時空橋編(6)
テナが再び目を開けると、そこにはほとんど白に近い薄青の、丸い物体が浮かんでいた。
その物体のもつ真紅の瞳に見つめられ、『それ』が生きているのだと把握する。
「ここは……」
どこなのだ、と尋ねる前に、かつて『それ』について聞いた話を思い出したテナは、こう続けた。
「……『コーレニン』、なのですか」
『それ』は、笑って大きく頷く。
「そうだ。正式名称『コロネット・オレニン』、俗に言うコーレニン。
他の言語では通じない意味だから、正式名称も略称もあったもんじゃないがな。
私はこの国を代表するルーファシーだ。ルーと呼んでくれて構わん」
テナは大きく目を見開いた。まさしく目的地そのものだ。こんな奇跡があって良いのだろうか。加えて、今話しているのはとんでもない相手だ。テナは慌てて立ち上がる。口を開くと思わず、言葉が喉でつっかえながら声が出た。
「テナメリウェ・パシフットです。どうとでも呼んでください」
ルーは頷きながらも わかっていると言わんばかりの様子だった。
「ではパシフット氏。この国に来ようとしていたのか?」
と、相手は話すが。こちらのことも、わかっていたのだろう。あくまで確認事項としての問いに聞こえた。
「あ……貴方様が……助けてくださったのですか?」
「時空の狭間に閉じ込められていたのを引っ張り出したに過ぎん。
パシフット氏には借りがあるからな。この国の者達が四人もお世話になったんだ。
一番最初にメイボセ・フッセ。つい最近だとユイユ・フッセ。
それから──」
ルーが一つの出入り口に目を向けて、意味ありげに微笑むのを合図に駆けてきたのは。
「テナ!! お前!!」
「来てくれたんだね!!」
フーラルとリヴィエ。
懐かしい友人達との再会に、テナの表情が一気に崩れた。
そしてそれは、彼らにとっても同じだったみたいで。
勢いづいたままのリヴィエに押し倒されて、その上、腕がしっかりと背中まで回される。飛び退くこともままならず、ふたりで床に転がった。
「待ってたよ……ううん、ずっと待ってくれていたのはテナさんの方だよね。僕達はあの後、すぐにこの時代に来たんだよ」
瞳を潤ませながら嬉しそうに笑うリヴィエの顔が、すぐ近くにあった。
上を向いた時に、またか、と溜息を付きながら覗き込むフーラルと目が合う。
「体中打ちまくりだな」
「ええ、とっても痛かったです」
口ではそう言いながら、ふしぎと顔が綻ぶ。
「だよなぁ。お疲れさん」
優しい眼差しでフーラルが同意すると、リヴィエが目を丸くして、
「痛かったの!? ごめんねテナさん!?」
と言って飛び起きた。
ふたりにとっては、これまでの日々の延長に過ぎないのだろう。テナにとっては何十年振りに訪れた『いつものありふれた光景』なのだが、最後に会ったのがつい昨日のことに思えるぐらい、ふたりの存在を近く感じた。
そんな彼らの様子を見るのは、ルーにとって初めてのはずなのに。
「本当に仲が良いんだな」
驚きよりも、嬉しさが勝っている様子だった。
「そうだぞルー。こいつのことはテナでいいぞ」
「うんうん! 一緒にコーレニンとルーベリーを守ってくれるんだよ!? 対等だよ!」
「とは言ってもなあ。あくまで外からの来客だしな」
迷った様子でルーがこちらを見てきたので、テナは微笑んで、
「お任せします」
と、本心を伝えた。
「ほらね! 決まり!」
「これでテナもコーレニンの一員だな。で、何だその箱?」
見上げると、ルーが見覚えのある箱を抱えていた。
「時空の狭間に散らばっていたのを拾い集めたが、不足があるかも知れん」
玉座を離れて、ルーがふわりと降りてきた。受け取った箱を開くと、両脇からふたりが覗き見た。
「はあああぁぁぁ?! 誰だよこんなことしたヤツ!!」
「べっきべきじゃん……」
「なぁテナ、何があったんだよ」
「かつての、私の上司に壊されました。やり方は酷いですが、……仕方のないことです」
俯きがちに答えた途端、両肩をフーラルに力強く掴まれた。
「ふッざけんなよそいつもお前も!
許してやるなよそんなヤツ! 杖をこんな目に遭わされたんだぞ!? お前の想いも経験も何もかも蔑ろにされたってことだろが! お前がそこで許したら、……許したら、…………」
「テナさんがこれまでしてきたことも、僕達との約束も、どうでも良いって言っちゃうようなものだよ?
