転換石編 (11) |
コーレニン図書館 ユイユは、魂の本を勢い余るほどに開いた。 「フッセ、転換石と契約を切ったってどういうこと?! もともと契約を結んでたってこと?! 『転換石は無い』ってルー様が言ってたけどそれはどうなの?!」 「ふえぇっ?!」 いきなりたくさんのことを訊かれ、フッセはわたわたと慌てた。 「ままま待って、まず『切った』んじゃなくて『切らされた』んだよ!」 「『切らされた』?!」 「そう、シューナってひとにね。 僕の転換石の機嫌が悪くなったときに、いつも診てくれていたのがシューナなんだけど… その彼から世代交代の当日、手紙が届いたんだ。 『転換石との契約魔法は魂との契約ですから、 ルーの言っていることが本当で私達が生まれ変わるのなら、 次の世代にも契約は継続されてしまうでしょう。 私達に、次の世代のパートナーを制限する権利はありませんよね? 今日で私達は消えてしまうのですから、転換石との契約を解除しておきなさい』ってね」 「それで、解除したんだ?」 フッセは静かに頷いた。 「それから、ルー様がユイユに言ったこと『転換石が無い』というのは、ある意味では正しいよ。 転換石は、僕と一緒だった頃の形では無くなっているはず。 もともと、時々姿形ごと変わり続ける不思議な石だったんだ。 それを契約魔法で、転換の対象を僕の魔力に置き換えたのが転換石というわけ」 「ちょっと待って」 ユイユはストップをかけた。 「ずっと前にフッセに転換石のことを聞いたことがあったよね? 昔フッセがルー様に転換石のことを尋ねた時、 ルー様は『ある分野の魔力を別の分野の魔力に転換できる石』 って答えたって言ってなかった? もともとそういう性質だったってことじゃない?」 「ちょちょちょ、ちょっと待って!!」 フッセは慌てる。 「うん、そうだよ。確かにあの時、ルー様はそう答えた! だけどそれはあくまで『こういう使い方ができる』って話で…! 契約魔法のこともその時に教えて貰った…正式名称をつけていないのは確かだよ。 ルー様が名前をつけたのかどうか、或いはもともと名前があったのかは、 やっぱり覚えていないけどね」 「どうして正式名称をつけなかったの?」 「単純なことだよ」 フッセは少し落ち着いてきたようである。 「『名は体を表す』っていうよね。 正式名称をつけるってことは、それだけ責任も負うってことなんだよ」 「責任…」 「うん。パートナーなのにね、責任っていう言葉から目を背けていた。 でも、名前をつけるのにわざわざ魔法を使うのもおかしいよね。 魔法を使っていなくても、あるものをそう呼び始めるのには、それなりの責任や覚悟がいる。 怖じ気づいた僕と比べて、ルー様は世代交代の度に、 生まれてきた子達に名前をつけているんだよね」 自分の魂系だけを見てみても、ルーは1000人もの魔法族達に名前を与えてきた。 ユイユはその膨大な数に気が遠のく。 「自分の名前の由来、聞いたことあるの?」 フッセは穏やかに笑った。セピア調なのがちょっと惜しい。 「ルー様ったらね、『答えが分かったら教えてやる』なんて無茶苦茶なこと言うんだよ。 でもやっぱり気になるから、何度もそのやりとりをするんだけど、 そのうちだんだん気付いてきたんだ。 『あ、一生懸命考え抜いたのがばれるから、照れちゃうんだ』って。 誇りに思ってくれてもいいのにね。 ルー様が一生懸命考えてくれたこの名前、僕は誇りに思っているよ」 魂の本を閉じたところで、ユイユはある矛盾に気付く。 フッセは転換石に正式名称を付けていなかった。 しかし、『嘘つきの魔法道具』は自身を転換石だと名乗り上げた。 …『嘘つき』なんだから矛盾も何もないか、とユイユは本を書棚に戻した。 「カフマーレ」 試しに呼び寄せ魔法をかけてみると、やっぱり手元に来たのは『嘘つきの魔法道具』だった。 ユイユは溜息をつく。 「ねえ君、なんで君を呼んでないのに来るのさ?」 「呼んでいるじゃない、『転換石』って!」 魔法道具に取り憑いた精霊は声を荒げる。 「だから言っているじゃない、私は転換石だって!」 「そうはいっても…」 収拾がつかなくなりそうだったので、ユイユは先程戻した魂の本を、再び取り出した。 ハードカバーの表紙に手を掛け、声だけの精霊に尋ねる。 「そこまで言うんだったらフッセに直接聞くよ?」 「! フッセ…」 ユイユは最初のページを開いた。 懐かしい顔の写真に精霊が息を呑む音が聞こえた。 「フッセ、この魔法道具って見覚えがない?」 フッセが一瞬目を丸くした途端。 「あるある! それ私の杖―!」 メイボセがフッセの写真に乱入してきた。 フッセが驚くと共に、精霊も驚いた様子だった。 「…メイボセ……!」 「そうよ、元気にしてた?」 セピア調のメイボセがにっこりと微笑む。 ユイユはフッセに尋ねる。 「――っていうふうでメイボセが使っていた魔法道具らしいんだけど、 この魔法道具が自分のこと転換石だって…」 「う―ん…契約を結ぶまでにこんなふうになったのは見たことない…けどな…。 もしかしたら契約を切った後に変わった形なのかもしれないけど」 「フッセまでひどい! 私フッセの秘密いっぱい言えるんだから!」 精霊が割り込んできた。 「ふえぇっ?! それはやめて!」 ユイユは直感した。 ――これ、もしかしたら本当に転換石なのかもしれない… 「フッセ…その精霊っていつもこんな調子で喋っていたの?」 「ないない! 喋ったことは無かったし、まさか精霊が取り憑いているなんて知らなかったよ!」 フッセはわたわたと手を動かす。 「う、ううん…。 そういえばフッセってこの魔法道具に正式名称を与えていないって言っていたけど…」 「だってフッセったら、私のこといつも『転換石』『転換石』って呼んでいたんだもん! 正式名称かどうかなんて関係無いわ、それが私の名前って思うじゃない!」 再び精霊が割り込む。 「私、嬉しかったんだから。 姿が無くて誰にも気付いてもらえなくて、声を上げても空耳だと決めつけられて。 そんな私に、名前をくれたのがフッセ。 私じゃなくて魔法道具の名前だって分かっていたけど、それでもすごく嬉しかった」 精霊曰く、魔法道具に取り憑いてからは、 その魔法道具も自分の一部だと認識するようになったのだという。 フッセは悲しそうに目を伏せた。 「『名前をくれた』…僕にはそんな意識も責任も無かったから、なんだか申し訳ないなあ…。 僕は転換石に色んなものを貰ったのに… 僕は何も、名前すらも、ちゃんとした形であげることが出来なかったんだよ」 「だったら今名付けたら?」 「いいの。私は『転換石』のままがいい」 ユイユの提案を精霊は拒んだ。 フッセは目を細める。 「ありがとう、会いに来てくれて。 それから、生前いつも一緒にいてくれてありがとう」 始終を見守っていたメイボセも、笑顔を見せた。 「私も、会いに来てくれて嬉しかった! 998代目の時もいっぱい助けてくれて、ありがとね!」 魔法道具に対する先祖達の思い入れを、ユイユは強く感じた。 本を閉じてしまうのが惜しいとさえ思った。 そして、思いがけず見つかった『転換石』をどうするか。 考えあぐねた結果、工房に連れて行くことにした。 |