時空橋編(3)
コーレニン北東部
図書館で、ルーベリーや地球とは異なる組織がコーレニンを狙っていることや、魂の本についてルーから知らされた後、続いてこう告げられた。
「明日には同魂系1000代目と顔合わせをしてもらう。寝泊まりの場所を用意したから、自由に使うように」
なんでも、箒専用通路に各々の部屋を設けたらしい。時間移動直前の各自の居室と、時を超えて繋がっているのだそうだ。話の後で1代目のほとんどが一斉に動き始めたのは、そのためだった。
円形の国内において、二重の同心円の形をもって設けられている、箒専用通路。1代目の仮住まいがあるのは、内側の通路内だった。
1代目の時代から、魔法族の生活圏は、小さい方の同心円より内側に集まっていた。この事情は、後の世代にも、更には1000代目にも引き継がれている。
1代目を追い遣ることなく、且つ、1000代目の生活を無闇に侵害せずにおく。両立させるために箒専用通路を選んだのは、ルーなりの配慮だったのだろう。
また、ルーはこうも話していた。
同魂系後代の了解を得れば、彼らの居室に同居しても構わない。
その場合でも、仮住まいはそのまま残しておくので、いざという時には役立てると良い。
同居を希望するのが他魂系後代の場合は、考えさせて欲しい。
いずれにしても滞在日数を確定できないので、他の1代目や後代と上手く付き合うように、と。
魂の本で後代との会話を交わした後、オシャーンは本を閉じて書棚に収めて息をついた。
これから会うのは、顔はおろか名前も知らない魔法族だ。いくら自分と同じ魂とはいえ、別の人格である。
果たして、自分の力で守り切れるのだろうか。不安な気持ちは今に始まったことではなく、ルーに話を聞いた時から抱いていたものだった。
魂の本を開いたのも、後代に協力を仰ぐため。問題をどう解決するのか、自身の中で大凡固まっていたのだ。
そうして会話を交わしたのが、337代目の後代。彼女の一言で心が決まり、オシャーンは一旦彼女のいる時代に行った。その時代では彼女しか読まないであろう書物に、彼女を連れ出すにふさわしい文章を書き記したのだった。
再び1000代目の時代に戻ってきたオシャーンは、図書館の真正面に位置する、自身の居室だった場所を先に訪れる。
扉を開けて目に入ったのは、奥の壁に沿った座卓。ただそれだけだった。
他の家具や小物は一切ない。長いこと誰も住んでいなかったか、あるいは、自分と同じく物をあまり持たない者が住んでいたのだろう。
大きな変化がなく安堵するも、さすがに布団がないのは不便である。過去に、床に魔法陣を描いたなりに寝たときは、翌日に体中の痛みと闘う羽目になった。今回この時代では、しょうもない理由で体を痛めることは避けたい。
夜が明けるまでは1000代目との接触を避けるべきで、布団の調達には行きにくい。観念したオシャーンは、箒専用通路へ向かうことにした。
箒専用通路という名前の通り、歩行者が立ち入る事は滅多にない。自身にとっても、箒を持たずに入るのは初めてだった。箒での飛行中は、下方に設けられた灯りが連続して見えたものだが。いざこの足で歩いてみると、灯り同士の間隔が思ったより広かったのだと発見する。
当然、灯りの間に何があるのかなんて、普段は気にしない。いざ、じっくり見てみると、
「……」
ただの石造りの壁だった。
オシャーンは改めて目を凝らす。何しろルーのことだ。念には念を入れて、仮住まいの入り口を目立たなくしているに違いない。そして何のヒントもない場所に自分達を放り込むような真似もしないだろう。
だからといって、立ち尽くしていても解には辿り着けない。オシャーンは再び歩き始めた。
しばらく歩を進めて気付いたのは、灯りのある柱の上方に、ルーベリー文字が刻まれていること。すべての柱ではないが、おそらく北部の出入り口を起点として、時計回りに順番に刻まれているのだろう。灯りの個数から見るに、出入り口から出入り口の間に、ルーベリー語の大文字25個が収まる配置となっているに違いない。
そこまで把握できたのに、肝心の仮住まいが見当たらない。
途方に暮れかけながら歩調を緩めると、前方から小さな灯りと共に人影が近付いてくるのが見えた。他の1代目だろうか。
注意深く見ていると、人影が目の前で立ち止まった。
相手がこちらを確認しようと掲げた灯りによって、彼女の顔が照らし出される。
「オシャーンよね。私のことは初めてかしら」
彼女こそが、つい先程に魂の本で会話を交わした、337代目の後代、エミウルだった。
相手の名前を呟くと、彼女は照れくさそうに顔を赤らめながら微笑む。
「先代に知られているって不思議な気持ちね。ずっと、あなたに会いたかった」
「私の部屋は北部にあるの。通路の中の配置も、本来の居室のあった地域と関連しているみたいね」