ね? 杖はどうにかして直そう?」
こみ上げてくる涙を、テナは唇を噛み締めてこらえる。
返事を待たずして、ふたりは杖を前に話し合いを始めた。
「工房で治せるかな?」
「わかんね―けどさ。フォンエならやってくれるだろ」
「だよね! テナさん、 工房にはね、すっごく頼もしい職人さんがいるんだよ!」
思い当たったのは、かつてふたりから精霊について聞いた話だった。フーラルの魔法道具を作り、点検し、改良を施してきたのは、ひとりの精霊だという話。しかし、今はそれを言葉で返す余裕などなく、彼らのやり取りを聞いて更に目頭が熱くなるのを耐えるので精一杯だった。
彼らの目の前で、ルーが苦笑を浮かべる。
「私から話したいことや聞きたいことは幾つかあるし、それはテナも同様だろう。だが、今は杖の治療を先に済ませると良い」
「……ありがとうございます。きっと、すぐに戻ってきます」
やっとの思いで小さく掠れた声を出しながら、テナは立ち上がって頭を下げ、フーラルとリヴィエについて大広間を後にした。
*
コーレニン西部 工房
叩かれた扉を開けたのは、担当場所をこの工房に割り当てられた、フッセの魂系1000代目の魔法族だった。黄色の髪を両側で結って一巻きさせた彼は、色彩のばらばらな三人の来客にたじろぐも、見知った顔にまさか、と瞬きを繰り返した。
「……テナさん?」
そしてそれは確信へと至る。
「だよね?」
三年ほど前に、ユイユはテナと知り合っていた。きっかけは、先代998代目から受けた紹介。1代目の使っていた魔法道具の『転換石』を探すにあたり、鉱物に詳しいテナに会うことを提案されたのだ。
テナから直接的な手掛かりを得ることはできなかったが、ユイユの悩みを受けて、同じ魔法使いとして、ユイユがこの先やりたいことを見つける上でのヒントをくれた。
『転換石』は実際のところ、姿形を変えて『アピアス』と名付けられた杖として、その先代の手に渡っていた。形をそのままに、今度はユイユの手元に渡った。しかし、全てが終わった時には、ユイユの杖も補助魔法道具も、『アピアス』も、使い続けるには困難な状態に陥ってしまっていた。
そこで、フォンエが提案したのは、三つの魔法道具を組み合わせて新たな魔法道具に生まれ変わらせること。直前に、まだ『アピアス』がその形を留めている内にと、ユイユは再びテナのもとを訪れて、魔法道具の作り替えについて打ち明けたのだった。
「あの時にテナさんは、完成したら見てみたい、だから待っていて、って言ったよね。まさか本当に来てくれるとは思わなかったから、びっくりしたよ」
「約束ですから。ちょうどお目に掛かれて幸運でした」
再会は、もう一方でもされていた。
「……久し振りじゃん」
来客を聞いて奥から出てきたフォンエが、きょとんとしてフーラルとリヴィエを見る。
「元気そうだな」
「工房も変わりなさそうだね!」
「まーね。キミ達こそどうしたの? 忘れ物?」
「でっけぇ忘れ物だな。テナの杖を診てやってくれ」
このふたりに再び頼られるなど、思ってもみなかったのだろう。フォンエが懐かしさと嬉しさで口角を上げた。
「いーよ、貸してみなよ」
前に進み出たテナが、杖の入った箱を手渡しながら、ゆっくりと、そしてはっきりと名乗る。
「テナメリウェ・パシフットです。テナと呼んでいただいて構いません。ヴェイスから参りました。魔法族ではない、一介の魔法使いです」
「そっか。私はフォンエだよ。金属の精霊だけど、魔法道具は幅広く取り扱っているから頼りにしてよね。杖、預かったよ」
早速、揃っている欠片を並べ始めるフォンエ。今あるすべての部品を使って杖の形に見立てたところで考え込む。
「思ったより欠けた部品が多いね。別の時空の杖なんだったら材料もこことは違うだろうし、単純な接着と埋め合わせでどうにかできるとも思えない。いっそ作り替えるのがいちばん良さそうだけど、何をどうやって残すかだね」
横から覗き込んだユイユが口を開く。
「素材も、『経験』も、『想い』も?」
「そ。解決するには?」
「杖に直接聞いてみれば良い、でしょ?」
率直な回答に、フォンエは満足げに笑いながら頷いた。
「さすがユイユだね。やってごらん」
「うん、待ってて」
ユイユは、両端に鐘の付いた杖を取り出した。
「これだよ。作り替えてもらった杖」
形の面影はほとんどなかったが、すっかりユイユの手に馴染んでいた。彼は『転換石』に関わる出来事の後、専門を対話魔法に決めたと話していた。なんでも、無生物との対話もできる魔法なのだという。相手の声を聞いて自身の声を届ける魔法には、鐘という形がぴったりだとテナは思った。
ユイユは箱の中の欠片に、杖先の片方を向ける。
