ズィナ編  (10)



  コーレニン西部 某廊下

かの依頼者の事は、今でも記憶に強く刻まれている。
歪んだ記憶である事は否めないが、今となっては事実を淡々と思い出すに過ぎない程度だ。
そして同じように淡々と、勝手に足が目的地へと動いていく。
周囲へのアンテナを張らずにいたからか、道中で声を掛けられてもすぐには気付かなかった。

「この辺じゃ見かけないよね?何か捜しているの?」
肩を叩かれ、ようやく声の主へと顔を向ける。

――ユイユ・フッセ…。

フッセの魂系1000代目。向かおうとしていたのは、まさにその魂系の長が使っていた部屋だった。
「えぇ、知り合いの部屋を…」
言葉を濁しながら、
「…あとついでに、魔法道具に詳しい方を」
と付け添えた。
それを聞いた途端、ユイユはぱあっと笑顔になる。
「魔法道具に詳しいひと…!
 僕もちょうど、そのひとの所に行くんだ!ついて来て!」

まるでズィナがついて来ると信じ切っているかのように、ユイユはくるりと背を向けずんずん歩き始めた。ズィナは戸惑いながらも、何故だか自然とユイユに引き寄せられるようにしてついて行く。
道中、ユイユは一度も振り返らなかった。

「着いたよ」
足を止め、ユイユは得意気に振り返った。
「魔法道具の専門家が管理する、工房」

工房。
コーレニンにおいては、食堂ほど数が多くは無いものの同じように各地方に点在している。
そのどれもが「各々自由に使ってください」状態で、1代目の頃も東部の工房を時折訪れていた。
管理者の居る工房の存在は、初耳だった。

扉を開けながらユイユは、出入り口付近で作業をしていた管理者と思しき者に呼び掛ける。
「フォンエ、紹介したいひとがいるんだ。
 え―と…誰だっけ」
「ズィナ・シューナです」
フォンエと呼ばれた者に視線を向けたまま答える。
相手が返事をしようと口を開けかけたところで、割り込むように強く反応したのがユイユだった。
「シューナの魂系?!
 僕、シューナって名前をフッセから聞いた事あるよ!」
向こうからフッセの名前を出してくるとは。不意打ちに息が詰まりかける。
「どうかしたの?」
「…いいえ、何でもありませんよ。
 フォンエさん、初めまして。宜しくお願いします」
ユイユの後に続き工房に足を踏み入れ、扉を閉める。
ようやくタイミングが回ってきた相手はズィナを見下ろし、口元を綻ばせた。
「こちらこそ宜しくね。ま―ゆっくりしてってよ」
相手は再び作業に戻りかける。戸棚の中の道具類を点検していたらしい。
ズィナは相手をさっと観察し、気になった点を何気なく尋ねた。

「貴方、どの魂系ですか?」

咄嗟にフォンエの口元が引き締まり、傍で見ているユイユが「やばい!」と表情を固める。
だがすぐにフォンエは緩く息を吐き出し、手を止めた。
「ユイユから聞いていないの? 或いは噂で聞かなかった?
 私は精霊だよ。金属の精霊」
ズィナの知る精霊とは全く異なる外見、それこそ魔法族そのままだ。

フォンエ曰く、長いことルーから身を隠すように西部の工房で暮らしていたが、3年前にユイユと出会い、その後の出来事によってルーへの誤解を解き和解し、今は堂々と工房を守っているのだという。そういった経緯を踏まえると頼れる相手ではありそうだが、ズィナの脳裏をある揶揄言葉がよぎった。

『精霊ほど気まぐれな存在は無い』

フォンエも何か勘付いたのだろうか。
「キミは、精霊を差別するの?」
本心から首を横に振り、答える。
「区別はしますよ」
「そっか」
腹の内を探ろうとしたのは、相手も同じだったらしい。
相手が納得しきったのか分からないまま、向こうから質問を投げかけられる。
「それで、用は何?」
信用できる相手なら、杖のことを相談しただろう。
しかし相手の本性が掴みきれない以上、易々とこの杖を渡す気にはなれなかった。
「…直して頂きたい魔法道具がありますが、今は見せられません」
「い―よ、気が向いたらいつでも見せに来るがいいよ。留守だったらごめんだけど」

フォンエには、「私の住まわせて貰っている工房だよ。ま―自由に見てってよ」と言われたので、ひとまずぐるっと見ていくことにする。
その最中、この発言で引っ掛かりを覚えた箇所を反芻する。

――『工房に住んでいる』? 定住する精霊だって?

