時空橋編(11)
コーレニン西部 工房
扉を弱々しく叩く音に続く、
「ただいま、帰ったよ……」
という声。フッセの帰りを待ち侘びていたユイユが『おかえり!』と言った。
返事を受けて扉が半分だけ開けられるが、見たことのない魔法族ふたりと目が合って、フッセは小さく悲鳴を上げて扉の後ろに隠れた。少しして、そろそろと顔を出す。
「は、初めまして……フッセだよ。君たちは?」
呼び掛けられたふたりは、そう驚く事でもないのに、と顔を見合せてからフッセへと視線を向けた。直後に、『部外者』が紛れていたら確かに驚くよな、と再び顔を見合せて、改めてフッセへと向き直る。
「俺はフーラル・ウェイウィーア」
「リヴィエ・シューナだよ! 僕達999代目!」
フッセは別の意味で驚かされたらしい。明らかにリヴィエの苗字に反応した様子の彼は口を開こうとしたが、遮るかのようにリヴィエが続けた。
「こっちはテナさんだよ。他の時空から遥々、協力しに来てくれたんだ」
紹介を受けて、テナが前に進み出る。
「お初にお目に掛かります。ヴェイスから参りました、テナメリウェ・パシフットと申します」
予想外の展開に、フッセが怯えた様子さえ見せながら『ヴェイス……?』と呟いた。
「現在この国とルーベリーを狙っている組織、のある時空ですね。私は亡命してきた身ですが、不審な点がありましたら、いくらでもお尋ねください」
テナが苦笑してみせるも、どうやら逆効果だったらしい。表情が硬さを増す一方の、警戒心の高い先代に慣れているのは、最年少のユイユだった。
「テナさんは、他の時空から地球に来たひと達が、安心して旅ができるように助ける仕事をしていたんだ。僕も998代目のメイボセも、地球でテナさんにたくさん助けてもらったんだよ」
作業台でうんうんと聞いていたリヴィエが、大きく万歳をした。
「僕達ふたりも! メイボセさんのルポを読んで地球に憧れて!」
その横でフーラルが、余った根の糸を切りながら口角を上げる。
「実際に行ったからテナと会えた。まだ旅は途中だが、お前がいたからすっげー楽しかったぞ、テナ。ほら持ってけ」
そう言って修理の完了した杖を掲げるフーラル。椅子から降りて、目を少し潤ませているテナの前まで歩いて行った。
「ったりめーだろ。いくら仕事だっつっても、あれだけ一生懸命に助けてくれるヤツがいるか? お前は巻き込む人数を増やしたって後ろめたく思っているかも知れねーけどさ、ちげーだろ。お前はそれだけのヤツ達の夢や願いを叶えてきたんだよ」
テナの手を取り、杖を握らせる。
「この杖はその誇りだろ。最後まで使ってやれよな」
相手が大きく頷くのを確認すると、今度はフォンエに向かって呼び掛けた。
「場所を貸してくれてありがとな。俺達もう行くわ」
彼女は普段の調子で、にいと笑う。
「いーよ。また困ったら工房を使うがいいよ。鍵は開けておくからさ」
「だとさ。リヴィエ、テナ。行くぞ」
「はーい!」
三人を見送った後、フッセが取り乱した様子で振り返った。
「……って、工房から出るの!?」
隠していた訳ではないのだが、申し訳なさそうにユイユが話す。
「うん、さっき考えたんだけどね。ルー様からの指令では持ち場に就くようにって言われているけれど、どうしても解決しておきたいことがあって。今じゃないと駄目なんだ。フッセはどう思う?」
フッセは口元に拳を当てて考える。
「内容に、……よるかな」
「なら聞くだけ聞いてよ。フッセは『祈りの魔法』って知ってる?」
まさかの名前だったらしい。目をぱちくりさせたフッセは、少し考える様子の後、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「物に願いを託す魔法だよ。『こうなって欲しい』のにどうしたら良いか、わからない時に使う魔法。だけど僕はそれを上手く使えた試しがないし、他のひとにとってもね、合わなかったと言うか……」
ちらちらと視線を泳がせるフッセだが、やがて後代へと視線の先が定まっていく。
「ユイユ達もだと思うけど、僕達はルー様から、魔法も自然の摂理に従うのだと教わった。だから、それぞれの物事の仕組みを見つめながら魔法を使うよね。
だけど『祈りの魔法』の原理はよくわからない。わからないものを求めるよりは、手段を多く備えた方が早いよね。だから、ルーベリーから持ち帰られて長く経たない内に使われなくなっていったんだ」
「ルーベリーから……?」
「僕達の時代にはね、ルーベリーでも魔法を伴う文明が興っていたんだ。ユイユ達の生まれるずっとずっと前に文明は滅んだらしいけどね。どうして今、『祈りの魔法』を知りたいの?」
「この時代で使ったひとがいるらしいんだ。だけどその結果が、コーレニンもルーベリーも守らないといけないこの状況で……そのひとがどんな想いで使ったのか知りたいし、状況の解決にも繋がるかなって思うんだ」
「そうかいねえ」
横で聞いていたフォンエが割り込む。
「原因がどうあれ結果を処理するのはまた別の話だからね。すぐには解決できないとわかった上で、それでも調べたいって言うのなら、私は付き合うよ」
フッセも頷く。
「僕も同じだよ。どこまで行くの?」
後代が答えた場所は、図書館だった。フッセは思わず『図書館かあ……』と呟いた。
*
コーレニン図書館
長との会話を終えた後。階段を上がるなり、待っていたエミウルから声を掛けられた。
「頼まれ事があるんですって? 行ってきて良いわよ」
なんて聴力だ。長のぼそぼそとした話し声をも聞き取っていたらしい。
