転換石編  (6



  コーレニン西部 工房

壁に沿って様々な機械が並ぶ部屋。
機械…というよりは、大きな魔法道具とでも言うべきか。
用途などはすぐには理解できない道具達が並んでいた。
真ん中には大きな机が置いてあり、周りに椅子がぽつぽつと置かれている。

自分の部屋よりと同じか、少し広いくらいの部屋だなと思ってユイユが見渡すと、機械のひとつの影から何者かがひょこっと顔を出した。

「何か用?」
灰紫の髪に、小豆色の瞳の――
「私は工房在住のフォンエだけど」
いきなり自己紹介をされたので、ユイユも慌てて返答する。
「僕はユイユ。ユイユ・フッセ」
フォンエは目をジト、と細めた。
「ふぅん。前々から思っていたけどさぁ、魔法族ってみぃんな苗字名乗るよね」
大机のところまで歩いて来て、椅子に深く座った。

苗字まで名乗るって…普通じゃないのか。
「じゃ、じゃあフォンエは?」
途端に、フォンエの表情が険しくなる。
――うぐ。何か変なこと言ったかな…?
「私が魔法族だって? 一緒にしないでよ。私魔法族じゃないからね」
とはいえ。
他の魔法族と同じ体型だし、お守りの石だって身につけている。
フォンエはユイユから目をそらし、頬杖をついた。
「私は精霊だよ」

「精霊…」
「そう」
思わぬ答えが返ってきたものだ。

「私が生まれたのって…  680代目か… まぁそんなとこなんだけど、そんな中途半端な時期に新たな1代目が生まれるなんて、ルーも驚いたわけね。
 それでも名前と石をくれて、私は専門だって決めたし、指令書にだって従った。
 だけど、その世代の世代交代が終わっても、私は消えなかった。蓋を開けてみたら精霊でした、そんなふう」
コーレニンに住みついているのはルーを除き魔法族か、そうでなければ精霊だという。
「…その後は?」
「指令書もさっぱり来なくなったよ。いくらルーでも精霊までは支配していないみたいだねぇ。
 私は世代交代の時に大広間にいなかったしね。ルーは未だに私が生きていること知らないんじゃない?
 あくまで精霊は『精霊』として大まかに把握してるだけみたいだから」
「そうかなぁ… ルーに訊いてみる?」
「はぁ?」
フォンエは片目を吊り上げた。
――うげ、しまった。
「そんなことする訳ないでしょ。あのルーだよ?
 工房在住、今となっては魔法道具にどっぷり。そんなのをあんなのが野放しにしておく筈ないでしょ」
「流石にルーはフォンエのこと知ってると思うけど?」
「ルーってのはねぇ、自分が把握しててもこっちがそれに気づいていなけりゃ黙認してくれるわけよ。
 どちらにせよ、こっちは黙っておくのが吉、そんなとこ」
「そ、そう…?」
「そう、!」
フォンエは力強く頷いた。余程ルーにこき使われるのが嫌なようだ。

「ま―これでも飲むといいよ」
いつの間に用意したのか、グラスに何やら注いでユイユに渡してくれた。
ユイユもフォンエと同じように腰かける。
ほんのり桃色、まろやかで甘く、だけど冷たい飲み物だった。
「それで、ユイユは誰かからこの工房のことを聞いたの?
 コーレニンに工房は幾つかあるけど、わざわざこの工房を選ぶなんて」
管理している者がいる工房は、コーレニンではここだけなのだという。
ユイユは不思議な飲み物を飲み干した。
「マホガニーから聞いたよ、初めて工房を使うならここがいいって」
「あ―、マホガニーね」
知り合いなのか。
「知ってるも何も、時々来るから…うん、やっぱり知ってる」
フォンエは頷きながら無表情で、不思議な飲み物を飲み込む。
ユイユとしてはこのフォンエという精霊のことをいまいちよく呑み込めないので、今度マホガニーに扱い方等々を聞いておこうと思った。

