時空橋編(7)

  大広間

 急ぎ足でテナが戻ると、ルーが意外だと言わんばかりの顔を見せた。
「早かったじゃないか」

「現在、フーラルとリヴィエさん、そして工房の皆様に杖の修理をしていただいているところです」
「そうか。直る見込みがあって良かったな」
「えぇ、本当にその通りです」

「では本題に入ろうか。聞くまでもない事だろうが、この国に来た目的を聞かせて欲しい」
 話し振りからして、相手がどこまでテナの事情を見透かしているのか未知数だ。元々隠すつもりなどなかったが、どこまでも正直でいて構わないだろうと判断したテナは、率直に答える。
「コーレニンとルーベリー両時空の保守に協力するためです」

「取引所本部の計画を踏まえて、敢えてこちらに荷担するわけか。どれだけの者が計画を知っているんだ?」
「ごく限られた上層部ぐらいですね。私が把握しているのには理由があるのですが、……ルー様は、メイボセさんと、フーラルさんとリヴィエさんについて、どこまでをご存知なのでしょうか」
「たびたび国を抜け出して地球に行っていた、ぐらいだな。いつも何か面白そうなことをしていたみたいじゃないか」
「そうですか、筒抜けなんですね……」
 苦笑するテナの前で、ルーがふんぞり返る。きっと魔法族の前でも、同じような身振りをしているのだろう。
「当然だ。ヴェイスの動きも大まかになら把握していたさ」
「さすが、以外の言葉が浮かばないですね……。本来なら、前もって詳細をお伝えできれば良かったんですけどね。999代目のおふたりに書状を預ける形であっても、本部に内容を掴まれないとは限りませんから」
 苦笑が、それこそ苦みを帯びてきていると、自覚しながらテナは話す。

「ルー様はご存知でしょうが、私が計画を知っていたのは、取引においてコーレニンを担当していたからなんです。お三方からは、両時空について色々とお話を伺っておりました。どちらの時空も、ヴェイスが良い様に利用するには、あまりにも勿体ない。私は本部の考えを、とても許せずにいました。
 このたびは、本部を裏切る形になると理解した上で、私個人の感情を優先して行動した次第です。本部ではもう、私は犯罪者に位置づけられており、必要とされてもいません」

 表情を変えずに耳を傾けていたルーは、話が終わると。
「……そうか。そうまでして、この国とルーベリーを守ろうとしてくれているんだな」
 柔らかな声色でこう答えた。僅かに細められた目が、テナを丸ごと見つめる。
「不思議な気持ちだ。魔法族や精霊の協力が欠かせなかったとはいえ、私ひとりで両時空を守ってきたものだと思っていたのに。
 地球でもない全く他の場所で生まれながらも、小さなふたつの時空を知り、更に大切に思ってもらえてまでいたんだ。これほど嬉しくて報われることがあるか?」

 思い掛けない返答に、テナは言葉を詰まらせる。
「私は、……そんな大それたこと、……」
 少なくとも百万年は生きてきた支配者だ。経験も立場も違いすぎる目の前の相手が、ちっぽけな自分ひとりの想いを、こんなに丁寧に掬い上げてくれるなんて。返すべき言葉を無理に紡ごうとする様子を見て、ルーが手を振った。
「いいんだ。試すような真似をしてすまなかったな。国を挙げて、テナの想いに応えるとしよう」

 魔法族ひとりひとりに対しても同じだったのだろうか。
 千年ずつ生きてきた、ひとりひとりに対しても、こんなに真っ直ぐ向き合い続けてきたのだろうか。
 それは、これまで出会った彼らを見れば明らかだった。

 すれ違うこともあっただろう。反発を受けることもあっただろう。それでも見守り、理解しようとし続けてきたのだろう。
 どうして、目の前のたったひとりの支配者は、実の子でもない魔法族の皆を、それ程までに大切に育ててきたのだろうか。
 この国に生まれたから? それだけで?

 相手がどれだけこちらを理解していようとも、こちらは相手をきっと理解しきれないのだろうし、させても貰えないのだろう。そう思うと、少し寂しくも感じた。ただ、相手の望む距離感を尊重したいと思った。

 テナの考えが着地するのと時を同じくして、ルーが『さてと』と、手を叩いた。
「互いの意思の確認が済んだことだし、今度は互いの持つ情報を共有しようじゃないか」
「そうですね。先に私の知る情報と、工房で伺った事についてお話しさせてください」
 まず、テナが持っていた情報。
 千年以上前から、取引所の本部が両時空に目を付けていたこと。
 ごく限られた魔法族が、密に地球を訪れ始めたのを良いことに、テナを通じての情報収集に踏み切ったこと。
 テナは当初から本部の思惑に賛同しかねていたが、担当を外れると却って両時空を守れなくなると判断し、情報を選別しながらの報告を続けていたこと。しかし、本部に諦めさせるのは叶わなかったこと。

