| ズィナ編 (9) |
エミウルが先程の壁に再度手を当て、魔方陣を映し出す。 深い青みを帯びた小さな魔方陣に顔を近づけ、耳を澄ませた。 不在かどうかの確認だろうか。 暫くして、 「カシェパースがいる場所の別候補を挙げて、探していくわよ」 と、エミウルが振り返る。 だからといってマホガニーの部屋の時のように、すんなりこの場を離れる気持ちにはなれなかった。 足下の影も言葉を出す事こそしないが、疑う気持ちには同意するようで、『ふたり』して目の前の壁を見据える。 「…本当に留守なんですか?居留守では無く?」 「たぶんね。仮に居留守だとしても、突破できるだけの魔法をあいにく持ち合わせていないわ。 他にいるとしたら、図書館か北部の食堂ね。 図書館は広いから、一望できる食堂から探そうかしら」 あまりにもの単純さに拍子抜けした。 「意外と他の魔法族と同じなんですね? 彼独自の持ち場所があるものと思っていましたが」 「そういう場所があったとしたら、かえって彼の弱みになり得るわ。 これだけ周りを拒む場所を住まいとしていたのだから、それ以外の場所はきっといらない」 静かに足を踏み出すエミウルに、まだ疑いの晴れない気持ちを抱えたままズィナはついて歩き始める。 エミウルに聞こえないよう、影に囁く。 「…彼女は何処から何処までのカシェを知っているんですかね?」 「そう言うお前は? どっから何処までの『ズィナ』を知ってんだ?」 「今その話をしても無益です」 ズィナはコツンと杖の先で影を叩く。 「まァよせよ。カシェパースの動きについて不審に思うのは賛成だ」 影は密やかにケタケタと笑った。 「何が可笑しいんですか」 「いや、アイツの影さ、一瞬だけど他のヤツに付けられたんだよなァ」 ズィナは思わず立ち止まる。 「エミウルの影が?」 影の笑い声が脳裏に届く。 「今はもう引っ込んだけどな。今後またつけられ得るかもだぜ? いやァ懐かしい影だった」 ――… 先へと進むエミウルにはたと気付き、後れを取らないよう慌ててついて行く。 「カシェの影ですか? 貴方は私の影から一瞬でもエミウルの影に移り、その時にカシェの影とも交わったという事ですか?」 「偶然だがそんなとこ」 早歩きをしながら器用にも影を蹴った。 「私の影も再び監視され得るという事じゃないですか!」 「それは無いなァ。ヤツが気付いていれば、アイツの影からお前の影にも入ってきた筈だ」 確かに。 「アイツはたぶん、アイツなりの対策をしているんじゃね―の?」 * 実際に、エミウルは対策を施していた。 そうして共にカシェとの接触に成功したのだが、途端に事態が思いも寄らぬ方向に転がった。 「やばい」と思ったズィナは杖の修繕などかなぐり捨て、今こうして一人逃げてきたのだった。 ――先刻―― エミウルの捜し物が返却されたタイミングで、ズィナも杖の修繕をカシェに要求した。だが、相手は魔法合成書をこんな状態にした張本人。事態が悪化する恐れを察したズィナは出方を変え、修繕方法について尋ねたのだった。 するとカシェは「代わりに」と、ある質問に答えるよう求める。 「お前は何代目だ?」 かつてズィナも多用した、ある定番フレーズ。まさか自分に向けられるとは。 形は1000代目だが、中身は1代目と1000代目が混ざった状態。 綺麗に答えられるはずが無かった。 これが墓穴だった。 杖が本来の姿ではないと知っており、且つ改変の本人がカシェだとも知っている。 シューナの魂系の魂の本に1代目の『中身』が不在である。 合成書に書かれた数式と魔方陣の筆跡が同じ。後の世代が使った形跡が見られない。 そんな魔法道具をズィナが手にしている。 元の合成書は家具を動かし解錠をした先にあった。解錠に必要な呪文は古代語だった。 また、合成書には古代文字が多用されていた。 古代文字が現ルーベリー文字と併用されていたのはルーベリーとのルートが開かれていた2代目までと、せいぜい名残の影響下にあった3〜4代目まで。 それ以降はごく一部で細く引き継がれている程度。 「隠したのは『お前自身』なんじゃないのか?」 「お前も分かっていたんじゃないか?かつてルーベリーにあった文明での文字は、いずれ使われなくなるという事を。後の世代に触れられたくないから敢えて古代語を選んだんだろう?」 痛い点を見事に指摘されすぎた。 それにしても、カシェはどうしてこの合成書を見つけたのか? 何故、杖と融合させようと思ったのか? 単なる悪戯かと思っていたし、今でも全否定は出来ないだろうが、カシェの目的が読めない。 尋ねたところではぐらかされるのがオチだっただろう。初対面の時の「貴方は誰だ」という質問もかわされたのだから。 ―― 無我夢中で走り、気がついた時には北西部の区画にいた。 息を切らしていると、影がケタケタと笑いかけた。 「ど―すんの?杖を直して貰うんじゃなかったのか?」 ズィナは足下に力を込める。 「そんな場合じゃ無いことぐらいご存知でしょう」 確かに、杖を元通りに出来る可能性を自分で潰したようなものだ。 かといってカシェにこれ以上深入りするのは危険な臭いしかしない。 「別に、このままでも合成書としては使えますし…」 杖の部品類が邪魔というだけで。 「…直せるものなら直したいですよ」 しかし、魔法道具を直す伝手が無い。 1代目当時は寧ろ他のひとの魔法道具を診ていた程だ。 その依頼者がかつて住んでいた西部の一帯に、なんとなくだが足を運んでみようと思った。 |