転換石編 (10)
 

フッセとウィーアは手を振りながら去っていった。
続いてシューナも、「それでは私も失礼いたします」と会釈し、先の2人とは別方向に去ってゆく。

ロイシンは、レイミンに顔を向けた。
「転換石…どうする?」
レイミンも、ロイシンに顔を向ける。
「私、思ったの。
 他に道具を探さなくたって、私達には私達の魔法道具があるじゃない。
 それで充分、魔法の追求はできるわ。
 けど、転換石そのものは気になるし、それによって生まれる新たな魔法の可能性が気になり始めたの」
「… そうだね」
「でもね」
「ん?」

「だからこそ余計に、くるくる海老さんが転換石を持つとどんな魔法使いになるんだろって気になっちゃう」
 

  *
 

ユイユがコーレニンに帰る頃にはすっかり日も落ちていた。
時空移動ポイントから図書館に行くまでに大広間を通り抜けたが、同様にぼんやり青暗く、しんと静まりかえっていた。

ユイユはそっと黄土色表紙の魂の本を開ける。
「メイボセ…」
呼びかけられ、メイボセは眠たそうに目をこすりながらこちらを見る。
「あぁユイユ…地球はどうだった…?」
「テナさんに会ってきたよ」
「ほんとに!」
瞬きすると、ぱっちりした目に様変わりしていた。

「ねぇねぇ、テナは私のことをなんて?!」
「うんと―… …特にこれといったことは…」
メイボセが指をくわえてしょんぼりするので、ユイユは慌てて付け足す。
「あ、でもでも!メイボセと2人で撮った写真は今も大切に持ってたよ!」
そう、それだ。

「それでさ、その時持ってたオレンジの石って…君の魔法道具でいいんだよね?」
にこにこしながら、メイボセは頷く。
「そうよ、可愛い杖でしょ」

――あれは杖だったんだ…。

「前に転換石を探してるってことは言ったよね?
 魔法で『転換石』を呼び寄せたときに出てきたのってその杖だったんだ」
「うそ?!」
「ほんと」

「でもそれって、『転換石』じゃないんだよ。
 フッセが言ってた見た目と違う。
 メイボセ、これはどういうこと?」
「それは私も分からないわ」
相手は即座に答えを返した。
「あの杖をそういう名前で呼んだことは一度もないし、そんな名前がついているだなんて聞いたこともないわ。
 私はあの魔法道具を、いわゆる『一般的な杖』として使ってきた。それだけのことよ?
 ところで、テナは転換石のことを知らないって?」
「うん、初めて聞く名前だって言ってたよ」
「そう…
 あとはそうね―… ルー様に聞くしかないかもしれないわね」

やっぱり辿りつくのは、その固有名詞だった。

いずれは詳しく話を聞くことになるであろう相手だった。

「ありがとう、メイボセ」
ユイユは魂の本を閉じる。
本棚に戻すとき、いつもよりも本が重く感じられた。


 大広間


ルーは「やっぱりまた来たか」という顔をしていた。

しかしもう躊躇するわけにはいかない。
きっとこれが、最大であり最後のチャンス。

「ルー様」

ユイユは一度、深呼吸をした。
そして、ぐっと息を飲み込む。

「転換石についての全てのことを教えてください」


「――よし、分かった」
ルーは頷いた。
「今から2分、ユイユとの間に契約魔法を施そう。
 私は嘘をつかない、と」
手招きをするのでそちらに行くと、ルーとユイユの下に淡緑の魔法陣が現れた。
「この状況で私が嘘をつけば、私もお前もどうなるか分からん。
 今から言うのは全く単純な事だ。準備はいいか?」
ユイユはうん、と頷いた。
ルーははっきりと言った。

「転換石は、無い」

目を丸くするユイユを前に、薄情にも更に続けた。
「コーレニンにもルーベリーにも地球にも、その他どこの時空にも、無い」
ルーがその言葉を言い終えた直後に、魔法陣は静かに消えた。
「そんな…」
膝が震え始める。
あるとずっと信じてきたものが、こうもあっさりと崩れ落ちるだなんて。
だが。
「一つ聞いて…いいですか?」
「何だ?」
「どうして…わざわざ契約魔法を使ってまで、『無い』と言い切りたかったのですか?」
ユイユ自身、転換石が無いだなんてことを信じたくない。
ルーが普通に「無い」と言っていたら、心の何処かで「そんなまさか」と疑ってみる余地もあっただろう。
そんなこと、ルーはお見通しだったのだろうか?
「こうでもしないと、お前は懲りずに探し続けただろう?」
やっぱり。

「そもそもお前は何故そうまでして転換石が欲しいんだ?」
「うん…と…
 …人並みの魔法を使えるようになりたくて」
「出来ないとお前は何の不利益を被る?」
間髪をいれずにルーが尋ねる。
「私はお前のレベルにあった『指令』を出しているし、魔力が低いからといってコーレニンから追い出すような真似をするつもりもない」

「不利益だとか不便だとか、そういうのじゃないんです!
 …ただ、好きな魔法を好きなように使えるみんなが羨ましくて」
ユイユは伏し目がちに言った。
「図書館にある絵本や小説に出てくる魔法使いだって、みんなそう。
 杖を振れば自分の思い描いたことがなんでも叶って」

『できない』から、何ができるのかも分からなくて。

形だけ取り繕うも、結局それは『本当にできること』ではなくて。

でも、高度な魔法が使えるようになれれば、きっとそんな自分の世界も変わるのかもしれなくて。
そうやってすがったのが、転換石の存在だった。

ユイユは、ぽつり、ぽつり、とルーに打ち明けた。

ふ―、と頭の上で息が吐かれる。
「そこまで自分で分かっているなら充分だな」

声の振動が直接頭に響くと思ったら、いつの間にかルーがユイユの頭の上にすっぽりとおさまっていた。

「『みんなみたいに』?『誰々みたいに』?
 そ―れじゃあ転換石はやれんな」
ずいっと上から覗き込まれた。
「持ってるんですか?」
「無いと言ったろうに」
「あ、はい」

「何がやりたいか分かっていれば話は別なんだがな。
 それがユイユにとっては高度な魔法をスマートに使うことそのものなんだよなあ、困ったことに」
「あうう…おでこを叩くのやめてくださいっ。
 いいじゃないですか、せめて一生に一度ぐらい… そうだ!」
仰け反りかけていた姿勢を急にもとに戻そうと頭を起こしたので、ルーはその反動で玉座の方にぽ―んと飛んでいった。
背もたれに当たりそうというところで身を翻し、何事も無かったかのように居直る。

「ルー様、どうして転換石は無いのですか?」

あぁ〜とルーは何かを思い出したかのような声を上げた。

「フッセに聞け。契約を切ったのはあいつ本人だ」

「?!」
どういうことだろう?
ユイユはルーに一言礼だけ告げてから、急いで大広間を後にした。





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