オシャーンの日記編 (6)



やたら活気のある自身の影を見下ろし、カシェは内心驚きつつもニタリと笑ってみせる。
「ズィナとかいう奴を見張っていて欲しい」
影はひょいと揺れる。
「髪の色、長さ、背丈、服装、声」
「青緑、ショート、ちっこい、水色基調で同色の帽子も着用、…声?」
さっきの揺れは同意の意味だったのか。
「オレの聴力なめんなよ?なんだったら再現してくれても構わないけどな」
「あいにくそんな特技も魔法も持ち合わせていなくてね」
わざとらしく肩を竦めた、その背後で。

「… こんな感じですか?」

「…」
「……」
この沈黙の中、マホガニーがどんな心境かなんて読心しなくても分かる。

仕方無い。
「敬語なのは合ってる」
言い終えた瞬間、玉座を飛び降り出入り口に向かって走り出したマホガニーの腕を、投げ縄の要領の魔法で捕らえる。
「まぁ色々惜しいって感じだな。似てなくはないが、あともう一歩」
捕らえたまま、じり、じり、と近付いていく。
「それでも俺に代わってよくやってくれたよ。すっごいやお前」
じり、じり。
背後に迫ってくるカシェの気配に怖じ気づいたのか、マホガニーは振り向こうとしない。
「それにさぁ、」
すっと声を潜めた。
一語一語、ゆっくり丁寧に聞かせる。

「この俺の前で、墓穴を掘るような真似をしてどうなるかなんて、分かってんだろ?
 本当、すっごいやお前」

耳元で「気に入った」と残し、マホガニーを離す。

平然とした表情で玉座に帰る途中。
影はケタケタとカシェに笑いかける。
「ひっでぇなお前」
「そうか?」

一方でマホガニーは、全力で後悔していた。
再び玉座に座ってからというものの、一人大反省会。
――やらなきゃよかった、やらなきゃよかった。よりによってカシェの前で…
誰の前であっても結局墓穴を掘ることになっていたであろうが。
――ごめんなさい、ごめんなさい、ちょっとした好奇心というか挑戦というか、後先考えずにうわあぁ…ぁ…

あんな挑戦をしたマホガニーは素直すぎるというか何というか。
カシェとしても、いまいち読心する気になれなかった。
ひょこひょこ動く影に目を落とす。
「じゃぁ、頼んだ」
ひょいと揺れた影は、すい―っと大広間から出て行った。

ほぼ入れ違いの時間に、玉座と真正面の出入り口から、誰かが大広間に入ってきた。

「あれ―、マホガニーどうしたのこんな所で? ていうか、あれ?何かあったの?なんか暗いけど」
「あぁベベルっ…!? なっ、なんでもない!なんでもないから大丈夫!」
背後でカシェがぷっと吹き出すのが地味に聞こえ、余計に気が滅入る。
マホガニーは先程までの大反省会を慌てて頭の奥にしまい込んだ。
「ちょ、ちょっとルーファシー様は席を外しておられるから」
「ふぅん? ちょっとあの人?人っていうか…に、まぁ、ね、聞こうと思ってたことがあるんだけど、まぁいいわ」
ベベルは手をひらりと振る。
「あ、それとついでに『指令』やりに来たんだけど」
「…逆じゃない?」
「もう、いなくなるんだったら呼び出すなっての!
 何?外出するの昨日か今日にでも決めたわけ?」
「それは――…直接ルーファシー様に聞いてくれないかな―…?
 僕が指令書の控えを持ってるわけじゃないから、監督のしようがないんだけど」
ベベルは目を丸くした。
「マホガニーが監督するの?!」
「もしかして嫌…?!」
「っていうわけでもないんだけど、ちょっともう、え―…」
目を泳がせながら、マホガニーに指令書を渡す。
「どれどれ…?
 『お前の今の能力で出来ることを把握したい。
  次の5つの魔法を私の目の前で使用すること』
 …『私の目の前』ってルーファシー様…」
「でしょ!? あたしに指令書送ったの忘れてんじゃない?
 だいたいいつも、『指令』やりに行っても『あぁ、そういえばそうだったな』とかってもう―っ!」
「落ち着いて…!
 それで下の5つのがそれかな。
 『ぼやけない影、色分離、光合成、紅炎、虹形成』
 って… ベベルって雷魔法専門だったよね?」
ベベルは大きく頷く。
「なのに挙げられたのは、ぜぇ〜んぶ太陽魔法。2つめのは微妙だけどね」
『太陽魔法』という言葉に、玉座の後ろでカシェの脳内は反応した。

