オシャーンの日記編 (17)



「カシェパース、ようやく会えたわね」

カシェは同行者に気付くが、追求は後に回すことにした。

「お前が捜していたのはこれだろう」
そう言ってカシェが日記を差し出す。
エミウルは驚いた様子でカシェと日記を交互に見た。
「何故…――?」
「俺には必要が無くなった。だからお前に会っても良いと思った」

日記を受け取り、その場でぱらぱらと頁を繰る。
特に違和感が無い事を確認し、「ありがとう」と日記を抱きかかえた。

「さて」
カシェはようやくエミウルの同行者に目を向けた。
「何故、貴様がいる。ズィナ・シューナ」
ズィナは毅然として歩み出る。
「覚えていらっしゃったんですね。魔法道具を元に戻してください」
細長い杖を向けられる。
1000代目の時代に来たばかりの時に目にした、先端に本の付けられた杖。

影が切られた後、ズィナを野放しにしていた事を大広間にいた時なら後悔しただろう。
だが、今は違った。
プナハからも日記からも収穫が無く、1000代目で起きる事についての情報に純粋に飢えていた。
怪しいと睨んでいたズィナ自ら出てくるのは、今となっては好都合だったのだ。

そして、自分が杖に関与していると相手が知っているのなら、こちらの出方も変わってくる。

「ああ、いいさ。貸してみな」
口先ではそう答える。
本心でないのが伝わり嫌な予感がしたのか、相手は差し出そうとした杖を引っ込めた。
「…いえ、直し方だけ教えてください」
ズィナの反応を見て意味深な微笑が零れそうになった。
「分かった。引き替えに情報をくれたら教えてやる」

「情報…ですか?」
心外だと言わんばかりの声で聞き返す。
「そう。とても簡単な『情報』だ」
そしてカシェは、ある定番フレーズを投げかけた。

「お前は何代目だ?」

相手の口元が固まった。

「せ、…1000代目ですよ。何を仰るんですか」
ズィナとしては平然と答えたつもりらしかったが、前髪の奥で視線が揺らいだのをカシェは見逃さなかった。魔法族間では定番でありながら冗談交じりでも使われるこのフレーズに、まさか本当に引っ掛かるとは。この時代に自分達4人以外の他世代が紛れ込んでいるなど思いも寄らず、この反応はカシェとしても意外だった。ともあれこの質問により、ズィナが怪しいと確定した。後は正体を暴くのみ。
「この杖が本来の姿ではないと知っているんだろう?
 そして杖を改変したのが俺だとも知っている」
「それは…」
「待って」
エミウルが遮った。
「ご先祖様から引き継いだ魔法道具だと言っていたわ」
視線をズィナに留めたままエミウルに問いかける。
「改変の犯人が俺だと知る理由は?」
エミウルに代わり咄嗟にズィナが口を開く。
「シューナの魂系337代目に――」
嘘だとすぐに分かった。
「マイカ・シューナは知り得ないさ。あいつが知っていたならお前はとっくに別のアプローチを仕掛けていたんじゃないか? そしてシューナの魂系は1代目の記憶を知り得ない」
「知らないなんて事は無いわ。魔法道具についての記載もあるはず」
「口を挟むなエミウル。シューナの魂の本に1代目の『中身』が不在なのはエミウルも知っているだろう。端っから1代目の記載自体が無いルーの魂系とは違うんだ」
エミウルはショックで口を噤む。もともと他魂系にそこまで関心は無く、勿論シューナの魂系の事情についても今初めて知らされた。1代目と話せないなんてどれだけ心細いだろうと考えかけるが同情に過ぎないと気付き、心の中でも黙り込んだ。

「俺だと知る理由は置いておこう。他に不可解なのは杖の先の本の中身だ。
 この本は魔法合成に使う物だろう?数式と魔方陣の書かれ方から分かった。それはいい。
 ただ、多く使われていたのが古代文字だった」
ズィナの顔が青ざめる。
「古代文字が併用されていたのはルーベリーとのルートが開かれていた2代目までと、名残の影響下にあった3〜4代目まで。それ以降はごく一部で細く引き継がれている程度だ。
 不可解なのはもう1点。書かれた文字の筆跡が同じ。後の世代が使った形跡が見られない」
次から次へと追い詰める。
「本来、魔法道具については魂の本を通じて後の世代に伝える事が出来るな。
 隠す者もいるだろうが、何処かの世代でばれるものだ。
 だが『知る人がいない』のなら話は別だ。
 1代目が合成書を使っていたという事実はエミウルも言ったように知り得るだろう。
 それなのに何故誰も辿り着けなかったのか?
 何故、お前が辿り着けたのか?」
指の代わりに杖をズィナに向ける。

「…偶然ですよ。貴方も偶然にしてこの本に辿り着いたのでしょう?」
相手がどんどん墓穴を掘る様が、カシェにとっては愉快だった。
「俺が本を見つけたのが偶然だって?
 家具を動かし解錠をした先にあった魔法道具なのに?
 隠したのは『お前自身』なんじゃないのか?」
「――!!」
「解錠に必要な呪文も古代語だった。
 お前も分かっていたんじゃないか?かつてルーベリーにあった文明での文字は、いずれ使われなくなるという事を。後の世代に触れられたくないから敢えて古代語を選んだんだろう?」
ズィナの唇が震え出す。
「もう…いいです」
「何て?」
カシェはニヤリと笑う。
「貴方なんかに直して貰わなくて結構です!」
ズィナは絞り出すように言い切り、その場から逃げるように走り去った。

