時空橋編(4)

  コーレニン北東部 図書館

 明朝の図書館は、ひとが少ない内から普段と異なる空気を感じさせた。時間帯だけが、この雰囲気の理由ではないだろう。

「『机配置図』……?」
 図書館に入って手前側には、机や椅子が並び、閲覧用の場所となっている。
 入り口の真正面に椅子が置かれて、背もたれに指令書と似た紙片が貼ってあるのを、最初に入った魔法族が見つけた。
 彼女は1代目の中でも発言力があったのか、後から入ってきた同世代達に指示を出し、協力し合って会議用の配置に変えた。その間にも次々に魔法族が到着し、並べた所から着席する者もいながら、ひとが行き交う。
 やがて館内にいる全員が着席を終え、後は会議を始めるのみとなった。

 今回の会議にルーは不在である。余程1代目を信頼しているのか、大広間から進行を把握するつもりなのか、はたまた別の用事があるのか。あちこちで聞こえた話し声が次第に収まるのと入れ替わりで、入り口の扉がギイと音を立てて開いた。

「お待たせ−! このウィーアが指令書と共に到着したよ!」

 腕を振りながらぱたぱたと駆けてきた魔法族は、まだ走り足りないといった様子だった。彼女の髪色の赤寄り橙は鮮やかで、一番奥の席からもよく見えた。
「えーと、何々……『まずこの会議において、議長と書記を決めること』?」
 ウィーアが目を中央に寄せながら読み上げていると、先程に机移動を指揮した魔法族が指令書を取り上げた。
「決めるのに話し合っては時間が勿体ないわよ。議長は私、ルアンがします。書記はオシャーンに任せるわ」
 机の隅で、名前を呼ばれた魔法族が少し驚く素振りを見せた後、ゆっくりと頷いた。

「ありがと。ルー様からは、この会議で魂系ごとの分担を決めるようにとの指示が入っているわ。さっそく議題に入りたいところだけど、その前に。
 まず、私達1代目に加えて五名の後代も集まっているそうよ。確かに初めての顔がちらほら見えるわ。
 始めに彼らの自己紹介から始めましょう。世代と魂系名もお願いね」

 議長が微笑むと、直後に図書館の扉が勢いよく開いた。
 皆の視線を一斉に集めた先に見えたのは、まるでルーベリーの生き物をそのまま大きくしたかのような、現実感のない姿。彼女は息を切らしながら嬉しそうに飛び込んできた。
「良かった! 間に合いました!」
 耳から耳へと貫通する甲高い声が館内に響く。
 多すぎる情報量に圧倒されたのか、すぐにもその場が静まり返るが、彼女は良い機会とばかりに自信満々に自己紹介を始めた。
「初めまして! 私、プナハ・ルアンと言います! この外見ですか? なんと魂に水の精霊が混じっているんですよ。私は337代目なんですけど、……あっ、ルアンさんの後代として頑張りますっ!」
 大きく頭を下げるのに合わせて、本来は髪だったのであろう塊が、飛び散る水飛沫の如く遊び揺れた。さすがに無反応なのを気まずく思ったのか、ゆっくりと顔を上げるプナハだが。
「あっ!」
 と、目を見開いたかと思いきや。再び甲高い声が響き渡る。
「サントさん! いらっしゃったんですか!! もうっ、サントさんを捜して遅れたんですよ!」

 指を向けて話すものだから、必然的に一同の視線が移動する。
 呼ばれた彼は朱橙の癖毛をふわりと揺らしながら、
「そっかーごめんね」
 と言って立ち上がった。
「1代目の皆さん。プナハと同じく337代目のサントレット・ウェイウィーアだよ。先代はウェイとウィーアのふたり。専門は太陽魔法。よろしくね」
 先代達へと親しげな笑顔を向けたサントは、にこやかな顔のまま、続く魔法族を指名する。
「次はカシェだよ」

 名前を呼ばれた尖り耳の魔法族は、座ったままだった。
「カシェパース・ルー。337代目」
 桃色の髪を微動だにさせず、簡潔に自己紹介を済ませる。
 すると、一部で小さなざわめきが起きた。彼らの中でルーという名前の魔法族は存在しないからだ。
 カシェは仏頂面のまま補足を繋げる。
「1代目・ルーファシーの後代だ。他の魔法族と同じ様に接してもらえたら良い」
 ざわめきの動きに敏感に反応したカシェは、即座に次の魔法族へと水を向けた。
「エミウル。後は任せた」

 呼ばれた彼女が小さく頷いて席を立つと、先程までのざわめきが嘘みたいに引いた。
「エミウル・オシャーン。337代目よ」
 1代目のそれと共通する、氷を思い浮かばせる冷ややかで落ち着き払った声。髪の色は1代目よりも深みのある瑠璃色。彼女は澄まし顔のまま目を凝らし、見知った後代に声を掛けた。
「最後はあなたね」