 関連して、本部に伝えた情報。
 コーレニンに住む者の寿命は、ヴェイスでいう長命系の種族と同程度である。
 魔法を使える彼らは、自らを魔法族と呼び、他の種族には精霊などがいる。
 精霊については、ほとんど知られていない。
 コーレニンとルーベリー間のルートは閉ざされている。そのため、ルーベリーについてもほとんど知られていない。どうやら、自然が多く残る土地だと言われているらしい。
 魔法族の魔法の仕組みは、ヴェイスのそれと異なる部分が大きい。ヴェイスの者が使用するには向かないと考えられる。

 ここでテナが付け加えたのは、次の三点。
 テナ配属前にコーレニン担当だった局員がいたこと。
 当時はメイボセの来局回数が極端に少なかったこと。
 前任者が得た情報は、それぞれの魔法族にお守りの石が与えられていることと、ほんの少しのルーベリー語。

 その後、工房での話に移る。
 本部は、ふたつの時空に立ち入らない形での干渉を予定していること。
 本部は、魔法通信網と同等のモノを求めているらしいこと。
 ヴェイスが両時空を求める目的についての推察と、遺跡調査を行う他時空の機関について。
 最後に、コーレニンに送った二通の手紙について話してから、
「本部の行動は手紙の返事次第になるそうです」
 と言って締めた。

 一呼吸置いてから、ルーが口を開く。
「では、こちらの番だな。ヴェイスから届いた手紙について話そう。
 一通は送り主が不明だが、先程の話を踏まえると、ヴェイスからで間違いないだろう。
 もう一通はテナが来る直前だ。ルーベリーの調査を申し出たいとのことだった」
「断られたのですか?」
「いいや。相手が言うには、地球支局運営における実績を以て、ルーベリーの調査に貢献したいのだそうだ。断るのなら、調査対象をコーレニンに変えると相手は主張している」
 テナは文言の中に引っ掛かりを覚えたが、その正体は明らかだった。
「話が途中で捻れていますね?」
「同感だ。そこで解釈した意味合いはこうだ。
 『時空自在取引局は、支局運営によって地球文化の発展に貢献した。だから、その対価として好きなようにさせて欲しい』。
 他時空の者の往来は、地球の文化や自然を陰から支えたこともあっただろう。だが、こちらに知らせなく運営していたものを恩着せがましく言われるのもな」
 わざとらしく息を吐き出しながら、ルーが硬さのなさそうな肩を竦めた。

「まるで地球がこの国の持ち物だと言わんばかりの表現ですね」
「仕方ないさ。三者からどこまで聞いているのかは知らんが、こちらも地球に干渉する立場なのは間違っちゃいない。
 相手が調査だけで気が済むのかわからん以上、迂闊に返事をできないでいるところだ」
 確かに、どちらを選んでもこの国にとっては不利になる。と、テナは納得したのだが。
「ヴェイスの作った魔法通信網が問題なく機能しているのなら、わざわざ魔法族の使う空間移動の魔法を得る理由はないさ。
 敢えて口に出さずして、しかし本当にヴェイスが欲しているモノ。敢えてテナが本部に伝えずにいたのに、何故か把握されているであろうモノ──
 ──それは、『時間』に関する魔法ではないか?」

「……否定できませんね」
「やはりか。この切り札を提示するか否か。するとしたら、その時期。他に小出しにする条件を迷っている段階だ。
 国内では、すでに防御における分担を割り振っているが、先に現状と各分担に必要な情報を追加で送るつもりでいる」

 そう言ってルーが手をかざすと、テナとの間に魔法陣が現れた。やがて線と線が交わり合い、別の図形へと変化する。
「この国の地図だ。中央の空間が、この大広間」
 ルーが示すと、その場所が青白く光った。次いで、他の数十箇所が光を帯びる。
「分担配置はこんな感じだ。フーラルとリヴィエには固定の分担はない。自由に動いてもらう。
 テナはこのふたりに同行しても良いし、他を自由に動いても構わん。魔法族の誰かと行動を共にした方が確実だろう」
「わかりました」

 話の続きをしようとルーが口を開こうとしたその時、ぱたぱたと駆けてくる足音に気付いた。

「テナさん! 杖の修理はまだ途中なんだけど、様子を見に来て欲しいんだ」
 頭の両側で髪を結って巻いた、特徴的な髪型を揺らしながらやって来たのはユイユだった。
「……けど、まだお話の途中だったら、また後から来るね?」
 くるりと引き返そうとした彼を、
「待ちなさい」
 と、ルーが呼び止める。

「ちょうど、五年ほど前に届いた手紙について話そうとしていたところだ。ついでにユイユも聞いていくと良い」
 ユイユが目を丸くする。
「僕も? いいの?」
「話さなくても知りたがるだろう? 内容はこうだ。

