オシャーンの日記編 (9)



マホガニーは、ルーの帰宅を待ち侘びていた。
もう昼下がり。
他国への挨拶が半日で終わるかは疑問だが、泊まりの話は聞かなかったし、
一般住民に過ぎない魔法族に留守番を任せている訳だし、ルーのことだからそこまで長居はしないだろうと思われる。

これまでの短い人生経験の中で、あっという間な一日を過ごしたことも勿論あるマホガニーだが、
今はプレッシャーや不安を端々に感じながら、時間の流れる遅さを憂鬱に感じていた。

そんな折、不意に背後から「マホガニー」と呼ばれた。
慌てて身を乗り出し振り返る。
カシェがニヤリと笑った。
「見つけた」
そう言って見せたのは。
「メープルシロップ?」
カシェは頷く。
「ルーの奴、まだ食べ続けていたんだな。
 何故そこまで好きなのか?」
「…?」
マホガニーから何も返ってこないので、カシェは続ける。
「魂が同じだからといって、好き嫌いも一致するわけじゃない。
 食べ物の好き嫌いなんて特に、どんな生活を送ってきたかでだいぶ変わってくる。
 だからルーがこれを好きなのにも経緯はあるだろうし、」
声をスッと潜める。
「逆に何が嫌いかが分かれば、ルーの弱みも見えるだろう」

マホガニーは正直、背中合わせのこのひとと一緒に食事を摂りたくないなと思った。
「ルーファシー様と食事をするつもり?」
カシェは首を横に振る。
「あいつを見ながら食べるのは嫌だね」
答えながら、メープルシロップの入った瓶を元の位置に戻す。
思わず拍子抜けした。てっきり何か細工をするものとばかり思っていたからだ。

先の会話は何の為だったのだろうと思いながら、再び憂鬱な時間に突入する。
カシェのことだから意味のない会話はしなさそうだし、とも考えつつ。

あるのかも分からない天井を、ぼうっと見上げる。
ずっと上っていったら何が見えるのだろう。
かつて旅をした双子の時空・ルーベリーの、湖に沈められた異空間内の遺跡群を思い出す。
あの時はラィとベベルを含めた3人で途中まで箒で上ったのだが、どこまで続くのかも分からずキリが無さそうだったので諦めたんだっけか。
数年前の事を思い出しながら、小さく息をついた。

その時、目線の先に違和感を見つける。

「…?」

よく見知った姿がそこにあった。

「ルーファシー様?」

いつの間にか現れた水色で丸いのが、ほぼ真上から滑らかに降りてくる。
ルーが帰ってきた。
マホガニーはルーに合わせ徐々に視線を下ろす。

「待たせたな!留守番ご苦労様!」
ルーがマホガニーの目の前で止まる。
マホガニーは、背後からの舌打ちを聞き逃さなかった。
気にしまいと、ルーに笑顔を向ける。
「お帰りなさい!現地はいかがでしたか?」
「そりゃあもう、」
ルーは得意気にふんぞり返る。
「全て順調だったさ!今後の方針についての打ち合わせも、その流れでの食事会も!」

そこでカシェがようやく、玉座の後ろから顔を出した。
「わざわざ別の姿に化ける必要があったのに順調だって?」
「化けたからこそ順調だったんだ。順調に越したことは無いだろう?」
ルーは全く怯むこと無く言い返す。
「カシェもご苦労様だったな。帰ってきた時にコーレニンが残っていたのはお前のお陰だ」
「ルーは取り越し苦労にならないと良いな?外交でコーレニンがこの先どうなるか、生きているうちに見られないのが残念だね」
嫌みたっぷりに肩を竦める。
マホガニーは2人のやりとりを聞いて似た者同士だと思ったが、言わないことにした。

ルーはぱん、と手を叩く。
「そんなところさ!
 無事に挨拶も終わったことだし、解散だ解散!
 カシェはとっとと元の時代に帰ることだな!」

ようやく緊張が解けたマホガニー。
食堂に行って美味しい物でも食べようか、南部の行きつけの食堂でも良いが他の地域を開拓するのも良いかもしれない、
開放的な気分でそんな事を考える。
顔が綻びかけたところで、マホガニーの肩に手が置かれる。

「ルーも帰ってきたことだし、遅い昼食にでもしようじゃないか、マホガニー」

  *

拒否する隙など無かった。
とぼとぼとカシェの背中をついて歩く。
「北部の食堂でも良いか」
無言で頷く。カシェにも伝わったらしい。

北部の食堂は初めてだった。
石造りではあるが、どことなく温かみを感じる内装。
幾つかあるビューロの前に立ち、ビューロの蓋に刻まれた料理名を選び指でなぞってから、蓋を開けて料理を取り出す。
カシェのやり方を見て、同じようにして料理を取り出す。

カシェはローストビーフとポタージュとパンを、マホガニーはキッシュを持ち、席に着く。
沈黙の中それぞれが3口程を食べた後、カシェが口を開いた。
「ルーは今頃どうしているだろうな」
マホガニーは耳を疑う。
「心配している?」
「まさか」
せせら笑った。
「メープルシロップの件だ」

