時空橋編(10)
コーレニン西部 工房
「いーよ、入りなよ」
とのフォンエの声を受けて、帰ってきたテナが中へと入る。
「呼びに来てくださったのに、遅くなってしまってすみません」
大広間から戻ってきたばかりのユイユが口を開こうとしたが、代わりにフーラルから声が掛かる。
「構わねーよ。どのみちまだ杖は完成できねーし。何か進んだか?」
「お互いに持つ情報の交換をしてきました。その上で方向性の確認をした段階ですね」
「ルーはお前に何かしろって?」
「今の時点ではその要請はありませんね。相手の出方が分からない以上、どうしろと言えないのだと思います。強いて言うなら、魔法族の何方かと行動を共にすると良い、というぐらいですね」
「そーか」
溜め息の後、フーラルは箱をテナに回す。
「今の段階での使い勝手を確認してくれ」
蓋を開けて露わになったのは、元に近いところまで形を取り戻した杖だった。杖の表面を辿るのは、規則的で緻密な縫い目。花の根や、かつての飾り羽根から紡いだ糸で縫われたものだ。
手に取ってみて、大丈夫だと確信した。
杖で弧を描くと、すぐに杖の先に明かりが灯った。
「問題はなさそうです」
「ならこのまま仕上げに入るぞ。もう羽箒にはできねーだろうけど我慢してやってくれ」
「我慢も何も、……杖をまた使えるんですから。ありがたいです、本当に」
テナは箱に杖を入れてフーラルに返した。
再びフーラルが修理作業に取り掛かる。その横で、リヴィエが根を裂きながら『まだ足りる?』と聞いていた。
思えば、ふたりで調理をする時も、リヴィエが下拵えをしてフーラルが料理に仕上げていた。他のことだってそうだ。リヴィエの思い付きを、フーラルが具現化して。フーラルが困ると、リヴィエが然り気なく手助けをして。この関係が何百年も変わらず続いていって。そこに幾度となく救われてきたテナは、改めてルーの言葉を噛み締めた。
*
コーレニン北東部
ルーベリーについての文献を探すべく、図書館付近まで来たのは、ルアンの魂系の三名。長のルアンは、
「何かあったら私の所に来てね」
と言って後代ふたりを残し、正面玄関へと向かう。
図書館の外壁には、木枠に嵌め込まれた縦長の磨り硝子が並ぶ。玄関扉には、木枠が細かく集まっていた。しかも扉自体が、魔法族の背丈よりもずっとずっと大きい。百万年近くに渡って毎日、誰かがこの重い扉を開けたり閉めたりしているのだから、大したものだ。
ほんの数秒の内にそんなことを思いながら、扉の取っ手に触れようとしたその時。
「ルアンちゃん? どうしたの?」
木枠の色より赤っぽい目をぱっちりと開けて声を掛けてきたのは、同世代の魔法族だった。灰桜色の短髪を器用に頭上で編み込んで、周りの髪は柔らかく遊ばせてある。小柄な彼を見下ろして、ルアンは瞬きを繰り返した。
「クオノじゃない。中にいるかと思ったわ」
「いるのはオシャくん一家とズィナくんだけだよー? パルくん達は裏口を、ボクとモンちゃんはこっちの玄関を守るんだ」
「オシャーンがそう決めたの?」
何気なく尋ねると、クオノは首を横に振った。
「案を出したのはボク。オシャくんもパルくんもいいよって。本が欲しいひとに届けたり、中のオシャくんに繋ぐのが役目なんだよ」
「……つまり、図書館には入れないのね?」
「そうそう」
図書館の主とも言えるオシャーンのことだ。予想できた展開とはいえ困ってしまう。
「担当で決めたのなら仕方ないわ。オシャーンに繋いでくれるかしら」
「いーよ」
クオノが両手で取っ手を持って、大きな扉をよいしょ、と開けた。
「オシャくん、ルアンちゃんだよー」