「初めて工房を使うなら、か―…」
フォンエは天井を見上げた。
「魔法道具全般得意かっていうとそうでもないけどね―。金属なら大凡はいけるよ。
 そんなわけだから、ま―宜しくしてやってよ」
フォンエが手を差し出したのでユイユが握ると、向こうも握り返した。
その力の異様なきつさがフォンエの教育方針を物語っているようで、ユイユは一筋の冷や汗が流れるのを感じた。



  後日 コーレニン西部 工房

フォンエは大机のところで両手で頬杖をついて座っていた。
「杖をどうにかしたいんだって?」
ユイユはうんうんと頷く。
「色々考えたんだけど、新しく魔法道具を作るより今の杖でどうにかしたほうがいいのかなって」
「あわわちょっと待って、話が見えない」
確かにフォンエには転換石のことは何一つ話していなかった。
そもそも、こんなにも転換石のことを口外してもいいものなのだろうか。
そういえば、つい最近マホガニーのところに行った時に、何やら文書を持たされていたんだった。
フォンエに渡すと、ユイユにも聞こえるような声で読み上げ始めた。
ユイユも文書の内容までは読んでいなかったので、丁度いい。

「『前略 既に持っている杖に、魔力転換の能力を備えたいんだけど可能かなぁ。
  あ、魔力転換というのは…』ふんふん、成程ね」
「ううう、なんだかマホガニーが保護者みたいになってる…」
「実際そうなんじゃないの? とっとと事実を認めるがいいよ」
「やだよ!同い年なのに!」
ユイユは必死に抗議するが、フォンエは知らん顔して大粒の飴玉を口に放り入れる。
「一人立ちも出来ていない子に魔法道具が作れるかいねぇ。
 文書の件だけど、やってみる価値はあると思うよ…あ、苺味だ」
飴玉をボリッゴリッと噛み砕いた。

「んじゃあ、杖。貸してみなよ」
フォンエがそう言うのでユイユが杖を渡すと、凄まじい気迫で杖を観察し出した。メラメラしている。
「へぇ、両側に宝石ねぇ。なかなか面白い杖を使っているね。
 軸の部分の金属も丈夫でしっかりしているし、何処で見つけたの?」
「何処だっけ…」
「だろうね。にしても、手入れもちゃんとしてるみたいだし…
 …だけどねぇ」
ユイユはビクッとする。

脅しをきかせるかのように、フォンエはそろ〜と杖越しに焦点をユイユに合わせた。
「無理して杖を使うぐらいならさぁ数式魔法に乗り換えるがいいと思うよ?」

――え。

「ややややだよ!!
 ちょっと待ってよ、なに話を根本から帳消しにしようとしてんの!?」
「そんなに杖がいいんなら乗り換えるのを強いたりはしないけどね。
 小さくない且つ同じ大きさの宝石、それらが両端についている杖だからなんとか持ちこたえている感じだよ」
杖をユイユに返す。
「これじゃあ杖に更に負荷をかけると、それこそ杖はべっきべきになるね。
 やるとしたら、ジグのジグを作るかね。
 こういうのを『補助魔法道具』っていうんだけど、聞いたことは――…その様子だとなさそうだね」
「…ごめんなさい」

「謝んなくてもい―よ。せっかくだから勉強がてらに聞いていきなよ」
フォンエはきびきびと、大机に幾つか魔法道具を並べた。
「魔法道具は8種類に分類されてね。
 効果系、保存系、測定系、魔法操作系、総称箒、魔法楽器、抑制系、そして補助魔法道具。
 複数の分類をまたぐ魔法道具も勿論あるよ」
フォンエが指さす順に魔法道具を見ていくと、杖、瓶…までは分かったが、あとのは歯車が付いていたり何がしたいのかよく分からない道具達だった。
「ざっくり言うとね、
 効果系は杖とか、直接魔法の発動に関わるもの。
 保存系は事物を保存したり、力を蓄えたりするもの。」
――マホガニーの記録魔法瓶…!

