ズィナ編  (16)



  コーレニン西部 工房

2人が戻ると、ララーノの相手に疲れきった表情でフォンエが出迎えた。
「どう? 魔法道具とズィナは浮かばれそう?」
寧ろ自身が浮かばれたいという気がフォンエを纏っていた。
「先行きが全く明るくなった訳じゃないけど…」とユイユが口ごもると、フォンエは肩を落とした。
しかし、直後に「ズィナが、記録魔法瓶の作り方を教えてくれるって」と付け足すと、フォンエの顔色から疲労の全てが吹き飛んだ。

指示を出した材料と道具をフォンエが寄せ集め、準備の整った作業台の前に、ズィナが座る。
「瓶を作る工程は、溶解・成形・徐冷の3つです。
 各工程で適切な魔法を施すことで、魔法道具としての『記録魔法瓶』が完成します」
説明を始めながら、ズィナは硝子瓶を作業台に乗せた。
「今回は、既にある瓶から作る為、瓶を粉砕するところから始めますね」
両手を瓶にかざす。瓶の周囲に小さな結界が張られると、その中で瓶は粉々に砕けた。
「今のは数式魔法を使いましたが、呪文を使うなら『ティット』ですね」
ユイユがメモを取る傍らで、ズィナは金属棒を手に取る。
「次に、この材料を溶かします。
 この段階で、抽象物の保存に適した材料にする為の魔法を掛けます」
金属棒が触れた先から、材料が溶け始める。
そのまま、材料を絡め取り、一つの塊にした。
「今は、こちらの棒に魔法を這わせました。
 次はこの塊に空気を送り込み、膨らませます。
 その際、硝子自体の強度を高める魔法を掛けていきます。
 抽象物は体積の概念に囚われない為、その分、瓶の構造を頑丈にする必要があるからです」
金属棒の空洞の入り口に、指を乗せる。
「掛ける魔法は3つ。
 まず、空気の注入。
 次に、ガラスの部分圧縮。
 同時に、ガラスを成す物質粒子の整列。
 最後の2つは、空気の注入と同時に行います」
みるみるうちに、金属棒の先で硝子が膨らんでいく。
空気を使い成形しながら、先端から圧縮を行う為、膨らんだ傍から縮んでいくという不思議な光景が目の前で起こる。
ユイユが凝視していると、間もなく液状だった硝子が瓶の形になった。

「最後に徐冷を行います。言葉通り時間を掛けて瓶を冷ますことですね」
ズィナは作業台の上に魔方陣を描き、その上に瓶形になった硝子を置き、金属棒から切り離す。
魔方陣の解説をしようとズィナが口を開きかけたところで、横から少女の幼い声が割り込んだ。

「『この工程で瓶内部の環境を整えていく。魔方陣の中央は【コトル】起点の六方晶展開図』…」

これまで事態を静観していたララーノが、ようやく口を開いた。
「何故それを…」
「オシャーンの日記でよんだの。形のないものを入れる瓶の、つくりかた。
 でも、じぶんでは、つくれなかったんだって」
ズィナは疑問に思う。オシャーンは魔方陣を扱うことに相当優れており、余程のことが無い限り、失敗はあり得ないはずだからだ。
加えて、この魔方陣の組み立て方は――

「――だれかから、教えてもらったんだって」


  *


――

ぱりんっ…

オシャーンの目の前で、小瓶が静かに割れた。

――何故。

一つ一つの破片にこびりついた、魔方陣の欠片達を見つめる。

――何故…

記録魔法を使っても、『魔法の記録』はできないということか?
だったら何故、『魔法の記録』が成立してはいけないのか?
『掛けられた魔法』は継続するというのに?
『魔法』という概念そのものを持続させることは、何かにとって不都合なのか?

自身の感情が高ぶるのと同調してか、魔方陣の欠片達もざわざわと反応を示す。

――何故…?

瓶の中に保存されたジャムは、永遠にその色と味を持続することはない。
必ずどこかで色合いが変わり、風味も移ろってゆく。
魔法も、同じ?
魔法もどこかで、変わってしまうもの?
魔法使いの元を離れて一人歩きしだした『魔法』は、いったい何になるというのだろう?

記録しては、いけなかった?

書物には必ず書き手というものが存在するわけだが、
書き手の元を離れて『書物が一人歩き』しだしたとき、
読む人によって書物の解釈が異なってくるわけで、
書き手は必ずしもその解釈を正すことはできない。
つまり、そういうこと。
魔法使いによって管理されなくなった『魔法』は、魔法使いの意図を無視したものになることも、充分に考えられる。

――だからといって…

『魔法』は、相対的なもの?
それとも…、絶対的なもの?

欠片達は遂にしびれを切らしたようで、ジュウと音を立てて消えた。
ただの透明な破片だけが残った。

――

自分を避ける素振りすら見せていた彼が、わざわざ自分に頼み事をしに来たことがあった。
図書館で資料を探していた時、不意に上着を摘まれ小さく引っ張られる。
振り返ると、自分を真っ直ぐ見上げるビリジアンの瞳と目が合った。

「……『魔法』を、記録したい」

自分にとっても興味深い内容で、二つ返事で引き受けた。

研究は、初めての事だらけだった。
何かを保存する為に魔法を使うことが、これまでほぼ無かったからだ。
ましてや、依頼されたのは『魔法』という抽象物。
依頼による研究開始から間もなく、「魔法を残す、とは即ちどういう事か?」についてシューナは考え始める。

研究を通じ、シューナの中での決着は「捉え所のないモノの存在を確かにする事」というところに落ち着いた。同時に、魔法は変わり得るモノだという事と、それを扱う自分もまた変わるモノだという事に気付く。
自身は、変化している。
自分の住む、この国はどうだろう?――

見渡すも、そこには、大して変わらない景色が何年も、何十年も、続いていた。
それを不思議に思った事など無かったが、自身の変化に気付いた今、この国が奇妙なモノに思えてならなくなった。

自身は、変化している。
この国は、変わらない。

自分の持つ時の流れと、この国のそれとの間に歪みを感じる。
まるで、この世界から切り離されたかのような――

疑問を抱き始めたからか、硝子瓶の生成が初めてだったからか、
出来上がった記録魔法瓶は、歪な見た目となった。
多少無理をしてでも、既にある瓶を使えば良かったと後悔しながら、シューナはオシャーンに瓶を贈った。
彼はだいじそうに瓶を両手で握り締め、「… ありがとう」と呟いた。その時の、嬉しさと安堵を交えながら細められた目が、俯きがちだった上に前髪が被りよく見えなかったのが口惜しい。

「…これで、良かったのでしょうか」
あれから、瓶にどんな魔法を保存したのかを彼から聞くことは無かった。
一方でシューナは、依頼の記録魔法瓶作成で得た知識を応用した研究を始めていた。
自室での缶詰を続けた末に完成したのが、後にパートナーの魔法道具となる魔法合成書だった。




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