時空橋編(8)
箒専用通路内 サントレットの仮住まい
「ねぇ……あんた達、危機感とかないの? コーレニンとルーベリーが危ないんじゃなかったの?」
呆れ顔をしたベベルの前では、長のひとりであるウィーアと、先代337代目であるサントレットが、絨毯の上でごろごろしながらお菓子をつまみ、
長の片割れであるウェイが、座ってにこにこと見守りながらお菓子をつまみ、
ハルテの魂系三名が、ふかふかのクッションを投げ遊びながらお菓子をつまんでいた。
「危機感? あるよねぇ」
蒸籠の蓋を開けて、湯気と共に包子の良い匂いを漂わせながら、サントがのんびり答える。
「そーだよ! 危機感があるからこそこうして腹ごしらえをしているんじゃん、ねー?」
同調しながらウィーアが、片手で次のクッキーを掴みながら、器用にもう片手で別のクッキーを口に運んだ。
「わかるけど私はベベル寄りかな。お菓子はおいしいよ?」
ウェイが小皿にカステラとマシュマロを取り分けた、その直後。双子のレイミンとロイシン、長のハルテが足音を立てて振り返る。
「そうよベベル! 今回の出来事はあくまで日常+αなんだから! 日常こそが大切なのよ!」
「その日常を守るのがあたし達の役割なんだよねっ!」
「では二度目の発表です! ハルテの魂系の分担で、ウェイウィーアの皆さんにもお願いすることになったのが、」
「「「便利屋さん!!!」」」
三名がポーズを決める勢いで小皿のカステラが倒れると、ウェイが笑顔のまま小声で言った。
「つまりは雑用係よ」
何事もなかったかのようにカステラを立て直し、さっくりとフォークを入れ始めた。
「悪く言わなくて良いのにねぇ。さてと」
サントが体を起こしてベベルに向き合う。
「こうした異常事態の間にも、コーレニンやルーベリーに『いつも通り』のトラブルは起き得るよね。場合によっては地球への干渉も続けるんだってさ。他のみんなが普段通りの実力を出すには、裏で支援するひとが必要なんじゃないかな?」
「誰かがやらなきゃいけないのはわかっているし、別に不満もないわよ」
不満があるとしたら、この部屋いっぱいに漂う、緊張感のなさだ。
サントはそれを理解した上で、そうじゃない、と首を横に振った。
「僕達が支援するのは体を動かすこともなんだけど、心も無視したくないんだよね」
「あたし達は機械じゃないからね! 張り詰めっぱなしだとへこたれちゃうもん!」
ウィーアがビスケットを囓りながら加勢する。その間にも、サントは次の包子に手を伸ばしていた。
「だからね。僕はルー様の言ったこともするし、他のひとから言われた手伝いもするし、必要ならご飯やおやつも配達するし、気分転換の話し相手にだってなるつもり。ベベルを守りながらね」
突然、見透かしたように見つめてくるものだから動揺した。
「……私を?」
サントはさも当然だと頷く。
「ルーベリーへの『鍵』を持っているんだよね。ベベルにとって大切なものが、そこにあるからじゃない? でなかったら、とっくにルー様に返しているはずだよ」
『鍵』を入れてあるポケットに、ベベルは手を当てたまま息をのむ。そこへ、サントが柔らかく笑いかけた。
「力にならせてよベベル。先代として、後代も、後代の大切なものも守りたいからね」
次いで、ウィーアが高々と手を挙げた。
「はいはーい! だったらあたしは魂系の長としてサントもベベルも守るー!」
「わたしもウィーアに賛成するね」
ウェイがフォークを上に掲げると、今度はレイミンとロイシンがウィンクをしながらピースサインを向けた。
「私達がいるのも覚えていてね?」
「ハルテの魂系、すっごく頼もしいんだから!」
「そうと決まったら、ルー様から早速届いている指令書を整理するよ〜!」
ハルテが笑顔で指令書を開くと、その長さに一同から歓声が上がった。
戸惑いを含んだまま空気と気分を盛り上げているだけだと察したハルテは、笑ったまま眉尻を下げた。
*
コーレニン南部
地図を頼りに、カシェパースは後代の部屋へと辿り着く。
呼び鈴と思しき道具に触れると、すぐに反応があった。
しばらく待った末に、ようやく扉が開かれる。その向こうには、息を切らしながら作り笑いをしようとして、こちらの顔を見て笑いきれないまま固まった後代の姿があった。
「……ルーから聞いたよ。当面はカシェと行動を共にするようにって」
