オシャーンの日記編 (18)



  コーレニン大広間

ルーが玉座でうたた寝を始めようとしたところで、小さな魔法族の元気な声に叩き起こされる。
「ルーさま!『指令』ってな―に?」
オシャーンの魂系1000代目のララーノ。
尋ねられながら両手で掲げられた紙切れを、ルーは微かに視界に入れる。
「あ――…そうな、指令な。突然ですまなかったな」

ルーはコホンと咳払いをする。
「今回ララーノに頼みたいのは2つだ。
 まず1つ、ラィのことは知っているな?」
「うん!」
ラィとは、ルアンの魂系1000代目の魔法族。
かつてルーベリーを旅した3人の内の1人であり、そもそもの旅のきっかけとなった者だ。
残りの2人はベベル・ウェイウィーアとマホガニー・ルー。
ララーノはこの3人全員と知り合いだった。もともと彼女自身が小柄で中身も無邪気な子供のままなので、周りから気に掛けられることも多く、顔は広いほうである。
「もしラィを探している者がいたら、案内してやって欲しい。
 ただそいつは、自分が探しているのがラィだとは知らない。
 『精霊混じり』という単語が出てきたら注意するように」
「うん!」

「それからもう1つ…これは余力があったらで構わないのだが」
「?」

「先祖に会ったら、助けてやって欲しい」



  コーレニン図書館

ララーノは青の表紙の魂の本を開け、呼びかけた。
「オシャーン!」

オシャーンは顔に刻まれたしかめっ面でララーノを見返す。
その眼差しが穏やかであることは、ララーノも分かっていた。
「ララーノ、久し振り。
 ……指令?」
「うん!」
ララーノは大きく頷く。
「ラィを探しているひとを見つけて、ラィのとこに案内するの!
 だけど誰か分からないから、ラィと一緒にそのひとを探すことにしたの!」
「ラィって…――」
「ルアンの魂系1000代目!」

1000代目での出来事を知るオシャーンは、ララーノの指令が何に繋がるかピンときた。

「…ララーノ、駄目。その指令に関わってはいけない」
「? なんで?」
「それは…」
日記から繋がる出来事を担わせようとするなんて。
理由はきっと、オシャーンの魂系だから。それだけ。
他の魂系に委ねるよりはきっと妥当だが、ルーはなんて残酷なんだと、オシャーンは俯く。
同時に、生前に自分のした事を改めて悔いた。

あの時は状況を取り繕おうと、関係無かったはずの他の世代を巻き込む事を選んだのだった。
縋るように。

そんなオシャーンの心情を察したか、ある事に気付いたララーノは魂系の長に問い掛ける。

「エミウルは?」

オシャーンは、自分の表情が固まるのを感じた。
エミウルが本において顔を出さないのは、本人が今この瞬間この時代にいるからだろう。
「エミウルは、どこ?」
「…」
「おかしいねえ、いつもなら隣にエミウルが来るのに」
ララーノの追い打ちは止まらない。

「…そうだね、……おかしいね」
こう返すのがやっとだった。


  *

  コーレニン図書館 上階

ララーノよりも先に図書館に来ていたエミウルは、日記の並ぶ本棚の前にいた。
1000代目の時代での最終巻を手に取り、近くのソファに腰を下ろす。
取り戻した337代目の日記を、1000代目の日記と照らし合わせる作業に入った。
些細な箇所にカシェが細工をしていないとも限らないからだ。

そんな最中に階下から、出入り口の扉が開く音と元気な足音がした。1000代目の誰かだろうか。
近付いてきたら隠れれば良い――そんな事を考え耳をそばだてながら作業を進める。
思いも寄らなかったのは、その直後の事。

その者が発したのは、共通の先祖の名前だった。

一方通行の会話なので、魂の本と話しているのだろう。
そしてエミウルは、次の発言で追い込まれる事になる。

「エミウルは、どこ?」

彼女もエミウルも、魂の本の仕組みを知らなかった。
先祖が読者と同じ時間層にいるとき、魂の本の中のその先祖は、
読者との繋がりを断絶されるという――
余程の事が無い限り、魔法族は知り得ない仕組み。

――どうして私の居場所を求めるの?

――オシャーンは何と答えたのかしら?

はらはらしているうちに、ギイと扉が開き閉まる音がした。
図書館の中が静まり返る。彼女は去ったのだ。

エミウルは、彼女の発した先程の質問を頭の中で繰り返す。
彼女はまた、「おかしいねえ、いつもなら隣にエミウルが来るのに」とも言っていた。
エミウルを捜していたというよりは、魂の本で自分が顔を出さない事への素朴な疑問を投げかけただけだったのだろう。世代交代後の自身の過ごし方など考えたことも無かったが、彼女の言う事が本当なら、いつもオシャーンと共に後代からの呼び掛けに応じている事となる。
とても自分がそういう性格だとは思えない。或いは、1000代目においてのみなのだろうか。

まだ見ぬ1000代目に思いを馳せながら、エミウルは再び2つの日記に目を落とした。




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