「測定系は名の通り、測定するものはみんなこれ。魔力の波長を測るものもあるよ。
 魔法操作系も名の通り、魔法そのものに手を加えられるもの。混ぜたり分離させたりね。
 総称箒は、物理的な移動をする際に使うもの。飛行が主流だろうね。箒の形とは限らないから『総称箒』だよ。
 魔法楽器は、…魔力を用いた楽器でいいのかな?ちょっと私も滅多に扱わないんだけれども。
 抑制系は、あるものを『敢えて』マイナス面に働かせることで効果を得ようとするもの。
 補助魔法道具は魔法の発動の手助けをするものだから、抑制系はその逆っていった感じかな。
 杖を使わずに魔法を発動する人も勿論たくさんいるから、杖も補助魔法道具だという見方もあるけどね―」
ユイユはなんとか頷きつつ理解しようとするが、話が抽象的でイマイチついていけない感が否めない。

フォンエはフォンエで講義が一段落したといったテンションだった。
「大まかには説明したけど、一つ一つの魔法道具について知っていかないとなかなか分類もできないだろうね。
 魔法道具はどんどん新しいのが出てくるものだから、そのうちこの分類が死語になる日も来ると思うよ」

そんな中、大机に並べられた数々の魔法道具を改めて見て、思わず口に出た。

「魔法道具を作るための魔法ってあるの?」

相手の目つきが鋭くなったと思ったら、ユイユが「しまった」とか思う暇も無しに即座に怒号が飛んできた。
「魔法をかける為の道具を魔法で作ってど―すんの!?
 極力自力!魔法は仕上げ!でないとこっちの言うことなんか聞いてくんないよ!」

――ひぃっ。

「――と、いきたいところだけどね!」
喝は終わったのにテンションはそのままなのか。
「切ったり加熱したり、その他物理的な加工の為の魔法なら使うがいいよ!」

しかし魔法を教えることは出来ないとフォンエは言った。
彼女が精霊だということもあってか、
「杖や数式や魔方陣なんて、使えた試しが無いね」
と。
代わりに、工具の使い方ならいくらでも教えてくれるという。

「よ―…し!」
フォンエが伸びをするのでユイユもつられて伸びをする。
「じゃあ作ってみようかね」



「今回作ろうと思っているのはこういうのなんだけど」
フォンエは紙にさらさらと描いて手渡した。
「5つの輪の間を4つの雫形の宝石で繋ぐんだよ。輪っかは指にはめて、宝石を指の間に挟む感じ。
 相乗効果のある石の組み合わせを持って来れば、少なくとも魔力の足しにはなると思うよ」
「体内の魔力を、補助魔法道具、杖、って通して魔法を発動…」
「そんなふうだね。使い方をイメージしてみようか」
そう言って、棚に何やら取りに行って戻ってきた。
「ほら、見てこれ」
まず、2つの石を両手でそれぞれつまんで見せる。
「波石と紅葉石。どっちもコーレニン原産の石だよ。
 2つとも魔力の増強に使われたことがあってね。
 ただ、両方若干癖がある石だから、タイミングを感じること。
 実際に作るのは扱いやすいように4つの石にするよ」
次に、真鍮の短い棒を見せる。
「それでこの棒に、石と杖の金属部分が当たるように握って、魔法をかけるんだよ。
 キミの杖の2つの石は、片方は魔法発動部分で、もう片方はバランスをとる補助的なものだろうから、杖の石には棒を当てないで」
「石と棒と杖を同じ手に握るってこと?」
「そういうこと。それじゃ、やってみなよ」
と、2つの石と真鍮の棒を渡す。

「こ―いうのは、自分の苦手な魔法を試した方が効果をみやすいんだよね―。
 あくまでも、魔力が足りなくて使いにくい魔法。ユイユだったら何?」
「……とてもたくさん」
「…うん、どれか一つに絞ろうか」

たくさんある中で、どれか一つ。
魔力が足りなくて、歯痒い思いをした魔法。

工房の水道の蛇口をひねる。

――水の橋の部屋で、マホガニーがかけていた魔法…

高い魔力が必要だと言われ、諦めていた魔法。
こっそり練習をしたものの、やっぱり出来なかった魔法。

流れ続ける水に杖の先を当て、集中力を込める。

――…… …

―― … !