「それで?」
「よろしくお願い……します」
「それだけか?」
「先代達の会議にカシェも参加したそうだよね。全体としてと魂系として、ふたつの方針について教えてくれない……かな」
こちらが無表情で見つめていると自信が失せていくのか、次第に彼の視線が泳ぎ始める。
話す内容は妥当なのに。全く愉快な後代だと思ったが、今の状況では心配の種にしかならない。
彼の口元が引き締まったのは、こちらがついた溜息の意味を誤解したからだろう。
「伝えたい事は二点。聞きたい事は一点。込み入った内容になるからお前の部屋を貸してくれ。相当広い部屋なんだろう?」
こちらの薄ら笑いによって、相手の喉に冷たい空気が一筋通ったらしい。
「ま、……まあね」
言葉を濁しながらも、先程よりは聞こえの良い声だった。
彼の部屋の総面積は、確かに広い方だ。しかし構造は何層にも渡り、梯子や階段を使って昇降する必要があった。
息を切らすのも頷ける一方で、息を切らすぐらいなら引っ越せば良いのにとカシェは思った。
まったく、まだよくわからない後代だ。横目に見える家具や小物類の数々は、共感できる物と、自分なら選ばないであろう物と様々であった。
最下層まで降りた時、思わず目を見開く。壁を埋め尽くすほどの棚に並ぶ、膨大な数の小瓶に圧倒されたからだ。中には陸空海、あらゆる風景が仕舞われていた。小瓶の並ぶ光景に、それぞれの小瓶の中で息づく景色。それらは、この部屋がまるで別世界との間にあるかのように思わせる。
マホガニーは小瓶について、ルーベリーの景色を容れた『記録魔法瓶』だと言った。棚のない所には額縁が掛けられているが、中にあるのは絵画ではなく、薄く平らな『瓶』なのだそう。
棚に並べられた小瓶は、形も大きさもばらばらで、収められた景色の場所も色彩も、まるで揃える気がみられない。それなのに無闇やたらに多い物量は、縋るような必死さをも感じさせた。
彼は何のために、双子の時空とを行き来しているのだろう?
彼はこれらの『記録』を、どうしたいのだろう?
「ルーベリーへ行き始めてから五、六年ぐらいか」
彼はすぐに頷くが、口を閉じたままだった。
「ルーベリーとの行き来を部分的に許されたのは、旅の後だったそうじゃないか。規則を破ってまで、命の危険を冒してまで、この国を出る程の理由でもあったのか?」
彼は静かに首を横に振った。
「閉ざされていた筈の『時空橋』が開いた時に巻き込まれたか」
彼のプライドに触れたのだろう。注視しなければわからないぐらい、小さな頷きを見せる。
「魔法が作用すればどうしようもない事だってある。理由もなしに異世界へ放り出されて、一年以内に戻って来られたのなら上出来だ」
少しばかり、彼の肩から力が抜けた気がした。そこで、魔法を仕掛けた側に理由があった可能性を伝えると、再び肩が強張ってしまった。
「今は自分の意思で行き来しているのか?」
一度頷いた彼は、ここでようやく口を開く。
「現地調査の『指令』として行くことが多いけれど、僕は喜ばしくも誇らしくも思っているよ」
「……そうか」
与えられた境遇で、こんなに明るく生きられるものなのか。
選んだ境遇でさえ後ろめたさを感じる立場からすると、あまりにも眩しくて理解しきれなかった。
何百回も生まれ変われば、受け容れられるようになるのだろうか。
或いはこの先の何百年の内に、受け容れられるようになるのだろうか。
考えても無駄だ。わかりようがない。
「前置きが長くなったな。本題に入る。まず、全体の方針だ。ルーからの指令は、ルーベリーとコーレニン両時空の保守。相手の出方がわかっていないが、相手とルーベリーの中継地点になり得るこの国を、各魂系で分担して内部から見張るそうだ。大広間と時空間移動の小部屋、それぞれに分担が就いている分、他の配置がまばらになる」
質問がないので次に進む。
「二つ目は俺達の方針について。ルーの魂系は単独行動をとる。離れることなく、且つ一箇所に留まらず、大広間にも近付かない。理由はわかるな?」
「ルーベリーとを繋ぐ『鍵』を持っているから?」
「そうだ。だからこそ、お前に聞きたいことがある。記録魔法瓶を手放さないか?」
思わぬ宣告だったのだろう。マホガニーが絶句する。
答えるどころか、聞き返しもしない。時間の無駄だと判断し、再度、ゆっくり問い掛けた。
