ズィナ編  (12)



  コーレニン西部 工房

ユイユに連れられて来たズィナの顔を見るなり、フォンエは「ようやく魔法道具を見せる気になった?」と声を掛ける。
が、ズィナは無言で首を横に振った。
代わりにユイユが事情を説明する。

「――記録魔法瓶ねえ。マホガニーのほうが分かりそうなものだけど」
マホガニーは記録魔法専門。空間をコピーし保存する事も可能で、よく容れ物を求めに工房を訪れていた。
「話を聞く限りでは普通の記録魔法とも一味違うみたいだし、ある程度特殊な魔法に耐えられるのが良さそうだね」
フォンエは工房奥の食器棚から瓶を探る。
「これはどう?」

一見不格好で、厚みが若干不揃いな瓶。
ズィナは瓶を受け取り、まじまじと見つめる。
何故だろう。どこかで見覚えのあるような気がした。

「誰が作ったかは不明だよ。ここの瓶の殆どが、私以外の誰かが作った物なんだけどね」

フォンエの説明を耳に入れながら、瓶の表面を手でなぞる。
触れる毎に、徐々に記憶が呼び覚まされていくのを感じた。

――もしかして?

瓶を持ち上げ、底を覗き込む。
彫られた文様を目の当たりにし確信する。

紛れも無い。1代目の頃、自分が作った瓶だった。
そんな事情を知るはずもなく、フォンエは活き活きと語り始める。
「この瓶の何が凄いかって、幾重にも掛けられている魔法のそれぞれが溶け混じって強固になっているところだよ。
 道具に何重にも魔法が掛けられるのはよくある話だけど、この魔法は結晶のように結びついて一つの構造体になっている。ただのミルフィーユじゃないよ」

「「ミルフィーユ…」」
ユイユとズィナは同時に顔を上げる。
片や、突如登場した菓子名を不思議に思いながら。
片や、自分と縁深い菓子名に耳を疑いながら。
彼女が『過去』の自分を知っているとは思い難い。この例えは全くの偶然だったのだろう。

「瓶の形こそ不格好。でありながら、掛けられたのは高度な魔法。これを作ったひとは、魔法道具作成の経験自体は浅かったろうけど、道具と魔法の研究に相当執着していたひとだろうね。
 一緒に仕事を出来たら楽しかっただろうなと思うよ」
彼女は本当に、魔法道具が好きなのだろう。
もし当時の、分類を問わず好奇心旺盛だった自分と出会っていたら――。

ズィナは手にした瓶に目を落とす。
確かに自分の作った瓶だが、部屋に置いていた記憶は無い。
かといって、何処かに置き去りにした記憶も無い。
だとすると、誰かに贈った物なのだろう。

瓶を通して見る自分の手はとても歪んでおり、
そのまま毀れ落ちてしまうのではと思うぐらい、脆く見えた。
誰かに贈ったであろう瓶。

肝心の『誰に』を、思い出せなかった。

記憶の霧の向こうの『誰か』に思いを巡らせながら。
相方は、これで惑星儀を救えるのだという希望を胸に灯しながら。
受け取った瓶と簡易瓶の両方を手に、惑星儀のある部屋へと向かう。

部屋に着いても、瓶を贈った相手を思い出せなかった。
全く分からない訳では無い。幾人か候補はいるのだ。だが「このひとだ」と決めつけるには、「まさか」と心の声の制止が入る。
きっと今は、思い出すべき時で無いのかもしれない。時期が来てから自然と思い出すのだろう。そうやって自分を納得させ、一旦は諦めることにした。

まるで、纏わり付く霧を振り切らんとするように、ズィナは惑星儀の下へと進み出る。
「ユイユさん。早いところ移し替えますよ」
2,3歩遅れて追いついたユイユが頷く。
その様子を確認したズィナは、2つの瓶の蓋を開けた。
両者の口を近付け、注ぐように簡易瓶を傾ける。

『星の意思』は、ズィナとユイユが見守る中、ゆっくりと、新しい瓶の中に吸い込まれていった。

そして役目を終えた簡易瓶は、きらきらと散り消えた。
ズィナは新しい記録魔法瓶をユイユに差し出す。
「これを何処に置くべきか… 貴方なら『聞け』ますよね?」
「やってみるよ。待ってて」
瓶を手渡されたユイユは、数歩ズィナから離れた。

