オシャーンの日記編 (21)



  コーレニン北東部

引き続き、プナハは精霊混じりに出会うべく、あちこち寄り道しながら捜し回っていた。
「サントさんに宣言したんですから、頑張るしか無いです!」
あれからもう、数時間経とうとしていた。
宛もなくずんずん歩いていると、ふと聞き慣れない音が脳裏を掠めた。

「――滝?」

いや、違う。
滝のように、水が塊となって雪崩れ込んでくる音では無い。
もっと繊細で、ひたひたと広がる余韻を残す、小さな水の音の集まり。

「…何処で、何が起きているのでしょうか」

プナハは耳を澄ませ、くるりと進行方向を変えた。
何故だろう。引力を感じながら進む先は間違っていない筈なのに、進める足には水が纏わり付くような感覚が続いた。

そうして向かった先に、彼達はいた。

直感的に「このひとだ!」と思ったのは、片方の魔法族。
とても大きな丸鍔三角帽に、同じ色のローブ。
小柄なその姿がふと横顔を見せた時、プナハは確信した。

「あの、もしかして、精霊混じりさん…ですか?」
背後から突然声を掛けられ、相手は一瞬動揺したように見られたが、その後の受け答えは至って冷静だった。
「うん。君は…プナハ?」
「そうです!どうして知っているんですか?」
「魂の本で見たから。
 337代目に精霊混じりがいる事を昔、ルーに教わったんだ。だから本を読み返した」

魂の本。そこで彼女を直接『見た』ということは。

「あなた、…ルアンの魂系ですか?」
相手は頷く。
「ラィ・ルアン。天の精霊混じり」

胸がじわじわ熱くなっていく。
やっと、やっと、会えた。

プナハは思わず相手の両手を掴む。
「ラィさん…! よろしくお願いします!」
「…よろしく」
ラィは少し照れくさそうに、顎をローブの襟に埋めた。

その時、横から袖を小さく引っ張られたのに気付いた。
「ねえねえプナハ、」
もう片方の魔法族だった。プナハの名前を知っていたらしい彼女は、初対面にも関わらず堂々と親しく名前を呼んだ。

「エミウルは、どこ?」

髪型と瞳の色で、即座に理解した。
「――オシャーンさんの魂系の方ですね?」
相手は小さく頷いた。
プナハはほんの少しかがみ、彼女と目線を合わせた。
精霊混じりとは別件で、気掛かりだった事柄について尋ねようと口を開く。
「…あの、オシャーンさんの日記って――」
何の事かと相手が首を傾げた途端、2人の間に遮りが入った。

「やめて」

目の前で、瑠璃色の細い髪と白縹色のリボンが揺れた。

「…エミウル、さん?!」
「ララーノを巻き込むのはやめて。私のだいじな後代よ」
片腕に日記を抱える彼女が、プナハの前に立ち塞がる。
「そんな、…つもりでは…」
プナハは両手で自身の口を塞いだ。

先代達の間に走った針のような空気を物ともせず、ララーノは、自身の中で湧き上がる感情に大きく反応した。
「エミウル、…エミウルだ!」
これ以上無いぐらい嬉しそうに、ララーノはエミウルに飛びついた。

  *

  先刻 コーレニン図書館

2つの日記を照らし合わせ続けていたエミウルは、1000代目の日記にとある記述を見つけた。
『何かあったら、自身が何代目であっても、先祖に相談すること』
記載されていたのは、ノドの箇所。プナハとの接触前に気付かなかったのも、無理はなかった。
そして今こうして気付いた事に、何か意味があるように感じた。
まるで、オシャーンに呼ばれているような――。

エミウルは337代目の日記を抱え階下に降り、自身の魂系の魂の本を手に取り机の下に潜る。
暗がりの中で1代目の頁を開くとすぐに、オシャーンが安堵の表情を見せた。
「… やっと、頼ってくれた」
少し遅れて、出た言葉。
「心配を掛けたくなかったの」
「…来てくれない方が心配」
「やっぱり、全部知っていたのね」
オシャーンが頷く。
「…これ以上の確認作業は不要。
 お疲れ様。… 取り戻してくれて、ありがとう」
エミウルは首を横に振る。
「大したことじゃないわ。あなたも1000代目の子が本当の一人前になるまでは忙しいでしょう」
私の時みたいに、と心の中で付け加え、再び口を開けた。
「オシャーン。あなたこそ、私に頼みたい事…あるかしら」
相手は咄嗟に口を噤んだ。が、エミウルの押しの強い眼差しに根負けする。
躊躇いがちに、ひとりの魔法族の名前を呟いた。
「… ララーノ」
「1000代目の子の名前ね」
頷く。
「ララーノを、…助けて」

想定外の言葉だった。
先程まで図書館にいた彼女は、無邪気に笑い、助けるべき状況だとは思いも寄らなかったから。
「何があったというの? 何かに苦しんでいるの?」
「…まだ」
「これから、という事ね」
頷く。
「ルーが、出すべきでない指令を出した」
そして、弱々しく目を伏せた。
「…本当は、エミウルも巻き込むべきで無かった」
エミウルは首を大きく横に振った。
「私は、…私は、自分から関わりに行っただけよ。巻き込まれただなんて少しも思わないわ。
 ララーノの居場所を教えて頂戴」
「おそらく」と前置きした上で、オシャーンは手掛かりを告げた。
「ルアンの魂系の、…精霊混じり達の居る所。
 水の音を聞き拾えば、辿り着けるはず」
 
