| ズィナ編 (11) |
コーレニン大広間 「また『共同指令』ですか」とルー言いながら片手に持つ紙切れを突き出そう、 そう考えながら大広間に足を踏み入れると、既に『共同指令』の相手が居た。 「ユイユ・フッセ…」 思わず相手の名が口から出る。 呼ばれたと思ったのか、相手は振り返り緊張で強ばった笑顔を見せた。 「こうして一緒に指令をこなすの、初めてだよね? えっと…よろしくね」 相手が言うように、彼とはこれといった接点が無かった。 1代目当時は魂系の長であるフッセと密接に関わっていたので、1000代目の時代でユイユを知った時は距離感をどうするか迷ったものだ。 悩んでいる間に自立の部屋選びの時期が来て、ユイユは南部にある部屋を選んだ。 自分はというと1代目当時に使っていた東部の部屋から変えるつもりは無かったので、自然と離れることになった。 それを踏まえると狭いコーレニンとはいえ疎遠になるときはなるものだったし、比べて1代目当時は在住地域を越えた交流が盛んだったなと思う。 かのフッセは、西部在住だった。 目の前のユイユにフッセを重ねながら、ズィナは挨拶を返した。 「よろしくお願いします、ユイユさん」 「さ―て」 ルーはパンと手を叩く。 「お前達に頼みたいのは、ある機械の修理だ」 ユイユとズィナは同時にきょとんとする。 「機械?」 「修理?」 「そうだ」 着眼点の異なる2人を面白いと思ったのか、笑みを含ませながらルーは頷く。 「これから渡すメモに、向かうべき場所を書いた。 そこにある惑星儀の修理をして欲しい」 目の前に突如現れた紙切れを、ズィナは受け取る。 「機械の修理なんて他に専門の方がいるんじゃないですか? 何故、私達を呼び出したんですか」 「ユイユなら、少なくとも自分が呼ばれた理由は分かるんじゃないか?」 話を振られたユイユはびくっとする。 「えっと…フォンエと縁があるから?」 「それならマホガニーを呼ぶわい。 機械と言いつつ広義では魔法道具だし、その理由も全くゼロでは無いが…」 コホン、とルーは咳払いをする。 「部品毎の『声』を聞き分けられるユイユ。 オールラウンダーなサポートが出来るズィナ。 お前達に託した」 「……それこそマホガニーのほうが良かったのでは…」 ズィナの呟きは、ルーには届かなかった。 心の中で肩を竦めながら、受け取ったメモに目を落とす。 「西部ですね、分かりました」 そこで、隅に書かれたキーワードと思しき言葉に視線が移る。 ――『廻らない星』? ルーに尋ねようと顔を上げたところで、肩をぽんと叩かれる。 「行こう、ズィナ?」 ユイユだった。 「あ、…はい」 * 現場へと歩く道中は静かだった。 やがて沈黙をもどかしく思ったのか、ユイユがズィナに話し掛けた。 「昨日捜していた部屋、見つかった?」 メモに目を落としたまま、ズィナは小さく頷く。 「えぇ。覚えていてくださったんですね」 「まあね。なんとなく気になってて」 そう言いながら、ちらちらとズィナの杖に視線を送っているのに気付いた。 「…この杖に変な物でも付いていますか?」 「あっ…ううん?! でも本が付いている杖は珍しいなって!」 「誰かから何か吹き込まれでもしたんですか?――フォンエさんとか」 「っていう訳では無いんだけど―…えっと」 廊下の角を曲がる。 「そんなに焦って見ずとも、後々目にする機会はありますよ。 魔法を使う事になるでしょうから」 こぢんまりとした扉の前に辿り着いた。 石材で出来た、無彩色の扉。 表面に彫られた不規則なレリーフは、星座盤の一部を模したような柄だった。 「…開けますよ」 「うん」 軋むような音を立てて開いた扉の向こうは、広い石造りの部屋だった。 廊下以上の薄暗さに目が慣れると、奥で聳える大きな惑星儀を目の当たりにした。 太くずっしりとした基幹の周りを、星々の模型がレールに沿って廻る。 ――『廻らない星』… ルーから受け取ったメモに書かれた言葉を思い返し、ズィナは惑星儀の真下まで歩く。 後に続くユイユは不安そうに、惑星儀と部屋の内装とを交互に眺める。 