深く息を吸い込み、吐き出した。『お願いね』と呟き、しばらく欠片を見つめる。
時々頷いたり、首を傾げたりする様子を見ると、対話は順調に進んでいるらしかった。
「……杖から聞けたのが、羽根飾りの残った部分を解いて、部品を縫い繋いで欲しい、って。欠けた部分は無理に埋めなくても良いと言っていたけれど、そういうわけにもいかない……よね」
ちらりとユイユが目配せすると、フォンエが小さく唸った。
「機能として使えはするんだろうけど、形が心配だね。欠けがあると折れやすくなるし、埋めた方が良いと私は思うけど」
「だったら埋めてみようよ! 木でできた杖なら、埋めるにも植物の方が良いよね? ちょっと見てくるね!」
言い終えない内に駆け出そうとするリヴィエ。
「見てくるって、どこにだよ」
「決まってるじゃん、僕の部屋だよ! 植物ならいくらでもあるよ!」
そんなわけあるか、と止める間もなく。リヴィエが工房から飛び出して行ってしまった。
ひとり抜けただけなのに、突如として工房の中が静かになる。
フーラルは大きな溜息を吐き出した。
「バカ……本当バカだあいつ……。いくらでもあるわけ、なかっただろうが……」
フーラルとリヴィエは、互いの居室の間にある小部屋から、時間移動の魔法を使ってこの時代に来ていた。
本来は、他の時空間移動の小部屋と同じもの。だが、その小部屋だけは、廊下との間に壁が取り付けられていた。
そのため、廊下へ出るのにリヴィエの部屋を通ったのだ。彼の居室だった場所で、この時代に咲いていたのは、たった一輪の花だった。植物魔法を専門とするリヴィエは、他にも大量の植物を居室で育てていたのだが。当時使っていた植木鉢は、部屋の隅に重ねて置かれていた。
ふたりにとっては、世代交代まで残り八十年ほど。リヴィエがどんな気持ちで、この時代の様相を見ていたのだろうと思うと心が痛むが、きっとこの先の彼が選んでそうしたのだろうと信じたかった。
「……あいつが戻ってくる前に、できるところまで進めるぞ。縫い繋ぐのは俺がやる」
フーラルの特性は、魔法を自由な形に変えられること。しかし、かけた魔法が対象に定着しにくくなる特徴も併せ持っていた。
そこで行き着いたのは、弓矢を使って魔法をかける手法。『魔法を対象に刺す』という発想に基づくものだ。近距離にある物や、細かい物を扱う際には、針の形にした数式魔法を対象に『刺して』使っていた。
魔法で生み出した針を使って、裁縫紛いの作業をすることは滅多にない。けれども、裁縫の経験はいくらかある。
欠けた部分を他の素材で埋めるにしても、万一の際に取り外せるように、先に元の部品だけ繋いでおきたい。そう言って、フーラルは作業台の前に座って杖を手に取った。
間もなく、ユイユが口を開く。
「テナさんの杖がね、向こうのひと達が話していたことも教えてくれたんだ。魔法通信網? の登録から外した? というのと、今後そのひと達が動くのは『手紙』の返事次第なのと、いずれにせよ直接はこっちに来ないだろう、って」
提供された情報を、テナは頭の中で整理する。
「魔法通信網とは、声や人々、物のやり取りなどをするために構築されたネットワークのことですね。
時空間のルートをより細かくして張り巡らせたもの。を、ご想像いただければ近いかと思います。
魔法使いの杖は魔法通信網に登録しなくてはならないのですが、今回の出来事で私の杖はその登録から抹消されたという話ですね」
「そうすっと、使える魔法に制限が出てくるのか?」
作業をしながらフーラルが尋ねた。
「多少は、ですけどね。空間移動や送還・召喚魔法の成功が難しくなるぐらいで、他は特に支障はないかと。気になるのは『手紙』が何を指すのかですね。ユイユさん、もっと詳しく聞けましたか?」
ユイユが頷き、話し始める。
「五年ぐらい前に一度、ヴェイスのひとがコーレニンに手紙を送ったんだって。交渉という程の内容ではなかったそうだけど、ルー様からの返事がないままだから、手紙をもう一度送るってさ。相手のひと達がどう動くかは、その返事次第だそうだよ」
「最初の『手紙』はルー様に届いているのでしょうか?」
「知らないけれど、同じぐらいの時期にコーレニンに届いた『手紙』の話は聞いた覚えがあるよ」
ぽつりぽつりと言葉として出されたのは、『手紙』を介した出来事に関わったという三名の魔法族の名前と、そのひとりから概要を聞いたという話。
彼の幼少期から関わりのあったフォンエは懐かしそうに目を細め、別のひとりの先代となるフーラルは、羽根から紡いだ糸を引っ張りながら、『まじかよ……』と呟いた。残すひとりの、精霊混じりの魔法族に、ユイユは焦点を当てる。