当初の予定では、影と同化した精霊を送り出した後に、自分の意識の通ったほうの影もプナハに仕向けるつもりだった。
しかし部外者が大広間に入ってきてしまった以上、影の扱いも慎重にしないといけなくなった。
玉座の後ろから伸びる影なんて、余程のことが無い限り目を向ける者はいなさそうだが。

大広間には分が悪いことに、玉座から見て死角となるところの出入り口が無い。
部外者の視線から一番離れたところといっても、玉座から真横に位置する出入り口。

それで今は、不覚にも停滞中。
手持ち無沙汰なので、日記に目を通しつつ2人の会話をちらちら耳に入れていた、という状態。

そんなことは露知らず、ベベルはマホガニーの前で愚痴をだらだら吐き出す。
「そもそもさぁルー様って妙にサントとあたしを比べてくるのね。あ、サントってのは337代目のご先祖様。
 あたしが以前『太陽魔法をもっと使えるようになりたい』って言ったのもあるんだと思うけど、ここまでするのはちょっとどうかと思わない?
 しかも太陽魔法の中でもサントが特に得意としてた魔法。あたしだって直接レクチャー請いたいわよ」
「請えるものなら請いたいね…」

一方、カシェの脳内。

――ウェ イ ウィ ー ア か !
  サントとまるで真逆だな…どの魂系かと思ったら…
杖の先を玉座の後ろから覗かせ、そして引っ込める。
一時的に目の代わりをさせたらしい。
――オレンジ頭しか似てねぇ…
――後ろのこいつと俺とも似てないんだろうけどさ。
  というかルーなんかと似ていたくも無い。
――あの縦線みたいな目とか全然似てないあぁよかった。
  …
  …… 線?

『線』という単語と、自分の影とを見比べる。

――…

――……!! なんで気付かなかった自分!!

影を線状にすること。
いつもならそんなことすぐに思いついたのに思考が滞っていたことと、
何よりルーによって気付いたのとで、二重に自分に腹が立つ。

――今度ルーの目を真ん丸にしてやろ。あ、それも嫌だ。

自分の管理下のほうの影を、杖でトン、と叩く。
すると影は細―…く紡がれてゆき、そして壁と床との設置線に沿ってするする伸びてゆく。

――それじゃあ大広間から意識降りさせてもらうとするか。

意識の殆どを影の方に注ぎ始める。



  図書館

ウィーアはう―んと首を傾げる。
「オシャーンのことかぁ…
 専門は海魔法、魔法形態が魔方陣…そういうのは日記に書いてあるんだよね?」
サントが頷いたので、ウィーアは逆方向に首を傾げる。
「喋ることがあってもぽつぽつで、いつも図書館で本読んでて、
 ご飯の時は薄味のを食べてて、味噌汁も白味噌派。あたしは赤かな、ガンガンに濃いの」
「僕も赤派だな〜辛口のほう」
「2人とも、塩分摂りすぎに気をつけてね… あ、ウィーアはもう手遅れだよね」
「さらっと言ってくすっと笑うのやめて―!怖い!」
ウェイは自分で言っておきながらツボにはまったらしく、笑い涙を指で拭いながら、ウィーアからサントに視線を戻す。
「あとね、魔法族ってこういうふうにどんどん子孫が増えていくじゃない?
 オシャーンだったらきっと、後の世代の子達をひたすら大切にすると思う。
 もちろんそれは私達もそうだし、他の皆もきっとそう。
 でもオシャーンって世代交代の後も無口なことに変わりはないだろうし、冷たい態度をとっちゃうかもだから、うまく伝わってない気もするけれど…
 オシャーンが何も変わっていないんだったら、ある世代の間はその世代の子のことばかり考えてるんじゃないかな」
にっこりと笑った。

「だって、そういう人だから」





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