オシャーンの日記編 (7)



  大広間


ベベルは両手を腰に当てた。
「今回の『指令』は『指令』らしいものじゃないから、正直不本意ではあるけれども…
 ま、そんなこと言ってても仕方ないしね。それじゃ、1つめの『ぼやけない影』からいくから」
「普通の灯りは影がぼやけるけど、太陽光ならはっきりとした影ができる。
 単純に太陽光を生み出すってことだね」
「そういうこと。説明ありがと」
両手をかざしたところで、はたと気付く。
「… 明るいところでやっても、意味なくなぁい?」
「そ、そうだね…」
マホガニーは苦笑する。
「だけど僕は大広間から離れられないから」
そう言って立ち上がり、杖を構えた。

「ヌート」

両手で杖を振ると、大広間がすっと暗転した。

「ありがと!」
今度こそ、とベベルは意気込んで両手をかざす。
そして、自分の中でいける時を見計らい、かざした手をまあるくする。

両手に包まれた中に、ぽやぁと明かりが生まれた。

「眩し…っ。今、あたしの影どんな感じ?」
「ごめん、僕も眩しい。横向いて横向いて」
「了解、っと」
ベベルは両手と一緒にくるりと左を向く。
「大丈夫、ちゃんと影はきっぱりしているよ」
「ふぅ、とりあえず1つめは完了ね」
安堵の息を漏らした。

  *

一方で、カシェの苛々バロメーターは急上昇していた。

――暗くするなよ―!! 影見えねぇ!
  そんな真っ暗にする必要ないだろうに…。
  加減ってもんを知れよったくもう。
表には出さないが、不満がぐつぐつ噴きこぼれる。
なんとか感覚だけで、影を操り続ける。

――仮に弱い太陽光でも効果が見えるようにって配慮なんだろうけどさ。
  実際そこまで強いのじゃなくて良かったよ。
  向こうはそれが限界なのか、加減してるだけなのか知らないが。
  光源を極端に変えようものなら…

目が次第に澱んでいく。

――ま、そんなことでブレる魔法なんざ使わないけどな―…?

  *

悪寒でマホガニーは微かに震えた。
真っ暗なので、ベベルもそれには気付いていない。
なんだかいきなり部屋の明るさを変えてはいけないような気がして、段階を追って大広間を元の明るさに戻していく。

「次は順番通りに『色分離』いくけど…
 具体的に何をどうすればいいの?」
「う―ん…… ルーファシー様に聞いてみようか」
マホガニーは金属装飾のついた、ころんとした物体を取り出した。
石といえばそうかもしれないが、そうでないようにも見える。
実は、コーレニンとルーベリー間のルートの『鍵』を分割したもの。
数年前のルーベリーでの旅の後に、ルーから貰ったものだ。
「ルーファシー様も『鍵』を携帯していれば通じるんだけど」

マホガニーは『鍵』に向かって呼びかける。
「もしも―し、ルーファシー様――」

むこうの反応は、思ったよりも早かった。
『はい、どうしまし…っ… …どうした?』
最初全く別人のような女性の声が聞こえたと思ったら、すぐいつもの声に戻っていた。
「――…なんですか、さっきの声?」
『ほっとけ! で、何だ?指令書か?』
「それなんですけど、」
指令書に再び目を通しつつ。
「ベベル宛の『指令』で、それぞれの魔法をどういう基準で判断すればいいんですか?」
『――……』
「…… ルーファシー様?」
『鍵』のむこうの相手の返事がない。

再度呼びかけようとマホガニーが口を開いたその時。

『そうだな、書いて送るからそれに従ってくれ』
「…もしかして『指令』のこと忘れてました?」
『そんなことはないさ。それじゃ』

『鍵』の反応が消えた。

「絶対『指令』のこと忘れてたでしょ」
ベベルも通話の始終を聞いていた。
「僕もそう思う。もし覚えていたら、何をどうするかすぐに答えてくれただろうからね〜」
「なんであたしの『指令』のときはいつも、ルー様に思い出させることから始めなきゃいけないの…!」
「落ち着いて、僕のときも忘れられていることよくあるから…!」

マホガニーがベベルを宥めていたところ、目の前にふわっと紙切れが降りてきた。

「さっきルーファシー様が言っていた物かな」
ぱしっ、と受け取る。
「それじゃ気を取り直して『色分離』いってみよう。
 『この紙の裏の、緑・紫・橙、2つずつそれぞれの丸の色を分解すること。
  緑2つのうち1つは青、もう1つは黄、紫2つは赤と青、橙2つは黄と赤に分解すること。
  なお、この紙の物質そのものを変化させてはいけない』
 だそうだよ」
「太陽光の色の成分のほうをシャットアウトしろってことね!了解!」
マホガニーは指令書を持って降りてくる。
「じゃ、やってみせて」
指令書を裏向けて、ベベルに差し出す。
ベベルはまず緑の丸に指を突き立てた。

