ズィナ編  (2)



   コーレニン 1000代目 某回廊

 ズィナ――ズィナ・シューナ――は、壁にもたれかかって座っていた。

―しかし何だこれは… 改めて思っても酷いものだ…
何も変わっていない。
全く。
確かにこんな宮殿じみた世界じゃ何も変わる筈……

「あるよ」

思いがけない声に、ズィナはふっと顔を上げる。
そこには、ズィナよりも更に幼い顔つきの少女が、興味津々な表情でズィナの顔を覗き込んでいた。
「聞こえていたんですか…」
「うん!」
―遠慮無しか。それから。
「貴方…誰ですか」
「ララーノ!」
「できれば魂系も教えていただきたいのですが」
「オシャーンだよ! ララーノ=オシャーン!」
―あぁ、あのオシャーンか。あの無口とは全く逆でしたから気付かなかったが…
  言われてみれば、あのぼさぼさ髪は一緒だな。

ズィナは相手に挑戦的な態度をとることにした。
「そもそも、この十数年でコーレニンの何が変わっているというのですか?」
「みんなが、じぶんのおへやを見つけたよ?」
―当たり前。

「すみません。私はもう行きます。」
これ以上何か訊いても大した答えは返ってこないだろう。
ズィナはそう決めつけて、この場を去ろうと立ち上がった。

きょとんとしたララーノを無視して歩き続けると、いつの間にか目の前にララーノがいた。
「…何ですか」
「わたしはまだ、なまえをきいてないよ?」

―そんなことか。

ズィナはララーノの脇を通り過ぎながら言い放った。
「ズィナです」
敢えて魂系は言わなかった。
ララーノはその後何も訊くことなく、歩き去るズィナが見えなくなるまでその場にいた。


ララーノに素っ気ない返事をした後、ズィナは回廊を歩いていた。

―何だったんだろうあの方は…
単なる物好きだったのだろう。一瞬そう考えたが、
―やっぱり物好きとしか思えない。

暫く歩いてみたが、やっぱり宛があるわけでもなく、さっきと同じように床に座って壁にもたれる。
―…またララーノが来たら厄介だな…

このまま何をしなくても構わなかったのだが、またララーノに出くわすことを考えると疲れる。
渋々立ち上がったとき、ふっとあることを思い出した。

「そうだ、魔法合成書――」

魔法合成書は、シューナが使っていた魔法道具だ。
そのシューナは、今ここにズィナとして生きている。

―あの合成書は確か……
ズィナは早足で自分の部屋に戻る。
5歳頃、コーレニンの皆が自分の部屋を決め始めた時、ズィナは真っ先に1代目の時の自分が使っていた部屋に決定していた。
それは、あの部屋を他の誰かの住み家とされたら困る理由があったからだった。

自分の部屋に着き、中に入る。
壁にくっつけて置かれた箪笥の横に立ち、ズィナは箪笥に手を当て呪文を唱える。
「ターニ」
重いはずの箪笥が、いとも簡単に動いた。
ある程度後ろまで引き、さっきまで箪笥があった場所へ回り込む。

そこには、引き戸があった。
今度は引き戸の取っ手に手を掛け、「ツィプェ」と唱える。
そして、解錠された引き戸を引く。

「ほぉ…よくもこんなに長い間、誰にも見つかりませんでしたね…」
その奥の空間には、魔法合成書があった。
合成書に近づき、手に取ったところでズィナは違和感を感じる。

―棒!?

合成書の背表紙には棒がついており、見事に『杖』と化していた。
「…本当に見つからなかったのか疑問に思いますが……って取れないんですかこの棒は!?」
棒を合成書から引きはがそうと引っ張ってみるが、びくともしない。
「下手に魔法をかけて変な影響が出るのもあれですし…」
合成書を開いてみると、開いたページに桃色掛かった石が現れた。
「……使えるんですよね?」

やはり疑問に思うが、魔法を使うときになれば分かるだろうと思い、放っておくことにする。

こうして、ズィナのパートナーとなる魔法道具は、オプション付きの魔法合成書となった。


  コーレニン東部 廊下

どうしようもないこの杖を手にした後、ズィナは壁にもたれていた。
先程、杖の先についた合成書を使えるかを試してみた。
1代目当時と同じように使えた。
問題は、当時の魔法道具を手にした今、何をするべきか。
いつの間にか、壁にもたれたり床に座ったりすることが習慣になっていた。
1代目当時の、はきはきした自分は何処かに出掛けているような、そんな毎日。

「…『変化』……ですか…」
『変化』を求めて1000代目の時代を選んだのに、こんな世界だ。
かといって、1代目の時と同じように1000年間を過ごすのも避けたい。

では今、何をするべきだろう?
まさかこの時代になっても『変化』が無いなんて思わなかったから、全然考えていなかった。
考えたところでどうにかなるのかも分からない。

その時、横から邪魔が入った。

「いきなりでなんだが… ルーの魂系の奴について何か知らないか?」

――あぁ、私に訊いているのか。本当にいきなりだな。
  ルーの魂系…といえば…
ズィナは、南部に住んでいたある人物を思い出す。
「マホガニーさんをお探しなのですか?
 茶色の髪に、茶色の瞳。茶色の大きな杖も、分かりやすいと思いますよ」

