時空橋編(1)


  西暦1909年 12月 

 長靴半島某所にある、時空自在取引局。
 この施設は地球を訪れる者達や、地球を去る者達の旅を手助けする役割を担っていた。
 ある時は、質屋の側面から。
 またある時は、観光案内の側面から。

 そんな施設、通称『取引所』を建てたのは、地球でもルーベリーでもコーレニンでもない、ヴェイスという大きな世界。
 なんでも、他のあらゆる世界にも時空を超えて取引所を建てて、ヴェイスの者達を送っているのだそうだ。
 とはいえ、見境なく手を出しているわけではないようだ。あくまで『文明の興ったことのある場所』に限定して、自世界と繋げているらしい。

 たったひとつの条件を満たしたことで、長靴の足首の辺りにも支局が建てられた。完成から千年以上を経て、今日も目立たない程度に、しかし途絶えることなく利用者が訪れていた。

 そして昼下がりの今、局員の従業員寮にも来客があった。

 外階段を上がったふたりの『子供』が玄関扉を軽く叩くと、すぐに『どうぞ』と声が掛かる。
 取手を掴んで引き寄せるのと、向こうから扉が押されるのは、ほぼ同時のことだった。
 開いた扉の向こうから、とても部屋の主と言うには無理のある『子供』が、苦笑交じりでふたりを迎えた。
「驚かせてしまってすみません。お越しいただきありがとうございます」

 部屋の主は、この取引所の中で最長の在任期間を誇る魔法使いだった。外見が幼いのは種族によるものだそう。
 初めて会った時、彼はこう自己紹介した。
「外時空物金取引担当、テナメリウェ・パシフットと申します」
 後にテナと呼ばれる彼は、すぐに仕事上での関わりを超えて、ふたりと余程親しい仲を築いていった。
 そのふたりというのが、コーレニンから来た客人達。こちらも種族的な理由により、外見は幼いままだった。
 ひとりは、よく目立つ黄橙の短い癖毛に、透き通ったターコイズブルーの瞳をもつ、フーラル・ウェイウィーア。もうひとりは、同じく目立つ黄緑の三つ編みを帽子に隠し、桃紫の大きな目で楽しそうに笑う、リヴィエ・シューナ。共に、『魔法族』と呼ばれる存在だ。
 相対するテナがもつのは灰紫の短い巻き毛と、同じく灰がかった青色の瞳。客人ふたりほど目立つ色ではないものの、雪国を思わせる色調がこの土地で人目を引くのはままある事だった。

 テナはふたりを部屋に招いてソファへ促すと、
「ユン・ク・ホウユ」
 と唱えながら杖を振った。その呪文が結界を張る呪文だと知るふたりは、思い掛けない展開に言葉を失う。
「さて」
 ふたりの正面に置いた椅子に腰掛けるテナ。先程までの笑顔を消し去った彼は、半ば訴えるように告げる。
「今から私がお伝えするのは、関係ない方に聞かれては不都合な話です。貴方達を寮に呼んだのはそのためです」
 普段の取引では見たことのない、緊張すらも感じられる姿がそこにあった。言うべきか言わざるべきか、ぎりぎりまで悩んだのだろう。一瞬だけ躊躇う素振りを見せてから、彼はこう続けた。
「取引局本部がコーレニンとルーベリーを狙っています」

 思わぬ言葉に相手のふたりは目を見張る。
 そしてリヴィエが身を乗り出して尋ねた。
「すぐにヴェイスの人達がふたつの時空に来るの?」
「わかりません。ヴェイスが目を付けていたのは、遅くとも998代目の時代からでした。地球の時間で何百年も過ぎているというのに、両時空を狙うにしても様子見の期間が長すぎるんです」
 横でフーラルが溜息をつく。
「で、今になって俺達に打ち明けたのには理由があるんだよな?」