小さな身体からどうやって出すのだろうと思うぐらいに、大きくて通る声。呼び掛けを耳に入れたオシャーンがすぐさま足音を立てずに現れ、自身より少しだけ背丈の高いルアンを真顔で見上げた。
これが彼の素の表情だ。決して怒っているわけではない。わかっていても、身の引き締まる思いをする。
「忙しいのにごめんね。調べたい事があるから協力して欲しいの」
図書館の主を務める事になった彼は、吊り上がった眉を更にひそめた。
「……何」
「1代目でルーベリーに行っていたひと達が記録を残していたでしょう? 今の時代では、ルーベリー語で書かれた記録が四、五冊ぐらいしか残っていないんですって」
向かい合う彼の眉が、左右で吊り上がり方を変える。
「……少ない」
「そうなの。明らかに減っているでしょう? もしかしたら他の言語に書き換えられているか、でなかったら処分されているかも知れないんだけど、どちらなのか調べる必要があるの」
「……方針?」
ルアンは大袈裟に何度も頷く。
「書き換えるとしたら、この国の誰かで間違いないはず。だとすると、その目的によっては今回の件、今後の方針に大きく関わると思うの」
オシャーンは暫し考えてから、
「……こちらで探す」
と答えた。
「手間を掛けさせてごめんね。結果のお知らせを待っているわ」
ルアンが手を合わせながら首を傾げると、オシャーンが小さく頷いて返した。
近くの角まで歩くと、嘘みたいに木枠が見えなくなった。代わりに周りの壁を埋めるのは、滑らかな石の肌。こちらの足音が微かに反響したようで、慌てた様子でプナハが飛び出してきた。
「ど、どうでしたか!?」
「図書館には入れてもらえないみたいね。でも協力はしてくれるそうよ。……ラィは?」
「えっと、あちらの柱の裏に隠れてしまって」
プナハが手を向けた先で、ラィが頭を覗かせた。
「ごめん」
他世代も来ているとなると、さすがに自身の見た目が気になったのだろう。ルアンが近付き、『なるべく近くにいてね』と穏やかに伝えると、彼はしっかりと頷いた。
*
「ズィナ」
名前を呼ばれて手摺から階下を覗くと、居候先の長がこちらを見上げて立っているのが見えた。彼の張り上げた声を聞くのは初めてで、誰が呼んだのかすぐには分からなかった。
長はそれきり口を閉じたまま動かないので、こちらから用件を聞きに階段を下りる。
長の前に立った時、彼は普段の大きさに戻した声で、
「……古代語は」
とだけ言った。読めるか否かの質問なのだろう。読めます、とだけ返すと、彼は『依頼』と言って、メモ書きを寄越してきた。
1000代目において古代語を読める者はほとんどいないが、私は先代の遺した資料を読み解く上で、必然的に古代語を覚えていった。そのため、魔法の仕組みに関しては速く読めると自負するが、メモ書きに記されたのは行ったこともない土地に関する書物の題名や中身であった。
依頼は、それらの書物を探すこと。しかも、ルーベリー語で書かれている可能性が極めて低い上に、古代語である保証も、ましてや書物自体が現存している保証もないのだという。
いっそ同世代の、対話魔法を専門とする魔法族の力を借りて、書物達に直接呼び掛けられたらと願った。
時は少しばかり遡る。
図書館内の書棚の配置を大まかに確認した後、私とエミウルは二階で、オシャーンとララーノは一階で、細かい配置を見て回っていた。
その最中、共に歩く彼女がぽつりと呟いた。
「万一に書物が相手の組織に渡ったとして、向こうはルーベリー語を読めるのかしら?」
返事をする前に、呼ばれて降りてきてしまったが。彼女はじっと、手摺りの傍からこちらを眺めて待っていたらしい。
さて、受けた問いに何と答えるべきだろうか。
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