――あれ?
  1000代目のルーの魂系はマホガニーさんで…
  じゃぁこの紅目の方は? この方もルーの魂系じゃないのか?
  おかしい。
  明らかにおかしい。

髪の隙間から、青紫の目を相手に向ける。
7、8cm見上げる形となった。
「ところで貴方もルーの魂系ではないのですか?
 ルーの魂系は紅い瞳と聞いたことがあるのですが」
相手の紅い目は、一瞬動揺の色を見せた。
――しめた、やっぱりか!
「貴方のことばかり訊くのもなんですので、私のことも言わなければなりませんね。
 私はズィナです。」
――魂系は出来る限り言いたくないが…
  この青緑の髪を見れば、大体分かるか。
  緑髪の魂系なんか他にもいるし、目を見られない限り大丈夫だろう。
確信は無いが、自分がシューナの魂系であることを知られると、面倒が起きそうな予感がする。
これも確信はないが、すぐ横の桃髪の人物に知られると、いっそうまずそうな予感がする。

「どうしてルーの魂系の方がこの時代に二人いるのか…とても双子とは思えませんし…、
 どうしてマホガニーさんの瞳が紅くないのか、
 どうしてこの杖がこんななのか、分からないことだらけです」
斜め横目で相手を見ながら、手にしたばかりの杖を見せる。
今度は、相手は動揺したのかよく分からなかった。
――この杖については、関係無いのだろうか?
  向こうがこれについて何か知っていたら、確信が持てたが…

最終手段を使うことにする。
「貴方、…誰ですか?」
「ルーの魂系ってことはあってるな」相手は即答した。
――魂系じゃない! 紅目を見れば、ルーの魂系なんてこと一発で分かるんだ!
  名前を言ってもらえば何代目か割り出せたものを…

勝手にやってきた相手は、勝手に去っていった。
1代目当時と比べて、多少苛々しやすくなっているようだ。
――桃色の髪……名前が分からなくても、外見が……


 コーレニン図書館

魂の本を開く。
「ルーの魂系の方についてお聞きしたいのですが」
適当なページを開いても、話したい者は勝手にそのページの写真に乱入してくる。
「桃色の髪に、白がかった淡い赤紫の宝石…
 茶系のローブに、リボンは水色…」
きっかり500代目のページを開いていた。
500代目の人物は、深緑の髪を揺らして困っている。
早速乱入者が現れた。
「ねぇズィナ、その人って何代目?」
「リヴィエさん、それが分かっていたら最初からこんな訊き方はしません」
リヴィエと呼ばれたその人物は、不器用に中途半端に結われた黄緑髪がよく目に付く。
「他の魂系の人、図書館にいないの?」
他の魂系を巻き込むことさえ気に掛けないやり方に、ズィナは半分呆れた。
ルーの魂系を知りたい人なんて他にもいるだろうし、これで『変化』が見つかればしめたものだと思い、ズィナは辺りを見渡す。

見渡すまでもなかった。
自分と同じくらいの背丈が、少し離れたところにいた。
「…ララーノさん、ストーカーはやめてください」
「ストーカーじゃないよ?あそんでほしいだけだよ?」
ララーノがのこのことズィナのそばまで歩いてきた。
「だったら他にも遊んでくれる方はいるでしょうに…」
――ララーノ……ララーノ・オシャーン……
  1代目が知識トップクラスを誇る、あの魂系なら…?

「……いいですよ、遊んでも。
 ただ、私からも一つ頼みたいことがあるのですが」

ララーノは、青い表紙の魂の本の、最初のページを開いた。
「オシャーン!」
ズィナに言われた、幾つかの特徴を挙げる。
「……っていうひと、知らない?」
「…」
オシャーンは無言のままだ。
オシャーンの写真に、乱入者が現れた。
「それって… カシェパースのことかしら?」
オシャーンの魂系特有の長い横髪を、後ろで束ねている。
水色の冷たい目は、オシャーンの緑目にも通じるところがある。
「エミウル、カシェパースっていうの?」
エミウルは素っ気なく答える。
「そう。 337代目のルーの魂系よ。
 彼とつき合うには、気をつけた方がいいかしら」

ララーノは魂の本を閉じ、普段の笑顔でズィナに言った。
「知られたくないことは知られて、知りたいことは知ることができない、って!」

――どういうことだそれは!?

ララーノは、エミウルから聞いた言葉をそっくりそのままズィナに伝えた。
ララーノ自身、その意味が分かっているのかも怪しい。
その状態のまま伝えたものだから、ズィナもさっぱり訳が分からない。

ただ一つ、まずいことは予感から確信に変わった。





 Menu