「ええ、本来なら隠し通すつもりでした。不穏な空気をふたつの時空に与えるわけにはいきませんからね。
 私も本部が諦めてくれるようにと、送る情報を選別して、ヴェイスが両時空またはどちらかに取引所を設ける労力に、現地で得られるモノの対価が見合わないのだと装っていたんです。
 しかし、本部は可能性に賭け続け、つい先日に本格的な実行が決められてしまいました。先程お伝えしました通り、行動に移すまでの期間は数々の前例でも大きく異なるため、何とも言えないのですが」

「リスクをできるだけ潰しておきたいってか。テナは俺達に何をして欲しいんだ?」
「もし999代目にヴェイスが行動を起こすことがあれば、私と一緒にコーレニンとルーベリーを守っていただきたいんです」

「……お前、ヴェイスを裏切っても良いのかよ」
「私が本部の方針に賛同していたら、とっくにふたつの時空を売り払っていましたよ」
 そう笑って、テナはひとつずつ打ち明ける。
 体格の特性上、魔法族に親近感を抱かせて油断させられるだろうと、コーレニン担当に配属されたこと。
 それに伴い、コーレニンやルーベリーの情報を入手した上で、本部への報告を求められていたこと。
 最初は何も知らずに配属されたが、メイボセに感化されて、当初の時点で本部の方針に背くと決めたこと。
 配属を外れると却って両時空を守れなくなると考え、今の立場に居続けたこと。

「ですが、私の力だけで彼らを防ぎきれる可能性は薄いでしょう。だからおふたりに協力を依頼したいんです。それに本部が行動を起こすまで私が生きているとも限りませんから。もちろん、危険を伴うので無理にとは言いません。私の勝手な言葉ですので」
「つってもな―。どっちにしてもふたつの時空が危なくなるんだろ? 俺は別にコーレニンがどうなったって構わねーんだけどさ」
「えー!!」
 すぐさまリヴィエが抗議すると、フーラルは『ほらな』と言わんばかりに溜息をついた。
「こいつも外に出てばっかりだけどコーレニンが好きなんだよな。テナだって、俺達の行ったことのないルーベリーまで引っくるめて好きだっつってくれた。だったら守るしかねーだろーが」
「ご協力いただけるのですか?」
「当然だよ! テナさんのこともコーレニンも、どっちもよく知っているのは僕達ぐらいだからね!」

 フーラルは少し考えてから口を開く。
「時期については心当たりがあるんだけどさ」


  西暦1730年

 時間移動魔法と、空間移動魔法。ふたつの魔法は、魔法族達の間で独特の位置付けをされていた。
 その内の空間移動は、大きくふたつに分けられる。
 ひとつは、コーレニン内での移動。
 もうひとつは、コーレニンから他時空への行き来。
 フーラルとリヴィエは、後者の空間移動魔法を使って地球を訪れていた。

 それぞれの空間移動の魔法や、時間移動魔法は規模が様々だが。引っくるめて『時空間移動魔法』と言い表されるこの魔法には、『適した場所』が定められていた。
 小部屋の様相を呈したそれはコーレニン各地に点在し、国内での空間移動は、その小部屋同士の移動を指し示していた。
 『小部屋』と言いつつも、実際には仕切りのない、廊下に開けられた空間だった。
 しかし例外は付き物で。南西部にある『小部屋』は、廊下から入れなくするために壁が設けられていた。

 その『小部屋』は、フーラルとリヴィエの居室の間にあるので、ふたつの居室からしか入れない。
 それは近い世代によってもたらされた変化ではあるが、そんな情報を気に留めるでもなく、各居室の主であるふたりはその『小部屋』で、何でもない時間を座って過ごしていた。
 薄暗く、寒色のタイルで埋められた、無機質な空間。
 彼らは壁にもたれて、ただ宛もなく、眼前の壁を見つめていた。時折、下の方で腕を組むフーラルの溜息が、静かに消え入った。

