ズィナ編  (13)



  コーレニン西部 工房

工房を訪れるユイユに、フォンエから質問を投げかけられた。
「どう? ズィナの魔法道具のこと、分かった?」
まさにその事を伝えようとしていたユイユは、準備していた言葉が頭から吹き飛ぶのを感じた。思考回路をこんなに読まれるまでになっていたとは。
「ユイユは分かりやすいからね―」と言いながら、フォンエは作業の手を止めた。
完全に聞き体勢に入った彼女に、ユイユは言葉を取り戻しながら一つずつ話し始める。

杖の先の本のこと。
頁に何かを書き込み閉じると、魔方陣の一部が変化したこと。
一方で、頁を繰って閉じるだけでも、同じように魔方陣が変化したこと。

また、魔法の主体は、あくまで魔方陣であること。

相槌を打ちながら聞き入るフォンエに、ユイユは意を決して一番伝えたかったことを打ち明ける。
「この魔法道具もズィナも助けたい。
 だけどここまで見ていても、僕にはこれがどういう道具なのか分からなかった。
 どうやって助けたら良いのか分からない。だから、その… フォンエに協力して欲しいんだ」
ズィナにはああ言ったが、いざ伝えるとなると勇気が要る。
見上げた時の、「やっぱりね」といったフォンエの笑みに、ようやく肩の力が抜けた気がした。

「ズィナが来なくても、ユイユから動くだろうなと思ってはいたよ。
 でもねぇ。残念ながら、あれは持ち主本人がどうにかするしか無いと思うんだよね―。
 いくらこっちが説得しようが、本人が納得して動かないことには3者とも救われない」
「3者…」
「持ち主と、『杖』と、『魔法道具』」
「…」
ユイユは口を開けたまま動きを止める。

「みぃんなね、想いを抱えて溜め込んでいるのよ。
 自身の想い、託された想い。言葉だったり魔法の断片としてだったり、色々ね」
「魔法の断片?」
聞き慣れない単語に、首を傾げる。
「ユイユの言った事からの推測だけど、杖の先に付いていた本には2つの役割があるだろうね。
 1つは、魔法の断片を保管する物として。
 もう1つは、魔法を混ぜ合わせる物として。
 いずれにせよ、新しい魔法を紡ぎ出すのを助け導く為の物じゃないかと、」
腰に手を当て、身を乗り出す。
「私は思ったワケ」

瞬きもせず、ユイユはフォンエを見つめる。
「『その材料に、想いが込められている』…?」
「そういうこと。
 ユイユが道具の『声』に踏み込み始めた時、正直まさかそんなものって思っていたんだよね。
 過去に道具に込められた想いってのを訴えた魔法族がいたけど、同じ事を思った。だけどね。  論理的に纏まらない部分や、魔法でも説明がつかないところにそういった『声』や『想い』を当てはめると、不思議と説明がつくことがあってね」
ふと、フォンエの視線が横に逸れる。
「精霊の魔法は特にそう。魔法族の使う魔法では説明しきれないし、万物に起こること全ても、私達の魔法では説明しきれない。定義を越えた所で作用するモノ。
 『声』のように言葉としての形を持たない、不思議で、でも目を離しちゃいけない何か」

視線の先を追うと、作業台の上に置かれた小瓶に目が留まった。

「それは?」
フォンエは「これね」と小瓶を手に取り、ユイユに差し出した。
「ユイユがズィナと持って行った瓶を作ってみたくなってね。
 形だけ作って、魔法については誰かに聞こうと思っててさ。
 ほら、金属の精霊だから分野外の魔法はてんで駄目でしょ、私」
苦笑交じりで肩をすくめるフォンエだが、硝子のような金属以外の物質をも使いこなす辺り、さすが魔法道具のエキスパートだとユイユは思った。
彼女が行き詰まっているのは仕上げの魔法であり、『魔法』に殆ど頼らず道具を作り上げる事を信条とする彼女は、「仕上げの魔法は魔法族のほうが詳しいんじゃない?」と言う程だった。
ユイユからすれば、『魔法』を使わずどうやって膨大な種類の魔法道具を作ったり診たりしてきたのかを知りたいところだが、それが魔法族と精霊の『魔法』の違いなのだろう。