基幹の中では多くの歯車が動き、歯車同士の噛み合う音が微かに響いた。 「近くで見ると…やっぱり大きいね」 「そうですね」 2人して惑星儀を見上げ星々を見つめているとふと、動きの止まった星が目に付いた。 ユイユは短い指でその星をさす。 「きっと、あの星が動くように修理するって事じゃないかな。 もしかしたらあの星自体が原因を知っているかもしれないから、聞いてみるね」 ユイユは両耳に手をかざす。 ズィナはズィナで、再び惑星儀を見上げた。 止まった星に連なる部品を目で追い、歪な音を立てる部品が無いかどうかに耳を澄ます。 集中すると、小さいと思っていた音も大きく聞こえるものだった。 金属の硬い音に浸りかけたところで、ユイユの有機的な声がそこに混じる。 「あの星も、原因が分からないそうだよ」 「そうですか」 しかし不思議だ。部品が多すぎて細部まで見切れていないのかもしれないが、これといった問題は見当たらなかった。 物理的な動力に問題が無いのなら、考えられる問題は、掛けられた魔法を始めとした抽象的な内容だ。 ――惑星儀… 惑星儀というからには、元となる星がそれぞれにあるのだろう。 そして魔法を通じてそれらと模型が繋がっているという可能性。 ズィナはぽつりと呟く。 「…元となる星自体が星として機能しなくなったから、惑星儀のこの星も廻らなくなっただけなのでは無いですか?」 ユイユは首を捻った。 「もしそうだとしたら、ルーはその事を知っているんじゃないの?」 「寧ろ知らないはずはありませんよ」 「じゃあどうして、僕達にこんな指令を…?」 「と言いますと?」 「星々を見れば済む話なら、僕に『声を聞く』どうこうルーが言う訳無いんじゃないかな、って…」 確かに。ユイユの言う事に一理ある。 そんなに単純な話なら、わざわざ2人も呼ばないだろう。 「もしかして、」 ユイユはある仮説を持ち掛ける。 「動きが止まった星は、実は動き続けるべき星なんじゃない?」 「逆を言えば、消されるべき星が惑星儀において動き続けている、と」 自信無さ気に頷く。 「周りの星の声を聞いて、本当の問題を見つけて… だけどそれだけじゃ足りなくて、星の想いや願いを叶えないと解決しないのかな、って…」 ユイユは星々を見つめながら、静かに耳を澄ませた。 「模型の部品の想い、ですか…」 また随分お人好しな事をと、ズィナは小さく息をついた。 魔法族同士でさえ、心を汲み合うのも一苦労だというのに。ましてや万物全てに心があるのだとするとキリが無い。 『声を聞く』のに拘る事への若干の呆れを交えた視線に構うことなく、ユイユは数々の星相手の対話に夢中になっている。 その様子を傍観し、「(『原因』は、自身が原因だと名乗りを上げないものなのだな)」と思った。 ユイユは少々手間取りながらも幾つもの証言を取り纏め、一つに絞れたようだ。 「あの星だよ」 そう言って指さしたのは、深緑色の小さな星だった。 「あの星、元の星はもう無いんだって。 だけど一緒に消えるのが嫌だったそうだよ」 連動する魔法に抗った事で、惑星儀の他の場所に歪みが生まれた。 それならその星を取り除けば手っ取り早い。 だが、ユイユはそうもいかないみたいで。 「あの星を残しながら、止まった星を元通りにするのって出来ないかな…」 あくまで物の『想い』を尊重したいそうだ。 とても付き合いきれないし、加えて今回は『指令』という明快な目的がある。 ルーからの依頼は、惑星儀の修理。 それさえ遂行すれば後は何をする必要も無い。 それに、ズィナとしても「道具はその役割を果たすべき」という信条があった。 「星が無くなったのなら、取り除かないと更に他の星にまで影響を及ぼしかねません」 『かつてあった物』を残し続けると、この惑星儀はどんどん『幻』になるんですよ」 「だけど、この『宇宙』から離れたくない、って――」 「ユイユさん、いいですか」 ズィナはぴしゃりと諫める。 「何の為の惑星儀なんですか。 あくまで宇宙の模型でしか無いのに、模型自体の部品の声に左右されてどうするんですか」 「でも…」 食い下がるユイユに、ズィナは胸中で溜息を付く。 