  *

ルーは玉座の裏にしまっていたメープルシロップの瓶を取り出す。
「瓶の向きが変わっているな。カシェの仕業か」
付近の別の場所に入れたダミーの瓶は、一見手つかずだった。

  ――

カシェはローストビーフを口に運ぶ。
「玉座の裏を探っていたら、魔法を使うことなくすぐに見つかった。
 『魔法での管理を怠っている=ダミー』だと思わせたかったのだろうが、
 ダミーと思わせた本物だなんてすぐに分かったね。
 ダミー自体は魔法で守られていたけどな」

  ――

「この瓶が本物だとカシェなら気付いただろうな。
 あいつなら瓶に触れたとばれないように戻すことができるんだが。
 見つけたことを敢えて知らしめるべく、瓶の向きを変えて置いたということか」
思わず笑い声がこぼれる。
「何の為にわざわざ見せつけたんだろうな?」

  ――

カシェはポタージュをすする。
「俺が瓶に細工をしたところで、ルーの前では何の意味も無い。
 一方でルーは俺が細工をしたと思い込むはずだ」
マホガニーは状況を理解しようとしながら、キッシュを飲み込む。
「細工を解かないことにはメープルシロップを食べたくない、
 けど細工を探ろうにも細工が見つからない、
 つまりメープルシロップにありつけない?」

「そういうことさ」

  ――

ルーはダミーの瓶に持ち替える。
「ダミーといっても、こっちにもメープルシロップが入っているんだ。
 とりあえずはこっちのでも食べるか」
瓶の蓋を開け、匂いを嗅ぐ。
「蜂蜜じゃないか!」
カシェの仕業に突っ込みを入れながら、ルーは一口舐める。
「あいつなら解けるだろうとは思っていたんだよなあ…
 蜂蜜も美味いんだがなあ…やっぱり物足りないな。
 後で本物の瓶を調べるか…」

  ――

「ダミーを守っていた魔法、あれぐらいなら俺でも解ける」
懐から瓶を取り出し、ちぎったパンにシロップを掛ける。
「カシェ、それって」
「ダミーに入っていた方な」
そう言いながらパンを差し出された。
一口囓り、違和感を覚えながら咀嚼し、飲み込む。
「甘…甘すぎる…」
後味の悪い甘さにキッシュを食べる手すら止まったマホガニーの様子を見て、
カシェは「やっぱりな」と呟いた。

  ――

ルーは蜂蜜を舐める。
「ダミーの瓶には実験的に砂糖を追加したんだっけか。
 だいぶ前のことだからすっかり忘れていたな。
 メープルシロップは、さらっとしたやさしい甘さが一番だな」
 

  *  


「メープルシロップの事はどうでもいい。ルーは気が済むまで本物の瓶を調べたらいいさ」
カシェからの謝罪の言葉は無かった。

「本題はそれじゃ無い。
 『指令』監督でお前が使っていた道具、あれについて尋ねたいと思っていた」
「『鍵』のこと?」
マホガニーが『鍵』を取り出して見せる。
「コーレニンとルーベリー間のルートの『鍵』を分割した物だよ。
 ルーが持っていた大本を4つに分割して、その1つを貰った」
カシェは眉を顰める。
「聞きたいことが多すぎるな。
 何故、ルーが『鍵』を分割したのか。
 何故、その1つがマホガニーに託されたのか。
 4つに分割したということは、他に誰かが『鍵』を持っているのか。
 大きくまとめてこの3点」
「それは、」
ルーベリーでの旅の後「外の世界を肉眼で見る役割が必要な時代になった」として、魔法族に託す為にルーは『鍵』を分割した。
選ばれた魔法族は、マホガニーを含む3名。ルーベリーを共に旅した仲間。
4つに分割された『鍵』はそれぞれ、その魔法族達とルーの手元にある。
そのようにマホガニーは答えた。

カシェから小さな溜息が返ってくる。
「聞けば聞く程に疑問が増える。
 俺達の時代では、魔法族が他所の時空に行こうだなんて考えられなかった。
 それがあり得たのは最初の2代程度、あとはずっとこんな有様さ」
肩を竦めて首を振った。
マホガニーは素直に頷く。
「僕達にも分からないんだ、何故いきなりルーベリーとのルートが緩くなったのか。
 きっかけは同じく旅をした魔法族に届いた手紙らしいんだけど、
 その手紙が何処から届いたのかも分からない。
 多分、ルーが挨拶に行った時空では無いと思う」
カシェの中で更に疑問点が増える。
「他にルートが構築された時空があるという事か?
 ルーベリーと地球と、挨拶先以外に?」
「分からない。
 地球の可能性も無くはないんだけど、ルートは厳重に閉ざされていたはず」
「いずれにせよ、コーレニンとルーベリー間のルートに他時空が干渉した可能性がある、
 ということか」
マホガニーは迷いながらも頷いた。
「それはそれで不可思議な事があるんだ。
 手紙が届いた魔法族は精霊混じりで、手紙にもそういった事が書かれていたらしいんだけど、  何故それを他時空の誰かが知っていたのかって」

カシェはナイフを持つ手を止める。

「精霊混じり? 1000代目に?」

一拍置いた後、マホガニーは頷いた。





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