プナハを見送ったのだった。

彼女の足音が遠のくと、マホガニーはフォンエへと顔を向ける。
「ありがとう、フォンエ」
「私は何もしていないよ。力になれたんだったら良いけど。
 ラィも、またいつでも来てよ」
唐突に振られたラィは大きく2度、頷いた。

工房を後にしたマホガニーとラィは、北へ向かって歩く。
途中でラィが「ちょっと行く場所があるから」と言って別れた。


  *

自分一人となった食堂で、カシェは再び溜息をつく。
「勝手に待たれても困るんだが」
それに今は、既に待たせている相手がいた。
振り返り、テーブルに残された書き置きを改めて見つめる。
その送り主は、この場で待つ事こそ止めてはいたが、待つ事自体を止めてはいない。寧ろ、一旦その場を離れながらも、改めてこちらに向かって来んとする意思が、その文字から滲み出ていた。

『物』に託された心はまだ読めない筈なのに。
不思議だった。これが『魂』の縁というものだろうか。

それに、カシェにも思う事があった。
――あいつには、俺に無いモノが多すぎる。

同じ『魂』であることが不思議な程に。
同じ様に、ルーに育てられた筈なのに。
いや、それすらにも違いが生まれていたのだろうか。
何処で『道』が分岐したのか、知りたいとさえ思った。

カシェは杖を振って書き置きを消すと、すぐに食堂から立ち去った。


  *


マホガニーは更に北上する。
カシェが元の時代に帰った可能性を考慮しつつも、頭の片隅で、彼のことを捜し続けていた。
3度程、角を曲がった時。
鉢合わせた、見知った桃髪の姿を見上げ、ようやく見つけたと胸をなで下ろした途端。
腕を掴まれ小部屋に連れ込まれた。

「一体何――」
「書き置きはお前の字で間違い無いな、マホガニー」
鋭い口調と共に、胸元に黒光りする杖を突き付けられる。
反射で頷くと、カシェは更に質問を続けた。
「古代語取得の指令を言い渡されたのはいつだ」
「なっ…7歳の時」
「魂系先代の力は借りたか」
「い…く分かは」
「ルーベリーとルーの関係について話す者はいたか」
「誰…も」
杖をそのままに、カシェが詰め寄る。
「『俺』ですらも、両者の関係を明かさなかったのか?」
マホガニーは大きく、首を横に振る。
「何も聞いていない。だけどルーベリーで知った事を話した時、
 先代の何人かは『やっぱり』と言った」

カシェは、杖を下ろした。

確かに、普通に考えればわざわざ話す内容では無い。知らないまま過ごす事で得られる生き方を後代に託すという考え方もある。
勿論、ルーの魂系の魔法族の中には、知らずに生涯を終えた者もいた。だからこそ、カシェは考えを抱いていたのだ。知らずにいたところで、この魂系として生きる限りは、自分達に課せられる状況は変わらない。それなら、知った上で自分達なりの答えを出すべきだと。たとえその行為や答えが、ルーの意図にそぐわなかったとしても。

ただ知る側の準備が整っていないと、知らされた時に事実を拒む事にもなり得る。
冷静に考えれば、世代交代後の自身の判断は素直に頷けるものだった。
世代交代を終えた後ならば。
そう、自分達は世代交代を前提とした存在だったのだ。ルーが長い間生き続ける間に、自分達は何度もリセットを掛けられるという事実を、改めてもどかしく感じた。

「ルーの魂がルーとしてでなく、純粋に新たな命として生きようとした結果が俺達ならば、どうして俺達はルーの分身であろうとするんだ。一個人として、一つの世代でルーに敵うものを成し遂げ完結する事なんざ…」
カシェは口を噤む。
「不可能だというのに」と言い切りたくない自分がいた。
透かさずマホガニーが繋ぐ。
「ルーもルーで、模索しているんだと思う。同じ魂同士、共鳴し合う部分もあるだろうし、遠隔操作じゃないけど、僕達を通して辿り着きたい何かがあるんじゃないかな」

意外だと言わんばかりに、カシェは目を丸くした。
「…なんだ、ルーでさえも不完全だったというのか」
今度はマホガニーが目を見開く。
「ルーが完全だったなら、魂が分かれた時に堪えられなかったはずだよ。
 あの方は限りなく完全に近い存在だろうとは思う。だけど、完全になったら間もなく全てを投げ捨て『無』になるんじゃないかな。完全を維持する程、僕達の魂は強くない…」
カシェを見上げる。
「と、思う」

勢いに乗る形で、マホガニーが続ける。
「この前話していた事なんだけど」
「何だ」
「精霊混じりと精霊にもし会ってみたいなら――」
「いや、いい。
 お前の話を聞いて、まだ会うべきで無い相手達だと思った」
そして、マホガニーを真っ直ぐ指さした。
「聞けば聞く程に疑問点が増える」
「ぼ、…僕?」
カシェは頷く。
「口頭で解決するような疑問では無い。
 お前みたいな魔法族は初めてだ」
さっと血の気の引いたマホガニーを見遣り、彼の誤解を否定するかのように、カシェは首を小さく横に振った。
「先代への態度をどうこう言うつもりは無い。俺だってそんな縦社会は好まないからな。
 寧ろ、ルーに驕らず、ルーに媚びないお前の姿勢を見直した程だ。それだけ自立しているようでいて、ルーからのプレッシャーには滅法弱いんだもんな」
「うっ…」
「お前がルーを敬うのが形だけでは無いと分かる。なのにルーから一歩引いた視線を同時に持てるのが、不思議でならない」
淡々と意見を述べていくカシェと、難しい顔をしながら自身を省みるマホガニー。
カシェは杖を懐にしまいながら、凜とした声でマホガニーの思考を断ち切った。
「2つ忠告しておく。
 お前の考え方は興味深い。だが、俺達はあくまでルーの魂系だ。良くも悪くも、同世代の魔法族への影響力が強いのは事実。思想についてとやかく言われる国では無いが、くれぐれも、ルーから目を付けられない様にする事だな。
 2つ目はルーに対して。俺達はルーに一番近い存在だ。お前の考え方はルーを狂わせ得るだろう。狂わせるなとは言わない。実行の有無はお前に任せる。現時点での考え方を変えずにいくのか、はたまた新たな解釈を得るのかも興味深い」
髪を掻き上げたカシェは、彼の言葉の消化に必死なマホガニーを待つことなく、自身のペースで言葉を紡いでいく。
「今後お前が経験を積んでも、揺るがないものなのか。
 俺は気になって仕方が無い。
 精霊や精霊混じりに会うのはその後だ」
真紅の瞳が針の様な眼光を帯びる。

「楽しみにしているさ」  


  *

  337代目 コーレニン図書館

エミウルは、取り戻した日記を書棚に収める。
安堵の息をつくと、ふと、気配を感じた。

振り返るとそこに居たのは、魂の本で見覚えのある姿。
まさかと思い、エミウルはぎゅっと目を瞑る。
瞬きの後、そこには誰もいなかった。

先程その姿のあった場所を見つめる。

「オシャーン、あなたが居たのは幻だったの…?」

エミウルを含め、皆はまだ気付かなかった。
日記はあくまで、『きっかけ』に過ぎなかったのだと。








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