1代目でも1000代目でもない彼女の仮住まいが存在しているのは、ルーが彼女の訪問を知っていたからだろうか。疑問が頭をよぎるが、彼女の問い掛けには頷いて返した。
彼女は、
「そう」
と呟き、
「あの文字にも関わりがあるそうだけど」
と、続けながら、刻まれた文字の方へと灯りを掲げる。
「1代目は、名前の頭文字が部屋の目印になるそうね。だけど私のは、名前と魂系名の頭文字の中間『J』が目印になっていたわ」
当然、各仮住まいの位置も等間隔ではないらしい。
「目印近くの壁にお守りの石を近付けると、石に反応して壁が扉に変わるの」
ふたりがいたのは、『O』の柱の傍だった。彼女の説明に従って、襟元の蒼玉を近付けると、当時の居室と同じ扉へと、壁の石材が変化した。
オシャーンは彼女に礼を言いながら、そこまで知る理由を尋ねる。
すると彼女は、少し困った様子で、片手を頬に添えながら首を傾げた。
「私も他の子から教えてもらったの。この灯りだって、分けてもらったものなのよ。北東部の子達だから、あなたも遠くない内に鉢合わせるんじゃないかしら」
1代目には必要のない情報を知る者達。彼女が指すのは、他世代の魔法族なのだろう。
彼女曰く、彼らの目的もわかっていないらしい。
「邪魔をする子達ではないけれど、しばらくは動きを探ってみようと思うの」
それでも、見知った相手ではあるらしい。
「私が来たのは、そのためだけではないのよ。明日には後代と会うそうね。私も一緒に行って良いかしら」
間を空けることなくオシャーンが頷くと、エミウルは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。きっとララーノも喜ぶわ」
*
一夜明けた大広間。
再び集った1代目の各々に、ルーは指令書を渡した。
「昨日も話した通り、同魂系1000代目と顔合わせをしてもらう。彼らの部屋の位置は指令書に書いておいた。もし見付けられなかったら私に聞くか、お前達同士で教え合ってくれて構わん」
指令書のほとんどは、1000代目の名前と場所の説明で終わっていた。その中で、補足のある指令書が三通あった。
精霊混じりが属する魂系の長、ルアン。
長が双子のウェイとウィーア。ウェイウィーアの双子については、互いに魂を分かつ存在だと、この時になって初めて知らされたらしい。
また、全員の指令書の末尾には、後日の話し合いについて書かれていた。どうやら、後代との顔合わせを踏まえた上で、国を守るための具体的な方法を検討するらしい。
一方で、1000代目にもその旨を知らせる指令書が届いていた。
『今日中に、同魂系の1代目が訪れる』
という書き出しから始まる書面は、以下のように続く。
心の準備をしておくように。
1代目の滞在日数は未定、必要ならば、居室への宿泊を求められる可能性もある。
もしかすると、他魂系1代目が、当時の居室を頼りに訪れる場合もあるかも知れない──
早速、コーレニン南部の食堂でも、ふたりの魔法族が朝食を食べながら話題に挙げていた。
「朝起きたら指令書が届いていてさ。1代目のご先祖様が来るそうだね? マホガニーにも届いた?」
ココットを食べながら興奮気味に話すのは、ユイユ・フッセ。マホガニーとは四年程前に親しくなってから、こうして度々食事を共にする仲になっていた。
話を振られたマホガニーは、ロールパンを割りながら、視線を斜め上へと向ける。
「僕の所には届いていないなあ。来るべき先代がいないからかも」
「あっ……そっか、もういるもんね」
マホガニー・ルー。彼の魂系名は、コーレニンの支配者、ルーファシーを指していた。
実質『それ』が1代目に当たるが、2代目以降とは魂を分け合った存在になる。ルーの魂系は例外的に、1代目と後代が共存する魂系だった。その魂系の末裔であるマホガニーは、順当な仕組みに即した魂系の生まれであるユイユへと、少し羨ましそうに作り笑いを見せる。
「先代に会うのって、わくわくするだろうね」
「うん、とても楽しみだよ! ……遊びに来るんじゃないって、わかっているけどね」
「そっか。だったら早めに戻った方が良いんじゃない?」
「そうだね。……えっと、マホガニーは」
「僕には来客予定がないから、ルーにでも会いに行くよ」
食事を済ませたふたりは、食堂を出た所で別れた。
大広間に向かって歩きながら、マホガニーは何となく普段と異なる雰囲気を感じた。
1代目は、もうこの時代に来ているのだろうか。だとしても、自分に何か影響ぶことはないだろう。とはいえ、1代目が来る程のことが、この国に起きるというのだろうかという懸念は抱く。取り敢えず、今は事態を静観していよう。1代目とすれ違ったら、挨拶ぐらいは交わそう。