  *

「エミウル、あのね」
ララーノが、耳元で打ち明ける。
「ルーさまが、ご先祖さまに会ったら助けるように言ってたの。
 だから、もしエミウルが――」
その先の言葉を止めるべく、咄嗟にエミウルはララーノを抱きしめる。
日記は音を立て、床に落ちた。
「いいの。あなたは何もしなくていいの。
 私とオシャーンであなたを助けたいぐらいよ。
 それでも気持ちが収まらないというのなら、そうね、…」
腕を解き日記を拾い上げ、表紙をやさしくはたく。
「魂の本に顔を見せに来てくれると、私たちは嬉しく思うわ」

「それだけで、いいの?」
純粋な問いかけに、エミウルは噛み締めるように頷く。
「充分すぎるぐらいに充分よ」
そして、プナハに向かって振り返った。
「私は元の時代に帰るわ」
「ええ、…お気を付けて」
「くれぐれも、他所の時代での行動には気をつけることね。
 私が言えた事じゃないけれど」
日記を両腕で抱え直し、元来た道へと歩き始めた。
「帰っちゃうの?」とは、ララーノの声。
立ち止まり、日記を抱える腕に力を込める。
「もう、行かなくちゃいけないの。
 少しでも、あなたに会えて良かった」
ララーノに振り返る勇気は無かった。
目の前の丸池は水が透明すぎて、今の自分がどんな顔をしているかも分からない。
ただ、その場から去ることしかできなくて。

――あなたの知る私は、1000年を生き終えた後の私よ。
――まだ一生の前半も終えていない私はきっと、あなたにとって物足りないはず。

こんな事を思うぐらい未熟な自分だなんて、だいじな後代に知られたくなくて。

一方で、更に幼いララーノには、そこまで汲み取れる程の余裕が無くて。
呆然として暫く立ち止まって見ていたが、我に返ると同時に顔を歪めた。
「エミウル、…まってよ、エミウル…」
とぼとぼと後を追い始めた。

丸池の集まる広い廊下を出たところで、入り口の横で俯くエミウルがいた。
「ついて来ちゃ、駄目よ」
「みおくり、させて」
そっぽを向き続けても逆効果。
察したエミウルは、必死に感情を堪えながら、ララーノと目を合わせた。
「私より、オシャーンの所に行ってあげたらどう」
そう言って図書館の方向を指すが、ララーノはぶんぶんと首を横に振った。
「エミウルもだいじだもん!」
「…だって、私は…」
エミウルは、片腕で日記を強く抱いた。
空いた手で、ララーノの大きな袖を摘む。
「…一緒に図書館に行くわよ。その後は、本当について来ちゃ駄目だから」
ララーノは、大きく頷いた。

  *

2人きりとなった、プナハとラィ。
プナハは、ラィをちら、と見る。
先代としての自分は、この遠い世代の後代に、何が出来るだろう?
エミウルのように、後代のために必死になる事が出来るだろうか?

プナハの心境に気付いてか気付かずか、ラィは『鍵』を取り出した。
じっとそれに顔を近づけ、他魔法族との連絡を試みる。

――…

――……

『やぁラィ、どうしたの?』
溌剌としたマホガニーの声。
「マホガニーの知り合いってひとと連絡ついた?」
苦笑が『鍵』の向こうから聞こえた。
『さっぱりだね。
 別で、ラィのことを見たいっていうひとは居たよ』
「…なんだか、複雑だなぁ…」
『まあまあ…そのひとも精霊だし、西部の工房に居るんだけど』
「初めて聞いた。
 精霊が工房に?」
『ああ、お互い知らなかったんだ?
 案内するにしても明日以降だけど、どう?』
「いいよ」
ラィがふと横を見ると、プナハと目が合った。
「マホガニー。その時、プナハもいい?」
『会えたんだ? 良かったね!』
「…うん。また、明日にお願い」
『はーい、迎えに行くからね』
「オッケー」

ラィはプナハに顔を向ける。
「会いたがってるひとがいるんだって」
突然の切り出しに、プナハは動揺する。
「そ、それは、私にでしょうか? ラィさんにでしょうか?」
ラィは、自身とプナハとの両方を指した。
「西部の工房に、精霊がいるんだって。
 知り合いが言うには、普通とはちょっと違う精霊らしいよ。
 その精霊も、会ってみたがっているらしくて、」
再び、自身とプナハとを指さす。
「プナハも来る?」

プナハはぽかんと口を開けた。
「私達みたいな方が、他にいらっしゃるという事ですか?」
ラィは首を傾げながら肩を竦め、…ずり落ちそうになった帽子を手で押さえた。
「そこまでは聞けなかった。
 明日に是非、って返したんだけど、来る?」
「明日…」
両手を、ぎゅっと握りしめる。
「是非、お願いします!」




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