 『貴方は本当の此処の住民ではないため、この国に住み続けることに疑問を抱いているのでは?
  別の地へ行きたいのなら、その願いを叶えて差し上げましょう』

 と、大体こんな文句だったそうだ。
 手にしたのは精霊混じりの魔法族。彼が最後まで読み終えると、手紙がこの国とルーベリーとを繋ぐ『時空橋』の鍵へと変化したらしい」

「偶然必要としていそうな方に届くのも、ヴェイスが見たことのない物質へと変化するのも、奇妙な話ですね」
「だろう? 最初に手にしたのは別の魔法族だったんだ」
 ルーが口元を歪めながら笑った。
「文章は私にも当てはまる。拡大解釈をすればな。
 だが私よりも先にその者は、時空の【キワ】で引っ掛かっていた手紙を引っ張り込み、求める相手へ届くようにと祈りの魔法をかけたんだ」
「魔法が作用したのでしたら、奇妙な偶然も頷けなくはないですね」
「それでもまだ疑問が残る上に、新たな疑問も生まれるがな。いずれにせよ私の手元に届いていない上に、手紙自体が消えてしまったのだから、返事のしようがなかったというわけだ」
 溜息を交えて、ルーは小さな両手を振り下ろした。

「消失については、最初の『手紙』の目的が叶ったからという可能性がありそうですね。まるで、ルーベリーとの空間移動をさせるのが目的だったのではと読めました」
「『手紙』を魔法族が受け取った時点で、ヴェイスとコーレニン間の物質のやり取りが成功したことになる。あとは同じ物質がルーベリーへと渡れば、ヴェイスからルーベリーに橋を渡すという目標に近付く。
 こちらがどう返事をしたところで、時間に関する魔法の入手に関わらず、本部はルーベリーに手を出したいらしい」

 ここまで相槌のないユイユは、話の内容を必死に理解しようとしているのだろうと見て取れた。だが、
「祈りの魔法……」
 と、呟く彼の眼差しは真っ直ぐで。間もなくして張りのある声で、ルーの名を呼んだ。
「誰がその魔法を使ったの? ラィでもベベルでもマホガニーでもないんでしょ?」
「残念ながら今はいないんだよなあ」
「そんなことないよね? 同じ世代なんだよ? 1000代目からは誰もいなくなっていないはずだよ?
 教えてよルー様。どんな魔法なのかを聞いて、もし意味がなかったとしても、僕はその魔法族と話がしたいんだ」
 どうしたものかと、ルーは斜め上に目を寄せた。どうやら本当に『今はいない』らしい。
「契約魔法を使って言われても、……僕は諦めないから」
 一方でユイユは、眉間に皺を寄せて、歯を食い縛っていた。
「ルー様が言えない理由はあるのかも知れないけれど、……そのひとは、こんな結果を望まなかったと思うから」

 弱々しく背を向けようとしたユイユが、テナの視線に気付く。
「テナさん、ごめんね。こんなつもりじゃなかったのに。ルー様との話が終わったらで良いから、工房に来てね。って、フォンエが言っていたんだ」
「わかりました。わざわざ伝えに来てくださり、ありがとうございます」
「いいんだ。僕は先に工房に戻っているね」

 ユイユが早足で立ち去った後、ルーがやれやれ、と息をつく。

「早速引っ張りだこだな。困ったらいつでも大広間に来ると良いさ。それにしてもな。地球で出会ったのがメイボセに次いでフーラルとリヴィエ、更にユイユとは、かなり運が良かったな」
「ええ。私も今、そう思いました。ユイユさんと関わってからはまだ日も浅いですが、彼の可能性には目を見張りますね」
「追わなくて良いのか?」
「そうするつもりでしたが、お伝えし損ねていた根本的な情報を思い出したもので」
「何だ? いくらでも聞こうじゃないか」
 ルーの目つきの変化ひとつで、再び空気が引き締まる。

「では、本部が普段、どのようにして他時空との交流を始めているかについて、お話ししますね」

  *

  コーレニン西部 工房

「──で? テナを置いて帰って来ちゃったの?」
「ごめんなさい」
 口をへの字に曲げたフォンエを前に、ユイユがしょんぼりと肩を落とす。
「話が終わっていないなら仕方ないけどさ。……どうしたの? 落ち込みすぎじゃない?」
「うーん…… 一緒に聞かせてもらった話を消化しきれていないのと、気になる魔法があって」
 続けて口に出されたのは、『祈りの魔法』という言葉。フォンエが『聞いた事ないね』と返す後ろで、フーラルとリヴィエも顔を見合わせて首を傾げた。
「呪縛の術式みたいなものかな?」
「あれはそもそもが全然ちげーだろ」
「でも祈りも呪いも紙一重じゃん?」
「それはそーだけどさ」
 フーラルが溜息をつきながら、花の根から紡いだ糸を引っ張った。

「……やっぱり知らないよね。フッセなら聞いたことがあるのかなって思ったんだけど、まだ戻らないみたいだし」
 工房の中を見渡すユイユの顔には、心配の色が浮かぶ。魂系の長であるフッセは、簡単に持ち場を放り出せるひとではないと彼は話すが。現に、杖の一件が始まってから今に至るまで不在にしていた。
「もうひとり、知っていそうなひとの心当たりはあるんだけどね」







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