| オシャーンの日記編 (5) |
| コーレニン大広間 ルーがいなくなった今、カシェはこの後どうするかを考えていた。 幼少期からルーの弱みを握ろうと幾度も試みてきたものの、全く隙がなくその度に歯痒い思いをした。 それが今、ルーの領域はこうして放置状態になっている。 こんな好機を活かさずにどうする。 しかし、だからといってルーが退席した直後に行動を起こすのはナンセンス。 また、時期を待ちすぎてルーが帰ってくるのもナンセンス。 時期を待つのではない。『時期』なんて所詮後付け。 要は、段取り。これがいい具合にいけば済む話なのだ。 ひたすら考えてもどうにもならないので、ウォーミングアップがてらに日記を開く。 * コーレニン図書館 サントは、本の中のウェイとウィーアに尋ねた。 「改めて教えて欲しい、1000代目の時代に何が起こったのかな」 突然の直球質問に言葉を失いかけた2人の様子に、サントははっとした。 「337代目で聞いたきりだから、久し振りどころじゃなかったね。ごめんごめん!」 「えっと…それもあるんだけど、」 ウェイが視線を泳がせる。 「――え、あぁやっぱり…早めに来たからまだ起きていないんだね」 ウェイとウィーアがぎこちなく頷く。 「337代目の時代では、1000代目のことは『未来』に当たるから教えられないと言ったね。 それなら、1000代目では、1000代目のことは『今』に当たるから、教えても構わない。 それとも、同じ1000代目の中でも、未来のことはやっぱり『未来』?」 本の中の2人は困った様子で、ごにょごにょと相談し始めた。 ごにょごにょが終了した時、2人はもう困った表情を取り払っていた。 「正直言うと、後のほうのが正しい。 だけど、同じこの世代の中でも『過去』と『今』のことは教えることはできるよ」 「『過去が未来に繋がる』からといって、やっぱり『未来』を教えることはできないけどね。 それがあたしとウェイとで出した結論だよ!」 サントは頷いた。 それに合わせたかのように、ウェイは話し始めた。 「まず、『過去』のこと。 998代目に、地球とコーレニンとのルートが開いた。 1000代目に、ルーベリーとコーレニンとのルートが、再び開いた。 それから、『今』のこと。 ルーベリーとコーレニンとの間は、魔法族の一部だけだけど移動してもいい、ってルー様に言われているそうだよ」 「あぁ…時代も変わったねぇ、ルー様がそんなことを言うなんて」 サントはしみじみと頷いた。 「サントぉ―、老けた―? いくつ―?」 「240歳〜」 「むむっ、だがそんな貫禄も知識も無いだろうサントくん!」 「それは言わないで〜」 サントはしみじみと、ふあぁぁと息を吐き出した。 「話は脱線しかけたけど…そんなふうだから今はこの時代の出来事について教えられないの。 ごめんね」 ウェイは申し訳なさそうに手を合わせる。 「いいよ。また来るだろうしね。ところで1000代目は何て名前?」 サントが投げかけると、ウィーアは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。 「ベベルだよ!緑の瞳の女の子!」 「ありがとう。覚えておくね。 1000代目って、この年齢であの出来事に直面するんでしょ?」 「『あの出来事』って…」 ウェイが微かに表情を変化させるが、サントは首を横に振った。 「出来事の中身は分からないけど、何か特別な事なんだろうなとは思う。 だからこうして2人に尋ねていたんだ。 何故知っているのかって? 日記を読んだんだよ、オシャーンって人のね」 懐かしい名前にウェイとウィーアが反応する。 「オシャーンの日記…」 サントは眼を細めて頷いた。 「だから聞きたくなった。オシャーンって、どんな人だった?」 * コーレニン大広間 カシェは日記をこつこつ読んでいく。 ――持ち主がどんな人か? な―んて質問を、この日記を読んだ奴達はそれぞれの1代目に訊くんだろうな。 しかし、カシェにはその1代目がいない。 いや、いるにはいるのだが、その者は現在も生きてコーレニンを支配している。 うっかり訊いて、変に詮索されるのは御免だ。 というか、あいつなんかに聞きたくも無い。 ――今のとこ、『部外者』で日記をまともに読んだのはプナハだけか。 しかし、プナハは純粋に「本を読む」という前提で読んでいたのだろう。 だが、自分は違う。 日記とは、誰にも明かせない秘密を唯一明かせる場だ。 つまり。 持ち主の人柄を探るには、日記を読むのが一番手っ取り早い。 