転換石編 (7) |
コーレニン南部 廊下 あれから、数日後。 もしユイユが日記を書いていたら、昨日のところにはこう書くだろう。 ――今日も転換石は見つかりませんでした。 南東部の方まで行ったはいいけど、水路が狂った後の応急処置なのか、氷づけになった階段には心底冷や冷やしました。 というか、転びました。顎打ちました。むちゃくちゃ痛い。 南東部っていったらレイミンやロイシンが住んでるけど、見られてないよね大丈夫だよね… ―― 「…はぁ」 その後工房を訪れたときに大粒の飴玉(フォンエ曰く『豆飴』というものらしい)を貰ったが、いまいち口に入れる気になれない。 もう一回り小さければ、と思ったのだが。 とはいえその時フォンエが言っていた分には、「甘ったるい飴なんだから、小さかったら満足できないよ!」とのことで、甘いものは欲しいがまた今度にすることにした。 そう決めたところで、ユイユはマホガニーとばったり会う。 「やぁユイユ、あれから転換石のほうはどう?」 「それが全然なんだよ…当てずっぽに探したところで見つかる訳ないこと分かっちゃいるけどさぁ…」 「う―ん…」 マホガニーはちょっと考える。 「…魔法道具が何万年も姿形変えずに残っている、全部の魔法道具が必ずそうだと思う?」 「うっ…」 言われてみれば。 「その魔法道具を使っていたひとにだけじゃない。何か手掛かりを持っているかもしれないから、直前かその辺りの世代のほうにも尋ねてみたら?」 よし、図書館に行こう。 決心したユイユが歩き出そうとしたところで、マホガニーが呼び止めた。 「そうそう、ユイユ」 「何?」 「『豆飴』を工房でやたらめったら貰ったんだけど…いらない?」 「え―…」 コーレニン図書館 「『転換石』ね〜 石…ね。……」 話そうか話さまいか迷い、魂の本の中で、998代目のメイボセは目をあちこちに動かす。 「どうしたの?」 「ん…と、ね、石について、魔法について、有力な情報を得るなら…」 少々躊躇ってから、ユイユにこう尋ねた。 「地球へ行ってみる気… ある?」 「……はい?」 突然『地球』という単語が出てきたから、何のことかさっぱり分からなくなってしまった。 とりあえず、尋ねるべき相手の名前、イタリア半島のとある場所であること(場所も詳しく教えて貰った)、そして、空間移動の魔法の呪文も教えて貰った。 * 空間移動の魔法に高い魔力は求められているわけではなかったことに、とてもほっとした。 ずっとコーレニンのやや肌寒い気温で暮らしてきたので、ぽかぽかな陽気はなんだか不思議だ。 石畳の敷き詰められた路地裏を進むと、周りの他の建物から少しだけ浮いている建物があった。 どきどきしながら扉をくぐると目的地で正解だったようで、胸をなで下ろす。 もたつきながらも受付で手続きを済ませ、示された番号の柱を確認する。 そして迎えてくれたのは、ソファー2組と、ローテーブルと、そして1人の少年。 メイボセが彼を知っているということは、彼も相当な歳なようだ。外見からは想像がつかないと内心驚いてはいるものの、魔法族も人のことは言えない。 「初めまして。外時空物金取引担当 兼 鉱物鑑定人の、」 「テナさん?」 「…? 私をご存じなのですか?」 テナはきょとんとした。 「うん、メイボセに聞いたから。僕はユイユ・フッセだよ」 きょとんとした目が小さくなった。 すぐにいつもの営業スマイルに戻るが、そこには何処か寂しげな表情もうかがえた。 「そうですか…メイボセさんから聞いていらっしゃるんですね…」 その意味を噛み締めるかのように、繰り返していた。 「『転換石』…ですか」 テナが入れてくれた紅茶はまだ冷めておらず、カップを両手で持ったままユイユがうんうんと頷くと、手前で湯気がふよふよ揺れた。 「申し訳ないのですが…初めて聞く名前です」 せっかく地球まで来たのに…。ユイユは肩を落とした。 そもそもコーレニンの魔法道具がよその時空に残ることがあり得るだろうか? 「じゃあ転換石のことじゃなくても、魔法道具のことでメイボセからは何も聞いてないの? それか、メイボセが使ってた魔法道具とか…」 「何か話していたにしても、1000年以上も前のお話ですし…」 1000年とか。改めてその途方もない長さを思う。 