転換石編 (14)
 

  コーレニン西部 工房

ユイユが訪れた途端、フォンエは手を差し出した。
「この前持って来た魔法道具あるでしょ?
 もう一度見せてよ」
言われるがままに手渡すと、フォンエは様々な角度から魔法道具を観察し出した。
「見れば見るほど興味深い魔法道具だね。
 もし良かったら、私に預からせてくれない?」

ユイユは即答出来なかった。
以前マホガニーに「手放さないように」と忠告されていたから。
そのことを話すと、フォンエは「変なことはしないよ」と返した。
「希望があるなら作り替えちゃっても良いけど」
「あ、いや…遠慮します」
フォンエが相手なら、と、転換石を預けることにした。

「それにしても、まさか本当に転換石が見つかるとはね。
 以前作った補助魔法道具はどうなったの?」
「え――っと…」
ユイユはかの魔法道具を取り出して見せる。
「全く使っていない訳では無いんだけど、
 『魔力を強めなきゃ!』って思うタイミングが掴めないっていうか…」
「『指令』の時は?」
「使わなきゃいけないほどの難しさじゃないから…」
「ふ―ん」
不思議。ルーなら魔法道具を積極的に使わせるだろうに。
「見たところ、補助魔法道具に変わったところは無いみたいだね。
 ついでにいつもの杖も見せてよ」
次の瞬間、フォンエは目を疑うことになる。
「いいよ」と手渡された杖は、
色の濁った両端の石に小さなヒビが入っていた。

「…ユイユ、この杖に異変が起きているの分かってる?」
「最近、石が曇ってきたかなって…」
少しは気付いているらしい。
それでも、毎日使っているが故に、事の大きさには気付かずのようだった。

ユイユの杖をこのまま放っておくにしても、治すにしても、杖に負荷が掛かるのは避けられないとフォンエは判断した。
本人に告げたら、魔法の使用自体を避けがちになるだろうか?
それとも、次の杖に乗り換えることを見越した上で、遠慮無く魔法を使い続けるだろうか?
どちらに転んでも心が痛む。

恐る恐るユイユに尋ねる。
「もし、その杖が壊れたとして、何の躊躇いも無く新しい魔法道具に乗り換えられる?」

ユイユは自分の杖を見つめた。
「壊れたら仕方無いことだけど、壊れること前提で使い倒すのは嫌だな…。
 3年間使ってきた杖だから愛着もあるし…」
魔法族が魔法道具を持ち始めるのが、早くて5〜6歳頃。
その頃に最初の杖を使っていたとすると、使用期間は半々といったところだろうか。
ともあれ、先の心配は無用のようで安心した。
「何かあったら、…何も無くても、また杖を見せに来てよ」
「その時には、この杖のことを色々教えて」
「い―よ。他の魔法道具についても遠慮無く聞くがいいよ。
 それから、これ、しっかりと預かるからね」
転換石を入れた包みを見せた。

ユイユを見送って暫くした後、マホガニーが工房を訪れた。
「キミとユイユ、度々入れ違いで来るよね。打ち合わせでもしてんの?」
「まさか」
マホガニーは奥の棚に向かった。

「迷っていた瓶、どうするの?」
「今日はそれを受け取りに来たんだよ」
棚の戸を開け、小箱に瓶を詰める。

「マホガニー、…あのさ、転換石のことで巻き込んで申し訳ないんだけど」
「今に始まったことじゃないから、気にしないで」
間髪入れずに返された。
「そう、だよね…
 …あのね」
フォンエは、小さな包みを差し出した。
「ユイユから預かったんだけど、マホガニーが持っていてくれないかな」
中身は転換石だと、すぐに察した。
「双子から狙われているから?」
頷くフォンエから、マホガニーは包みを受け取った。

「分かった、任せて」

  *

翌日、双子が工房を訪れた。

「転換石はどうなったの?」
レイミンがにこやかに尋ねる。
「ユイユから預かったよ」
「じゃあ、ほら、頂戴」
差し出された手を前に、フォンエは首を横に振った。
「キミ達に渡せとは言われていないはずだよ。
 約束通り転換石を取り上げたんだから、とやかく言われる筋合いはないよ」