「古代語に関連するのなら、私は力になれそうにないの」
彼女は残念そうに、頬に手を当てた。
「だけどあなたの安全は確保しないといけないの。近すぎない程度に見守らせてもらうわね」
早速、書物探しを始めた。手始めにルーベリー関連の本がわかりやすく置かれる書棚をと思ったが、元々の冊数が少ないので専用の書棚はない。
しかも、本に書かれる内容を具体的には知らないのに、それぞれの書棚に散らばった本を歩いて探すのは、あまりにも非効率だ。
探知魔法でも使うか。蕾杖で床を叩き、魔法陣の基となる同心円を出現させる。さて、中に配置する符号をどう定義するかと思案し始めた折、玄関から何やらやり取りが聞こえた。
すぐに杖で床を叩いて同心円を消し、早足で階段を降りて現場へと駆け付ける。そこで、同世代の友人が図書館の主を見上げて熱心に懇願する光景を目の当たりにした。
「お願いだよ!」
「駄目」
「そこを何とか!」
「駄目」
「でも……」
傍ではクオノが『だから駄目かもよって言ったじゃーん』と半笑いで茶々を入れ、その彼を後代のモンサシアが窘めている。
友人が私の姿を見つけると、助けを請う眼差しを注いできた。そうでなくとも助けに入るつもりだったので、長の後ろから『どうされたのですか?』と声を掛ける。
「……ズィナと話がしたいらしい」
振り返った長の、真剣な顔つきから出された返事に、私は思わず拍子抜けする。
「良くないですか?」
「どこで」
元々しかめ面の彼だが、共に過ごす内に微々たる変化がわかってきた。彼は今、とても嫌そうな顔をしている。
「図書館にも、入れられない。……外に出すのも憚られる」
「ですが、」
平行線だ。理論の皮を被った感情論での主張には、理論で返したところで意味がない。
せめて。
「ユイユさんのご要望を聞かせてください」
妥協する気になったのか、長は渋々と客人に話を促した。
この機会を逃すまいと、ユイユが精一杯の熱意を湛えながら口を開く。
「『祈りの魔法』をズィナが知っているのか、それとも知っていそうなひとに繋げられるのか、そうじゃなくても、図書館に誰か知っているひとがいたら、教えて欲しいんだ。いまコーレニンを狙っている組織とのやり取りにも関わってくるんだよ」
ユイユが何を言わんとしているのか、すぐにわかった。その組織からの手紙がコーレニンに届いた時、本当にその手紙を欲する者へと渡ることを願って、ひとりの魔法族が祈りの魔法をかけたのだ。
私はその出来事を、身体を先代に乗っ取られていた頃に『影』の中から眺めていた。魔法を使った本人こそが、魂系1代目のシューナだったのだ。
ユイユがどういった手段でその情報を得たのかは不明だが、話し振りから察するに、魔法を使ったのが誰かまでは知らないのだろうと判断できた。手紙という単語を敢えて出さずにいる辺り、情報源としてはルーが有力だが。
訝しく思いながら長の肩越しにちらりと廊下を見ると、ユイユの他に先代のフッセと精霊のフォンエの姿が目に入り、疑問が即座に払拭された。一家揃って工房を離れてきたらしい。
私は迷った。シューナを売ることはしたくない。彼に繋ぐと、必然的に乗っ取りの件にも触れざるを得ない。だから魂の本を使うという選択肢は外される。
となれば浮かぶ方法はひとつだが、図書館を離れる必要がある。長は許さないだろう。
だが今は、自身もユイユの協力を求めている。長を経由して他魂系から依頼された書物探しだ。物は試しだと腹を括り、『提案なのですが』と持ち掛ける。
「対話魔法専門のユイユさんにご協力いただければ、書物探しの効率が上がるものと思われます。彼に協力を仰ぐ形になるので、私も彼の力になりたい。ですから、図書館からの一時的な離脱を許していただけませんか?」
「……対話魔法の使用は」
「今の私には到底無理です。私の知る限り、1000代目でこの魔法を確実に扱えるのは彼だけです。それに対話の結果が如何なるものであろうとも、彼は嘘をつきません」
しばしの無言の後、長は『本は嘘をつく事もある』と呟いた。だから却下されると思ったのか、眼前のユイユは肩を縮めていたが。
「……正しさへも誤りへも、……他の如何なる答えにも導かれ得るのが、書き手を離れた本だから。 ……判断は、慎重に」
どうやら許可が降りたらしい。
「フッセ」
鋭い視線を直に受けて、名前を呼ばれた先代が声のない悲鳴を上げる。
「……手助けをして」
ユイユに手を向けながら長が告げる。判断の助けという大仕事を求められたからだろうか、フッセは自信なさげな色をちらつかせた。そこへ長が淡々と続ける。
「嘘を見抜けるから」
頷くのも首を振るのも躊躇うフッセに、長が畳み掛ける。
「できるから。して」
「……わかった」
覚悟を決めたのか、フッセは大きく頷いた。
「それから」
長の視線がフォンエに移る。
「本に居つく精霊との対話の補助」
彼女は一瞬だけ、間の抜けた表情を見せた。
「いいの? 私が誰だかわかってる?」
「……精霊同士で話が通じるのかは知らない。できないなら、何もしなくて良い。……ただ、このふたりからは離れないで」
工房一家が図書館の中へと立ち入るや否や、長は閉めた大扉に背を向けた。
彼のビリジアンの瞳が鋭く深く、私達を捉える。
「今から館内に結界を張る。制限時間は灯りがひとつ消えるまで。未達成なら別の手段を検討する」
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