時空橋編(2)
「あいつの言っていたこととテナの言うことが結びつくんなら、本部が行動を起こすとしたら1000代目の時代だろうな」
「可能性はありますね。そうすると、コーレニンの王様は手を打っていらっしゃると」
テナの声色が少し明るくなった横で、リヴィエが首を傾げた。
「そうかな? 国が危ないのに魔法族に事情を隠すなんておかしくない? ルー様も細かい所までは知らないんじゃないかな?」
リヴィエの指摘に、ふたりは確かに、と頷く。
「ルーが知らねーなら誰も知らねーよ。そこで俺達の出番だろ、リヴィエ」
「だよね、フーラル! テナさん待っててね! 僕達は時間移動の魔法でその時代に行くから!」
「……あの、私は」
「いいか、テナ。お前は本部が動くまで待っとけよ。時間と空間を同時に超えるなんて、絶対ぇするんじゃねーぞ」
「時空間の狭間に閉じ込められて危ないらしいからね!」
「……わかりました」
今すぐにでも行動したい気持ちを抑え、テナは力強く頷いた。
「そうだ。ひとつ約束をしてくれ」
「何でしょうか」
目を見開くテナに、真っ直ぐと、フーラルが告げる。
「テナが、自分を信じ切ること」
フーラルに言われた通りに呟き繰り返すと、リヴィエも嬉しそうに何度も首を縦に振った。
「僕達の信じるテナさんの気持ちを、最後まで信じてあげてね!」
*
337代目の時代 図書館
エミウル・オシャーンは館内奥の階段を上がり、先代の遺した日記の並ぶ書棚へと歩む。何十巻にも及ぶ日記の中から、迷うことなく最終巻の背表紙に手を掛けて取り出し、最後の書き込みのある頁を開いた。
読みたい記述は決まっていた。数ヶ月前、1000代目の時代を訪れるに至った出来事の、きっかけとなった書き込み。だが、記述はその直前で終わっていた。
これで、何度目だろう。何度確認したところで、書き込みが元に戻るはずなどないと、頭ではわかっているつもりだった。しかし、日記を図書館に戻したその時までは、確かに書き込みがあったのだ。
誰が消したのだろう?
何のために?
日記を書棚に戻したあの日、著者となる先代の姿を見たという記憶を、再び思い起こす。先代の姿も、最後の頁にあった書き込みも、見間違いでも記憶違いでもないはずだし、自身の願望として、そうであって欲しかった。
ふと、心の中から問い掛けられる。
これから何百年と、記憶と葛藤し続けるつもり?
一言を契機に、心の自分は捲し立てるように、エミウルを問い詰め始めた。
同じ内容を、延々と何度も反芻するの?
何百年で済むことなの?
世代交代を終えてもなお、続ける羽目になるかもよ?
確かめる方法は、すぐ傍にあるというのに?
エミウルは溜息をついて、日記を書棚に収めた。
「最初からわかっていたのね」
階下に降り、他とは区別された、曲線豊かな装飾の施された書棚の前に立つ。
縹色表紙の魂の本を取り出し、机の上で開けた。
「オシャーン。教えて欲しいことがあるの」
魂系の長である1代目は、顔に刻まれたしかめ面のまま返事をする。
「……何?」
口数少なくしかめ面なのは、相手の癖みたいなもの。長の特徴を理解しているエミウルは、躊躇うことなく本題へと移る。
「あなたが日記で触れた、1000代目の時代の出来事について知りたいの。私が関わるべきか否か」
オシャーンが微かに視線を逸らした。どう答えたものかと考えたいのだろう。
「私はずっと昔にその書き込みを読んだのだけど、関係ないことだと思っていたわ。なのに同じ世代の他の子が、その書き込みに感化されて、1000代目の時代に行ったのよ。私も結果的に後を追うことになったのだけど、あくまで持ち出された日記を取り戻すため。だけど、行った先で同じ魂系1000代目の子と会って、『関係ない』で済ませて良いのかしらと疑問に思い始めたの」
当初は目を合わせず無言で頷いていたオシャーンだったが、徐々に視線の先がエミウルへと戻っていった。
「考えを改めながらこの時代に戻ったけれど、あの書き込みは日記から消えていたの。やっぱりその出来事には関わるべきでないのかしら」
オシャーンははっと目を見開き、顔を上げて訴える。
「書き込みを消したのは、他魂系への影響を防ぐため」
彼が目に見える形でうろたえるのは珍しかった。あまりにも切羽詰まった長の様子は却って可笑しく感じられ、思わず吹き出してしまう。
「やっぱりあなただったのね。私を拒んだのではないみたいで安心したわ。直接言いに来てくれれば良かったのに」
「……臆病だった」
「私もよ。あなたに何と思われるかを気にして、動き出せずにいたの」
今の自分はきっと、似合わないぐらいに明るい表情をしているに違いない。数ヶ月前、自身をよく知る相手にも指摘されたものだ。後代との交流を通して、知らずの内に表情に豊かさが生まれていたのだろう。
「決めた。後悔なんてしないわ。
行った先で、まだ秘密を持っているあなたでも良い。
あなたの力にならせて」
つられた柔らかな笑みで、オシャーンは頷いた。
「……ありがとう」
*
西暦1909年 11月末
ヴェイスにて。時空自在取引局の本部で開かれた会議に、テナは出席していた。
他の主立った顔触れは、総長をはじめ、総長秘書、各省庁の長官達。
しばらく振りの本部というだけでも心が落ち着かないのに、同席する秘書の視線に、嫌な予感しかしなかった。
切り出された議題は、地球から千切れて生まれたふたつの時空について。
テナには事前に議題を知らされてはいなかったが、可能性のひとつとして考えていたので、ある程度の心の準備はできていた。当然、こちらから話すべきことや予想される質問の答えは事前に用意してあり、本部の者達に対して、両時空に干渉すべきでないと上手く主張できた、はずだった。
だからといって、事が上手く運ぶとは限らないらしい。まるでテナの言葉を信じられないとでも言いたげに、どうにも彼らの反応がすっきりしないのだ。
釈然としないまま秘書の方を見ると、歪んだ微笑を浮かべて総長に耳打ちする姿が目に入った。
「ミイラ取りがミイラになったのかもよ」
囁き声ではあったが、はっきりと聞こえた。
*
西暦2006年
再び、テナは取引局本部での会議に出席していた。
他の顔触れは、総長と秘書だけ。
秘書のデニアから、第一声から恨めしさを込めた言葉を投げつけられる。
「しぶとく生きていたみたいね」
その時点で心が折れそうになるが、テナは淡々と返事をする。
「長命系種族の宿命ですね。止衰の血が入っていると、なかなか引退のタイミングも読めないものです」
「随分大口を叩く様になったじゃない。私も一緒だけど」
彼女は長命止衰族だった。テナと異なり短身の血は入っていないので、人間で言うところの30代辺りの外見のまま生き続けていた。
「あんたが引退しようと、生きている限りは計画を動かし難いと思っていたのよねぇ」
と、彼女が溜息交じりで吐き零す。
「あなた方の懸念するリスクとは私自身でしたか」
「そうよ。だけど私にもあいにく寿命があるのよね。あんたに命を落とさせて不審に思われるのも不本意だし、気長に待っていたらこの様よ。どの道あれらの時空には、ヴェイスや他の取引先の常識が通用しない。周到に準備するに越した事ないわ」
「そこまでして両時空を求める理由は何ですか?」
「わかっているはずよ。ふたつの時空について情報を集め続けた、あんたならね」
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