「『手紙』を見つけて開いたのはラィなんだって。送り主も不明で、誰も住んでいない部屋に置いてあったそうだよ。
内容は、……聞いたかもしれないけれど、あまり覚えていなくて。ルー様なら聞いているかも」
「そうですか。では後で確認した方が良さそうですね。ユイユさんのお話でもうひとつ気になったのですが、ヴェイスの者達はコーレニンに立ち入る以外の方法で、干渉を予定しているのでしょうか?」
「たぶん……。魔法通信網と同じようなモノがあるのかを知りたい、って。本当に知りたいだけなのかな? どうしたらコーレニンもルーベリーも守れると思う?」
その場の皆が考え込む中で、糸が引っ張られて木と擦れる音だけが鮮明に響いた。
「……魔法通信網に該当する機能が実際にあったとして、ヴェイスがそこで引き下がるとは思えません。むしろ、情報収集に利用するでしょうね。どこまで隠し通せるか、または明かされてしまっても隙を与えずにいられるか、が鍵になりそうです。長丁場になった末の消耗は避けたいので、取引局本部に両時空を諦めさせる方法を考えましょう」
横でフーラルが糸を縛り上げる。
「そもそも本部はどうして一度にふたつの時空を狙おうとするんだ? 目的がふたつあるからか?」
「でしょうね。ここからは私の推測になります。
まず、コーレニンを狙っているのはヴェイスなのですが、ルーベリーを欲しているのは取引局の主要取引先である可能性が高いと思われます。その取引先の時空には、様々な土地の遺跡調査を行う機関があるのですが、どうやら本部はその機関に、ルーベリーにあると言われる遺跡に手を掛けさせたいそうなんですね」
フーラルの表情が一変する。テナの話す機関の高官と共に、地球の遺跡を訪れたことがあったからだ。
「あいつらは単なる興味で遺跡調査をしているわけじゃねーんだよな」
「その通りです。彼らの時空には、ヴェイスのように当たり障りなく資源や経済を回せない事情があります。彼ら自身が滅びないために、街が滅びてしまった原因という情報を集めているんです。
ヴェイスがその機関に肩入れしている理由は、彼らの見つけてくる物品や情報の価値が高いからなんですね。
流通によって生き残っているヴェイスとしては、頼ってくれる彼らの存在がありがたい。彼らにとっては、得たモノを資金や資源に変えてくれるヴェイスは手放せない存在。だから切り札として、ルーベリーを得ておきたいと思うんですよ。他の常識の通用しない、特異な土地ですから。経済がなくても何百万年と存在し続けている社会は、遺跡以外にも情報価値が高いはずです」
ユイユとフォンエが顔を見合わせる。
「次に、ヴェイスがコーレニンに関心を寄せる理由について。
フーラルさんはご存知ですが、ヴェイスは種族によって、寿命の差が大きく開いているんです。その差があっても、こうして長い間やって来られているわけですが、皆が納得しているかと言うと、必ずしもそうではないんですね。寿命の差がなく、独自の輪廻で営まれる皆様の存在は、ヴェイスの社会の裏付けとして有用にはたらくことでしょう。
それから、独自のルールで使われる魔法の在り方に、種類豊富な魔法道具。他の常識が通用しないのは、この国も一緒なんです。
いずれにせよ、ヴェイスが欲しているのは無形物。だから直接乗り込まずとも、収集できるモノはたくさんあるんですね」
話が一旦途切れるのとタイミングを同じくして玄関扉が開き、鞄を提げて鉢植えを抱えたリヴィエが飛び込んで来た。
「テナさん! メイボセさんだよ! メイボセさんの花!」
曰く、かつての居室に一輪だけ咲いていた花を持ってきたのだと。彼の前の住民こそが、フッセの魂系998代目のメイボセであり、彼女もまた、植物魔法を専門としていた。
彼女の遺した一輪の花は、世代交代の後も生き続けていた。それに伴って根も伸び続けていたので、時々植え替えをしながら、根を切って観察を続けていたのだと、リヴィエは話す。
「切って乾かしてあったのも持ってきたよ! フーラル、繋いで!」
「無茶言うな! やってみるけどさ!」
すでにいくつかの部品が繋がれており、後ろからフォンエが面白そうに覗き込む。
「良い調子じゃん。羽根、足りる?」
「根っこまで繋ぐのは難しいだろな。糸には代わりがあるのか?」
「無いね。根っこを裂いて使ってみたら?」
「どのみち時間が掛かりそうだな」
フーラルが一旦作業の手を止めて、大きく伸びをした。
「そーいうわけだからさ、テナ。杖は一旦俺達に任せて、ルーの所に行ってこいよ」
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