オシャーンの日記編 (25)



自分が嫌っているのは、サントだけでは無かった。
他の魔法族、ましてや他の世代の魔法族にまで、その対象はいた。

古代語のみならず古代魔法を知ろうとした時、誰かの文献から知ったのが、現在ズィナの持つ魔法合成書だった。
1代目のシューナが持っていた魔法道具との事から、同魂系337代目のマイカ・シューナに道具について尋ねた。そこで教えられたのは、1代目の詳細を知り得ない、シューナの魂系特有の事情だった。
カシェの所属する魂系の1代目に相当するのはルーなので、頼る事は出来かねた。そこで他魂系を経由し情報を集めて漸く、かつてのシューナの部屋に辿り着いたのだった。

彼の部屋に立ち入り、目の当たりにしたのは、物を愛し、概念を愛し、研究に没頭し、誰からも心を縛られない"理想的な環境"で生きた魔法族の形跡だった。
カシェにも知識欲や向学心はあるが、それらは自分の為と言い聞かせつつも、実際には"誰か"の為という消極的ともいえる動機だった。
この部屋で暮らした魔法族への羨ましさと、自身への悔しさが、同時に心の中に生まれた。

徹底的に調べてやろうと思った。
この部屋と、その主だった魔法族の生き様を。
カシェの意地によってか偶然か、箪笥の裏の隠し扉を見つけた。
扉の先の部屋もまた、嫉妬に値するものだった。
キャンバスにイーゼル。色とりどりの絵の具に、様々な形の筆。
たくさんのスケッチ。
棚に並ぶ、油の瓶。
自分とはまるで縁の無い光景。
シューナという者の目にはきっと、世界が鮮やかに映っていたのだろう。
それも、研究者という立場と並ぶ、もう一つの顔を以て。
ふと目を落としたパレットナイフは曇っており、自分がどんな表情をしているかを直視せずに済んだ。

改めて辺りを見渡すと、2つの魔法道具に目が留まった。
先の飾りが蕾の形を摸した杖。
数式や魔方陣の描かれた、特殊な本。
魔法族における3つの魔法形態を網羅していたのだと、カシェは解釈した。

もう、我慢ならない。
処理しきれない捻くれた感情が、心を這い上り始める。

「どちらも大事な物なんだろう? なら、くっ付けたって良いじゃないか」

  *

「この国には、俺の嫌いなモノが多すぎる」
自身の生い立ち。他魂系の先代。この国の支配者。そして、目の前のコイツ。
カシェの言葉の矛先をサントは自覚しつつ、素朴な疑問を投げかける。
「それなら、カシェは何が好きなの?」
少し足りないと踏んだサントは、長い瞬きをしながら首を横に振った。

「カシェは、何を好きになりたかったの?」

思わぬ言葉に呆気にとられていると、サントが続けて口を開いた。
「本当は好きになりたかったんじゃないの?カシェの周りの色んなもの。
 関心を持たないと、わざわざ嫌いにはなれないよ。
 裏切られて、痛い目に遭わされて、嫌いになったんじゃないの?
 酷いよね、その周りのもの達も。カシェは悪い事をしていないのにね」
「そんな訳無いだろ。俺が潔白だとでも言うのか?
 俺だって色々しているさ。お互い様なんだよ。だが俺はそれらが嫌いだ」
幼少期、影を使ってある者の監視を試みた事をはじめとして。自分が何をしてきたか把握した上で掛けられる甘い言葉に、カシェは苛立ちすらも感じた。良い思いをさせる事だけが甘さの持つ効力では無いと、熟知しているからこそ余計に。
穿つようにサントを睨むと、しっかり開かれた力強い眼差しが返ってきた。
一言ずつ、贈り物を手渡す時のように、心を込めて差し出されながら。
「加害者になるのはもう止めようよ。
 無理に周りを受け容れろとは言わない。
 僕の事を好まなくたって良い。
 だけど僕は、カシェのことを大切に想い続ける自信があるから」
抱えきれずに腕から零れていくそれらを拾い上げながら、カシェはせめてもの訴えを絞り出す。
「なんで…なんでだよ。無駄だと分かりきっているのに」
手が空になった相手は瞼を緩め、いつもの様に苦笑した。
「うーん、なんでだろうね。
 よく分からないけど、カシェのことが好きだからかな」
「…は?」
「もしカシェの気が向いて、周りの色んなものを好きになりたくなったら、喜んで手伝うから」
サントの眩しいほどの前向きな言葉に、カシェはわざとらしく大きな溜息をついた。
「言ったろ。俺はお前が嫌いだ。
 だからお前の手なんか借りない」

サントは「だろうね」と言って、あっけらかんと笑った。
そしてカシェに背を向け、ドアノブに手を掛ける。
「元の時代で待っているから」







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