ユイユを待つ間、ズィナの影が暫く振りに囁いてきた。
「俺なら惑星儀の支柱の主軸に埋め込むね」
ズィナは杖でトン、と影の傍をつついた。
「何なんですか突然?」
「置き場所を決めるんならさァ、基幹の『声』も聞けってこったァ」
既に影は細く伸び、惑星儀の支柱にくっついていた。
「それから。
 分かっちゃいるだろうが、『消えた星』はコレだけじゃねェ」
「と、いいますと――…」

その時、ユイユから名前を呼ばれた。
「あのね、かつて消えた他の『星』達の意思も同じように残して欲しい、って… 
 それらはもう、形すら無いんだけどね、…
 ……この『星』と、あれがそうやって…」
と、ユイユは基幹を指さした。
つられて見上げると、影の囁き声が耳に入った。
「アイツ、なかなか見所があるなァ」

その後ユイユの話す記録魔法瓶の設置場所も、全く影の言う通りだった。
ズィナには特に代案が無かったので、腑に落ちない気持ちを感じながらも2名の案を採用することにした。

「今回はこちらの『星』だけ保存します。
 他の星については順次、瓶が出来次第ということで」
「へ―、瓶をわざわざ作ってくれんの?」
横から影が、ズィナにだけ聞こえる声で囁いた。間髪入れずに影を杖で叩く。
ふと、ユイユが小さく肩をびくつかせたのに気付いた。
頬を一筋の冷や汗が伝うのを感じたズィナは、じわじわと我に返る。

「ち、…違うんです、これは」

ユイユは首を横に振り、影に視線を落とした。

「さっきから気になっていたんだけど…
 ズィナのその影、元気が良いね?
 まるで影自体が生きているみたい」
堂々と核心を突かれた。

「いや、あの、これは」
「ご名答〜」
動揺するズィナを尻目に、影はケタケタと高らかに笑い声を上げた。
「こら!」
ズィナが影を踏みつける中、ユイユは「喋った…!」と驚きながら影に問い掛ける。
「君、…誰?」
「精霊ですよ。勝手に私の影に入って来たんです」
影を杖で叩きながら、代わりにズィナが答えた。
「精霊…」
影は負けじと杖に絡み付く。
「そ。俺を追い遣りたかったら分離魔法を使えば一発なのにさ。おもしれ―の何のって」
「お や め な さ い !」
当初は戸惑いながら2者のやり取りを見ていたユイユだったが、ようやく顔に笑みが戻る。
しゃがみ込み、影に目線を合わせた。
「精霊さん、よろしくね。
 僕はユイユ・フッセだよ」
「お―、よろしくな」
意気揚々とした返事に、ユイユの表情は明るみを増した。
影がユイユの中で友達認定されたようだ。もう、影の事を知らずにはいられない。
「精霊さんは、何処から来たの?」
「さあなァ。長いことこの国にいて、色んな物の『声』を聞いてきたが、もしかしたら外の国のも混じってるかもしれねェぜ?」
ケタケタと笑う影をよそに、傍で聞くズィナは肩を竦める。
「『声』を聞く、というのは最早一般的な技能なんですかね?」
「どんな物も意志を持ち得るってのをまだ疑っているみてェだなァ?
 声の精霊としちゃあ聞き捨てならねェな」
ズィナとユイユがぽかんと口を開ける。
「声…」
「…の精霊…?」

突然の暴露だった。

「…にしては口が悪いですね」
「やってる事は全うだと我ながら思うぜ?
 たま―にだが、物の『声』を届けるお節介をしたこともあったなァ。
 ま、言葉通り『声になった』ってところだな」
「『声になる』…」
ユイユが呟く。
「お前の特技もそれだろ?
 俺は声をそのまま伝えてきたが、お前はきっと違う」
精霊の言葉にユイユは躊躇いがちに頷く。
「伝える事と伝えない事、僕で勝手に判断して選んでいたかも…」
「そうでしょうかね?」
ズィナが割って入った。
「全てを素直に、正直すぎて多少誇張されて伝わっている気がしますが?
 特に感情面で」
一瞬だけユイユが赤面する。
「敏感すぎて『声ならざる声』をも拾っているのではと思えましたよ。ユイユさん」
そこまで言ったところで、ズィナは自分の言葉にはっとした。

