転換石編 (16) |
ユイユが扉を開けた先は、真っ暗な空間だった。 廊下からの明かりで辛うじて階段だと分かる。 杖を小さく構え唱えた。 「ルミニー」 杖の先に灯った微かな明かりを頼りに、階段を上っていく。 「フォンエ、マホガニー、フッセ、メイボセ、テナさん… 僕、やるよ」 階段を上りきったところで、新たな扉が立ちはだかった。 * コーレニン西部 工房 フォンエが備品の点検をしながら待っていると、マホガニーが帰ってきた。 「お帰り。速かったね」 「箒用通路を使ったからね」 「ふ―ん、安全運転を心掛けてくれているんなら良いけど」 フォンエは箒免許の認定試験監督を自主的に務めていた。 それがきっかけでマホガニーと知り合い、 1年前にマホガニーが箒免許を取得してからも付き合いを続け、現在に至る。 フォンエの厳しさは箒免許に対しても同様で、短距離とはいえ一般廊下から飛行したと言おうものなら大目玉を食らうことは、目に見えていた。 「双子は北西部の食堂付近の階段室にいるそうだよ。 ユイユを送り届けてきたから、じゃあこれで」 「もう?」 目を丸くするフォンエに、マホガニーは紙片をちらっと見せる。 「ルーファシー様からの『指令』があってね。惜しいけど」 「へ―。行ってらっしゃい」 ――ごめんね、ユイユ… 私、何も出来ないや…… * コーレニン北西部 某階段室 最上階 レイミンが握っていた鍵が手の中で消えるのを感じた。 「来たわ!」 階段室入り口の扉の鍵とリンクさせてあるようだ。 「くるくる海老さん、本当に1人かなぁ?」 「じゃないと私達の準備が台無しだよ! ユイユの腕試しの為に、せっかくここまで造ったのに」 双子は柵越しに階下を眺める。 「転換石だって召喚出来なくしたんだから」 「まさか正式名称を『転換石』にしたなんて、向こうも盲点だろうね!」 「――しっ、静かに。 くるくる海老さん、次の扉に辿り着いたみたいよ」 * ユイユは次の扉を見据える。 「これを開ければいよいよ、…かな」 扉をじっくりと観察する。 ふと、ノブの上に取り付けられたランプに目が留まった。 「これ…火を灯せばいいの?」 初歩的な点火魔法なら使える。 杖をランプに向けた。 「フイネ!」 点火し、ノブを回すが、開きそうになかった。 「いけると思ったんだけどな…」 恨めしげにノブを見つめる。 赤紫の大粒ガラスで装飾されたドアノブ。 ――こんなに綺麗なのに、早速行く手を阻んでくるなんて。 小さな火に照らされて、ガラスの装飾が煌めいた。 ――?! もしかして…? フォンエと作った補助魔法道具と共に杖を構える。 「火の色よ変われ! ノブと同じ色… 赤紫…赤紫…!」 呪文は知らないのでごり押しだった。 「赤紫…赤紫…!」 ようやく火の色が赤紫を帯びたと思ったその時、 鍵の開く音がした。 勢い良く扉を開けた先には、3つの扉が並んでいた。 「え、また?!」 ユイユが立ち尽くしていると、ロイシンが飛び降りてきた。 思わず見上げて目についたのは、高く重なったジグソーパズルピース。彼女が魔法で生み出した物だ。 ロイシンは3つの扉を前に腕を広げる。 「転換石は、このどれかの先にあるよ! 辿り着いても『鍵』が無いとどうにもならないけどね!」 「『鍵』って―― …『鍵』なんて持ってないよ!」 「ふっふふ― ユイユは大事なことを見落としているみたいだね?」 ロイシンはそう言って、ユイユをビシッと指さした。 「――? 僕?」 「大事なのは、ユイユ自身! これでフェアになったよね? じゃあね〜!」 パズルピースをひょいひょい登って、ロイシンは去ってしまった。 「僕…自身……? 僕…」 ――そういうことか! 大事なのは、自分がどうするか。 自分の答えが、『鍵』になる。 * フォンエは工房の天井を見上げる。 ――ごめんね、ユイユ… 私、何も出来ないや…… ――でも。 フォンエは気付く。 ――ううん、出来ないんじゃない。やりたくないだけじゃん。 リスクが怖いから。 ――だったらそんなの……もうどうだっていい! * ――僕がどうするか、か… ――根拠の無い思いつきの行動をするよりも、 僕は、転換石の声を直接聞きたい。 ユイユははっとした。 杖を構える。 呪文は知らないけれど。 きっと、出来るはず。 「どこ? どこにいるの?」 転換石に向かって呼びかける。 「教えてよ、君の居場所を」 転換石に取り憑いた精霊は、ユイユの声を確かに受け取った。 「ユイユ? ユイユなの? 近くにいるの?」 ――返ってきた… だが、転換石の傍には双子がいるはず。 声でのやりとりを続けていると、気付かれかねない。 ユイユは更に集中力を高める。 「(声には出さないで、思ったことを教えてくれる? 後は僕が君の『声』を受け取るから)」 「(分かった、やってみるわ)」 ――返ってきた…! 精霊は続けた。 「(今ね、双子の手元にいるの。 どの扉を開けても、先にあるのはヒントだけ)」 「(それなら、どの扉でも変わらないの?)」 「(全て正解、全て必要)」 改めて、3つの扉を見据える。 水でできた扉、金属製の扉、至って普通そうな扉。 どれも開けなくてはいけないのなら、どれから開けるかが迷い所。 ――初歩的な魔法なら水魔法も使える。 金属はどこまで出来るか分からないし、 普通の扉もきっと普通じゃない。 ユイユは始めに水の扉を選んだ。 ドアノブのような盛り上がりが見られたが、弾力はあれど水なので、辛うじて掴もうにも捻ることが出来ない。 ――固めれば開けられる? ――凍らせればきっと…? 逆に蒸発させて扉ごと消してしまうことも考えたが、最低限ノブだけでも固められれば良いので、凍らせるほうが速い。 杖をノブと思しき盛り上がりに向ける。 「イーチェ!」 なんとか凍らせることが出来た。 ノブの冷たさに耐えながら握り捻る。 扉を押すが、まだ手応えが惜しい。 ――扉全部を凍らせないと駄目かな… こんなに沢山の水を凍らせるなんて出来るだろうか。 ユイユは補助魔法道具も使うことにした。 「イーチェ…!」 扉を押しながら、ノブの周辺から徐々に凍らせていく。 7割ほど凍ったところでふっと押す力に手応えを感じた。 思いがけず開いた扉の動きに合わせて、ユイユは転びかける。 「開い、開いた!」 開けた途端、大部分が凍り付いた扉が派手に辺りに解け流れた。 扉の先のヒントを回収しようとしたところで、階上から声が掛かる。 「あれ―、隣の扉は水ですぐに錆びちゃうんだよ―?」 「え?! 錆びを止め―…えっと」 見る見るうちに金属製の扉は容赦無く錆の斑点を帯びていく。 ユイユが戸惑っていると突然、後ろから階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。 振り返る間もなく、その者はユイユを差し置いて、扉に手をかざす。 「錆なんかちょろいよ!!」 フォンエだった。 レイミンは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。 「いいの―?くるくる海老さんに加担しちゃっても」 「ルーに突き出したいんなら、さっさと突き出すがいいよ!」 視線は真っ直ぐ双子に向かっていた。 「ふ―ん? じゃあこの一連が終わったらついて来てね?」 フォンエは無言で頷く。 ――逃げるもんか。 「ユイユ、この扉は相当重いだろうから、 2人でせ―ので開けるよ」 「分かった!」 ユイユは補助魔法道具と共に杖を握る。 「「せ―の!!」」 ユイユは自身に力増強魔法を施しながら、 フォンエは扉に軽量化魔法を施しながら、 扉を押し開ける。 「「開いた―!」」 2人は手を取り合って喜んだ。 フォンエが扉の向こうを指さす。 「中に何かあるみたいだよ」 ユイユが頷き、フォンエにそっと耳打ちをする。 「転換石を取り戻すのに必要なヒントだって」 水の扉と金属製の扉それぞれの先にあったヒントを回収する。 1つはガラス製の鍵。 もう1つは、言葉の書かれた紙片。 『上から押しても開かない 小瓶は重さを内で知る』 扉の先は、両方共に行き止まりだった。 双子は最後の扉の先にいるのだろう。 |