オシャーンの日記編 (20)



  コーレニン大広間

マホガニーとベベルが揃ったのを確認し、ルーが口を開く。
「ベベルの指令を監督した結果を聞かせて欲しい」

するとベベルが「え〜…」と口を曲げた。
「そんな用事なら、あたしが居るとかえって不都合じゃないの?
 マホガニーだけで充分じゃない」
「この後ベベルが必要になるのは目に見えている。
 で、どうだった?マホガニー」
名指しで振られたマホガニーは肩で反応した。
「ごっ…5種類の太陽魔法は全て、ルーファシー様の提示された基準を満たしていました。
 それ以上は、専門でない僕の言及は出来かねます」
話し終える頃には、いつもの平然とした口調に戻っていた。
内容に対してルーは「ほらな」といった調子でニヤリと笑う。
「ベベルは太陽魔法の師となる存在を知っているな?」
「…はい」
同魂系337代目、サントレット・ウェイウィーアの事だ。
「彼に教えを請うたりもしただろうが、太陽魔法を使ってみてどうだった?」
「えっと…慣れない魔法だから難しかったわね」
「彼の魔法に追い着くには、何が必要だと思う?」
ベベルは苦々しそうに視線を逸らす。傍で聞くマホガニーにとっても、耳の痛い質問だった。
もし、先代と自分の魔法を比べざるを得なくなったら――。
「そうね…場数と、魔力と、太陽の性質への理解度と、数式の応用力と…」
ベベルの我慢も限界に近付きつつあるのか、「いちいちサントと比べないでよ…」と零した。
代わりにマホガニーが訴える。
「いくら何でも酷だと思います、ルーファシー様」
「分かっている。私もベベルを彼の代わりにしたい訳では無い。
 だが、専門外の魔法を専門レベルに引き上げる為の術は、そのうち誰しも必要となるだろう。
 勿論、自分じゃどうにもならん事を道具で補ったって良いんだ」
ルーは再び、視線をベベルに向けた。
「で、魔法道具は使ったのか?」
ベベルの魔法道具は、一時的に魔力を増幅させる効果を備える。
「してないわよ?そんな気軽に使ったら、いざって時に魔力が追いつかなくなるじゃない」
すると、ルーが大きく溜息を付いた。
「その『いざという時』が来るから、使い所の見極め方を身に付けないといけないというのに」
2人は首を傾げる。
「それがサントと何の関係が…」
ルーは答えるべく口を開こうとしたが、慌てて後ろを向いてしまう。
解散の意を汲み取ったベベルとマホガニーは、大広間から立ち去ることにした。

廊下に出た2人は、無言のまま歩き続ける。やがて、マホガニーが沈黙を割った。
「もしかしてだけど、ベベル」
「何?」
「指令の時にも話していたよね、337代目にサントという先代がいるって」
「そうね、本名はサントレット。ルー様は何かにつけて彼と比べてくるのよね。どうせ比べるなら、他のご先祖様だって良いじゃない」
歩きながら伸びをするベベルの横で、マホガニーは床に視線を落とした。
「…彼は今、何処にいると思う?」
ベベルは大きく振り向いた。
「そりゃあ魂の本でしょ? でなけりゃ何処なのよ?
 生きていて会えるんなら万々歳だけど、時間移動を使わない限り――」

同じく337代目の、ラィを捜しているらしい魔法族の話を思い出し、はっとする。

そして、魂の本の中のサントが反応しなかった事。
もし、そこに理由があるのなら。

「いるの? サントが? この時代に?」
マホガニーは帽子を深く被る。
「分からない。けど、可能性はゼロでは無いと思う」

「…マホガニーのご先祖様も」
「ベベル、」
遮るように切り込む。
「337代目のご先祖様が来る必要がある程、この時代には何かあるんじゃないかな。
 或いは、『何かが起きる』とか――」