 名前は呼ばれなかったが、すぐに自分だとわかり立ち上がる。小柄なので、立ったところで目に見える景色は大きく変わらなかった。
「1000代目のズィナ・シューナです。……ここにシューナはいませんが、皆様にご迷惑をお掛けしない様にはするつもりです」
 最後の一言は余計だったと、すぐに後悔した。再び起こったざわめきに、シューナとは似付かない背丈と、外髪を帽子で隠して短く見せた青緑の髪が拍車を掛ける。

 小さな身を更に縮めていると。
「紹介ありがとね」
 と、議長がいとも簡単に場を纏めた。
 安堵の息をつきながら座る際、心配そうにこちらを見つめる魔法族の姿に気付いた。豊かな黄土色の髪をもつ彼の姿を、セピア調ではない、はっきりと色を持った状態で見るのは、この時が初めてだった。

 議長は書記の記録の進み具合をちらりと確認してから、次の議題へと移る。
「後代達の自己紹介が済んだところで、ルー様からの指令をおさらいしましょう」
 咳払いをしてから、あの夜に取っていたメモを読み上げる。
「『お前達に頼みたいのは、ルーベリーとコーレニン両時空の保守だ。
  齢20にも満たない1000代目だけに頼むのは荷が重すぎる。
  彼らを守りながら、自分達の命を守りながら、こことルーベリーを守って欲しい』
 ルー様は、私達に同じ魂系の後代と組むように、とも言いたかったんじゃないかしら」

 すぐにウィーアが赤寄り橙の髪を撥ねさせながら、高く手を挙げる。
「はいはーい、同じ魂系同士で組むんだったら、ズィナは誰が守るの?」
 再び一同からの視線を浴びて、私は俯きがちになった。
「私は…… 私は、ひとりで大丈夫です」
 罪悪感もあった。ここに先代がいないのは、彼が勝手なことをしたからだ。
 それなのに、他の魂系に面倒を掛けるわけにはいかなかった。
 妙な空気が漂い始める。早くこの場から抜け出したい。

 すると、徐に色白の手が伸びた。
「私達で引き受けるわ」
 皆からの視線が彼女へと移るが、彼女はまるで臆する素振りを見せなかった。
「オシャーンの魂系には、1代目・337代目・1000代目がいるわ」
 書記が手を止め、隣に座る小柄な彼女に向かって呟く。
「……エミウル」
「あなたの意思はわかっているわ、オシャーン。だけど放っておけないの。ふたりで後代のふたりを見る分には、不都合は起こらないはずよ」
 澄んだ薄水色の瞳は、こちらを真っ直ぐ捉えたままだった。

 どう返事をしたものかと考え込むオシャーンを置いて、黄寄り橙の髪をふたつに結った魔法族が手を挙げる。
「それなら私達ウェイウィーアの魂系も足りているんじゃない? 1代目がふたりだし、337代目だっているよ」
 ウェイウィーアの片割れのウェイ。真面目ながらも余裕を見せた表情は、後代のサントと似通っていた。
「そうだねぇ」
 と言って笑うサントを間に挟み、ウィーアが困った様子で口を尖らせる。
「うーん、それなんだけどね。ハルテんとこは1000代目がふたりらしいじゃん? ひとりで見るのは大変だろうから、ウェイウィーアで一緒に見ようかなって」
「わ〜是非ともお願い〜」
 すかさず向かいの席のハルテが固める。

 エミウルが書記へと顔を向ける。
「ですって。オシャーン」
「……でも」
「いいの。お願い。やらせて」

「……わかった」

「だそうよ。隣を空けるから来て頂戴」
 エミウルが椅子ごとオシャーンに寄ると、彼が無言で立ち上がる。新たに運ばれてきた椅子に、私は身を小さくして収まった。
 相手にだけ聞こえる声で、自身を呼んだ彼女に囁く。
「お久し振りです、エミウルさん。先日はお世話になりました」
「また会えて嬉しく思うわ。よろしくね」
「ええ、再びお世話になります」

 そんなささやかなやり取りと並行して、議長が会議を進める。
「次に魂系ごとの分担確認ね。
 ルー様からの案はあるけれど、それぞれの魂系の得意なことや苦手なこと、後代の特性など、事情はあるでしょう? その辺りを踏まえて、私達で練り直して良いそうよ」

 ルーの作った大まかな役割配置は、以下の通りとなっていた。
 まず、異世界との通用口になる大広間と、時空間移動の小部屋それぞれ。
 次に、仮住まいのある箒専用通路。
 あらゆる情報が集まる図書館。
 かつては特別な役割を果たしていた時期もあったという、南東部の最深部にある大部屋。
 そして、八つの各地方。内側の箒専用通路を境に、大広間側と外側。