水が、割れた。
割れたまま、流れ続けた。

「出来た!出来たよフォンエ!」
ばっと振り返る。
「うん、見てたよ!」
正直、フォンエは驚いていた。
――まさか本当に、あの癖のある石達のコツを一発で掴んだなんて…
――不器用そうだけど、実は器用だったりして。

そして、実物の制作に取りかかることにした。

「まず、石が4つ…どれ使っていい?」
「に――こ!」
「へっ!? に、2個!?」
「そう!」
フォンエは腕組みをして頷く。
「さっき使った石、そのまま使うといいよ!
 2個でも足りる! 輪っかは3つね!」
「それでいいの…!?」
いきなり、使う石を半分に減らされてしまった。

フォンエの指導の下、制作を進める。
「この世代限りのつもりで作ってると、この世代が終わる前に壊れちゃうんだよ」の言葉に始まり、2つの宝石それぞれに金具を取り付け、輪っかで繋いでいく。
「最後に、魔力を込めながら水道で磨いて仕上げ!この作業が一番大事!」
とのことで、磨き始める。

時間はかかるものの、徐々に輝きを増していく。
何気なくフォンエは、魔力によって少し明るくなっているユイユの手元を見た。

――…!!

明るさが、ほんの微かにではあるが強弱を繰り返していた。
普通なら、気にも留めない程度に。

――稚拙な手つきだし、込められる魔力だって弱い……のに

弱いなら弱いで、何故安定しない!?

――何かが『弱い』レベルでの安定を妨げているような… ……ううん、考えすぎか。
魔力のコントロールが上手くできていないだけだと解釈し、納得することにした。

時折ふっとそのことで自問自答を繰り返しそうになるが、思考がループしそうなので何度も押さえ込む。
そのうちに、ユイユは新しい魔法道具を磨き終えていた。


ユイユが工房を後にしようとした時にちょうど思い出したので、訊いてみる。

「魔力増強が可能になったんだったら、転換石は必要なくなったんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、今は単純に転換石ってどんなだろうって気になるんだ。
 あと、他にも色々」

そして、ユイユは工房を去る。


ほぼ入れ違いで、今度はマホガニーが工房にやって来た。

「あのさ、ユイユって本当に魔力が低いの?」
「唐突だねぇ…それは杖を見た貴方なら確信していると思ったけど」
マホガニーは棚の引き戸を開け、何やら探し出した。

フォンエは、気づかれないように肩で溜息をつく。
――ユイユ、私が言ったこと喋ったんだ…ていうか、気にしてたんだ…そりゃそうだよね…
「…マホガニー、キミ何か知ってるでしょ」
ジト目でマホガニーの背中を睨む。
「少なくとも、あの杖の前代はいたよ」
瓶を両手に持って比べているようだった。

「一度破損したわけ? 魔力の高いひとが力の制御できずに、杖がオーバーヒートを起こすのとはワケが違うんだよ?」
「あはは…嫌なこと思い出させないでよ…
 確かに、足りない魔力を補おうとして杖が壊れたのは、それまで聞いたことがなかったなぁ」
「…素直に『壊れた』って言えばいいじゃん」
マホガニーから目をそらして頬杖をつく。

「どうしても杖魔法を使いたかったみたいだね。
 杖を握ったまま数式魔法を使うこともあった。
 だけど年齢を重ねるにつれて、皆もだんだん杖・数式・魔方陣の呪文の区別が大雑把にだけどついてくるから、うかうか使えない。
 呪文無詠唱の魔法もある程度あるにはあるんだけどね」
どちらの瓶も気に入らなかったのか、両方とも棚に戻して別の瓶を取り出す。

「び・ん! あまりこの工房ばかりから持ってかないでよ?」
分かっている、と手で合図をし、マホガニーは工房から出て行った。


 



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