転換石編  (9)



「なんで…」

ロイシンが去った後、部屋に居づらくなったレイミンは、廊下の一角で座り込んでいた。
廊下にしては、ちょっと広く膨らんだ空間。
ぽっかりと空いた空間が、なんだか虚しく感じられた。

「なんで、そんなに時間移動を否定するの…?」

きっと、モラルがどうとか言うのだろうけど、それでも「なんで?」が付きまとう。
なんで、『いけない事』になってるの? なんで、それに『従う』ことがあたかも当たり前かのようになっているの?
なんで。 なんで。
「なんで」がどっと雪崩れ、頭の中が埋め尽くされる。

ぎゅうと隅に追いやられた感情が、ぽろぽろと涙としてこぼれ出てきた。

思わず膝に顔を埋めた。

今日はずっとここでこうしているんだろうな。
そう思った、その時。


「どうかしたのか?」

顔を上げると、そこにはルーの姿があった。

「…大広間にいなくていいの?」
「私だって席を外すことはいくらでもあるさ。こうやってぶらぶらすることもある。
 で、そうしてたらレイミンがいたってわけさ」
「…そう」
レイミンは再び俯いた。
ルーはレイミンの隣に落ち着く。

「…ねぇ、ルー様」
ぽつり。
「時間移動って、過去への移動って、そんなに重いものなの?」
無言。
「…軽くはないんだってことぐらい、私にも分かる」
隣でルーが小さく頷くのが感じられた。
「今ね、私とロイシンにはとっても欲しい物があるの。
 それを得るのに時間移動を使えば、ぐっと近づけるはずなの。
 だけど、敢えてその方法を避けて通らなきゃいけないのは何故?」

「…」
ルーは何か考えているようだった。

「得ることそのものに価値があるのか、それともどうやって得たかに価値があるのか…」
ルーがぽつりと呟く。
「欲しい物を手に入れることがゴールになっている、だから手段は選ばない…か」

レイミンを見上げた。
「なあ、レイミンとロイシンは、その『欲しい物』を手に入れた後、どうしたいんだ?」
レイミンははっとした。

「時間移動そのものが駄目というわけじゃない。
 ま―…あれは倫理的な問題だ。本来普通に生きていたら、決められた時間軸の中で生きて終わるものだからな。
 秩序がどうとか言う奴もいるが、本当に秩序を崩して欲しくなかったら、いかなる方法であれ世界は最初からそのことに手を出させやしないさ」

「どうして、欲しいのか? 得た後、どうしたいのか?
 それがはっきりしていれば、自ずと方法は見えてくるんじゃないか」
そう言って、ルーはふわっと浮いた。
去り際に、ぽつりとレイミンの耳に落とす。

「もしそれでやっぱり時間移動が必要だっていうなら、私は止めやしないさ」



「……」
なんで自分たちは、転換石を求めていたのだろう。

『凄そうな魔法道具、だから見てみたいし、欲しい』

そんな一心だった。

どんな魔法道具か分からない、だから得た後どうしようというのも分からない。
全ては得た後の状況次第。それによって何に使うか、どうするかが決まってくる。
だから今は、何も決まっていない。決めようがないから。

だから、とにかくこの魔法道具が欲しい。
どんな魔法道具なのか、何に使うものなのか、知りたい。
知りたい。

「…」

もし知って、自分達が持つまでもないと判断したら?

そしたら、もしかしたら転換石探しをやめるかもしれない。

「…!」

そう、まずは『知る』ことから。

『知る』ための伝手がないから魔法道具そのものを捜しているわけで、

伝手が来ないなら自分たちから行けばいい。



  翌日。

ノックの音がするのでレイミンが部屋の扉を開けると、そこにはロイシンが立っていた。
お互い状況は分かっており、頷き合うとロイシンは部屋に入り、扉を閉めた。

扉を閉めると一層、空気がしんとした。

「レイミン」
ロイシンはじっとレイミンを見つめる。

「…あたし達、どうしても時間移動するしか方法がないのかな?」

レイミンはしっかりと頷いた。

「転換石を探し回るのもいいけど、まず転換石のことをよく知りたいの。
 だから、この魔法道具のことを一番よく知っている人に会いたい」

暫くロイシンはそのままの表情でレイミンを見つめていた。
空気が張り詰めていたが、ある時それがふっと穏やかになったのをレイミンは感じた。

「そっか」

目の前のロイシンの、柔らかな微笑み。
肯定された。
受け入れて貰えた。

あのときロイシンが言ってた、「時間移動をしなきゃいけないほどの理由」――
求める物に対する強い気持ちだって、それが理屈にかなっていなかったとしても、胸を張って理由だと言い切れるものなのだろう。
今の自分達なら大丈夫。

レイミンは、確信した。


  *


  コーレニン1代目の時代


2人は、時空移動ポイントの中で外の様子をうかがっていた。
「そういえば、フッセの特徴は?」
「ハルテが顔を覚えてないって言うものだから、誰かに聞きながら回るとか…あ、そうだ。
 くるくる海老さんのご先祖様ってことは、くるくる海老さんの外見に似てるってことじゃないかしら?」
「と、いうことは――…
 濃いめの黄色のセミロング、青緑の瞳…う〜ん…いっぱいいそうだなぁ」
ロイシンは苦々しそうに「うえ〜――…」と声を漏らした。
「図書館でフッセの魂系の本を探して、表紙から推測するってのは…でも1代目だから本は無いのよね」
レイミンは肩をすくめる。

「外見も、住んでる地域も、何もかもがわからない… …だったら?」
「手当たり次第に探すしかないようね!」

勢いよく飛び出したその時。

ゴチン!!