――『声ならざる声』…

惑星儀の、動きの止まった星を見上げる。
自分の髪色と、前髪を通して見るそれの色が重なった。

「…まさかね」

思わず声に出ていたようで、ユイユが「?」と振り向いた。
ズィナは素早く目を逸らす。
「まっ…まさかね。そんなものあるはず無いですものね。
 直しますよ、惑星儀。ユイユさんは上の足場に行ってください」
頷くユイユがズィナの脇を通り過ぎる時、「『声ならざる声』…」と呟いた。
ほんの小さな呟き声だったが、ズィナの内臓に重く降りていった。

惑星儀上部の足場に上がったユイユは、下方のズィナに向かって呼び掛けた。
「僕が星の位置を整えて、タイミングを合わせてズィナがその瓶を埋め込むんだね?」
「話が早くて助かります。連動する部品は繊細ですから、丁寧に扱って下さいね」
ズィナの足元に、支柱の主軸を中心とした魔方陣が広がった。
杖の先の本の頁を繰っては下方の先で魔方陣を軽く叩く。
1,2,3度と、杖が触れるごとに魔方陣が変化した。
同心円に沿って周回する1点の光は、動きの止まった星の本来の動きを表しているのだろう。

「分かってるよ―」
そう言ってユイユは、淡い青緑の星に手をかざした。
動きが止まってからさほどの日数は経っていなかったようで、動かすのは僅かな距離だが、多数の部品と連動している以上、ズィナの魔方陣が一部の部品を制御していたとはいえ神経を要する調節だった。
ユイユは下方の魔方陣に目を配りながら、且つ今触れている星の『声』に耳を澄ませながら、タイミングの重なる時を見計らう。

「仕上げをよろしく、ズィナ」
「えぇ」
ズィナは瓶を支柱に押し当てる。
「――3,2,1」
ユイユの声に合わせ、静かに唱えた。

「ラボリュエール」

瓶は滑らかに手を離れ、支柱に取り込まれていった。

ユイユが足場からの階段を下りてきた。
「直った…のかな」
2人して、惑星儀を見上げる。
「どの星も、ちゃんと動いているみたいですね」
動きの止まっていた星も、滑らかにレールに沿って廻り始めていた。
「うん、…でも今の内だけだったらどうしよう」
「貴方に訴える『声』はもう無いのでしょう?」
頷くユイユの顔つきは浮かない。
彼のことだ。他の、かつて消えた星々のことも気にしているのだろう。
「また惑星儀に不調が出れば、ルーが知らせてくれますよ。
 どの道この後、今回の指令についてルーからの評価を聞くことになるんですし、心配はそれからでも構わない。でしょう?」
「そうだけど…」
ユイユが口を噤む。
「…」

「じゃ――ァ俺が居着くわ」
沈黙を破るように、影が声を上げた。

「? どういう事ですか」
「この惑星儀が狂わない為には、星の声とやらをいちいち聞かなきゃなんね―んだろ?
 これまで誰がどうやって守ってきたのか知らね―けどさァ、いいぜ?俺が面倒見ても」
影がす―っと惑星儀へと伸びる。
「お前が何度も来るのも面倒だろ?」
声を投げられたユイユは躊躇いがちに頷く。
「うん…だけど精霊さんは…」
「容易い御用だ。言ったろ? 俺ァ『声の精霊』だからな」

「…本当に、お任せしても良いのですか」
『精霊ほど気まぐれな存在は無い』という揶揄言葉が頭をよぎる。
影――精霊は、ケタケタと笑った。
「そ―いう時はなァ、潔く『お任せします』な。
 俺達も気まぐれだが、お前達だって嫌になっちゃ辞めるんだ。ずっとの約束なんて、誰も出来やしない。だろ?」
影の視線を直接は知れないが、ズィナのことを見つめているような気がした。

