時空橋編(13)


「話? 何を話すのよ」
 彼女が警戒するのは当然だった。前触れもなく他所の時空に引き摺り込まれた上に、想定外の、とても生命とは言い難い存在と対峙しているのだから。
 常識の枠組みをとうに外れたその存在は、わざと表情を変えずに会話を続けようとする。
「そうだなあ、貴女が手紙の送り主で間違いないな?」
 何気ない素振りに見せて、本質を突いてくる。この質問で、彼女の警戒心は更に引き上げられた。
「ええそうよ。違うと言ったら帰らせたの?」
「まさか。残念ながら訪問者を帰らせたことがないからな。安全は保証できんぞ」

「訪問者ですって? ばかじゃないの? わざわざ敵を引っ張ってくるひとがいる? 時間稼ぎをして逃げ切れば良かったのに」
「これが最良の方法だ。封を開けるとオマケが飛び散る。開けずにいても勝手に開く。だったら手紙とその送り主を交換するまでさ」
 しとやかさを装いつつも高揚感を滲ませるその話し振りに、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
「……オマケは受け取れないわけね」
「そりゃそうさ。情報収集に使う物質だったんだろう?」
「せこい真似をするな、自分の足で見に来い、と言うのね」
「概ねそんな感じだ」
 ルーは広々と、傍から見たら小さな両手を開けた。
「だが今すぐ見てみろとはいかなくてな。手紙について聞きたいこともある」
 言葉を重ねようとした、その時。

「ミット!」

 高らかに唱えられる呪文と共に、玉座に何かが立て続けに撃ち込まれた。衝撃を受けて揺さぶられるも、ルーは軽々しく玉座に手を突いて肘掛けに飛び乗り、真横の入り口に向かって声を張り上げた。
「こらウィーア!」
 アーチ状にくり貫かれただけの入り口から、名前を呼ばれた少女が、悪びれもせずにひょっこり顔を出す。
「お取り込み中に狙撃をしてすみませんでした〜!」
「取り込み中でなくとも狙撃をするんじゃない!」
「は〜い!」
 敬礼の真似をしてから、少女は顔を引っ込めて、ぱたぱたと駆けていった。

「──さて。これから貴女の相手をするのは、随分とやんちゃな子供達なんだが?」
 へぇ、と彼女は口元を歪めてみせた。
「子供達って言った? 笑わせるわ。何百年も生きて、どこが子供なのかしら」
「体格は子供だろう?」
「地球ではね。そうよ、この国に外部の『子供』が紛れ込まなかった?」
 特に驚く素振りも見せずに頬杖をつくルーに向かって、彼女は淡々と告げた。
「彼を差し出してくれれば教えてあげても良いわ。あんた達の聞きたい秘密」
「誰のことだ?」
「とぼけないで。彼にはこう伝えなさい。デニアスフィーナ・ヒスクスフが追ってきたとね」

  *

  コーレニン北東部

 図書館での書物探しを終えた私達は、見つけた書物に関連しそうな魂系の行方を追っていた。
 館内から持ち出した魂の本を見て、ユイユが尋ねる。
「マホガニーだよね?」
 私は頷いた。紅色を表紙とするのはルーの魂系。
「ですが、彼らは固定の配置に就いていません。今でも単独で動き続けているでしょう」
 図書館会議に同席していたフッセに振り返ると、うんうんと首を縦に振った。一方で。
「『彼ら』? ルーの魂系の1代目はルー様でしょ?」
 だからマホガニーと行動を共にするはずがない、と言いたげだ。事情を知らぬ者なら当然抱くであろう疑問に答えるべく、私は口を開く。
「同行するのは337代目の方です」
 ユイユが余計にむつかしい顔をするので、
「この時代には、ルー、ルアン、ウェイウィーア、オシャーンの魂系の、337代目の方々も来ています」
 と、付け加えた。
「なんで?」
「さあ」
 はぐらかすわけでもなく、そうとしか答えようがなかった。
 前回彼らがこの時代に来た時は、エミウル・オシャーンが長の日記を捜しており、私は一時的に彼女と行動を共にした。日記を持っていたのはカシェパース・ルーだったが、彼の目的や、そもそも最初に日記を持ち出したのが本当に彼だったのか等、直接は知らされなかった。
 手掛かりになるとしたら、同時期に図書館で盗み聞いた、サントレット・ウェイウィーアの発言だ。彼の話によると、この時代で何かが起きるのだとオシャーンの日記で示唆されていたらしい。とすると、日記に関わった者達がこの時代を再訪するのにも納得がいく。
 問題は精霊混じりのプナハ・ルアンだが、図書館会議でのサントとのやり取りを踏まえると、彼女も日記に書かれた内容を把握しているのだろうと思われた。
 ここまで来ると、件の日記を参照するのが手っ取り早いのだが。後日に最終巻を読んでみても、該当する記述はみられなかった。推察はするものの、確証は得られない。だから、再来した337代目の目的を問われても、うやむやな返事しかできなかったのだ。
「気になるのでしたら、直接聞いてみては如何でしょうか?」
 と、提案するのがやっとだった。我ながら投げやりだと思ったが、
「そうしようと思っていたよ」
 という返事に胸を撫で下ろした。

