転換石編 (18)
 

ユイユは花の階段を一気に駆け上がる。
柔らかい感触で、落ちたら一溜まりも無いだろう。
だが、ユイユは花の一輪一輪を信じた。
ユイユが渡った背後から花が散っていくのに気を取られそうになるが、
心の中で謝りながら、お礼を言いながら、
ひたすら前に進んだ。

最上階に辿り着くと同時に、長く伸びた茎が広い溝に落ちていった。

振り向くと台座の上に置かれたガラスの容れ物が目に入る。
どこから開くのか分からないその容れ物の中には、
転換石が入っていた。

透明感あるオレンジの輝きに息を呑み、
ふと見上げると、こちらを遠目に見下ろしている双子の視線に気がついた。

「転換石を返してくれるんでしょ。
 最初から僕にくれること前提なら、どうしてこんな大掛かりなことをするの?」

双子がにんまりと、互いに首を傾げ合う。
「言ったよね?タダではあげたくないって」
「この部屋にこれだけの細工をするのに、転換石を使おうとしたんだから私達。
 だけど『転換石』としては使えないみたい。
 後は、…内緒!」

「へっ…教えてくれないの?!」
ユイユが呆然とすると、双子はガラスの容れ物に向けて手を差し出した。

ここまで来たんだ、開けてみろ。

そういう意味だと受け取り、ユイユは台座に近付く。

ガラスの容れ物には30近くの鍵穴が開いていた。
よく見ると、それぞれの鍵穴の付近にこの国の文字が刻まれていた。
ユイユは最後のヒントを思い出す。

『名前はなあに?』

ユイユは転換石を見つめる。
きっと、この魔法道具の名前なんだろう。
そっと、杖を構えた。
「(答えは『アピアス』の名前なの?)」

「(その名前は使えなくなっているの。
  双子には、別の名称を与えられたわ。
  答えはきっと、『転換石』)」

ユイユは目を大きく見開いた。

「(――とてもふさわしい名前!
  『アピアス』の名前はどうするの?)」

「(『アピアス』の名前も『転換石』の名前も、本当はどちらの契約も切ってしまいたい。
   どちらの名前にも愛着はあるわ。
   だけど、今の私にとって、契約まで施された名前は、私を縛る物に感じてしまう)」

「(分かった。マホガニーと双子に掛け合ってみるよ)」

ユイユは階下で得た最初のヒントのガラスの鍵を手にした。
『転換石』の綴りの順に、鍵穴に差し込んで回していく。

最後の一文字を回し終えたところで、パズルのような容れ物が開いた。

中の転換石を取り出し、両手でしっかりと包み込む。
「転換石のお陰だよ。ありがとう!
 もう、不安にさせたりしないから」
ようやく、生の声で伝えられた。

転換石の精霊は答える。
「お礼を言う相手は、そこにもいるんじゃないかしら。
 ユイユのパートナー」
ユイユははっとし、脇に挟んだ杖に目を落とす。

――そういえば、杖の声を聞いたことは一度も無かった…

杖を通して対話をしていたので、
杖との対話のためには、媒介となる他の魔法道具が必要。

「転換石は、杖としてメイボセとの契約を結んでいたんだよね?
 契約魔法が魂との契約なら、
 僕でも、君を杖として使えるってことだよね?!

 僕をここまで支えてくれた杖とも、話がしたいんだ。
 その間だけでも、僕の杖になってくれないかな」

「喜んで」

ユイユは転換石をそっと握りしめた。
杖に向けて、1つ1つ、言葉にしていく。

「(君には、色々と無理をさせちゃったかな。
  僕は君のような杖じゃないと杖魔法をちゃんと使えないから、長くは話せないと思うけど、
  ――え? … ……?!)」

ユイユは階下のフォンエに向かって声を張る。
「どうしようフォンエ――!
 もう僕の杖がいっぱいいっぱいで、
 壊れるかもしれなくて、だからせめて最期の言葉を伝えたかったって――」

フォンエは更に大きな声で返す。
「喚かない!
 そんなこと私はとっくに知っていたよ!
 壊そうとして壊したんじゃないから問題無いし、
 壊れた魔法道具だって想いを紡げるんだから、
 ユイユも杖もおろおろしない!」

「でも――」
「でも、じゃない!」

「…でも!
 フォンエはこの後ルーのところに――」

フォンエは一瞬青ざめるが、ぶんぶんと首を振った。

「関係無い!
 ルーと再会してどうなろうと、私が魔法道具の熟練者であることに変わりは無いんだからね!
 ユイユの杖も、転換石も、それから補助魔法道具も、新しい魔法道具として生まれ変わらせることが出来るし、姿形が変わろうとユイユと一緒にいれるんだから安心するがいいよ!」
 
ユイユは杖に目を向ける。
「(――だそうだよ。これからどうするか、今度フォンエに相談しに行こう)」

フォンエは納得した。
かつて工房でユイユと補助魔法道具を作ったとき、どうして魔力の高低が不安定だったのか。

『杖と話した』ということは、声を持たざるものと意思疎通が出来たということ。
普段のユイユの魔力では到底不可能な芸当だ。

殆どの魔法族には、魔法の分野ごとの魔力の高低差が得手不得手という形で現れる。
ユイユの場合――もしかしたらフッセの魂系の場合、
その高低差が極端で、魔力の集中したごく限られた分野に気付かない限り、
自分は魔力が低いのだと自他共に思い込んでしまうのだろう――

フォンエはそう解釈した。

そして今、ユイユはその『ごく限られた分野』を見つけたのだろう。


杖との会話を終えたユイユは、双子のもとに歩み寄る。

「転換石はフッセの魂系と契約を結んでいるから、僕が責任を持って手元に置くよ。
 鍵とパズルも全部解いたし、文句無いよね?」

双子はずいっと顔を寄せる。
「いいの? パートナーとして扱える魔法道具は1つだけの決まりだよ?」
「くるくる海老さんは今、ひぃ、ふぅ、みっつの魔法道具を持っているよ?」
「私達の魔法道具は魔力の波長を測るだけの物だから、
 転換石を持ってもギリギリセーフといったところかな!」
「くるくる海老さんのパートナーは杖だからアウトよ?」

ユイユは堅く頷いた。
「分かっているよ。だからどうするかはこれから考える。
 その前にレイミン、
 『アピアス』の鍵を解くのと、
 『転換石』の名前の契約魔法を切ってよ。
 この魔法道具の精霊が、そうして欲しいって」
「いいけど、本当にそんなことを言っていたの?」
レイミンの挑発的な笑みに負けず、頷き返す。
「魔法を通じて声に出さずに転換石と話したときに、そう言っていた。
 転換石に確認してもいいよ」
「嘘じゃないわ!」
転換石の精霊が横入りする。

「じゃあ、切ってあげる」
レイミンは転換石の表面を不規則に指でなぞった。

「はい、おしまい。
 両方済ませました、っと」
案外あっさりと終わった。

「さて、精霊さんを大広間に連れて行かないとね!」
レイミンが階下に視線を送った。





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