直前の、ルーの言葉が蘇る。
――『その【いざという時】が来るから、使い所の見極め方を身につけないといけないというのに』

「コーレニンに、…何が起きるの?」

ベベルの歩みが徐々に鈍くなる。

「どうして、ご先祖様達はその事を知っていたの?」

無言を決め込みたかったマホガニーだが、鍔の下からベベルを覗くと強い眼差しと目が合い、
「分からない」と本心から呟いた。

  *

ベベルは再び歩き始め、マホガニーもそれに合わせる。
なんとなく重い空気が漂っていたが、その場から数えて一つ目の角を曲がった途端、まるで嘘だったかのようにベベルはくるりと身体全部で振り返った。
「決めた! サントがこの時代にいるのなら、あたしは会いたい!」

突然の変わり様に驚き、今度はマホガニーが足を止める。
「宛はあるの?」
「何言ってるの、ある訳無いじゃない」
思わず拍子抜けし膝が折れそうになった。

「だけど折角のチャンスだから。
 もしコーレニンに何かが起きても、サントと一緒なら大丈夫な気がするから。
 何が起きるのかなんて、その時に知るしか無いわよね!」
普段よりも強めの肯定口調。きっとベベルも不安なのだろう。だがそれを打ち破らんとする前向きな姿勢を、マホガニーは見習いたいと思った。

「それよりマホガニー、部屋の方向は真逆じゃない?」
現在、北に向かって歩いているところだった。
「あ、…うん、ちょっとね」
「そ―お? 無理してあたしに付き合わなくても良いんだからね!」
「あ、…うん」

手を振りながら去るベベルを見送り、一人になったマホガニーは考える。

――337代目の先代と比べられる、か…

マホガニーにとっては、カシェと比べられる事。
折に触れて比べられてまで、カシェと会いたいと願うだろうか。
少なくとも自分には、理解しきれなかった。

大広間から北に抜けたのは、彼と再会する可能性を踏まえてのこと。彼が北部食堂を去ってから随分時間が経っており、既に337代目の時代に戻っている可能性も充分にある。しかし何故か、近いうちに顔を合わせるような気がしてならなかった。

そして角を曲がったのは、そういった先代を持たない者のもとに向かうため。
マホガニーは西部の工房へ向かい、フォンエにカシェとの接触を持ちかけることにした。

  *

  コーレニン西部 工房

扉を開けると、工房の主の姿はすぐに見つかった。
作業台の片付けをしながら器具の確認を行っていた彼女が、魔法族の見かけで数世代に跨がって生きている精霊・フォンエだった。
「道理でいつもの作業音がしないと思ったら」
何言ってるの、と相手は小さく眉を顰めた。
「今日はもう閉店だよ。キミ達もそろそろ夕飯を食べないといけないでしょ」
「もうそんな時間か…。
 急用って訳じゃないんだけど、貴方に会いたがっている魔法族がいてね」
「マホガニーがわざわざ許可を取るなんて珍しいね? どんなひとか言うがいいよ?」

彼女の片付けの邪魔にならないよう、マホガニーは簡潔に話した。
相手はルーの魂系337代目の先代であること。
何らかの事情でこの世代に来ていること。
彼らの世代にも『精霊混じり』がいるらしいこと。

全て聞き終えてから、フォンエは手を止める事なく各項目に律儀に返答した。
精霊にとっては相手の魂系なんざ関係無い。
その事情というのも気になるけど、マホガニーが知らないのなら仕方無い。
337代目どころか、1000代目の精霊混じりにすら会ったことが無い。

「ラィを見たことも無いの?」
「ついこの前まで隠れるように生きていた私だよ?
 少なくとも、箒免許の講習に来たことは無いね」
世代を超えて生きる彼女はルーから身を潜めて暮らしていた一方で、出生世代のとある魔法族の意志を継ぎ、コーレニン内にある箒専用通路を飛行するための非公式免許の講師と試験監督を担っていた。マホガニーは1000代目の中でも早い段階で免許を取得し、他の魔法族もこの年齢になるとある程度は取得するものだと思っていたが、ラィが試験を受けようとすらしない理由を考えるとすぐに納得した。
ラィは『天の精霊混じり』であり、精霊としての『飛ぶ』能力と箒の飛行魔法が競合するため、箒に乗ることが出来ないのであった。