次第にカシェの瞳が淀んでいく。 ――心外だろうなぁ。よかれと思って残した日記がこんな形で利用されるなんてなぁ? しかし、最終目的はこれではない。 タイムリミットは、水のあいつが変なことをしでかす前。 ――もしかしたら、こんなふうに人柄を探られることも計算の範囲内だったとか? だとしたら、それはそれで面白いけどな。 本来なら、持ち主の人柄なんざどうでもいい。 日記に書いてある『事実』のほうが気になるのだが、日記とはあくまで主観的なもの。 つまり、『事実』も取捨選択されたうえで残される。だから、日記がそのまま『事実』とは限らない。 何が『事実』で何が『虚像』なのか。 持ち主の人柄と照らし合わせて、取り上げられなかった『事実』も読み取っていくこと。 ――はぁ、日記の『心』も読めたらなぁ… しかし、今、この時。 ルーが退席している、この時。 ルーの弱みを握りつつ、かつ、プナハが何かやらかす前に、この世代で何が起きるのかを推測しつつ、事によっては行動を起こす。あとその他色々。 優先順に整理した。 ――監視する必要があるのは、絞り込んでやっと2人か… プナハと、ズィナとかいう青緑髪のちっこいの。 エミウルはもともと日記を取り戻すことが目的なので、特に突拍子もないことはやらかさないだろうと願っておく。 ルーから頼まれたこと、『大広間から離れないこと』は、たやすくクリアできる。 監視は、自分の影に任せればいい。自分の意識を影と共有し影を操ることで、その場にいながらにして別の場所の状況を知ることができる魔法。 ただし、同時に一カ所のみ。 ――マホガニーにも頼むか…いや、でも。 どちらかは意識100%の状態でいないと、いざというときに対応しきれない。 実際、『影伸ばしの魔法』では、意識の殆どを影のほうに費やすことになる。 ――影を分裂して、片方を誰かに管理してもらうか… 魔法族でなく、実体も明確でないもの。 カシェは杖を構えた。 「トートルム 実体がなく、手を貸してくれる精霊を召喚します」 しん…とした。 呪文を聞いて、マホガニーの頭には見知った精霊のことが浮かんだが、この静寂をみて、あぁやっぱり実体ばりばりでは駄目だったんだと一人納得する。 するとやがて、静寂の中にケタ、ケタ、と笑い声が混じり始めた。 ――来たか! カシェは杖をそのままに、更に呪文を唱える。 「スィヴィオン」 すると、声の主があらわになった。あくまでも『仮の実体』ではあるが。 黒紫の、小さくもやりと丸い形に、まるで糸のような手。白い目が、ぽうっと、しかしぎょろっとこちらを向いていた。 「何、手を貸すって?代わりに何かくれんの?」 「――おい精霊、俺の影と手を組んでみないか?代償は後で考える」 「へッ、いいぜぇ? だけどなァ精霊なんて所詮気まぐれだから、テメェの影がどうなろうと文句言うなよ?」 「ふん、それもそれで楽しみにでもしておくか」 「あとさァ…」 「…テメェがいくら精霊の心を読もうと勝手だが、その中に真実なんざぁどんだけあるだろうな?」 ――ッ?! せめて表情は崩さないよう徹する。 ――逆に…読まれていたか?! 動揺している筈なのに。 何故か、口元が緩む。 カシェのその顔を見て、精霊はケタケタと笑った。 「おっもしれぇ…」 「探り合いみたいな生易しいものじゃないらしいな」 ――だったら、ヤツの影は…? 精霊の影を奪ってしまえば、必然的に精霊は自分に従わねばならない羽目になる。 …当然逆も然りなので、自分の影を『貸す』ことはあっても『奪われる』ことだけには、ならないようにしたい。 しかし、見当たらないのだ。 ――ヤツの影は… …何処だ?! そう、今は。 一方的に『影を奪われる』だけの状況。 しかし、いい加減腹を決めなくてはならない。 「アン・ニィプチ」 影がするすると伸び始めた。 「リュオ」 影が2つに裂けた。 カシェが杖を差し出すと、精霊はその先っぽにちょこん、と乗った。 そして精霊を落とさないように気をつけながら、そっと片方の影に杖の先を当てる。 「ラボリュエール」 一瞬のうちに激痛が腕を走る。 いとも簡単には融合してくれないようで、痛みは指先と肩との間を何度も往復する。 腕を切り離したいぐらいの思いに駆られたが、決して集中力を切らすまいと神経を尖らせ続け、―― ふっと痛みが止んだ。 しかし指先の感覚が殆どなくなっており、無意識のうちに杖は手から離れ、カランと床に転がり落ちた。 あっけらかんとして見た自分の影だったものの一方は、 ケタケタと笑い、 自分勝手にひょこひょこ動く影になっていた。 |