「ここにある記録魔法瓶。手放すことはできるか?」
彼は苦い表情で唇を噛み締めていた。手放すなど過去に一度も考えなかったであろう小瓶達に囲まれて、それでも、できないとは言わなかった。
代わりに出てきたのは、『なぜ?』という質問。頭では理由をわかっているのに、納得したくないのだろう。だからといって、立ち止まれる程に甘い状況ではない。
「言ったろ。相手の目的はルーベリーにもある。尻尾を掴まれるのは避けたいだろう」
「……瓶を隠すのは駄目かな」
「どこにだ? 他の持ち場に掛かる負担を増やすつもりか? ルーベリーに送るにせよ、時空間移動をさせるのだから相手の思う壺だろう? この部屋ごと手放すなら、結界を張るぐらいは協力してやらんでもないけどな」
待ってみるも、言葉が返ってきそうにない。
「手放すとしたら過去か未来、どちらにするのか聞いている」
答えられない彼の代わりに、天井から一枚の紙片が落ちてきた。
「おっと、指令書か」
机に着地する前に掴んで目を通す。
読み終えてマホガニーに手渡すと、彼は視線を落として字面を追い始めた。
彼の目の動きを眺めながら、今後の行動について思案する。図書館会議で得た情報や、決定事項に基づく判断から、大きく逸れはしないようだ。とはいえ、対立する組織の実情や、予想だにしなかった来訪者の存在といった、新たに示された情報を絡めて考え直すべき部分もある。
いずれにせよ、この部屋にある記録魔法瓶が危険分子なことに変わりはない。相手はとにかく情報に飢えているのだ。
もし、必要な情報が揃っていたのなら、1000代目が一人立ちをする前に両時空を叩いていたはず。地球やルーベリーへの日常的な干渉に加えて、子供達の世話で手一杯のルーなら、今より簡単に落とせただろうに。
そんな現状を頭に入れた上で、瓶の所有者はどのような判断を下すのか。
待ち侘びた末に顔を上げた彼が口にしたのは、
「僕は未来を選ぶよ」
と、こちらの望む結論だった。
しかし、続けて聞かされたのは、
「そのために、過去を活かしたい」
と、耳を疑う決意だった。
「これらの記録魔法瓶を、取引の材料にできないかな。情報としての価値が失われたなら、向こうや、関与する機関が手出しをする理由もなくなると思う」
彼が何を言いたいのかはわかる。しかし、一歩でも間違えれば、両時空が搾取される要因を作りかねない。きっと、わかった上で言っているのだろう。まったく、とんでもない後代だと思った。
そんな彼は、こちらの心境を意に介することなく話し続ける。
「ルーにほとんどを預けようと思う。相手と直接やり取りできる立場に託した方が確実だろうから」
曰く、共通項のある記録物については、部分的にマホガニーが持ち運ぶのだそうだ。項目ごと抜け落ちていれば意図を勘ぐられかねず、あくまでパズルピースが埋まらない程度の状態を保つのだという。
「玉座の裏に入れる分と、その下の石段に埋め込む分、それから僕が持ち運ぶ分。分類作業をカシェも手伝ってくれないかな」
心が決まるや否や、堂々と面倒な頼み事をしてくる。本当にまったく、とんでもない後代だと思った。
分類作業は、二手に別れて行う運びとなった。俺は自己判断で勝手に仕分けて良いらしい。後からマホガニーが確認するとのことだった。
始めに、瓶と一緒の棚に入れられている書物や雑貨類を出して、床の上に積み上げる。一枠あたりの収容量を確保したところで、瓶を七つずつ取り出す。宙に浮いた状態のまま、関連性のありそうな瓶を集めて棚の各枠へ入れていき、これを繰り返す。当然、すべての作業には魔法を使った。
途中で何度かマホガニーが確認に入り、俺は都度の時間を休憩に充てる。三度目の確認を終えた時、彼が額を袖で拭いながら口を開いた。
「不思議だよね。ルーベリー行きの許されていた時代は文明が滅びる前だし、文明が湖に沈められたことを知るのは、ごく一部の魔法族。向こうのひと達は、どうやって遺跡の存在を知ったんだろう」
「魔法を使っての観察の成果だろう。文明が湖に沈められるぐらいに大きな動きなら把握し得るだろうさ」
ちょうど、遺跡に関する記録物の確認を終えたところだった。
会話はすぐに終わり、再び作業に取り掛かる。彼は自身の仕分け作業とこちらの確認作業を行ったり来たりで、ちっとも休んでいない。
休憩を勧めたが、
「時間がないから」