始終を見ていたエミウルは、ようやく口を開いた。
「…カシェパース、流石に酷いんじゃない?」
「分かってる」
「でしょうね。
 この後、あなたはどうするの?
 そもそも、どうしてこの時代に来たの?」
「日記の『100万年後』云々の記述を確かめに」
「不思議ね。あなたが進んでオシャーンの日記を読むとは思えないわ。
 どうせ記述ありきで読んだのでしょう」
いつもの淡々としたエミウルだった。

「お前こそズィナについては良かったのか?」
「心配ではあるけれど、私がどうこうする事じゃないと思うの」
エミウルは小さく息をつく。
「私は337代目の時代に帰って日記を戻すわ」
「いいのか? 『100万年後』の出来事にプナハとサントが首を突っ込むかもしれないぞ」
「日記を書いたのはオシャーンだけど、1代目の皆がこの時代に来るということは、全魂系に関係があるんじゃないかしら。
 それなら出来るひとが出来る事をすれば良いし、私は日記を守れればそれで充分」

「だけど、もしオシャーンが協力を求めることがあれば、私はまたこの時代に来るわ」
そう言い残し、エミウルはカシェの前から立ち去った。


  *


  コーレニン北東部

「見つけたよ、プナハ」
「はわわっ?! サントさん?!」
まさかこの時代で合流するとは思いも寄らず、だがそれ以上に喜びと安心が大きかったようで、飛びつかんばかりの勢いで振り返った。
サントはサントで、予想以上のプナハの反応に思わず飛び退きかけた。
「どう?1000代目の時代で何が起きるか分かった?」
プナハが目をぱちくりさせる。
「えっ…何の事でしたっけ」
「へっ??」
思わず素っ頓狂な声を上げる。
「忘れたの?オシャーンの日記に書いてあった事…
 え、じゃあなんでこの時代に?」
プナハはサントの言葉を頭の中で噛み砕き、飲み込む。
「あ――…!そうでしたね、そういえばそうでした!
 でも、なんとなく予想は立てていますよ!
 この時代に数百代振りに精霊混じりが生まれ、そのひとが何か事件を起こす〜…みたいな!」
前触れ無しにぶっ飛んだ推論。
「ちょっと待って…待って…その考えにどうやって至ったのか聞きたいなあ…」
「な ん と な く 、です!」
サントから渋さ満天の苦笑が溢れ出る前で、プナハは大きく胸を張る。
「精霊混じりが生まれるのは、337代目時点では私しかいないんですよ。
 そして『100万年後に何かが起こる』が表すのは『100万年後』に精霊混じりが生まれる事、という可能性も否定できないじゃないですか!
 稀だから未来予知をしたルー様もきっと驚いて!
 『100万年後の世代だけでは対抗できない』というのは、その精霊混じりが何か事件を起こしてその規模が大きくて〜…!」
「待って待って待って――…」
何処でそんな物語が生まれたのか。サントは全くついて行けない。
ただ、一つ手掛かりになりそうな単語に気付く。
「それが可能性の一つとして取っておくとして…
 プナハはどうしてそこまで『精霊混じり』に拘るのかなあ?」
「だって!」
プナハは一層真剣な目つきになる。

「私以外の精霊混じりに会いたいから!」

あまりにも真っ直ぐだった。
1000代目で何が起ころうが、きっと何でも良かったのだろう。
ただ、『知らない世界』を見るきっかけが欲しかった――
サントはプナハの答えを反芻する。

プナハは予てより抱いていたのであろうその一筋の願いから、それを叶え得る物語を、逆説的に導いていたのだった。
納得したサントは口元を綻ばせながら「そうかぁ」と呟き頷いた。

「会えると良いね。応援してるよ」
プナハは首を傾げる。
「サントさんは来ないんですか?」
「プナハはやっぱり一人で行くべきだと思うよ」
最初の頃にも同じ事を言われたっけか。
あの時はその意味を聞かず終いだった。
「サントさんこそ、どうして私が一人で行くことに拘るんですか?」
サントは質問自体を否定するように首を振った。
「プナハが一人で行くことにじゃない。
 拘っていた事があるなら、余計な事に干渉しないようにする事。
 プナハの本当の願いを聞いて改めて、僕が表立って関わるべきでは無いなと思った。
 精霊混じりについては全く心当たりが無いからね。それなら多少なりとも通ずるひとと行動を共にした方がいい」
だんだんプナハの表情が萎れていく。
見かねたサントは、
「だけど、裏で支援できることはしようと思う。その思いはあの時から変わらないよ」
と、小さな光を宿した。

「それから別件で、僕が関わりそうになる事があってね。
 それがプナハの言う事と繋がるかはまだ分からない。
 もしお互い協力が必要になった時には、よろしくお願いね」

プナハが大きく頷くのを確認したサントは、横をすっと通り過ぎ去って行った。









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