「あの瓶を作ったひとが生きていたら、聞きに行くのにね」
ぽつりと呟く彼女の眼差しは、あの時と同じだった。

――『瓶の形こそ不格好。でありながら、掛けられたのは高度な魔法。
   これを作ったひとは、魔法道具作成の経験自体は浅かったろうけど、
   道具と魔法の研究に相当執着していたひとだろうね。
   一緒に仕事を出来たら楽しかっただろうなと思うよ』

そして何故か付随して、指令遂行時のズィナの発言が脳裏に蘇った。

――『他の星については順次、瓶が出来次第ということで如何でしょうか』

「作った本人じゃ無いだろうけど、詳しそうなひとならまた、……
 あのね、持って行った記録魔法瓶、ズィナが作りに来るかもしれない、って」
ユイユにつられ、フォンエの目も大きく見開かれた。
「作り方が分かるんだ?」
「多分。自分で言っていたから」

彼女の目に、意味深に瞼が被せらる。
「ふ―ん…だとしたら、その瓶と彼の魔法道具、目に見えないモノを保存するという共通点があるのは、偶然じゃ無いかもしれないよ」

  *

  大広間

1人で帰ってきたズィナを目にしたルーは、ありもしない眉を顰めた。
「ユイユはどうした?」
「用事があるそうです。報告なら私一人で充分でしょう」
ズィナは杖を背中に持ち、きっぱりと返した。
「そうは言ってもな―…『報告までが指令だ』とかつてあれ程」
「遠足か何かですか。変なところで几帳面ですね?
 ――それで、報告ですが」
一拍置く。
「惑星儀の修理は成功したと、私達は判断しました。
 機械の不調の原因は、現実世界で消えた星が惑星儀において在り続けようとし、惑星儀を制御する魔法に齟齬が生じた事です。
 ユイユさんの『部品毎の声を聞く』力をお借りし、消えた星の模型の意志のみを残し本体を取り除くことで、メモにあった『廻らない星』は元の動きを取り戻しました。
 今回のケースは、星が生まれ死ぬものである以上、また起こり得るでしょう。そこで精霊に、今後の惑星儀の管理を委ねる事にしました。
 私からは以上です」

ルーは「ほぉ」と唸った。
「精霊、ときたか」
「えぇ。『声の精霊』だそうですよ。特性としてはユイユさんと似た感じかと」
「よくもまあ都合良く見つけられたものだな?
 ユイユらしいアプローチといい、お前が最後まで付き合ったってのが未だに信じられん」
「私はあくまで指令遂行を優先し、合理的な方法を提案・実行したまでです」
「そうか」
ルーは目を伏せた。

訪れた静けさの違和感にようやくズィナが気付いた時、ルーは聞こえるように呟いた。
「現場に残る、魔方陣の跡」

「… 何か問題でも?」
「そうだなあ、問題があるとしたら」
真紅の目を開けたルーは、見透かしたような笑みでズィナを見下ろす。

「そんなに長く生きていて疲れないか?」

突然の切り出しに面食らう。
「な、…何を仰るんですか」
ルーが指しているのはこの十数年のことだけでは無く、かつて生きた1000年間を含んでいると即座に理解した。
思わず、自分の口元も薄ら歪みながら緩んでゆく。
「疲れないかだなんて…貴方こそ」
一筋の冷や汗が頬を伝った。

