ズィナ編  (6)



何冊も並ぶ日記を片っ端から手に取っては、最初のページと最後のページの年齢を確認する。
コーレニンにおいては年号なんてあまり意味がないので、大抵は「●代目●年目」、つまりその世代の年齢で時間を把握する。

全てを確認したものの、やはり最後の10年分ががっぽりと抜けていた。
何故、無い?
オシャーンが突然投げ出したなんてあり得るだろうか?

1代目の時オシャーンには、他の魔法族とのズレをなんだか感じていた。
だから「怪しい」という枠組みに入っているのだが。
「結構律儀でしたからね、あの方は…」
うっかり口に出た。
ハッと気づいて手摺の隙間から階下を伺うが、オレンジ色の頭がこちらに気づいた様子は感じられなかった。
本棚に目を戻す。

そもそも、おかしい。

本棚の中の、この隙間。どうも不自然すぎる。

――最後の10年…

当時自分は何をしていたか、記憶を辿るまでも無かった。

――籠もっていた。

このズィナという、1000代目の自分の来世の、意識を乗っ取るための研究。
最後の5年はルーからの指令書も全部ボイコットして、部屋に引き籠もっていた。

――だからこの前の指令の時は「サボらずに来たみたいだな」なんて言ってたのか…

――やはりルーは私のことなんざお見通しだったのか?

日記で10年分が無いのは、1冊あたり約10年単位だからだろう。
誰かが日記を持ち出した。
そう考えるのが妥当だと判断を下す。

そこまで考えたところで、魂の本と会話していた者がいつの間にか図書館から去ってしまっていることに気付く。結局、何が起きているのか、何が起ころうとしているのか、掴めないまま。惜しいところまで来ているから余計にもどかしい。

ズィナは溜息をつく。
コーレニンに籠もってばかり云々以前に、自分の部屋に籠もり続けていた。
当時は外の世界に興味が無かったし、外の世界に行くという選択肢すら持たなかった。
1代目の時代は双子の時空であるルーベリーとの行き来は自由だった。
何故か、自分が行こうとは思わなかった。

今は、外の世界を半ば諦めた気持ち。
コーレニンに確かな異常事態が起きているのに、自分から首を突っ込みに行っているのに、
何処か、他人事のような感覚が拭えない。
自分だけが取り残されたかのような。
同じ世界の出来事なのに、丸ごと『外の世界』として切り離されたかのような。

階下に降り、魂の本を開く。
999代目のページの主に、過去に投げかけたのと同じ質問をぶつけた。
「リヴィエさん、地球に変化はありましたか?
 それに連なってコーレニンにも変化はありましたか?
 そもそも地球ってどんな所なんですか?」
全く知らない訳ではない。
ちらちらっと本で読んだことはある。

相手はかつての問に既に答えを出していたのだが、嫌な顔一つせずに答えた。
「あったんじゃない?
 そんなに気になるなら、ズィナも地球に行ってみたら?」
ズィナは首を振る。
「遠慮しておきます。
 一度行っただけでは変化も何も分かりませんよ」
「じゃあ何度も行ってみたら?」

何度も行きたくなるような場所だったのだろう。
それなら余計に、変化の無いコーレニンにうんざりするに違いない。
「一度離れてみてこそ分かるものがある」とはよく言ったものだが、1代目から現在の1000代目までの時を置いて見てみても、あまりにもの変わり映えの無さにかえって感心する程だ。

溜息をつき、本を閉じる。

――何かが起きているのに。何かが起きようとしているのに。
  目の当たりにしたいのに。
  拒もうとしている自分もいる。

ルーベリーや地球に行こうと思えなかったのも、同じ感情が理由だったのかもしれない。
けれど、『感情の理由』には思い至らぬまま。
『変化』を待ち焦がれながらも受け身の立ち位置で安寧するのも有りではないか、
そんなことを考えながら本を抱える。
振り返ったところでふっと自分の影が視界に入り、――ズィナは目を疑った。

光源に合わない、異常な長さの自分の影。
咄嗟にズィナは杖を振り上げる。

「ペクターレ!」

分離魔法により千切れた影は、一方が自分の方へ、もう一方が遠くへと縮んでゆく。

――何だったんだろう…

あまりにも突然の出来事に、ズィナは呼吸が浅くなるのを感じた。
気にしたくないが、気にせざるを得ない。
そんな時、自身の影から声が掛かる。
「なァ…お前さぁ、影と喧嘩でもしてんの?」
影が喋った。
驚きはしたものの、ズィナははっきりとした声で返す。
「そう見えますか? 私は影をこき使ったことなど無かったと思いますが」
影はふむふむと頷く。
「そうかい。
 だけどさァ、お前の影、泣いてんだよな。
 返せ、返せって。
 追い出されたって。
 お前さぁ、こいつに何したんだ?」
「この影がどうしてそうなったか、原因が分かったところで貴方にはどうにも出来ないでしょう?」
ズィナは杖を握る力を強める。
「さァねぇ。
 …お前、もしかして『影の本来の持ち主と喧嘩してる』?
 別に俺としてはどっちでもいいんだけどさァ、
 場合によっては、持ち主の方を解放する代わりに、お前をこの影に引きずり込むかもよ?」
「…お好きになさい」
口ではそう言いながらも「さっさと何処かに行け」という思いを込め、踵で影を踏みにじる。
「そんなに怒るなって。何なら持ち主の声を洗いざらい代弁してやろうか?」
「結構です」
影を一発踏みつけた。
「いきなり私の影に紛れ込んだりして、いったい何処から湧いて出てきたんですかね」
魔法族はあり得ないので、おそらく精霊だろう。
まるで虫けらに対するような物言いだと自分でも思った。
影はケタケタと笑う。
「大広間だぜ? 影を伝ってお前の影に辿り着いた」
分離魔法の直後に遠くへ縮んでいった影を、ズィナは思い出す。
「さっきの影は、何か或いは誰かの影だということですか」
「そういうことさ」

ズィナは小さく息をつく。
幾つもの物やひとの影を伝って来たということは、それらの内面や裏面を目にする機会があったということ。この精霊がそこに着目するかは分からないし、どれぐらいの時間を掛けて自分の影に辿り着いたのかは知らないが、妙に、この精霊のことが気になった。




 Menu