鈍い衝撃が走った。

「いたたた…」
ロイシンは、頬に手をやりながら体勢を持ち直す。レイミンは隣で壁にふらふらと寄りかかっていた。次々にぶつかったらしい。
で、当の本人。
にんじん色の頭を押さえ、よろめきながらこちらに顔を向けた。
一瞬ベベルかと思ってドキリとしたが、瞳の色は青いし髪型も異なることに気付く。
相手がはっと息を呑んだかと思うと、2人を交互に指さし震えだした。

「どうしよう!! ぶつかったせいでハルテが二つに分かれちゃった…!!」

「「えっ」」
向こうの言ってることが理解できず、2人は硬直する。
「えっと―… あのぉ―… あたし達もともと2人だよっ」
「それに私達は、ハルテっぽいかもしれないけれど別人よ」
相手は「えぇっ」と驚きの声を上げた。
「ハルテって影武者を持っていたの?!」
「…」
ロイシンはレイミンに目配せすると、レイミンは硬直した表情のまま頷いた。

「… そ―そ―、影武者!そう影武者! 遂にばれちゃったか〜 あはははは… はは…」

相手の出方を待ってみると、相手は何やら納得したのかぱっと笑顔になり、すっと立ち直した。
背筋が伸びても、相手はやや小柄だった。
「あたしはウィーアだよ、影武者さん、よろしく!」
両手を差し出されたので、2人は片方ずつ握手する。
相手は嬉しそうに腕を上下に振った。
「影武者さんが出てこなきゃいけないぐらいには緊急事態なんだよね?何かあったの?」
チャンスだ。

「フッセってひとを!」「探しているの!」

開き直っていつものテンション、ド直球で答えると、ウィーアは首だけ後ろを向いた。

「だってさ、フッセ氏―! 隠れてないで出ておいで〜!」

いるのかい。まさかの相手もド直球。
ウィーアの視線が向かっているであろう方向を見ると、確かに廊下の曲がり角に人影が見える。
その人影はおそるおそる姿を現した。
「だから『氏』はいらないよぉ…」
3人がぶつかった始終を見ていたらしく、びくついて影から様子をうかがっていたようだ。

ウィーアは握手の手を離し、両手をその人物に向けた。
「じゃあ―ん、こちらがフッセ氏だよ―!」
フッセはウィーアに「ハルテ?」と耳打ちしたが、ウィーアは「ううん、影武者さん!」と大きな囁き声で返す。
「ふえぇっ、影武者さん?!
 えっと、えっと、どうして僕に?!」
わたわたしてるフッセに、ロイシンはずんと進み出た。

「フッセさん?率直にお願いするけど、魔法道具の転換石のことを教えてくれないかなぁ?」

「ふえぇっ、転換石?
 ごめんね、実物があったらよかったんだけど、今ちょうど調子悪くてシューナに預け… あ、シューナ!」
フッセの視線の先を見ると、緑色の長髪・魔法族の中ではのっぽな姿が見えた。
彼はフッセの呼びかけに反応する。
「あぁフッセ、探していましたよ。おやおやなんだか大勢で賑やかですね〜。
 転換石のほうはちょっと燻っていただけで、すぐ良くなりましたからお返ししますね」
敬語は口癖みたいなものらしい。
フッセが「ありがとう」と差し出した手に、シューナは例の転換石を乗せる。
レイミンとロイシンは思わず身を乗り出さんばかりにそれを凝視する。
「…どうかしましたか?」
「なんだかこの子達、転換石がどんなのかを知りたいらしいんだ」
双子の目に飛び込んでくるのは、白く半透明で、細かくカットされた、大粒でしっとりした石。そして、それの放つ淡く優しい光。
「いつもこうして光っているわけじゃないんだけどね。え、もっと見たいの…?」
人見知りなのもあってか、転換石を持つフッセの手は、小さく震えていた。

ロイシンはその手をガッと掴む。拍子にフッセは小さく声を上げた。
「すっっごい綺麗だねっ! どうやって使うの?」
「うううえっと、えっとね…
 …
 魔法族の魔力って本来、色々な分野に分散しているのだけどね。
 それって、ある分野の魔力を別の分野の魔力に置き換えると、その分野の魔力を上げることができるってことだよね。
 その『魔力転換』を一時的にだけど助けるのが、この転換石なんだ」
フッセが転換石を見つめる眼差しは、とても優しいものだった。
「魔力が低いからって、何も出来ないわけじゃない。
 それを自分で確かめたかったし、みんなみたいに色んな魔法、高度な魔法も含めて、いっぱい使ってみたかったんだ。
 ね、シューナ!」
「えっ?!わ、私ですか?!」
フッセはうん、と頷いた。
「シューナはね、もともとの魔力もみんなより高めなんだ。
 そんな中、魔法と魔法とを混ぜたりしながら、自分なりの魔法を探しているんだよ。
 だから僕と一緒だね」
フッセが笑いかけると、シューナも照れくさそうに笑った。

「それにしても、影武者が2人もいるなんて…ハルテっていよいよ怪しいなぁ。
 影武者さんも大変だろうけど、頑張ってね…!」
「えぇ…」「あ、うん」





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