 ここに各担当間の連絡係を加えた状態で更に細分化し、それぞれに魂系が割り当てられていた。
 会議前にウィーアが貰ってきた指令書には、分担確認をしたい時には都度、壁面や机などに文面を浮かび上がらせなさいとの指示もあった。紙面で渡すと、何かの手違いで外部組織に渡る可能性が考えられたからだろう。

 分担表示のパスワードとして、
 杖魔法に使う文字列、
 数式魔法に使う代数、
 魔法陣に使う符号、
 に、ついても併記されており、それぞれを議長が代読する。

 杖魔法、数式魔法、魔法陣とは、魔法族の魔法形態の大きな分類だ。
 実際に使う呪文や数式、魔法陣は個人によりけりだが、先の要素を組み込めば分担表示が可能になるらしい。また、無詠唱の杖魔法を扱う際には、魔法陣に使う符号を杖で描けば良いとのことだった。

 実際に机上への表示を何名かが試してみた。それぞれを、近くの者達が覗き込む形で確認する。
 議長も自身で出した表を、指でなぞりながら目を通していく。一読した時点で『あら?』と呟き、今度は上に向かって再読する。
「ここに名前の挙がっていない魂系が四つあるわ。ルアン、ウェイウィーア、ルー、シューナ。
 シューナの魂系についてはさっきズィナが話した通りだし、オシャーンの所に一緒に入ってもらうと決まったから良いわね。
 後の三魂系は、……私の後代1000代目から聞いたんだけど、この三魂系の1000代目にコーレニンとルーベリー間の『鍵』が預けられているんですって。『鍵』は全部で四つあって、最後の一つはルー様が持っているそうよ。時空間移動に関わって守るべき要素でもあるし、この三魂系は離した方が良さそうね」

 ウェイとウィーアが顔を見合わせ、間のサントが頷いた。
「加えて私達ルアンの魂系は、精霊混じりの魔法族をふたり抱えている状態。他時空の組織の目的はわからないけれど、特異な存在は狙われやすいと思う」
 すると、議長の隣に着いていたプナハが肩をびくつかせた。
「めっ、迷惑でしたかっ?!」
「そうじゃないの。有用にはたらく部分もあると思うわ。ただ、考えられるリスクへの対策をするに越したことはないでしょう? 他の魂系の分担に一緒に入るか、それとも単独行動をするか迷っている状態よ」

 話を聞きながら、私は自身の考えを練っていた。
 『鍵』同士での会話が可能なのだから、『鍵』の位置を流動的にした方が、却って安全ではないだろうか。
 また、懸念すべきリスクはルアンの魂系に留まらない。精霊混じりが狙われるのなら精霊が狙われる可能性もあり、その際に真っ先に誰が狙われるかもわかっていた。
 これらの事情を言うべきか。言うなら、どのタイミングか。
 迷い躊躇っていると、ウェイウィーアの一帯から手が挙がった。

「ウェイウィーアはハルテの魂系の分担に就くよ。もし1000代目が危なくなることがあったら、僕と別行動を取ってもらうね。ウェイとウィーアがハルテの所に残っていれば、ハルテも負担にはならないでしょ?」
 サントだった。先代の双子とハルテに、
「良いよね?」
 と、彼が確認を込めて笑いかけると、彼女達は大きく頷いた。
「おっけーだよ!」
「私も賛成。もし問題があっても、実際の状況を見ながら対応すれば大丈夫だね」
「ああ〜〜ありがたい〜ありがとうね〜」
 ウェイウィーアの配置が解決すると、今度はカシェが手を挙げた。
「ルーの魂系は単独行動をさせてもらう。ルーのいる大広間に近付くのは控えるつもりだ」
 仮にルーに手を出されることがあった際、魂系ごと巻き込まれるのを防ぐのが目的らしい。
「わかったわ。ルアンの魂系も配置は固めず、表立った行動は抑えながら動くわ。他に問題はない?」

 異論の声は聞こえなかったが、唯一、黄土髪の魔法族が恐る恐る手を挙げた。
「あ、あの……フッセの魂系が西部の工房とその周辺の担当なんだけど、連絡係の方が良いんじゃないかなって……。
 僕の後代は対話魔法を専門としているそうだから……離れている者同士での会話もできる、って……。
 でもそれらを踏まえてルー様も分担を決めたはずだから、何か理由があるのなら、推測でも良いから教えて欲しい……な」
 先程こちらを見つめてきた彼だった。