そんなことを考えながら歩いていると、早くも他の世代に出くわした。
相手も丁度こちらに気付いたらしく。
「久し振りだな、マホガニー」
半音下がりの鋭利な声が、僅かな音量ながらにマホガニーの耳を突き刺した。
「カシェ……どうして……?」
「お前ひとりでは心配だからな」
カシェパース・ルー。先代337代目。数ヶ月前にも彼はこの時代を訪れており、共同指令として大広間での留守番を遂行したりもした。
魂の本がある以上、本来ならこちらの方が先代の情報を知っているものだが。気が付くと、逆に相手からあらゆる事情を把握される立場になっていた。
マホガニーは、カシェと最後に言葉を交わした際に受けた忠告を思い出す。
『ふたつ忠告しておく。
お前の考え方は興味深い。だが、俺達はあくまでルーの魂系だ。良くも悪くも、同世代の魔法族への影響力が強いのは事実。思想についてとやかく言われる国ではないが、くれぐれも、ルーから目を付けられないようにすることだな。
ふたつ目はルーに対して。俺達はルーに一番近い存在だ。お前の考え方はルーを狂わせ得るだろう。狂わせるなとは言わない。実行の有無はお前に任せる。現時点での考え方を変えずにいくのか、はたまた新たな解釈を得るのかも興味深い』
カシェも、その話題に触れるつもりでいたらしい。
「あれからルーは何か変わったか」
「み、……見える範囲では何も」
「ルーに何か働きかけてはみたか」
「……何も」
「そうか。つまらないな」
悪いことをしていないのに、罪悪感を煽る口振りは相変わらずだった。もちろん数ヶ月で何かが変わるなど、相手も本気で信じてはいないのだろう。
「カシェは、ルーや……コーレニンに変わって欲しいと思っている?」
素朴な疑問を投げかけると、一瞥の後、
「別に」
と、ぶっきらぼうに返された。
拍子抜けしていると、さすがに説明不足だったと思ったのか、
「ただ、この国が変わり得たであろう幾つもの分岐点を『敢えて』蔑ろにしている事実に不審を抱くだけだ」
と、続けられた。
「地球に対しては、目指す未来のために、あれだけ干渉して軌道修正を掛けているのにな。
コーレニンは変わりようがなくなっている。その上、双子の土地は変わらないままを維持するためにルーが自ら手を下した」
淡々と話すカシェだが、彼の紡ぐ言葉からはどうにも、彼自身の感情の絡み付きが感じ取れた。
「もしかして嫉妬?」
「はぁ?」
「ルーにとっては全部大切なんだと思う。地球も、ルーベリーも、コーレニンも、僕達も」
「根拠は」
「もしどれかの時空や僕達を疎かにしたり、実験台として扱っていたなら、こんなに面倒なことを何十万年と続けてこられなかったはずだから」
マホガニーが答えると、カシェは『ははぁ』と満足げに笑った。
「勘ひとつで説明を終わらせない辺り、俺の知り合いとは違うらしいな」
悪い気はしなかった。
「そういえば、僕ひとりでは心配って……何が?」
「ルーから何も聞いていないのか?」
「何のこと? ……数ヶ月前、他魂系の先代もこの時代に来ていたそうだけど、何か関係ある?」
マホガニーの返答を聞き、カシェは溜息をつく。おそらくルーに向けたものなのだろうと見て取れた。
「この国を他時空の組織が狙っているらしい。お前が話していた、地球でもルーベリーでもなく、留守番中のルーの挨拶先とも別の時空の組織だろうと、俺は睨んでいる」
「……根拠は?」
「そこでそれを聞くのか?
お前は、他魂系1000代目に宛てて届いた手紙が、これまで関与して来なかった時空の物かも知れないと話していただろう?
原則この国とルーベリーに関しては、ルーの魔法によって安全な時空間のルート、即ち『時空橋』が構築されない限り、生命の時空間移動は難しいとされている。もし外部の時空が干渉しようとするのなら、俺だったら手始めにモノを使ってルートをこじ開けるね」
「……こじ開けた先で、現地の住民がそのモノを手掛かりに、更に別時空への時空橋を渡ったなら――」
マホガニーがはっと息を呑む前で、カシェはニヤリと笑う。
「あくまで推測だ」
*
カシェは、箒専用通路に仮住まいを持たなかった。
前回この時代に訪れたときは、337代目当時の居室と同じ部屋で寝泊まりをしていたからだ。今回も、仮住まいが不要だとルーが判断したらしい。
当然、内装は大きく異なっていた。間取りこそ当時のままだが、家具や小物のほとんどが入れ替わっていた。留まっていた数少ない家具は、寝台脇の小卓ぐらいだろうか。
部屋に戻ってきたカシェは、その小卓にルーからの指令書が届いているのを見つける。
指令書を開いて内容に目を通し、眉をひそめた。
「図書館会議に出席だって?」
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