オシャーンの日記編  (4)



 ルーには「337代目の時代で自分が使っていた部屋でも使え」と言われていたので、今の時代でもカシェは北部の自分の部屋を使っていた。
プナハから受け取った(※奪った)日記を詳しく読むために、自分の部屋に戻ることにする。

扉を開けて部屋に入ったカシェは、奥にある机の――綺麗に整理された机の上にぽつんと置かれたそれを見て、眉をひそめる。
「何でこれがここにあるんだよ…」


それは、突然だった。

大広間に呼び出されていたマホガニーは、ルーの依頼を聞いて目を丸くした。
「……留守番、ですか?」
「そうだ。この前ルートを繋げた時空のとある場所に挨拶しに行こうと思ってな」
声の弾み具合からして、ルーはかなり気分がのっている様子である。
いつ鼻歌を歌い出すかも知れない。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 
 何があってもコーレニンを離れることだけは絶対にしなかったウン万年間はどうなるんですか!?
 そもそも時空を繋げたって…今までの外交方針は!?」
「今までなんて外交も何もなかったじゃないか?
 魔法使いがのびのびと暮らしている場所と此処とを繋げたところで、地球は滅びやしないさ」
「いや確かに地球も大切ですけど、ここやルーベリーはよそから狙われたら終わりですよ!?」
無意識なジェスチャーも加えて話したマホガニーは、よほど熱が入っていたのか、話し終えた後に袖で額をぬぐった。

「地球から時空が千切れて出来たのが、こことルーベリーだからな。
 ルーベリーのほうはともかく、ここは地球の防波堤みたいなものだ」
「だからってコーレニンがどうなってもいいというのは…」
「どうにかなる前に私がなんとかするさ」
ルーはふふんと、あるのかも不明な鼻をならした。凄い自信の持ちようである。
「いや…そうはいっても!
 ルーファシー様の代わりを僕がするというのは!」
「全く問題無いじゃないか。
 ルーの魂系ってのはな、私の魂の半分の魂だからな。
 私の魂とルーの魂系の魂の比率は、1/2:1/2=1:1で同じだ」
「でも魔力は! 普段ルーファシー様がこなされていることを僕がするのは無理です!」
「だからルーの魂系が2人いればいいんだろう?」
「…はい?」

「全く…なんでこの時代でも『指令書』送りつけてきやがるんだよ」
「――!?」
マホガニーは、はっと振り返る。
「おぉカシェ、マホガニーと頼むな」
しかし、こちらに歩いてくるカシェが言ったのは。
「嫌だね」
その時、ルーの口元がぴくっと動いたのをマホガニーは見た。

ルーはカシェにずいっと詰め寄る。
「おい…魔法族がここに住むための唯一の『代償』を忘れるなよ?」
「指令書のどこが『唯一』だ?
 俺達をこの時空に閉じこめておいて、自分だけ外の時空に行くとか納得できるか」
「かといってお前が行くわけにはいかないだろう?
 時間移動と空間移動は一度には使えないからな」
「それならマホガニーは?」
突然会話の中に自分の名前が出てきたので、マホガニーは少し驚いた。
しかし会話そのものには参加できなさそうな空気である。
「あいつはまた追々むこうに用事が出来たときな。最初は私が行くべきだろう」
――遂に「あいつ」になってる!完全に第三者になってる!
更に拒否権がないこと諸々、つっこみたいことが山ほどある。
「いやルー、お前は残れ。 マホガニーも『暫く留守番』より『暫く国王』のほうが喜ぶと思う」
――喜 ば な い よ !
  ていうかあれ?この人から見て僕は殆ど初対面だよね?
  僕は魂の本で知ってるけど、向こうから見たら殆ど初対面だよね?

