オシャーンの日記編 (19) |
コーレニン東部 丘の部屋 終日夜の、丘が広がる部屋。 地表すれすれに流れる雲は、かつて旅したルーベリーの某国と重なる。 そんな事を考えるのは、ルーベリーに未練があるからだろうか。 ルーから分割された『鍵』を渡された時点で、その場限りの出来事で無かったのは明白だが。 1000代目の精霊混じり、ラィ・ルアンは、杖でもある小さな横笛を吹く。 籠もった柔らかな音色が、天井に浮かぶ星に向かって奏でられる。 ――ルーベリーの、『本当の空』の星にも届くといいな。 自分の本当の居場所が見つかるように。そんな願いを込めて。 『天の精霊』が混じっている以上、外界の広い空への想いを捨てきれなかったのかもしれない。 突然、丘に強い風が吹き、紫紺のローブがはためいた。 大きな三角帽を押さえながら、風上の方を見遣る。 「ラィ、見つけた!」 暗がりの中でも、鮮やかな水色の髪によって一目で誰だか分かった。 「ララーノ…? どうして此処が?」 「笛の音が聞こえたから!」 部屋の外には聞こえないはずなのに。 だがララーノは音楽魔法専門だった。人一倍、音に敏感なのだろう。 「上手い訳でも無いし、ひとに聞かれると恥ずかしいよ…」 独り言を置き換えたのがあの音だし、心を休める為に吹いているようなものだった。 ラィは杖を仕舞う。 「でも、どうしてわざわざ此処に?」 待ってましたと言わんばかりに、ララーノは張り切って答える。 「ラィを捜しているひとがいるの!」 張り切りの余韻が漂う。 「へ…?」 ラィは自分を指さし、首を傾げた。 ララーノは大きく頷く。 「ルー様が言ってた!そのひとをラィのところに案内するようにって! だけど誰か分からないから、ラィと一緒にそのひとを探すことにしたの!」 ラィはまじまじとララーノを見つめる。 「…指令?」 「うん!」 「全くヒントが無い状態で?」 ララーノは「ヒント――…」と呟き口をへの字に曲げるが、すぐにぱっと笑顔を灯した。 「えっとね、ルーさまは『精霊混じり』って言葉に気をつけるように、って!」 「『精霊混じり』…」 「そのひともね、ラィのことを知らないんだって」 「…」 1000代目でラィを知らない者はいただろうか。 ラィは大きな襟に口元を埋めて考える。 「もしかしてだけど、他の『場所』の誰か、とか…」 『場所』が、時間という縦の層・空間という横の層の両方を指し示している事は、ララーノもなんとなく理解した。 「だけど、『精霊混じり』って言葉が出てくるのは…」 コーレニンに他ならない。 となると、考えられるのはコーレニン内の別世代の者。 ラィの知る別世代の魔法族で、『精霊混じり』にひときわ敏感なのがいたのを思い出す。 「プナハかな…」 ララーノはラィの顔を覗き込む。 「プナハ?」 「ルアンの魂系337代目」 ラィからの返答を聞いたララーノの表情は、更にぱあっと明るくなった。 「337代目だったら、エミウルがどこにいるか知ってるかも!」 今度はラィがきょとんと目を丸くする。 「エミウル?」 ララーノは溢れんばかりの笑顔で頷く。 「わたしにとっても、オシャーンにとっても、すっご――くだいじなひと!」 * 「手掛かりがあるかは分からないけれど」 そう言うラィと共に訪れたのは、東部のとある部屋だった。 廊下に面した壁は分厚いガラスの填められた格子になっており、図書館や食堂といった『施設としての部屋』を縮小したような雰囲気を纏う。 かといって誰かが頻繁に使っている形跡も無く、訪れた者が抱くのは『忘れられた場所』という印象だった。 5年前、そこはルーベリーでの旅の始まりとなった。 ラィは、かつて自分宛の手紙が置かれた丸テーブルを前にする。 勿論今は何も置かれておらず、部屋自体の記憶もおぼろげだが特に何かが変わった様子は見受けられなかった。 