「ほう? やはりお前は、あの『シューナ』か」
「最初から分かっていたのでしょう? だから1000代目にはズィナという似た名前をつけ、お守りには同じ石を与えた」
『ズィナ』は胸元のリボンに隠れたトルコ石を露わにした。
「それでも、私は足掻きましたよ。『あの頃』の魔法はなるべく使わないようにし、あたかも数式魔法一辺倒でやっている素振りを見せたりもした」
「今回の指令で、つい『あの頃』の、数式を掛け合わせた魔方陣と魔法合成を持ち出したというところか。一体何が、そこまでしてきたお前を動かした?」
「それは言えません」
間髪入れずに答える。

「…そうか。
 だったら、そこまでしてきたお前の目的は何だ。シューナ」
「そうですね、―― コーレニンには『変化』があるのかを確かめる事ですかね」
「『変化』?」
「ええ」
呆気にとられた小さな個体に向かって、ズィナはほくそ笑む。
「『物事の変化は、時の流れによって生じる。
  時の流れがあるからこそ、変化が生じる。』
 1代目と1000代目、各幼少期に貴方が私たちに教えた言葉です」
「ああ。忘れることは無いさ」
「では、変化の無いコーレニンに流れる『時』は、どこへ行ってしまったのでしょう?」

ルーはしばし考え、ぽつりと呟いた。
「変化…なぁ…。時の流れを追うのに、1000年じゃ足りなかったか?」
「足りない程に、この宮殿は手強かったですね。
 ならばと遠い未来に賭けた結果が、今ですよ」
真っ直ぐルーを指さす。
「構造が変わることも無ければ、物損が起きてもいつの間にか直っている。
 私たち魔法族が生まれるまで、貴方はどのように正気を保っていたのですか」
指先が弱々しく折れ曲がっていく。
「それとも、…もう既に狂っていたというのですか」
ルーは穏やかに眼を細める。
「自分でも分かりやしないさ。ただ、どんな私でも、どんなコーレニンでも、受け容れる他無いと思っているし、そうするつもりだ」

大広間から去る時、「再び過ちを犯さないために」と小さく聞こえたような気がした。 


  *

  5年前

1000代目の3人がルーベリーを旅をすることとなった日の、数日前。
ズィナは時空移動ポイントにて休んでいた。当時はそこが時空間移動に適した場所だと聞いた事こそあれど、ただの手狭な居心地の良い空間としてしか認識していなかった。

そんな時、ふと何かの気配を感じた。
塵のような光が2,3粒、目の前に落ちてきたのだ。
目の錯覚かと思ったが、膝に落ちたそれは、まだ微かに光っていた。
そこでズィナは、この場所の担う役割を思い出す。

――外から何かが来ようとしている…?

その時既に確信していた、コーレニンの変化の無さ。
外界からの干渉が来るなら歓迎だ。
他時間層からの干渉は御免だが、時間の秩序が保たれた上での『変化』なら健全に、コーレニンを新たな道へと導くかもしれない――

時空間移動の魔法とはあまり縁がなかったが、この度ズィナの意識を乗っ取る目的で開拓した魔法の、応用を効かせた魔方陣を描く。

「良いですよ、受け入れます」

投げた声が届いたのか、その時に時空間のルートが広くなったのか。
ズィナの膝に一通の手紙と一枚の紙切れが落ちる。

紙切れを手に取り、書かれた文字を目で追った。
「『この手紙を必要とするひとの所に届けてください。
  そのひとは、じぶんがそこに居る事に、きっと疑問を感じています』…」
書かれた内容と、それを示す辿々しいルーベリー文字を眺め、新しい未来への兆しを感じた。

紙切れが誰の事を指しているのか分かりかねたので、ズィナは誰もが通り得る部屋に、封のされた手紙を置きに行く。
廊下との壁に厚く細かいガラス窓のある、ひっそりとした佇まいの部屋。
部屋の中心にあるテーブルに「手紙を必要とするひとが導かれるように」と祈りの魔法を掛け、手紙をそっと置いた。




 Menu