ズィナ編  (7)



「ゆっくり話したい事があります」
そう言って、ズィナは自室に影を連れ込んだ。
影はぐる―っと部屋を一周し、再び元のサイズに落ち着いた。
「絵の具にキャンバス。絵が趣味なのか」
「気晴らし程度ですよ。今は大作も描いていませんし。
 趣味はどちらかというと、机の上の実験器具類のほうが大きいですね」
ズィナは絵筆を手に取り、パレットから適当に色を拾ってキャンバスに塗りつけた。
「良いのか?それ、完成した絵なんだろ?」
影はキャンバスの側面に沿う。
「構いませんよ。習作ですから」
「完成品は別にあるってか」
「そういうことです」
再び適当に色を置く。

「ふ―ん。で、話したい事って何だ?」
影はパレットに移り、絵の具の周りを這い始める。
「貴方が私の影に来るまでに伝って来た、物や魔法族のことについて聞かせてください」
「そんなに多くァ無いぜ? ほぼ一人の魔法族の影から移ったようなもんだし」
唐突にキャンバスに紅黒い絵の具が塗りつけられる。影の仕業だとすぐに分かった。
「影から生まれた精霊?そんなわけ無いでしょう?」
ズィナは何の気無しに、キャンバスの下部に青緑色を置いた。
「勿論さ。俺ァもっともっと長く生きている。ただし実体を持たずにな」
紅黒の下に真っ黒の線が引かれた。
線の上に描画油が打ち付けられ、黒の線がじんわりと2本に枝分かれする。
「その魔法族の影に取り入ったという事ですか」
「そいつの魔法によってな」

少し離れた所に赤オレンジが置かれる。
「彼または彼女の影の居心地はいかがでしたか?」
ズィナはパレット上で色を混ぜる。
「遊び心があるようでいてストイック。面白かったが、ちと疲れたなァ」
「さて誰でしょうかね」
赤オレンジの上から、全くの中間オレンジで塗り潰す。
「名前は何だっけな」

ズィナは口を噤む。
枝分かれした黒の線の一方が、下部の青緑に掛かり混じった。

「…思い出したら教えてくださいね」

ズィナは暫くキャンバスを見つめる。

不意に背後から声が掛かる。
「なァ、この杖ってちゃんと使ってんの?」
振り返ると、杖の影に入り込んだらしく、影が小刻みに揺れていた。

「杖としては使っていませんよ。実質、数式と魔方陣の組み合わせで魔法を掛けていますから。
 用があるのはくっついている本だけです」
「ハァ、かつては別の形だったワケねぇ」
「私が変えたのではありませんよ。寧ろ誰の仕業か突き止めたいぐらいです」
「ふ―ん。なんで?」

ズィナは思わず目を見開く。
「なんで、って…」
「突き止めてどうすんの? 直して貰うの? 自分でも出来るんじゃねェの?」
「それは…
 出来なくは無いでしょうが、魔法道具に魔法を掛けて変な影響が出るのは避けたいので。
 いずれにせよ、腹の虫が収まらないだけです」
「へ―?
 この先また何かが変わったとして、その由来をいちいち探るの?」
「…」
「今もだが『魔法道具の形が変わった』って起きた事実だけを受け入れるのは駄目なのか?」
不意打ちの問いかけだった。
返答に迷うが、少し考えたところで、今すぐに考え方が変わりそうには無いと判断した。
「…やっぱり、腹の虫が収まりません」

物事の変化を望みながらも、
いざ変化が起きると、受け容れ難いとして原因を探ろうとする。
矛盾していることは自分でも分かっていた。

「今、犯人を杖に尋ねる事は出来るけど?」
影がケタケタと笑いながら提案する。
「聞くだけ聞いてみましょうか」
「りょ―かい」
そう言って、杖の表面を這い始めた。

「は―分かった」
「誰ですか」

「カシェパース・ルー」

言葉を失った。
聞いたことのある名前。
ルーの魂系337代目。
図書館で聞いた、警戒すべき魔法族。

あのときララーノ伝いに彼について聞いた後、シューナの魂系337代目に話を聞いた。
337代目の彼女はそれこそ彼について知ってはいたが、
「そんなひと、どの世代にもいるものじゃないの?」といった感じだった。
そうかもしれないが、ズィナとしては腑に落ちなかった。
かつてララーノ伝いに聞かされた、
『知られたくないことは知られて、知りたいことは知ることができない』という言葉が引っ掛かるし、
そんな魔法族、少なくとも1代目や1000代目には心当たりが無い。

ただ、これで分かった。
杖を見せたとき、相手はわざと反応しまいとしていたのだ。
もし再会して魔法合成書を元の姿に戻してくれれば幸いだが、そう都合良く事が運ぶ相手では無いだろう。

魂系繋がりでマホガニーに間に入って貰おうか。
そう考えたところでズィナは、カシェがマホガニーを探していた事を思い出す。
「見つけられたのでしょうか?」

途中から動かしていなかった筆を置き、ズィナは立ち上がる。
「ん、どっか行くのか?」
足下から聞こえる影の声。杖の影から自分の影に戻って来ていたらしい。
「ええ、気になる事があって」


  コーレニン南部

ズィナはマホガニーの部屋の前に来た。
呼び鈴を鳴らすが、反応が無い。
「いないみたい?」
「ええ」
ズィナはくるっと踵を返す。
「合流したのかも知れませんね」

「確信は?」
「さあ」
来た道を真っ直ぐ見つめる。
「…再会を諦めるつもりはありませんよ」




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