| ズィナ編 (15) |
コーレニン西部 工房 「ふ―ん…だとしたら、その瓶と彼の魔法道具。目に見えないモノを保存するという共通点があるのは、偶然じゃ無いかもしれないよ」 フォンエの言葉を、ユイユは反芻する。 「瓶と、ズィナの魔法道具、片方がもう片方の影響を受けて作られた、…って事?」 「多分ね。いずれにせよ、どちらの魔法道具についてもズィナは熟知していると思う」 「それでも直せないのは、構造以外の部分を無視しているから?」 魔法道具にも心があると主張した際の、ズィナの反発様を思い出す。 「本人が納得して動かないことには本人も魔法道具達も救われないと話したのは、そういうこと」 「僕達が手伝うにしても、ズィナの願いと、『それぞれの』魔法道具の願いを汲み出さないといけない…んだよね」 そしてそれは、各々の過去を汲み出すことでもあり。 「でもひとの過去って、そんなに簡単にさらけ出せるものじゃないよね? まず僕の過去をさらけ出せば良いのかな? どこまで遡れば良いんだろう?」 突如、頬に棒付き飴が食い込む。 「落ち着くがいいよ?」 フォンエはにやりと笑ってから、空いた手でもう一本の棒付き飴を構え、自身の口に入れた。 「何の為の魔法なの? 聞いてみればいいじゃん、みんなの『声』をさ」 「読心術は出来ないよ?!」 「やってみりゃいいじゃん?」 飴玉を噛み砕く音で、ユイユの「声を聞くのとは違うよ?!」という訴えが掻き消される。 「それに、僕はズィナの部屋を知らないし、普段どこにいるかも検討つかないし」 「だ―か―ら―、ルーに聞いちゃえば良いんだってば」 「でも! ルー様が力になるのなら、とっくに解決しているはずだよ?! もしかすると、ズィナがルー様を頼りたくない理由もあるのかもしれないし…」 ユイユは、フォンエから受け取った桃色の棒付き飴を見つめた。 「ユイユにしては珍しいね? そんなに色々思い悩むなんて」 「なんでだろうね。自分でも不思議だよ」 そう言って飴を口に入れ、歯を下ろす。 「ッ…!!」 すぐに飴を出し、ユイユは口元を押さえた。 「これ本当に飴?!」 「そりゃもちろ… あっ…! ごめん! 模型だった! ごめん!!」 「フォンエにしては珍しいよね、間違えるなんて」 「な…なんでかね…昨日からお客さんが多いからかな」 「そうなんだ、お疲れ様…」 ユイユが水道で飴の模型を洗っていると、扉を叩く音がした。 「今日はとりわけお客さんが多くてね。ほら、また来たよ」 フォンエが早足で出入り口へと向かう。 扉を開けると、ズィナと、もう一人の小柄な魔法族がフォンエを見上げた。 「ユイユ、いる?」 肩をびくつかせたユイユは、恐る恐る入り口へと顔を向けた。 「ら、ララーノ…?」 そういう事かと、後ろでズィナが肩を竦めた。 「ユイユさん、貴方も彼女の遊び相手だったのですね」 「む…昔はね…」 慌てて蛇口を閉め、模型を拭き始める。 「よかった! ユイユ、げんきそう!」 ララーノの無邪気な発言に、ユイユは模型を落としそうになった。 置いてけぼりになったフォンエが、ジト目で3人を見遣る。 「ようやく魔法道具を見せに来たのかと思ったら」 「ご期待に沿えず、申し訳御座いません」 さらりと返すズィナ。 はたとユイユは気付く。 今なら、ズィナも魔法道具達も身構えていない分、都合が良いかもしれないと。 模型を杖に持ち替え、魔法道具達の声を聞きながら、ズィナ自身に対しても、ユイユは耳をそばだてる。 ――ズィナのこと、救いたいんだよね? … ――やっぱり、僕には話せないんだね。ごめんね。 魔法道具達の想いはやはり、一貫していた。 しかし。 「… フォンエ。 聞けた」 思わずぽつりと、口に出た。 「…ふぅん? 良かったじゃん?」 つられてぽつりと、口に出る。 「ズィナの心は読めなかったんだけど、 その… 影が、教えてくれた」 2人の呟きを聞き拾い上げたズィナは、苦笑交じりでわざとらしく肩を竦めた。 「余計な事を喋る影でしたか。 ばれてしまったのでしたら、仕方無いですね」 「そうなんだよ! もう、ズィナの願いを叶えるしか無くって! フッセには僕から話をつけるから! 任せてよ!」 「お願いします、フッセさんに話を … 何ですって?」 ユイユが言うには、ズィナの影が、 「自分はある時、二重人格になってしまった。もう一人の人格は、1代目の記憶と共存している。 