「やっぱり貴方とはやっていられません」 ズィナは立ち去ろうとした。 「まだ修理は終わってないよ?」 「指令なんか知ったことですか。どうしてもと言うなら貴方一人でやれば良いですよ。 それに目的が修理だとお分かりなのなら、どうして一部品の事情をいちいち持ち込むんですか」 「部品自体が納得しないと本当の修理って言えないと思うんだよ。 僕達が良かれと思ってする事が、絶対に良いとは言い切れないんじゃないの? 声を聞けるからこそ気になって何とかしたくなるんだけど、僕は声を聞くことしか出来ない」 「だったら聞かなきゃ良いんですよ。どうしてもと仰るなら協力者は幾らでもいるでしょう。 私と貴方とでは価値観が異なりすぎます」 「だから君が必要なんだよ!やり方は2つに1つじゃないよ」 ユイユは、ズィナの両肩に手を置いた。 「一緒に探して欲しいんだ、いちばん良い方法を」 ――…?! 頭の中で、1代目当時の光景が蘇った。 どんな経緯だったかは覚えていない。ただ、フッセが必死に自分を引き留めていた事だけが記憶に残っている。 自分とフッセの関係性は、純粋なものとは言い難かった。だからこそ自分を信じようとするフッセを不可解に思いながらも、強く惹きつけられたのだった。 魔法道具を口実に、繋がっていたいと願う程に。 魔法道具の治療方法を隠し通した程に。 「…どうして…… …どうして、そんなに容易く私のことを信じる事が出来るんですか。会ったばかりだというのに」 ユイユがはっとしたように口を開ける。自覚していなかったのか。 「え―っと… その杖、手入れがきちんとされているし、それから首元のリボンも綺麗だし、話し方も丁寧だし…」 聞いていて、簡単にひとに騙されそうな根拠だなとズィナは思った。 それでも何故か、外見では無い根拠があるような気もした。 「なんとなく」という言葉を出さなかっただけ、ユイユも実は真面目な性格なのだろう。 かのフッセのように。 ――『ありがとう、これで転換石も元気になったよ』―― 魔法道具にも心があるはずだと信じ、耳を傾けながら歩む。 誰に対しても、何に対しても、誠実で、真っ直ぐで、それが故に不器用で。 1代目のときからそういうひとだったなと、ズィナの中のシューナは思い出す。 「分かりました」 ズィナは惑星儀の上層部に続く階段を上がり始め、ユイユも後に続く。 上がった先は少し広めの足場になっており、背の高い魔法族なら廻る星がぶつかるんじゃないかというぐらい星々が近い。 他の星に当たらないよう注意しながら、件の小さな星の模型に向かってズィナは手をかざした。 「一時的に動きを止めますよ。 メーリル」 ちょうど手に届く位置にその星が収まる。 「やれるだけやってみます」 ズィナの足下に深青緑の魔方陣が現れた。 魔方陣。 あの時のフォンエの言葉がユイユの脳裏に蘇る。 ――『あの魔法道具、杖として使われていない』―― では、どのように使われるのか――ユイユは食い入るようにズィナと杖と魔方陣を見つめる。 「『宇宙から離れたくない』、それはつまり『存在を覚えていて欲しい』と同義で良いですね?」 杖の先の本を開く。 「模型として残ろうとするから無理があるんです。 形を曖昧にしながらでも存在を残す事は可能です。必要ならば文献で補えば良い」 頁に何やら指で書き込み、本を閉じる。 同時に魔方陣中の一部の記号が変化した。 魔方陣の放つ光の中で、ズィナは杖を片手に、空いた手で模型の星を包み入れる仕草を取る。 手の動きに沿って瓶のような物が現れ、中の液体に星が溶け入った。 トポンという音と共に泡が立ち、最後の微小な1つが消えたとき、ユイユは徐に口を開いた。 「…記録魔法?」 「『意思を残した記録魔法』といったところですかね。正確に言えば意思を捕らえる為の捕縛魔法も入っています。 この容れ物は応急的な物ですので、ちゃんとした記録魔法瓶があれば良いのですが」 「記録魔法瓶…!」 ユイユは希望いっぱいの笑顔になった。 「工房になら幾らでもあるよ!」 |