オシャーンの日記編 (14)



「1000代目の精霊混じり…」
未だに信じられないといった様子でカシェが呟く。
「1000代目の僕達からすれば、精霊混じりの存在がイレギュラーながらも当たり前という感覚ではあるんだ。それに、魔法族の見かけで数世代に跨がって生きている精霊だっている」
目の前でカシェが黙り込む。
「会ってみる? どちらかでも両方でも良いよ」

返事をしようとしたところで、プナハ監視用の影からある情報を察知した。

――水のあいつがエミウルと接触しただと…?!

いずれは起こり得ただろうが、もっと後になると思っていた。
誤算だった。
プナハがこの時代にエミウルが来ていることを知るはずは無かっただろうし、逆もまた然りだっただろう。
だからこの2人の接触は、誰かが介入しない限りは起こる可能性は低いと読んでいた。

ともあれ、プナハと接触したという事は、エミウルが日記の在処を知ったという事。
事情を知ったエミウルがどう動くか。
答えは一つだった。

「…精霊混じりや精霊に興味はあるが、先に別の魔法族と会うことになるらしい」


  *

エミウルは、先程の壁に再度手を当て、魔方陣を映し出す。
深い青みを帯びた小さな魔方陣に顔を近づけ、耳を澄ませた。
部屋の主は部屋に呼び鈴を持たない上に、道中に行く手を阻む魔法を掛けているので、不在かどうかの確認は魔法によって行っていた。
カシェはこの魔法に気付くぐらい敏感で、当然、魔法を防ぎ居留守を決め込まれることもあった。
そんな時、
「カシェパース、いるの?」
と、魔方陣を通して声を伝えると、大抵は観念して出て来たものだった。

337代目の時代のときと同じように声を投げる。
何も返って来なかった。

「カシェパースがいる場所の別候補を挙げて、探していくわよ」
そう言いながら振り返ると、ズィナが疑いを含んだ目つきで壁を見据えていた。
「…本当に留守なんですか?居留守では無く?」
「たぶんね。仮に居留守だとしても、突破できるだけの魔法をあいにく持ち合わせていないわ」
エミウルもカシェの居留守を考えはした。
が、それだけこの時代で自分を拒むのには余程の理由があるのだろうし、その答えはきっとこの部屋周辺には無い。それならさっさと別の場所を当たる方が近道だろうし、この場所には後からでも戻って来れる。
「他にいるとしたら、図書館か北部の食堂ね。
 図書館は広いから、一望できる食堂から探そうかしら」
ズィナが大きな目を瞬きさせた。
「意外と他の魔法族と同じなんですね?
 彼独自の持ち場所があるものと思っていましたが」
ズィナの話す様子を見て、前髪の奥で小刻みに感情を表現する魔法族だという印象をエミウルは抱く。表情を変えるにしても、微かにしか変えない自分からすると不思議だったし、そしてカシェも自分寄りの魔法族だろう。違いがあるとすれば、カシェは微かにしか表情を変えない『ようにしている』魔法族だ、といった点だった。
だからこそ。
「そういう場所があったとしたら、かえって彼の弱みになり得るわ。
 これだけ周りを拒む場所を住まいとしていたのだから、それ以外の場所はきっといらない」
静かに足を踏み出す。

歩みを進める中、後ろを着いて歩くズィナがまだ腑に落ちない様子であるのは、なんとなく感じ取られた。
勿論エミウルとて絶対の自信がある訳では無い。
だから自分達の歩いた経路上をカシェが通過した時の為に、密かに極小魔方陣による軌跡を数歩おきに残しながら次の候補先へと向かっていた。


  *


事情を知ったエミウルは、迷い無く自分を探しに来るだろう。
エミウルに辿り着かれる事は、即ち日記を返却するほか無い事。
『プナハが何かをしでかす前』
『ルーが大広間に帰ってくる前』

自分に様々なタイムリミットが課せられる。
そして今度は、『エミウルに辿り着かれる前』。

この日記に含まれる文脈を読み解くのに『読むだけ』では埒が明かないとカシェは痛感していた。
実現し得なかった『日記に込められた著者の心を読む事』が活きるのも、前後の文脈があってこそ。該当する記述に繋がる記述が無いのでは意味が無い。
ここでカシェは、「何かが日記の中に魔法で隠されている」という仮説を挙げる。
検証には特殊な魔法を使うのでなるべく出したくなかった仮説だし、他の魔法族が出入りする大広間やこの食堂でそれを遂行できる筈も無かった。仕方無い理由があったにせよ、リミットを甘く見すぎていた自分を悔いた。
と同時に、プナハとエミウルとの接触の計算外な実現を恨めしく思った。

――エミウルに鉢合わせないように動く必要が出てきたな。

カシェはプナハ監視用の影を更に伸ばし、エミウルの軌跡を辿った。

――北部にいるのか。全く以て面倒だ。

伸ばした影をプナハ監視のサイズに戻す。
迂闊に自室に戻るのも憚られる状況。
確かにエミウルなら、第一に自室に目星を付けてくるだろう。
そこで成果が得られなかった場合、次に何処が候補に挙がるか、自身の事なので分かっていた。

――それならその動線を活かして姿を眩ませば良いだけの話か。

カシェは綺麗に食べ終えた皿を纏め、席を立つ。
「また会った時に、精霊混じりや精霊について聞こう」

マホガニーが引き留める隙を与える間も無く、食堂を後にした。


  *

カシェが向かったのは、大広間寄りの、北部のとある小さな部屋だった。
幼少期、初めてひとりで魔法を使った場所。今と同じように、自身の影を伸ばし監視に使った。
目的はルーの弱みを握る事だったのだが、結局何らかの邪魔が入って未遂に終わった。
ルーが無効化魔法を使ったのか、はたまた関係無い所からの茶々だったのか、覚えていない。

扉を開け、中に入る。

――この扉、こんなに小さかったっけ?

訪れるのは当時以来だった。
その時座っていた椅子を部屋の隅に見つける。
肘掛けの部品が幾つか失われていた。
椅子を置き直し腰を下ろしてみると、やはりなのかちょうど良い大きさだった。
当時はもっとゆったりしていた記憶がある。
脚の作りは元々丈夫だったようで、特にぐらつきも感じない。

息を吐き出し、ローブで隠していた日記を広げた。







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