記憶の中の彼は、当時親しかった魔法族であるフッセとの対話を望んでいるが、今の自分ではどうにも出来なかった。人格が入れ替わる度に、もう片方が影に入り込む仕組みになっている」 という旨の事を話したのだという。 シューナと魔法道具達の願いを叶える事で、ズィナという個体が解放されると踏んだのだろう。 シューナを売らなかったのは恐らく、解放後のズィナ自身と、魂系全体の立場を守る為。 『本来のズィナ』の話に真面目に付け加えるならば、人格が入れ替わった事は一度たりとも無い。 「…貴方もなかなか計算高いですね。しかし詰めが甘いですよ。 私の願いを叶えたところで、貴方が解放されるとは限らない」 ズィナの中のシューナは、自身の影に向かって呟いた。 * ララーノをフォンエに預け、ユイユとズィナは図書館へと向かう。 「強がらなくて良いんだよ。…って、君の影が。 ずっと悩んでいたんだよね? 早く言ってくれれば良かったのに。 あっ、でもね、君が言い難い事も、影が代わりに言ってくれるって。 優しいよね、もう一人の君の人格は。…優しいのかな?」 「貴方も私の影も、お節介なだけです」と返すに返せず、口を噤んだまま、ズィナは歩を進めた。 コーレニン図書館 黄土色表紙の魂の本を手に取り、ユイユは机の上に乗せた。 2人で、最初の頁を覗き込む。 セピア調の写真のフッセは、記憶しているフッセそのものだった。 意外だったのは、穏やかな雰囲気を纏う彼は堂々としていたこと。生前は常に自信無さ気にも見えたが、自身の生涯を誇らしく思いながら、世代交代を迎えたのだろう。 そんな事を考えながら、本に向かって話し掛けるユイユの言葉を聞いていた。 「フッセ、今日は会って欲しいひとがいるんだ」 … 「分かってるよ。だから僕が、フッセの言葉を伝えるから」 … ユイユがズィナを呼ぶ。 本の前に空けられた場所に立ち、2人で魂の本を覗き込む形となった。 「ズィナ・シューナだよ」と紹介され、自身の緊張が高まるのを感じる。 少し間を置いてから、ユイユが通訳を始めた。 『よろしくね。フッセだよ。いつもユイユがお世話になっているね』 「初めまして。こちらこそ、生前はシューナがお世話になりました」 静止画に話し掛ける事を我ながら奇妙だと感じながら、フッセとの対話を始める。 「…実は、私にとっては初めてでは無くてですね。 シューナの記憶を引き継いでいまして、貴方の事はよく存じていますよ」 ユイユを仲介している以上、自身がシューナそのものだと明かすのは憚られた。 更に影の声は、ユイユの耳を通して、直接フッセに届くという状況。 自分のことを何と言われているのかは、案じる事しかできなかった。 『シューナの… 記憶を…?』 「えぇ、1代目終了時点の…」 ズィナが固唾を呑む正面で、 かの相手が続けた返答は、 『よかった…生きていたんだね』 思い掛けないものだった。 『後代からシューナの魂系のことは聞いていたから、どこかで世代交代を終えたんだろうなとは思っていたんだよ。だけどこの目で見た訳じゃないから、ずっと、シューナの行方を心配していた』 こちらからは写真のフッセは身動きをせず、声もユイユの通訳を通してのものだったが、 フッセがどんな表情で、どんな声色で話しているのか、手に取るように感じられた。 「最後の数年は、部屋に籠もり魔法の研究に没頭していただけで… 決して、貴方を見捨てた訳では無いのです。 …ご心配をお掛けし、申し訳御座いません」 ズィナが項垂れると、ユイユが「『謝ることじゃないよ?!』って慌てて首を振ってるよ」と囁いた。 「謝りますよ。私が姿を消してから、魂の本に入って以降も、ずっと貴方を心配させていたのですから。それだけ、貴方の時間を奪ったのですから。 貴方には、何もして差し上げられなかったというのに」 『充分だよ!君はこうして、僕にまた会いに来てくれたんだも…』…フッセ、泣かないで?!」 双方の主語の変化を、ユイユは咎めなかった。 代わりに「フッセが、君の眼差しがシューナにそっくりだね、って」と、ズィナに打ち明けた。 そりゃ、本人なのだから。 ズィナは歯を食い縛り、涙を堪えた。 「…今まで、ありがとう御座いました」 『こちらこそ! シューナにも、宜しく伝えておいてね』 工房への帰路にて、ユイユが思い出したように尋ねる。 「記録魔法瓶、…いつ作りに来てくれるの?」 ズィナはユイユをちらと見遣った。 「… 良いですよ、今からでも」 |