オシャーンの日記編 最終話



  真夜中の大広間

まるで深海のような暗闇の中で、ルーが小さな灯りをともす。
この日は、静けさの中で小さなざわめきが起きていた。
玉座を前に集まったのは、1代目の魔法族達。

「よく来てくれた。感謝する。
 見ての通り、ここは1000代目の時代だ」
ルーはそう話し、世代の概念についてを説明し始めた。
「お前達『魔法族』は、1000年ごとに生まれ変わり続ける存在だ。
 魂を魔力で具現化した存在であり、一般生物とは全く異なる仕組みを持つ。
 生まれるのも死ぬのも全員が同じ年だ。出生には日にちのズレがあるがな。
 一つの生涯を『1代』とし、姿形を変えながら幾重にも生き続ける。
 世代を重ね、今となっては1000代目の時代。
 こんなにも多くの後代を支えたのは、他でもないお前達1代目だ」
そこで間髪入れずに、小柄な魔法族が手を挙げる。
「ルー様ぁ―、どうやって支えたんですかあ―?」
白と青を基調とした帽子から、殆ど赤に近い橙髪がはみ出る。
「今からそれを説明しようと思ったんだ、ウィーア!
 実物を見せながらの方が良いな。皆、ついて来い」
ルーはひゅっと玉座から離れる。
小さなどよめきが起こった後、1代目の者達はルーを追って歩き出した。

向かった先は、図書館だった。

机群と奥の本棚群を横切るように建つ本棚の前で、ルーは止まる。
一列に並ぶそれらは他の本棚と異なり、有機的な装飾が施されていた。
ルーは1代目の者達へと振り返る。
「ここに並ぶ本は『魂の本』と呼ばれる。
 魔法族各世代が生涯を終える毎に、彼らの記憶と意識がこれらの本に保存される。本は魂系毎に分かれ、魔法族達は自分の魂系の本しか開くことができん。本の中の先代達と会話するのも可能だが、それは根本となる魂が共通するからこそ成し得る事だ。お前達はこの本に入った後、後代達に様々な事を教える立場となるだろう」

広い図書館の中に、ルーの声が溶け入る。
余韻を残さずしてルーが続ける。

「今までのは前置きに過ぎない。本題はこれからだ。
 ルーベリー、コーレニン、地球の3時空とは異なる、外部組織がこの国を狙っている」

一層静まり返る。

「お前達に頼みたいのは、ルーベリーとコーレニン両時空の保守だ。
 齢20にも満たない1000代目だけに頼むのは荷が重すぎる。
 彼らを守りながら、自分達の命を守りながら、此処とルーベリーを守って欲しい」

ルーは大きく息を吸い込み、言い放つ。

「お前達にとっては『最後の指令』だ。頼んだぞ」


ルーの話に最も熱心に耳を傾けていたのは、一番後ろの隅にいたオシャーンだった。
337代目の者達を動かした日記の執筆者。

人だかりが捌け、『魂の本』が並ぶ本棚が目の前に迫る。

――自分達の遠い生まれ変わりが1000代目の者達なら。

――自分達が不用意に命を落とすことがあれば、以降の世代の存在すら危うくなるだろう。

だからルーは「自分達の命を守りながら」とわざわざ口にしたのだ。

ルーは魔法族のことを「魂を魔力で具現化した存在」だと表現した。それが確かなら極端な話、肉体がどうなろうと魂と魔力さえ失わなければ、少なくとも命は守られるという事になる。
だが、相手は未知の存在。
ルーが相手とどう向き合うかは知らないが、自分を守りながら後代を守るのは中途半端ともいえ、かえって危険ではなかろうか。そして『守る』というからには精神面での支援も望まれるのを、オシャーンは理解していた。

考えた。
自分の魂系の1000代目を守る為に、何が出来るか。
判断した。
自分だけでは安心させられないだろうと。
せめてもう一人誰かいれば、大丈夫になるかもしれないと。

本棚に近付き、自身の名前の書かれた背表紙を探す。
見つけた『魂の本』は、青色の表紙をしていた。
本棚正面の机に置き、ゆっくりページを繰っていく。
自分の後代がこんなに続くのだと驚きながらも、誰にこの役目を頼むべきかを考え巡らす。

ふと、337代目のページで手が止まる。
『エミウル・オシャーン』
彼女についての記載の中、
『日記の番人』
の一言が目に入った。

一体どういう事かと、彼女に尋ねようと思った。
オシャーンは確かに長きに渡って日記を書き残していたが、その内容は魔法の事や、この国で起きた出来事等に留まるものであり、少しだけ後代にとって何かしらの参考になればという程度で、特別、後代が守る必要のあるものだとは思えなかった。
そんな事を考えていると、写真の中の彼女と目が合った。
こちらが何かを言う前に、彼女はただ一言「書いて」と告げた。

エミウルを選ぶと最初から決まっていたのだった。
とはいえ彼女から選択権を取り上げて良いものかと、踏み留まりかける。だが、こちらの迷いを察した彼女の「私は後悔していないから」という言葉に、オシャーンは意を決した。

『100万年後に何かが起きるらしい。
 ルーが言ったことだから正しいのだろう。
 100万年後の世代だけでは対抗できないだろうから、明日その時間にとぶ』

日記に加筆する為に過去に戻り、
337代目最初の年に書いたのが、この文章だった。

337代目に助けを求めた結果、他魂系をも巻き込む結果となった。
今後の時代でもこういった副作用が起きかねないし、
オシャーンの魂系に限っても『100万年後』にとぶ者が現れないとは限らない。
他魂系・他世代を巻き込まない為に、
全てが終わった後、オシャーンは一人337代目の時代にとび、最後の書き込みを魔法で削除したのだった。

帰り際、後代の姿が目に入った気がした。
すぐにその場を離れたが、何も知らなかった頃の彼女の呟きが耳に届く。

「オシャーン、あなたが居たのは幻だったの…?」

幻であれと願った。
自分がここに来ることも、子孫を巻き込むことも、何もかも必要の無いまま終わっていたら、どれだけ良かっただろう。
『時』という大きな海に投げ込まれた一つ一つのいのちが、本来の物語を紡いでいたなら。
しかし自身の起こしたさざ波により、無情にも、それらのいのちは繋がり、共鳴し、新たな物語を紡いでいった。せめて個々のいのちやこの国、そしてルーベリーにとって、そこに希望があったことを願いながら、彼はその生涯を終えた。


  オシャーンの日記

 海は、様々なものの象徴とされる。
ある時は人生の、ある時は未知の世界の入り口の、ある時は生命の起源の。
それほど色々なものの象徴となるだけあって、海は色々な表情を持ち合わせている。
勿論、それ以外で象徴としているものも多くあるだろう。
そして、俺は海を、俺なりにあるものの象徴としよう。

 海を――『連鎖』の象徴と。








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