時空橋編(29)


 深い夜に守られるのは、石造りの小さな国コーレニン。
 国中に張り巡らされた廊下の明かりは、時間に伴う日の光の移ろいと呼応する。その移ろいが、暦というひとつの秩序を形作っていた。

 この秩序は、ルーベリーや地球といった、もともと同じ時空にあった世界と同じもの。そのように、コーレニンに生まれた魔法族たちはルーから教わってきた。
 教えを裏付けるのは、図書館の蔵書たち。地球の文化や天文学などに関する本が、暦と同じ秩序を魔法族に教え示してきた。
 かつて地球に生きていたという、数知れぬ著者の名とともに。

  ***

  コーレニン北東部

 布団の中で、オシャーンは目を開けた。頭の中が凪いだように涼やかだ。いつから寝醒めていたのだろうか。
 思い返すと、夢の中か現実なのか曖昧なところで、図書館班の指令を振り返っていたような。

『図書館に収められている、すべての情報を守ること』

 自分達の守るべき『情報』には、誰がどのような本を書き残してきたのかという歴史も含まれるのだろう。
 と、そんなふうに考えていた気がする。

 隣から、エミウルの静かな寝息が聞こえた。今は夜も深い頃だろうか。
 身を起こしたオシャーンは生え際のあたりを手で押さえて、息をついた。もともと起きるつもりだった。目覚ましの魔法をかけておいたが、不要だったらしい。
 エミウルを起こさないよう気を付けながら立ち上がって上着を羽織り、オシャーンは部屋を出た。

 廊下の柱にかかる明かりは、つるりとした器の中に冷えた空気だけを休ませていた。
 辺りを包むのは、まるで水に沈んだような青。もしも深海を歩けるのなら、そこはきっとこのような、何者も、明かりでさえも息を潜めて閉じ込められた空間なのだろう。
 海の魔法を専門としながらも入ったことのないその世界に、オシャーンは想いを馳せた。夜と重なる途方のなさが、漂い広がり染み渡っていった。

 ゆっくりと歩を進めて廊下を横切る。
 正面に並んだ磨り硝子の窓の向こう、僅かに明かりが灯るのは図書館の中。
 淡い眼差しで見つめていると、おそらく最後のひとつが消えた。

 この日の見張りを終えるとき、オシャーンは図書館に結界を張ってきた。
 あえて、その結界に設けた制限時間。魔法族の中では平均程度の魔力、己の実力を鑑みてのものだ。

 玄関の大扉に両手をかざすと、ふたつの魔法陣が広がった。
 ひとつは、先に張った結界の魔法を洗い流すもの。
 もうひとつは、再び新たな結界を張るためのもの。
 それぞれが、何本もの曲線で結びついた。

 ふたつの魔法陣から生まれた光は、大扉の表面、縁、壁の木枠へと二重に伝っていく。その後すぐに辺りは暗闇に包まれた。

 視界が乏しくなった中、オシャーンは自身の手のひらを見下ろした。
 魔法に何かが混ざっていたように感じたのだ。
 気のせいだといいのだが。オシャーンの手が大扉に触れる。結界の魔法は機能しているようだ。
 一旦は安堵するが、不安の種は取り去れない。この違和感を覚えておこうと決めた。
 いずれその正体と、往く道を重ねるかもしれないから。

 結界の魔法に干渉した者について候補となるのは、魔法族か、精霊か、ルーか、あるいは『外から来た』者達か。これでも、今現在のコーレニンに存在する者に絞ったのだが。
 『外から来た』といわれる者達について、少なくとも自分は何も知るところがない。
 指令書によると、魔法使いではあるようだ。しかしそれは何に基づく魔法なのか、どんな魔法なのか。ルーは知っているのだろうか?
 魔法とともに生きてきた彼らの組織が、わざわざ小さなこの国と、そしてルーベリーという小さな世界へと手を伸ばしたのは、決して小さくない理由があってのことだろう。

 彼らの狙いは何なのだろうか?
 彼らの持たない魔法だろうか?
 彼らには──

 そこまで考えて、オシャーンは自身の胸に手を当てた。お守りの蒼玉が、縁を飾る金飾りが、指先へと冷たさを伝える。

 ──自分たちの正体を知られてはならない。

 少なくとも『後から来た』という者に対しては。
 その者は、時間移動の魔法を知らない可能性もある。
 知られてはならないのだ。自分たち1代目、ともに眠る337代目、行方の知れぬ999代目、すべてが過去の存在であることを。

 日を新たに、図書館は始めの明かりを灯した。











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