自ずと、ズィナの心が決まる。
差し出された勇気を、責任持って受け取ろう。
それは、各々を縛るものでは無く、きっと自分達を自由にするものだから。
「…お任せします」

床に映る影と真っ直ぐ向き合った。
杖を影の爪先上に立てる。
息を吸い込み、丁寧に、ゆっくりと、呪文を唱えた。

「ユオリーニオ・ペクターレ」

緩やかに、影から何かが抜けていくのを感じた。
元々実体を持たない精霊だったようで、ただケタケタという笑い声だけが微かに響き、やがて消えていった。

ズィナは、足元の影を見下ろす。
何の変哲も無い、自分の影に戻っていた。
だがこの一件までは自身の影を注視した事も無く、そっくりこれまで通りの影だったのかは分からない。
今の自分は無表情で影を見つめるが、影のほうは何故か、悲しそうにこちらを見つめているような気がした。

出会ったばかりの『声の精霊』に言われた事を思い出す。

『お前の影、泣いてんだよな。
 返せ、返せって。
 追い出されたって』

――貴方の『声』…

精霊が受け止めるだけの『声』になっていた程に、声を上げ続けていたのだろうか。

「…」
首を振り、惑星儀を見上げた。

廻るべき星、廻っていてはいけない星。
後者はまるで、自分のことを指しているように思えた。
前者は本来のズィナ。
分かっている。だが、この世代に未練はある。

――もし、私が1代目で完全に生涯を終えていたら?

魂の本に、魂系の長として入っていたら。

ズィナが本来のズィナとして、生き始める事ができていたら。

様々な『もし』が浮かんでは消える。
本来あるべきだった時の流れ。それに逆らってまでこの世代に降りたのに。
何も得るものが無い。自分も、誰も、救われない。
救われないまま主導権を返さねばならないのは、自分が犯した事への罰だろうか。

「…報告に行きましょう」

大広間への帰り道も、ユイユはズィナの魔法道具が気になっている様子だった。
「ねぇズィナ、お節介を言っていい?」
「言ってみるだけどうぞ」
「…その杖、本当のこと知っているんじゃない?」
ズィナは足を止めた。
追い越したユイユが振り返るも、同時にズィナは目を逸らす。
「知りませんよ」
「でも」
「あり得ません」
くるっと背を向ける。

そのまま立ち去ろうとしたとき、背中にユイユの声が浴びせられた。
「待ってよ。杖の声、聞いたの?聞こうとしたの?
 本当は知っているはず、その杖がそう言っているんだよ。
 だけど僕には話せないって――」
今すぐにでもこの場を離れたかった。
無視して歩き出せば良いものを、何故だろう、足が止まったままでいる。

ユイユは重ねて訴える。
「聞かないといけないんじゃないの?持ち主なのに耳を塞ぐなんておかしいよ。
 ズィナがそんなふうだったら、その杖は誰に声を伝えれば良いの?」
次々と逃げ道を塞がれていく。
息の詰まるような思いの中、それでも聞き入れるものかと心の中で抵抗し続ける。

「ずっとその杖は見てきたんじゃないの、ズィナの――」
「やめてください」

辛うじて絞り出した一言だった。

ユイユは目を白黒させて小さく肩をこわばらせた。
先程の覇気は何処へ行ったのやら。
「…いいよ、もう。
 でももし、ズィナがその気になっ――…何でもない」

2人の間に沈黙が訪れる。

ユイユの次の言葉を待つも、気まずさにいても立ってもいられなくなった。
「ルーへは私の方から伝えておきます。
 貴方はフォンエさんにでも報告しに行ってください。
 私の杖がいかに異質な物かをね」

「それは自分で言いに行ったらいいんじゃない?」
「な…?!」
「工房で言っていた、直して欲しい魔法道具ってのはその杖でしょ? 待ってるから。
 僕はフォンエにこう伝えるよ。『ズィナの魔法道具とズィナを、僕と協力して救って欲しい』って」

「… 貴方はつくづく、お人好しすぎです」

ユイユはバツの悪そうに笑った。
「こればかりは1代目のフッセ譲りかも。
 フォンエには僕からよろしく伝えておくね」




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