「仮にそうだとしてもだな、カシェ」
――否定してくださいよ!
ルーは発言を続ける。
「決めたもんは決めたんだ。お前達は素直に従っておけ」
カシェは皮肉を込めて、ぼそっと呟いた。
「…全くな社会主義国だよな」
言われてみればその通りだと、マホガニーも妙に納得する。

やはり拒否権は無かったようだ。
「玉座にはお前が座っておけ。俺は後ろにいる」
大きな壁を正面にして、こうなることをおおよそ予想していたカシェは、ローブで隠していたオシャーンの日記を出して読み始めた。


魔の『暫く』がやってきた。

カシェはマホガニーと初対面だが、マホガニーは魂の本でカシェを知っている。
カシェのページに書かれた「要注意」の文字は気になったが、いざ喋ってみると案外そんな感じはなかった。

だから怖い。

大抵同じ魂系同士というのはグルになることが多いのだが、
だからこそ、同じ魂系の者しか開くことができない魂の本に、そう書いてあることが怖いのだ。

玉座の背もたれ越しに何をしてくるか分からないので、いっそ一人がいいと思ったりもしたが、かといって一人でルーの代わりになれる筈もなく、魔法に関してはカシェは頼もしそうなので、もうこのままでもいいやと思う。

――どうせ今思ったこと全部カシェに垂れ流しなんだろうな――……
――あれ?何も言ってこない?いや、わざと返事しないのかも。
――もしもし― 今までのこと全部垂れ流しだったら返事してくださ―い
――…あれ、やっぱり返事しない…?
   ……四六時中で読心してる…という訳では…ない?

このまま考え続けても、堂々巡りになる気がする。
いっそどっちでもいいや、と開き直ることにした。

ルーから頼まれたことは2つ。
1つ。ルーの不在中、『指令』の監督をすること。
2つ。大広間から離れないこと。

1つめに関しては、ルーがどのような意図で魔法族に『指令書』を送りつけてくるものなのかこちらとしても掴めないので、監督といっても何を基準としたらいいのか分からない。
2つめのほうは、…カシェのことだしその辺は職務全うするだろうと信じている。
その2つの職務を呟いて確認していると、背後からいきなり芯の入った声がわりこんできた。

「3つ。337代目には気をつけろ」

「!?」
今の時代にいる337代目ってカシェだけじゃないのか。
空間移動は幾度も経験があるが、時間移動はやったことがないので、いまいち時間の感覚というものが掴めない。

一方でカシェのほうは、本音「誰が来ようと『俺はここにはいない』」を決め込みたかったのだが、現時点でプナハとエミウルに自分がこの時代にいることを知られている。
――あとはサントだけか。
プナハと行動を共にはしていないようだが。関わりの深い仲ではあるが、会ったら会ったで面倒なことになりそうだ。
実際、ズィナとかいう人物にまでも会った以上、更に面倒事を増やすのは避けたい。
自分から面倒事に首を突っ込んでいる身が言うのもなんだが。

――それにしても、驚きだな。
ルーの魂系1000代目というのは、本当に紅目ではなかった。
こうして職務を同時に押しつけられたということは、やはりそれで間違いないのだろう。
――瞳の色に理由はあるのか?

マホガニーのほうは、先日カシェにルーの魂系1000代目のことを尋ねられたのは、もはや気を留めてなどいないようだった。
昔からルーには瞳の話はさんざん聞かされている。
歴代ルーの魂系が自分のことを不審に思ったところで、全然不自然なことではないのだ。

一つの魂が互いに顔を合わせている現在に比べれば。


  コーレニン図書館

1000代目の時代に来ていたサントはオレンジ表紙の魂の本を机の上に置き、最初のページを開いた。
セピア調のウェイがにっこり微笑んで何かを言おうとしたその時、
「わ―っ、サントだ―!」
ウィーアが両手をぶんぶん振りながら、ウェイの写真に割り込んできた。

「337代目の時代で話したことだけど、」
「覚えてないよ―!」
「ウィーア、いくら正しくてもせっかく来てくれたサントを傷つけちゃうよ」
「あはは、大丈夫だよこんなことじゃ傷つかないから」

この時、サントは本棚の影からこちらに視線を向けている気配に気づいていなかった。




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