の、一点張りだった。仕方がないので、三つの行き先ごとへの分類を引き受けて、半ば無理矢理に休ませた。倒れるまで気付かない振りをするのは、俺の幼馴染とそっくりだった。
やがて彼が最後の確認作業へと入る。体力や集中力が危うくなることなく作業が完了した。棚にずらりと並んだ瓶の集まりを、ふたりで一望する。これはこれで、圧巻だった。
*
コーレニン東部 食堂
机を挟まず椅子だけを集めて、ルアンの魂系の三名が膝をつき合わせて座ったまま、この先も長い沈黙が続くのではと思われた。
そんな重たさを感じたのも束の間。難しい顔をして考え込んでいた長のルアンが、ようやく口を開く。
「図書館会議の結果として、ルアンの魂系は分担に就かずに動くことになったわ。相手の目的も、どうやってコーレニンやルーベリーに干渉するつもりかもわかっていないの。……ううん、わかっていなかったの」
彼女の手には、一枚の紙片が力を込めて握られていた。
「相手は、このふたつの時空について知りたいみたい。特に、魔法に関するものと推測されているわ。
追加で届いた指令書には、徐々に掴まれ始めた情報が書かれているけれど、そこに精霊に関する内容は見当たらないのね。
だからといって油断はできないし、ラィはルーベリーとの『鍵』を持っている。
相手は直接この国に来ないだろうとされているそうだから、どう守るかを悩んでいるところね」
「そうすると、お相手は魔法を使ってふたつの時空を調べようとしていて、それを阻止する……のでしょうか?」
プナハが長と後代を交互にちらちら見ながら尋ねる。
「他の魂系がね。私達は逃げる側よ。
ただ、全部で72しかない魂系数で、小さなこの国ですら網羅しきれるはずがないの。動き続けても立ち止まってもリスクが伴うわ。
それに相手の出方を確定できない以上、固定の分担に就く魂系も、せいぜい監視止まりでしょうね」
髪をかき上げたルアンの手が、力なく彼女の膝に落ち着いた。
「危ないと思われることを減らせば良いのですね……。ラィさんの持っている『鍵』をルー様に返すのはどうなんでしょうか?」
プナハからの熱心な視線を受けて、ラィが申し訳なさそうに答える。
「できない。ルーベリーを守れなくなっちゃうから」
困った顔をしながら、顎をローブの襟に埋める。
「……どうやって守るのかとか、考え足りないところも多いと思う。だけど、他のひとよりきっと、今のルーベリーをよく知っているから」
「今の、……ね」
ルアンが天井を見上げながら息をつく。
「1代目の当時は、ルーベリーへ行くのが許されていたの。現地へ行った魔法族の中には、住民との交流を深めたひともいたわ。
図書館に、ルーベリーに関する本があるでしょう? 何冊かは、その内の数名が書いたものよ。
私も行ったことがあるし、当時の情景も覚えているけれど、何十万年も経った今がどうなっているかは答えられないのね」
両膝を手で握りながら、プナハがラィに視線を送る。
「本、ですか……読んだことありますか?」
「ほんの四、五冊ぐらいなら。ルーベリーの本はもっと多いんだけど、題名が読めるか読めないかぐらい」
返事を聞いて、横からルアンが『そういえば』と切り出す。
「個人的にルー様から聞いたわ。今の世代では『古代語』が使われていないんですってね」
「古代語!? 何ですかそれ!?」
咄嗟に両手を挙げながら慌てふためくプナハを余所に、ラィが襟に顎を埋めたまま首を傾げる。
「読めるひとはいるんだけど、訳あってか読み方を教えてくれないんだ」
「使われていないのに!? どういうことでしょうか!?」
傾いてきた後代の帽子の先端を避けながら、すっかり挙動に落ち着きがなくなったプナハは、今にも椅子から転がり落ちそうだった。
「プナハには後で事情を説明するわ。先に引っ掛かりを解消したいの。
1代目が遺した中で、今も使われているルーベリー語で書かれた本は、少なくないはずなの」
「うう……待ち遠しいです……。本自体は残っているのでしょうか? 誰かが題名も中身も別の言語に書き換えてしまったのでしょうか?」
「調べる必要がありそうね。誰かが意図的に、本または『内容』を隠してしまったのなら、今回の一件を踏まえても無視できないと思うの」
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