 ユイユの専門である対話魔法は、物質とだけでなく、魔法族との遠隔対話も含まれていた。しかし彼は、後者を使ったことが、ほとんどないらしく。鐘の杖を両手でしっかり握ると、小さな声で『マホガニー』と呼び掛けた。
 その後、呟き声での対話が始まった。とはいえ、こちらには相手方の声は聞こえず、ユイユの話し声から内容を把握するのみ。やがて、互いの中間地点にある小部屋で合流しよう、と落ち着いた。彼らが歩くのは南東部。私達の現在地は北東部。合流地点は東部だ。

 目的地までの経路には、時空間移動の小部屋に面する廊下を避ける必要があった。それぞれの小部屋には、配置を割り当てられた魔法族がいるはずだ。前を通ろうものなら、一家揃って配置を外れたことがばれてしまう。
 道中にある小部屋の数は三つ。一旦細い廊下に入り、分担配置表を呼び出した。
「どうですか、フッセさん。この三名の専門はご存知ですか?」
「……えっと、織魔法、岩魔法、膜魔法」
 魂系名に指先を置きながら答えてくれた。
「ありがとうございます。1000代目は針魔法、砂魔法、融解魔法ですね。余程騒がしくしなければ気付かれなさそうですが」
 一般廊下の配置に就く魂系の名に、私は蕾杖の先を向ける。
「ここが気掛かりですね。後代が鏡魔法を専門としているので、死角であっても見つかる可能性が高いです。反響を利用した集音もされるでしょうから、もう気付かれているかも知れません」

 てっきり、彼らが頷きながら聞いているものと思っていたが。振り返って視界に入れた彼らは、ただ、ぽかんと口を開けていた。
「……まさか、これまで気にせずに図書館まで来られたのですか?」
 ユイユとフッセが同じような顔をして、肩を強張らせる。その後ろで、フォンエがばつの悪そうに頷いた。
「そうですか……。西部から北東部まで、最短距離でも間に就く魂系は七つ。いいですか。咎められなかったとしてもですね、見つからなかったとは限らないんですよ。この七魂系なら情報共有されている可能性は、」
 フッセをちらりと見ると、彼は首をぷるぷると横に振った。
「──低いでしょうけれど」

 しゅんと項垂れるフッセの横で、ユイユが小さく手を挙げた。
「思ったんだけどさ。何か言われても正直に話せば良くない?」
 つられてフォンエが、少しだけ高く手を挙げた。
「とは思うけどね? できるだけ事を小さくするべきじゃない?」
「私もフォンエさんに賛成します。全く見つからないのは難しいでしょうし、成功したなら分担配置を見直すべきです。しかし、遭遇する魂系数は最小限に留めたいですね」
 私は杖で分担表を叩いて消した。

 フッセによると、一般廊下に就く魂系の1代目は、金属魔法を専門にしているのだという。金属粉や、その摩擦によって発生する火花を扱うことが多いのだと聞いた。
 金属粉を扱う先代と、鏡を扱う後代。ふたりが組めば、微細な鏡面として扱うことが可能になる。空間を網羅する、無数の合わせ鏡だ。
 仕掛けを逃れられるのは、同じく金属を扱う者。幸いなことに、此処には金属の精霊がいた。私は『フォンエさん』と呼び掛ける。
「なあに。今、頼み込んでいるところ」
 彼女は天井を見つめて両手をかざしていた。
 いったいどうやって交渉しているのか。手法を聞いても、後で話すとの返事。
「内緒に突破する方法もあるにはあるよ。だけど、お互いの体力を磨り減らしている場合じゃないからね」
 そう囁く彼女は、まだ悩ましそうにしていた。担当魂系との交渉は難航しているらしい。
 彼女に倣って、ユイユも目を凝らしてみる。
「フッセの声を届けてみたら?」
 後ろでフッセがあたふたしながら顔の前で手を振った。必死な拒否の合図だ。彼がもう片手で天井と壁の継ぎ目を指すので見てみると、小刀がずらりとぶら下がっているのが目に入った。なんて物騒な光景だろう。
 精霊も同感らしく、慎重に交渉を続けるが、進捗は思わしくないようで。
「……癖字で悪かったね」
 と、苛立ちを滲ませながら呟いていた。