「なんだ〜残念。
 惜しいけれど、今日の所は見逃してあげるわ」
レイミンはちら、と奥の棚を見た。
「マホガニーはこの前の瓶を持って行ったの?」
「そうだよ。何?欲しかった?」
「別に?」
「あ、そう」
フォンエは頬杖をつく。
するとレイミンが顔を覗き込んできたので、思わずおののいた。

「今度こそくるくる海老さんに荷担したら、ルー様に突き出しちゃうから」

  *

  マホガニーの部屋

テーブルの上で包みを広げた。
「初めまして、…いや、『久し振り』。
 僕のこと覚えてる?」
転換石に憑いた精霊は答えた。
「ずっと前、魔法道具の部屋でユイユといたひとでしょ?
 少しだけど覚えているわ」
「ありがとう」

マホガニーは部屋を見渡し、声を潜めた。
「今回貴方を預かることになった経緯は聞いてる?」
「ええ、狙われているのよね」
マホガニーは頷いた。
「そう。だからまずは、貴方に正式名称をつけたい」
精霊が微かに息を呑む。
「嫌よ、そんなの… なんでそんなことするの」
「聞いて」

「貴方の名前が『転換石』であると自他共に認識している状態だと、魔法で召喚されてしまう。
 双子が全てに気付いて召喚に踏み切るのも、時間の問題なんだ。
 正式名称は、貴方が決めて構わないから。できれば『転換石』以外で」

「じゃあ…」

  *

  コーレニン北西部 某所

双子は、小さな鍵に耳を澄ましていた。

「どんっどん情報が入ってくるわ!
 あのマホガニーが、瓶に仕掛けた盗聴器に気付かないなんて」
先日工房を訪れた際に仕掛けた盗聴器。
瓶は所用で物色しただけだったのだが、
マホガニーが使う瓶があると聞いて、急遽思いつき実行したのだった。
「『転換石』が本当に転換石だったなんて!」

双子は互いの両手を握る。
「「トートルム!
 『アピアス』を召喚します!」」

かつて『嘘つきの魔法道具』と判断した魔法道具が現れた。
ロイシンがそれをキャッチする。
「魔法道具の精霊さん、嘘つきだなんて思っていてごめんね!」
声のみの精霊は戸惑ったようだった。
「えっ…嘘?何か誤解を…」
「あのね、貴方は以前自分のことを『転換石』だと言ったでしょ?」
レイミンが割り込む。
「私達はそれを嘘だと思っていたの。
 だけど、本当に『転換石』だったそうじゃない?
 今、貴方には別の名前が与えられていると聞いているわ。
 それでね、もっとふさわしい正式名称をつけたいの!」
「できるの、そんなこと?
 悔しいけど、契約魔法で名前を付けられているのよ」
「心配ご無用!」
レイミンは、魔法道具と同じ深い赤とオレンジの鍵を生み出す。
「今の名前を使えないよう鍵を掛け、
 別の名前を与えれば良いだけ。
 簡単でしょ?」
ロイシンが続ける。
「『アピアス』という名前にも愛着があるけれど、
 それよりずっと前から使ってきた、とても思い入れのある名前があったよね?」

  *

マホガニーが席を外していたのは、ほんの数分のこと。
それでもずっと部屋の中にいた。
改めてテーブルの上を見て、マホガニーは青ざめる。

マズい。

転換石が、無い。

――でも、召喚魔法で…

杖を構えた。
「トートルム、
 『アピアス』を召喚します」

何も起こらなかった。
召喚されないように鍵が掛かっているか、または正式名称自体を変えられたことを、意味していた。

気がついたら工房に向かっていた。

  *

工房には、ユイユもいた。
息を切らして飛び込んできたマホガニーを見て、2人は目を丸くする。

「ごめん、転換石を盗られた」

2人は言葉を失った。

「召喚されないように正式名称をつけたんだけど、それも効かなくなっている」

「どんな名前をつけたの?」
「『アピアス』。精霊に決めて貰った」

メイボセがかつてそう呼んでいたという、あの名前だった。

「急いで行かないと、転換石のもとに…」
いや、それはきっと。

「レイミンとロイシンのもとに行こう」





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