「… メコット・ニッツ・ペクターレ」

緑色の縁からじわっと色が抜けていく。
反応が終わった後の丸は、青っぽいような、でも青緑のような。
「黄色が地味に残っちゃったな〜…」
他の全ての丸にも同じように魔法をかけていくものの、端々で色が地味に残り、綺麗な三原色に少し近づける段階でやっとだった。
「思ったより集中力使うわ、これ…
 サントにコツを聞いて来ればよかったなぁ…」
曰く、指令書を受け取った日にもコツを聞いて練習したらしいのだが、再度おさらいしたいのだという。
「珍しく寝過ごしてた―!」と地団駄を踏んでいた。

「今からでも図書館に行ってきたら?」
「うう、そうしたい…よし、そうするっ。
 今日中には戻ってくるから!」
そう言って、ベベルは大広間から出て行った。


  図書館

「ありがとう、また何かあったら来るね」
そう言ってサントは魂の本を閉じ、本棚に戻し、図書館を後にした。
「さぁて…元の時代に帰ろうかな」

  *

ベベルが図書館に着いたのは、それから暫く経ってからのことだった。
しまわれたばかりの魂の本を取り出し、337代目のページを開く。

「サント――! …あれ、サント――?」
反応がない。
「やだ、ねぇ、サント?寝てるの?」
写真の中の表情すら微動だにしない。
すると、写真の縁からにゅっとウィーアが顔を出した。
「あ!今サントはね――ってなにすんのさむぐむぐ」
ウィーアの口をしっかりと塞いだ状態で、ウェイもにゅっと顔を出した。
「気にしないでね、うん、気にしないでね!」
「そこまで抑えられると気になるけど、気にしちゃいけない気がした!」
ウェイが珍しく必死になっているので、ベベルはうずうずする。
しかしなんとか理性が勝ち、それを保つためにひとまず本を閉じる。

  *

  魂の本の中

――危なかったあ…

こんなことは、多分初めて。
先祖が読者と同じ時間層にいるとき、魂の本の中のその先祖は、読者との繋がりを断絶される。
「サント――…」
今度は、ウェイがサントに呼びかける。
「何?」
本の中ではいつも通りなのに。本を開かれると、途端にさっきのようになる。
「もう…全部知っちゃった後のサントのことも、この本の中で聞いて私達知ってるんだよ。
 いつ、どこまで知ってるかもあやふやだから、気を遣いながら話すのも大変なんだから…」
「あはは、ごめんごめん。
 でももう何回か困らせることになっちゃうな」
「もお…」
ウェイが口を尖らせていると、再び本が開かれた。

  *

今度は、1代目のページ。

「サントはどうしちゃったの?」
「えっと―…なんか、眠いみたい!」
「そうだよ、眠いんだよ!」
ウェイとウィーアが口々に誤魔化そうとしていると、今度はサントが1代目のページにやって来た。
「どうかしたの?」
「「え――っと、ね―…!」」
「2人共、目が泳いでるんだけど―」
どうやら先程図書館から去っていったほうのサントは、元の時代に帰ってきていたらしい。

本の中のサントは苦笑する。
「それじゃあ、337代目のページを開いてもらっていいかな。
 そっちのほうが幾つか呪文が残っているだろうから」
そう言って、1代目の写真から立ち去った。
そしてベベルも言われたページを開く。

「さっきは無反応だったみたいでごめんね。
 それで、どうかしたの?」
「『だったみたい』ってのが…」
言いかけたところで、サントの笑顔に封殺される。
「…この前教えて貰った魔法のコツを、もう一度聞きたいなって。
 途中まではもう終えてきて、あとは光合成、紅炎、虹生成」
「ページに呪文や補足は書いてある?」
「断片的に数式がメモしてあったりってぐらいね〜。
 もともとこの本ってそれぞれの魔法より生き様重視な気がするわ」
「生き様って… なかなか厳しいところを突いてくるね…」
サントの笑顔が引きつる。
「で、3つの魔法だね。よく聞いて」
ベベルが強く頷くと、サントはそれぞれの魔法について詳しく説明をし出した。

 ―――

「――、こんな感じかな。
 ルー様に何言われても、適当に『はい、はい』って流しちゃえばいいから」
「いやいやいや…
 それに今はルー様じゃなくて、同世代のルーの魂系の人が監督だし」
「えっ?」
サントは生まれつきの笑顔のまま、目だけをきょとんとさせる。
「なんかね、今大広間にいないから代理なんだって」
「『指令』監督の代理ねぇ…時代も変わったねぇ」
しみじみと頷いたと思ったら、ぱっといつもの笑顔になった。

「じゃあ何も言われないだろうから、思う存分やっといで!」

「ええええぇ?!」とか言いつつ、本を閉じる際にベベルは、溌剌とした笑顔をサントに向けたのだった。





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