 さて、困った。私も、ここを守る魂系との交流は深くない。ユイユも同様らしい。フッセに至っては、魂系の長に怯えているとしか思えない。いちばん接点のないはずの精霊が、通行に向けた交渉をしている現状だ。
 非力ながらも加勢しようとしたところで、背後から予告もなしに両肩を掴まれた。悲鳴を上げそうになる私の代わりに、声の主が『ズィナくん』と囁く。
 すぐに手が離れたので振り返ろうとしたが、相手が一足先に、靴を踊らせるようにして一同の前に飛び出した。片足を軸にして、くるりと回ってこちらを向くのと一緒に、スカートにも見えるコートの裾が広がった。
「聞いて聞いて! オシャくんからの伝言だよー!」
 図書館の正面玄関を見張っていた、クオノだった。あとから後代のモンサシアが、ゆったりとした歩調でクオノの横につく。
「さっき図書館で見付けた本はこうだったよって、ルアンの姉さんに伝えてね、って」
 真っ直ぐに背筋を伸ばす後代の隣で、クオノが小柄な身体をわざと屈めながら、ズィナが腕に抱える本を覗き込んできた。
「その用事のついでにさ? お願いね!」
 こんな調子だが、図書館会議の内容はしっかりと聞いていたらしい。ルーの魂系と合流した時点で、『鍵』を通じてルアンの魂系と連絡を取れ、という意味なのだろう。

 承諾の返事をすると、モンサシアが、
「よろしくね〜」
 と言って、先代の手を取ろうとした。しかし彼は、
「モンちゃん、待って」
 と言い、こちらに背を向ける。
 彼は両手を口元に添えて、大きく息を吸い込んだ。直後、廊下に彼の声が響き渡る。
「この子達は大事なお使い中だから、叱っちゃ駄目だよー!」
 彼の視線の先を追ってみるが、人影らしきものは見えず、先程と同じく陳列した小刀が目に入るばかりだった。そんな光景お構いなしに、クオノは大きく腕を振る。どうやら、天井付近に件の魂系が潜んでいるのだろう。
 クオノが『通っていいよって!』と言うので、取り敢えずお辞儀をしてその場を去ることにした。

 道中、先の交渉についてフォンエに尋ねてみると、彼女はこう答えた。
「金属粉を使った合わせ鏡が、たくさんあったでしょ。あれの一部を透過しながら、文字で話していたんだよ」
 ここで枷になるのが、精霊という立場だった。先代も後代も、ふたつ返事とはいかなかったらしい。
「無闇に通しても私達が危ないだろうからってさ」
 不器用だなと思った。しかも小刀のほうがよっぽど危険だ。
 ここでフォンエは、力ずくで仕掛けを突破する方法も考えたのだと明かしてくれた。それは、すべての金属粉を透過して、鏡の機能を一時的に失わせるというものだった。
「でも向こうが混乱するだろうからね」
 あくまで手加減したのだと、彼女は話す。

 精霊の力は未知数だ。世界をも変えてしまえる程の魔力を持つ。と、過去に彼女はルーから聞いたらしい。
 実際のところは、精霊と魔法族のどちらの魔法が優れているのか、測りようがないので分からない。しかも、精霊といっても、皆が同程度の魔力を備えているのか分からない。ましてや、存在する精霊の数や、生まれて消えるまでの仕組みだって分からない。
 分かっているのは、どうやら精霊によって自然が健全に育まれるらしい、ということぐらい。それでさえも、魔法族が生まれるよりずっと前から精霊が存在していたというだけの、根拠とすら呼べない事実に拠るものだ。
 何もかも分からない存在と共に、この世界はとてつもない時間を歩んできた。何もかも分かったつもりだという姿勢で日々の指令に臨む私達も、結局は、何もかも分かろうと足掻いているだけなのだろう。
 それでも、一枚の片鱗でさえも手に取れたなら。時空の片隅の小さな孤島に生まれた私達も、迷い込んだ精霊達も、きっと救われるのだと信じたかった。

 救われるべきは、この国と共に生まれた小さな世界も同様だ。かつて、その世界には文明が興り始めていたらしいのだが、今となってはその面影もなく、資料と呼べそうな書物も内容を読めなくされている。
 文明は、健全ではなかったのだろうか。
 その世界は、文明を失っても良かったのだろうか。

 北東部を抜けて東部に入った時、『クオノから聞いた』と書かれた紙切れが落ちてきた。あれからクオノ達は図書館へと引き返しているし、先程の大声が直接届いたとは考え難い。北東部で使われていた鏡の魔法の恩恵によって、声を受け取ったと考えるのが妥当だろう。
 通行許可が降りたのを良いことに、私達は合流地点となる一室の前まで何事もなく到達できた。
 待ち合わせの相手は、失われた文明の是非について一体どんな答えを持つのだろうか。







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