「他の『場所』と繋がる手掛かりがあれば良かったのだけど」 ララーノは深刻さを全く見せずにラィの顔を下から覗き見上げた。 「いいよ、ゆっくり探そう!」 そんな時、突然勢い良く扉が開いた。 「ラィ…と、ララーノ?! どうしたのこんな所で!」 菫色のローブに、オレンジの髪がよく映える。 部屋の奥まで通りそうなその声に、ラィは小さく身を縮めた。 「ベ、ベベルこそどうしたのさ…」 ベベル曰く、部屋の中でちらつく明かりがガラスを通して目に入り、気になって立ち寄ってみたとのこと。 事の大筋をララーノが説明し、所々でラィが補足を挟み、ベベルに事情を伝える。 全て聞き終えた時、ベベルはほっとした様子を見せた。 「は―そういう事ね。また何処かに行こうかと目論んでいるのかとでも思ったわ」 「行かないよ、何処にも」 ラィは少し迷った後、一言「…きっと」と付け足した。 「いいけど何処にも行かないでよね!またアンタを捜しに行くってなったら大変なんだから! あたしはルー様に呼ばれた用事があるけれど、その後とかなら協力できるんだから、何かあったら言いなさいよ!」 ベベルはそう言ってドアノブに手を掛け、「絶対だからね!」と念を押して立ち去った。 * コーレニン北部 食堂 残されたマホガニーは、なんとか激甘のパンを食べきっていた。 「解放された…」 カシェが精霊や精霊混じりに興味を抱いていたのを思い出す。 「フォンエとラィに根回しした方が良い…のかな」 こちらが何もせずとも、カシェ自ら行動を起こす可能性もある。それならばどのみち2人に心の準備をして貰うに越したことは無い。 まず、遠距離でもやり取りできるラィに連絡を取ることにした。 『鍵』を通じて呼び掛け、ラィの反応を待つ。 ――… ――…… 『マホガニー? 久し振り』 密やかな声で返ってきた。 「やあラィ、今大丈夫?」 『いいよ』 マホガニーは早速本題を切り出すことにした。 「君に会いたがっているひとがいるんだ」 『…プナハのこと?』 「プナハ?」 『えっ…違うの?』 「…」 聞いたことも無い名前。 それでいて、ラィにとっては馴染みらしい名前。 マホガニーは、大広間での留守番中に聞かされた、カシェからの忠告を思い出す。 ――『337代目には気をつけろ』―― ――もしかして。 「…ラィ、そのプナハってひとはラィのご先祖様?」 『そうだよ。同じように会いたがっているんだって。それがプナハかは決めつけられないけれど』 「……人気者だね?」 『違うと思う』 プナハという者が本当に337代目かは知らないが、カシェ以外の先祖がこの時代に来ているのは確からしかった。 「分かった。僕の知り合いに会って貰うことは出来そう?」 『いいよ』 「向こうの気分次第になりそうだし、いつになるか分からないけど、また連絡する」 『オッケー』 ――あとはフォンエか…。 通話を終え椅子から立ち上がったところで、『鍵』に呼び出しが掛かっているのに気付いた。 手に取り、掛け手の声を聞き取る。 『マホガニー、今いいか?』 「ルーファシー様? どうされたんですか?」 『先のベベルの指令について聞きたいことがある。 マホガニーも大広間に来てくれるか?』 「いいですけど… ベベルへの連絡は?」 『もうした。再度の招集に不服なようだが、来るっちゃあ来るらしい』 「そ、そうですか…」 思えばベベルの指令について触れられること無く大広間を後にしたのだった。 「監督をしっぱなしではいけませんからね…」 「覚えていたなら言えば良かったものを」 「それが出来る状況だったとは…思えません」 先刻までカシェが座っていた椅子を見つめる。 『鍵』を通じて「あ〜」と納得半分・呆れ半分のルーの声が、小さく聞こえた。 カシェへの書置きを残すべく、マホガニーは懐からペンを取り出した。 共に昼食を済ませたテーブルにペン先を立てる。 書き残した文字列に杖を向け、 「セーメ」 と唱え、インクを見えなくした。 |