「魔法道具も――… ……少々お時間をいただけますか?」 よく事情が飲み込めないままユイユが頷くと、テナは立ち上がって何処かへ行ってしまった。 10分くらい経った頃だろうか。 戻ってきたテナは、一つの写真立てをユイユに差し出した。 「昔、同僚が撮ってくれた写真です」 「テナさんと…メイボセ…」 路地裏といえども、外の日差しの強さを思わせる写真。 話し込んでいる最中に声を掛けられたのか、首だけこちらを向いている。 そして、メイボセの手には―― 「あれ!?」 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。 「これ…これがメイボセの魔法道具!?」 「えぇ、そうですよ」 「これ、…見たことある!」 深い赤の円錐型の物体に、オレンジ色の円錐型の石がよく映えるそれは。 「『嘘つきの魔法道具』…!」 ――何故、メイボセがこれを!? いや、違う。 ――何故、メイボセの魔法道具が、あのとき転換石だと名乗って出てきたんだろう? そこに、先祖子孫のことは関係あるのだろうか? 何故、何故。 色んな「何故」が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。 誰かに訊きたい。誰かに教えて欲しい。誰かがきっと答えを持っているはず。 だけど。 「他の皆は、魔力の低い僕ほど他の人に頼ってばかりじゃないんだろうなぁ…」 思わずぽつりと、口に出た。 「いやぁそんなこと無いですよ? 頼る相手がばらばらでも、教えを請うのは全然普通なことですよ」 テナは紅茶をすすった。 「ですから、『嘘つきの魔法道具』のこともメイボセさんに尋ねればいいんです」 「そうかぁ…そうなのかな…? ありがとう、帰ったらメイボセに聞いてみるよ」 立ち上がり、くるりと背を向けて立ち去ろうとするユイユを、テナが呼びとめた。 「あとですね、ユイユさん」 「何?」 「自分の魔力が低いだなんて、自分で言わないでくださいよ?」 テナはしっかりとユイユを見つめた。 「それでもユイユさんにしか出来ないこと――必ずありますから」 ――自分にしか、出来ないこと。 ――でも、何が出来るんだろう? ユイユは、テナに向き直る。 「――ねぇ、テナさん」 「何でしょう?」 「みんなよく言うよね、『失敗しても死ぬわけじゃない』って。 ……だけど、魔法は違う。 いくら『魂を魔力で具現化した存在』とはいえ、世代交代までに死なないという保証は無いよね」 初対面の人に何をべらべら話しているんだと自分でも思いつつ、しかし口が止まらない。 テナは徐に口を開く。 「魔法のために死ぬのなら、それは魔法使いにとっては本望じゃないんですか?」 「――?!」 「メイボセさんから私のことをお聞きになったのでしたら、ユイユさんもご存じだとは思いますが、私も魔法使いの一人です」 そう言って杖を懐から取り出し、またしまった。 「どんなに簡単な魔法でも、失敗する確率はゼロじゃない。魂が輪廻に戻ってこれなくなったとしても、魔法という不確かな力に頼った者の責任。 果たして本当に出来るかどうかという事ほど、不確かなことはありませんよ。魔法以外のことも全部そう。 いくら貴方にしか出来ないことがあるといっても、それは避けられないんです。 自分で確かなことにできること、それは『何がしたいのか』」 「目先のことでも、目標みたいなことでも?」 テナはしっかり頷いた。 「『何がしたいのか』がはっきりしないと、『何が出来るのか』も見えてきませんから。 それに、そうしていけば魔法に溺れて死ぬなんてことも無いでしょう。魔法が失敗しても死なないなんてのは、やっぱり否定できませんけどね」 苦笑した。 とても純粋に、苦笑した。 1000年以上生きても、この人は色々失敗を繰り返しているんだろうなと思った。 十数年しか生きていない自分と、それは変わることは無いのだろう。 ――自分にしか、出来ないこと。 ――じゃあ、何がしたいんだろう? しかし、不思議な人だった。 普通なら、扱う対象である魔法、それによって命を落とすのは不本意なはずなのに。 あの人にとっての『魔法』、魔法族にとっての『魔法』、精霊にとっての『魔法』。 きっと全て、ばらばらなんだと思った。 |