 1000代目を取り巻く事情を知っている身としては、すぐにでも答えたい気持ちで一杯になった。
 確かに、ユイユ・フッセは連絡係に適任だろう。しかし、ユイユが担うべきは、魔法族以外との情報共有だった。その対象は精霊や魔法道具に向けられ、それらを効率良く運用するのに必要な場所こそが、西部の工房だった。
 理由は、精霊が定住する工房だから。
 彼女は実体を持ち、一般的な魔法族とまともな意思疎通が図れる上に、魔法道具の専門家である、特異な精霊だから。
 言いたいことは色々あるのに、立場が立場なので口を出せずにいた。
 もどかしい思いをしながら横を見ると、ちょうどこちらに顔を向けた書記と目が合った。
 彼は口の動きだけで『言えば』と言った。

 私は思い切って立ち上がる。
「……聞いてください」
 先程の自己紹介の時と同じく、皆の注目を一斉に浴びる。
 わかっていたが緊張が高まり、やっぱりやめるべきだったのではと思った。
 悔しかったが一瞬だけ、シューナがいればとも思った。
 もし彼がいたなら、自分が会議に出席する理由はなくなったのだろうか。
 そして、同世代の事情について把握されぬまま、会議が進んでいたのかもしれない。

 あってはならないことだった。
 ならば今、自分が伝えるべきなのだ。

 吹っ切れた私は、頭に浮かべていた言葉を掬い上げながら口に出していく。
 無我夢中だった。こんなにも声を張り上げて話し続けるのは初めてだった。
 幸いにも、先代達は真剣に話を聞いてくれた。
 何より、話し終えた後に、
「ありがとう。ユイユにも伝えておくね」
 と、返した、フッセの笑顔に救われた。

 少しの余韻の後、立ったついでにとばかりに、私は全体へと疑問を投げかける。
「そもそも、相手方はどういった手法でこの国やルーベリーに干渉してくるのでしょうか。……どの条件を満たせば、両時空を守れたと言えるのでしょうか」
 考え込む一同の前で、議長が答えるより先にカシェが手を挙げた。
「何もわからないとルーから聞いている。向こうが直接来るのか、それとも別の手段を採るのかもわかっていない。何かを送ってくるにせよ、必ずしも大広間に届くとは限らないだろう」
 彼は手を下ろしながら立ち上がる。
「だからこれ以上話し合うことはない。解散だ」

 突然の切り出しに議長が面食らったが。無言で記録を畳む書記から解散の同意を汲み取り、諦めた様子で苦笑した。
「会議は終了とします。時間帯ごとの分担については、各々に指令書が届くそうよ。また確認しておいてね」

 皆で机を元の配置に戻した後、ひとり、またひとりと図書館を後にする。
 書記から記録を受け取った議長も、
「ルー様に報告してくるわ。後はお願いね」
 と言って立ち去り、いつもの静かな図書館になった。

 私は本棚に立て掛けていた杖を取りに行く。
 先端に蕾を模した飾りのある、自身の背丈と同程度の細い杖。
 見つめていると、元の持ち主だった先代1代目が思い起こされ、複雑な気持ちになった。

 不意に、帽子の天辺を軽く叩かれて我に返る。
 顔を上げると、自分を真っ直ぐ見下ろす真紅の瞳と目が合った。
「……カシェパース、さん」
 相手の名を呟く声が震えていると、自分でもわかった。
 彼は、まだ私の身体をシューナが支配していた頃に、魔法道具を介して一悶着のあった相手だ。行動したのは私自身ではないにせよ、相手からしたら同一人物も同然だ。
 それにあの時、相手からシューナの隠し事を軽々と暴かれていく様は、当時『ズィナ』の影から眺めていた自分としても恐怖を覚えたものだった。

 名前を呼んだものの何を話すべきかわからずにいると、相手が先に口を開いた。
「杖を元に戻せたみたいだな」
 避けては通れないが、触れて欲しくない話題だった。
「……えぇ、その節については、」
 すると、かつてのように杖を向けられるでも、かといって指を向けられるでもなく。
 ただ、片手で制止が入った。
「大切にしているんだな。その杖」
 耳を疑った。あの時よりもずっとずっと穏やかな口調。
 ふと視界に入ったエミウルも、一瞬目を丸くするが、すぐにも優しい笑みを見せた。
 すると今度は、彼女の先代であるオシャーンが、微かに表情を変えるのが見えた。
 どうやら、特殊な魂系に迎え入れられる事になったらしい。自身の魂系を差し置いて、私は思う。

 オシャーンは、仮住まいに指令書が届いたかも知れないので確認する、と言って出て行った。
 エミウルとカシェは、
「無理しないでね」
「お前もな」
 と、話していた。会話に発展するかと思いきや、二言三言だけ交わして終わった。

 入り口でカシェを見送った後、エミウルの指先が触れる。
「オシャーンの魂系は図書館の担当よ。今後について話し合う前に、ララーノを迎えに行きましょう」






 menu