オシャーンの日記編 (8)



  大広間


マホガニーは、背後の空気の冷たさをひしひしと感じていた。

――なんで…なんでベベルが来る前よりも、こんなに寒気がするんだろう……

早く戻って来てとベベルに願い続けるも、当然届くはずもなく。

  *

一方、カシェは先刻に崩されかけたペースを完全に持ち直していた。

――あのベベルとやらが戻って来たら、また光を乱されかねないからな…

精霊の方の影は、ズィナの影と接合したらしい。
カシェ自身の影も、プナハを見つけた。

――宛もなくふらふら歩いているだけか。
  全く…何しに来たんだ?

カシェは、プナハの目的のもう一つを知らない。
『自分以外の精霊混じり』を見つけるのこそ、ふらふら歩いて達成できてしまうのだ。

一方。
「おい精霊、そっちはどうだ?」
もう片方の影に、杖伝いに声を伝える。

「図書館にいるなァ。
 ヤツも誰かを見張っていたようだぜ?
 その『誰か』が魂の本と話していたってだけなんだけどなァ」
杖伝いに、精霊の声が返ってきた。
「誰が何を話していた?」
念の為に聞いておく。

「名前は出てこなかったなァ。
 ただ、開いた本の表紙はオレンジ、」

――ウェイウィーアの誰かか。

「そいつは同じ魂系の1000代目の名前を聞いていた、」

――1000代目ではない、か。

「それから、日記がどうたら〜とか言ってたなァ」

「ちょっと待て。
 そいつ、サントレットじゃないか?」
「な〜んだ、知り合いなんじゃねぇか」
精霊のケタケタと笑う声が杖に伝わる。
「何?そいつのことも監視して欲しいわけ?」
「今はいい。
 また暫くしたら様子を聞く」
そう言って、カシェは杖を影から離した。

プナハの監視を再開しようとしたところで、精霊の方の影に違和感を感じた。

――まさか…

こんな事が起こるなんて。
しかも、こんなに早く起こるなんて。

――…影を切られたか!

報告を聞いた直後だっただけに、気付かれていたのかと疑うが、
そもそも気付いていたのなら精霊が報告を終える前に影を切っていただろう。
偶然とは思い難いが、どうやら本当に偶然らしい。

「おい精霊。また影を繋げられるか」

しかし、返事が来る気配が無い。
もしかして。

――あの精霊… ズィナとかいうヤツの影に移ったのか…?!

影の片方が徐々に縮み、そして、もとの影に引っ込んだ。

――なんて精霊だ。

本当に気まぐれだった。
とはいえ、自分の影が乗っ取られることなく、こうして大広間に帰ってきた。
乗っ取られる可能性を一方的に負う状況だったので、安堵が大きかったのが正直なところ。
ここで精霊と陰湿な争いを始めていたら、かなりの負担になっていただろう。

ともかく、プナハの監視は続けることにした。

――もし精霊の言っていたのが本当にサントだったら…

意外な形でサントの現状を知ることになった。しかし何故か、サントには他に対するほどの警戒心は抱かなかった。

――サントにしても、ズィナにしても、深入りする時期ではないか。

そう思い直したところで、大広間にけたたましい声が帰ってきた。

「『指令』の続きをしに来たわよ!」
ベベルだった。

背中越しに、マホガニーがほっとするのが伝わるが、
一方でカシェは神経を尖らせる。

ベベルは先刻使った用紙をマホガニーから受け取る。
「サントに聞いたコツは『光の境界を決めること』!
 メコット・ニッツ・ペクターレ!」
呪文を唱える。
先程は曖昧に分離された色が、今回は綺麗な発色を伴ったままの分離に成功した。

「残りは光合成、紅炎、虹生成ね!」

萎れた花の元気を取り戻すこと、紅炎を再現すること、虹を創り出すこと。
一つ一つマホガニーが『鍵』を通じてルーに基準を尋ね、ベベルが遂行する。
慣れない魔法ということもあり、たどたどしくはあったが、なんとか全てクリアした。

喜びのあまりにベベルは語り始める。サントがいかに効果的な指導をしてくれたか。
聞いているマホガニーとしては、抽象的なサントの言葉に疑問符が何度か浮かびかけたが、ベベルとサントはそれで分かり合えたのだろう。
『見えない何か』で通じ合える師弟関係って良いものだな、と思わず顔がほころぶ。

――ルーの魂系の、337代目…

今、背中合わせにいる彼。
現実に直面し、マホガニーの中で『理想的な師弟関係』の図が割れ散ってゆくのを感じた。

ベベルが軽い足取りで大広間から去った後、
マホガニーはカシェとの師弟関係について、ぼんやりと考え始める。

  *

『指令』遂行中、カシェはその様子を断片的にではあるが杖を通じて見ていた。
あとは大広間全体の光の加減で大体推測した。
一連が終わった後、カシェが心中に抱いた感想は、
「甘い」
の一言だった。

サントという本家を知っているからかもしれない。
また、今の1000代目と自分達との年齢差がそう感じさせてしまうのだろう。
自分達も十代の頃は――

――いや。

十代だった頃のサントを思い出す。
先刻のベベルと全然違う。
魔法の得手不得手や専門の違いもあるのだろうが、魂の本に入った後のサントなら、それを埋め合わせ得る指導が出来るはず。
それでも後代の魔法族がある程度まででもサントに追いつけないのは、もう後代自身の問題であった。

――同じ『魂』なのに。

追いつけないことの理由に「仕方無さ」もあることを、カシェは認めたくなかった。
それは永遠に自分がルーに及ばないと認めることを、意味していたから。

カシェは心中で舌打ちをし、影によるプナハの監視を続けながら、日記を読み込んでいく。
1000代目の時代に何が起こるのかの手掛かりで見つかったのは、終盤の大まかな記載のみだった。
近日の記述を読んでみても、驚く程に前触れが無い。
書いてあることは、魔法のこと、日々のこと、聞いた話、等。
そしてそれらの殆どに、そこから考えたことや自分なりの解釈が書き添えられていた。
興味を引いたのは、他魔法族の考え方への言及。
どの記述も一貫して静かな文体なのだが、心の中に激しさを秘めた魔法族だったんだろうと想像する。

そんなことは、今はどうでも良かった。
ズィナ監視用の影も切られ、精霊も何処かに行った。
プナハは動きが定まらないまま。
結局、この時代に何が起こるのかを把握する材料は揃わず、
「ルーが帰ってくるまで」というタイムリミットを諦めざるを得なくなった。

流れに身を任せ、その都度で入手した情報で、少しずつ図式を完成させるしかない。
魔法族の自分はルーと違って、地道な手段しか選べないのが不本意だった。





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