道具を確認し終えたフォンエは、戸棚をピシャリと閉める。
「先代でも精霊混じりでも誰でも、好きなように連れて来るがいいよ。
 私はもう、誰かに見つかるのを怖いと思わないから」

  *

  コーレニン東部 某廊下

ベベルとの会話。マホガニーからの連絡。
ラィの中で、3人で旅したルーベリーでの記憶が鮮やかに蘇ろうとしていた。
帰国後、3方向それぞれに歩んでいた道が、また再び交わろうとするかのように――
そして今、新たなもう1本の道がそこに交わろうとする力を、強く感じていた。
「考えすぎかな…」

ラィとララーノは、互いの在住地域から捜してみようということで、東部の中心部まで来ていた。
北東部から南東部にかけては水路が多く、東部でとりわけ特徴的なのは、幅広の廊下に点在する丸池だった。
プナハは水の精霊混じりなので、もしかしたらと思ったものの、天の精霊混じりである自分が空にいるわけでは無い。
「捜そうにも手掛かりが無いから、見つけるのは大変だろうね」
「だったら!」
ララーノは、手が隠れる程の長い袖をぱん、と叩き合わせた。
「むこうから来てもらお!」

ララーノが腕を上げるのと同時に、2人の足下に鮮やかな水色の魔方陣が現れた。
「イア!」
魔方陣の広さに沿った結界が、2人を囲う。
「な、なんで一緒に?!」
自身を指さしながら慌てるラィに、ララーノは「てつだって!」と笑いかけた。
「精霊さんは、びんかんなの!
 魔法族がききとれない音も、きっときけるの!」
「つまり…?」
水の精霊は、水の音に。火の精霊は、火の音に。風の精霊は、風の音に。
どんなに些細な音にも精霊は気付き、反応するだろう。という事らしい。
そしてその敏感さは、精霊混じりの魔法族にもたぶん当てはまるだろう、と。
精霊にしか聞き取れない音域で、プナハを引き寄せる目論見なのだろう。

また、各精霊の司る分野の境界は緩く混じり合っている。
そこまで把握していたからこそ、ラィを魔法に巻き込んだのだと思われた。
ラィは小さく呟く。
「プナハは、水の精霊混じり。
 『天』と共通するところの音なら、どちらにも聞こえると思う」
そう言って、天井を見上げた。
「たとえば、雨――…とか」

「『雨』?」
首を傾げるララーノに、ラィは頷く。
「空から水が降ってくるのを、ルーベリーで見たんだ」
懐の杖に手を掛けた時、小さな疑問が零れた。
「…プナハは『雨』を知っているのかな」
魂の本で、ルアンから聞いたことがあった。
1代目の時代に『屋内』で雨が降った日のこと。
他の世代の先代達も彼女の言葉に頷いており、この国では1世代につき少なくとも1度は雨降りを経験しているかのようなニュアンスだった。
聞いたのが何年も前の事で、当時プナハがどう反応したのかまでは覚えていない。

「――試してみよう」
手を掛けた杖を取り出し、結界の上部に向ける。
「マニユラム」
結界内の上方の空気が冷え始めた時、ラィははたと思い出す。
「…と、アルムレーラ」
2人の上で傘が広がったのと、結界内で雨が降り始めたのは、ちょうど同時だった。

「あとは、プナハに音を届けるだけ」
「まかせて!」
ララーノは大きく頷き、袖を合わせ、目を閉じた。

足下の、結界の魔方陣の光がチカチカと瞬き出す。
コーレニン全体に、微弱な雨音を反響させているらしい。

暫くするとラィは、自身の耳に入り始めた異質な音に気付く。

「水の音が近づいてくるよ…
 まるで、水溜まりの上を歩いているような」

注意して耳を澄ませるが、不意に結界の上を「ト、ト、ト」と叩く大粒の雨音にて我に返る。

杖を振り、雨と傘をかき消し結界外への視界が開けた時、
互いは互いの姿を目に入れることとなった。




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