精霊がコーレニンのある一カ所に留まるケースは珍しい。ましてや『部屋の主』である。
彼女のことをちらちらと見た。ユイユに何やら教えながら、自身も作業を再開する。
自然と言えば自然な光景。
ただ感じたのは、彼女の纏う『頼もしそうなひと』なオーラだった。
1000代目において『頼もしいひと』のポジションがあるとするならば、そこに当てはまるのはマホガニーだろう。
彼女からは、マホガニーと同等かそれ以上の何かを感じた。例えるなら『師匠』だろうか。

――…思い過ごしか。

彼女の過去や詳細について本人に直接尋ねる事も一瞬頭をよぎったが、それは即ち自分に同じ事をされても逆らえないという事。
カシェという前例もあるし、彼女もまた地雷である可能性もゼロでは無い。
危険な臭いはしなさそうだが。

――頼れるのなら、頼もしい存在になりそうなのに。

一刻を争う事でも無いし、後日でも構わないだろうとズィナは思い直す。
工房に住んでいるのなら、此処に来ればまた会える。

心の中で決着が付いたところで、ちょうど工房を一周し終えた。
機材の豊富さはさすが工房といったところだが、東部の工房程の無機質さは感じなかった。
場違いにも思えるダイニングテーブルや食器棚が、生活臭を醸し出しているからだろう。
扉の前で、ちらっとフォンエとユイユに振り返った。
「ありがとう御座いました。また来ます」
工房を後にしたズィナは、その足でかつてのフッセの部屋へと向かう。

フッセが使っていた部屋は現在では空室らしく、中へと入る。
雑然とした部屋は後の世代が使った形跡が目立ち、1代目の頃の面影は殆ど失われていた。
当然と言えば当然だった。
1代目当時からもうじき、100万年が経つのだから。

この部屋に自分は、何を期待していたのだろう。
「…帰りましょうか」
自室に戻る足取りが、重たく感じられた。


  *

ズィナが去った後の工房で、変わらず2人は各自の作業に取り組んでいた。
自身の杖のメンテナンスにキリの付いたユイユは、最後に布で杖を磨き、小さく伸びをした。
腕を下ろしかけたところで、出入り口の扉へと目を向ける。
「あの杖――」
ユイユがぽつりと呟く。ズィナの杖だとフォンエもすぐに察した。
「何?気になった?
 私ももっと見たいと思ったよ。特殊な魔法道具だったよね」
「そうかもしれないけど、違う、僕が気になったのは。
 あの杖、…中に何かを溜め込んでいる気がして…」

ユイユの専門は対話魔法。物の『声』を汲み取り、自身の『声』を伝える事が出来る。
他の魔法は魔力の低さが目立ち魔法の専門も持たなかったが、3年前の出来事で見つけた唯一とも言えるこの特技を専門に決めたのだった。
そんなユイユの成長を見守ってきたフォンエは、彼の言おうとする事にそっと耳を傾ける。

「なんとなくなんだけど、持ち主に何かを伝えようとしているっていうか、
 …伝わらなくて溜め込むしか無くなっているっていうか、
 ズィナのこと、救いたいのにっていうか…
 救いたい想いは一筋に鋭く感じたけど、救われたいって想いは重なって感じた。
 声の出所が2つあるような――まるで、その魔法道具自体も問題を抱えているかのような」

フォンエは静かに息を吐いた。
「成るべくして成った魔法道具じゃ無い、ね――…
 ぎこちない杖だなあというのは私も思ったよ。
 ごめん、言い間違えた」
「何を?」
「多分だけど、ユイユがより強く『想いを感じた』と言う『ほう』の魔法道具は杖じゃ無いよ。
 あの魔法道具、杖として使われていない」
「え?」
ユイユは耳を疑う。
「それってどういう――」

「遠目だから何とも言えないけどね。そんなに気になるなら自分で魔法道具に『聞いて』みたら?」
「う――確かに気になるけど!ズィナとまたいつ会えるかも分からないし、部屋の場所も聞きそびれたし…」
「いいじゃんいざとなればルーに聞けばさ。ハイ今日はここまで!」
「え―!」
半ば追い出されるような形となった。
南部の自室に戻ると、枕元に置かれた紙切れが視界に入った。
思わず固唾が喉を通る。

「指令書だ…」




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