 どれだけそうして過ごしていたのだろう。だからと言って、立ち上がって何かをしようとは思わない。隣のリヴィエも同じなのか、まるで身体を動かす気もないまま、杖の先端の硝子玉越しに壁を見つめ始めた。
「何か見えたか?」
「壁があるよ?」
「そらそーだわな」
 ぽつりと言葉を交わしたその時。

 壁の向こうから突然、
「つ、着きましたか?」
 という甲高い声が聞こえた。

 ふたりは一旦顔を見合わせてから、壁の方を注視する。
 すると、今度は同じ場所から、
「まぁまぁ落ち着こうか。外に出て確かめないとわからないよ」
 という、少し掠れた穏やかな声が聞こえた。

 リヴィエが大きな囁き声で『お客さんかなあ!?』と慌てる横で、フーラルは眉をひそめる。
 まさかとは思ったが、二度目に聞こえた声には覚えがあったから。

 徐に、眼前の壁が横に滑って僅かに開いた。どうやら引き戸だったらしい。扉の向こうには更に壁が見え、二重構造だったことが初めて明かされる。
 引き戸の後ろから、見慣れない顔が覗いた。肌が青く、髪もひとつの塊に見えて、驚くには充分すぎる要素が詰まっていた。一方で、相手はまるで平然としており、魔法族には慣れているらしかった。
 そんな彼女が躊躇いがちに尋ねる。
「あの―、あなた方は1000代目の方々ですか?」
 世代の仕組みを知っていた。コーレニンの住民は魔法族と精霊ぐらいなので、彼女は魔法族に慣れているどころか魔法族なのかも知れないと思えてきた。
 彼女の質問にリヴィエが、
「999代目だよ?」
 と、即答する。相手は少し戸惑ってから、
「ありがとうございます」
 とだけ残して首を引っ込めた。

 すぐに引き戸の向こうから話し声が聞こえた。

「どうしましょうサントさん。999代目ですよ!」
「聞こえていたよ、プナハ、落ち着いて落ち着いて」
「どどど、どうすればいいんでしょう……?」
「また時間を計算し直して、移動し直せばいいんじゃないかな。じゃあ戻ろうか」

 フーラルは更に眉を吊り上げる。
 まさかと思ったことは本当だった。彼の声は、『魂の本』を通じて聞き覚えのある声だったのだ。

 元の時代に帰ろうとする彼らを、『待て』の一声で引き留める。
 横からリヴィエが、
「どうかしたの?」
 と、尋ねるが、今は律儀に答えている場合ではない。フーラルは相手の答えをわかっていながら、魔法族間で使われる定番文句を、引き戸の向こうに投げかけた。

「お前ら…… 何代目だ?」

 すると、先程とは別の魔法族が姿を現した。
「337代目」

 朱橙の癖毛。金色の瞳。頬のそばかす。落ち着きある微笑み顔。一方的に見知った先代の姿と、思い掛けずに対面するなんて。

 フーラルは、どうして相手がこの時代に来たのかと詰め寄りたい気持ちで一杯になった。しかし、同行者が、1000代目の時代かどうかを先に自分達に尋ねたので、彼らの用事はここにはないのだと推測できた。
 遠い未来の出来事に、自分達が首を突っ込む必要はないのだろう。その内容を知る必要もないのだろうし、そもそも知ってはならないのだろう。
 心の中にくべた炎が徐々にしぼんでいくが、燻り続ける感情が目元に現れていたらしい。相対する先代の眼差しにも、珍しく緊張感が湛えられていたからか。プナハと呼ばれた彼女とリヴィエが、固唾を呑んで見守りながらも動揺を隠せない様子が感じ取れた。

 先代が、静かに伝える。
「今、僕は君のことを知った。魂の本を開けば、事情とかそういうのは全部話すと思う。とりあえず今は──……これでいいかな」

 後日、フーラルは図書館で魂の本を開き、件の先代から聞いた。
 かつて1代目の魔法族達に向かって、1000代目の時代に何かが起こるとルーが告げたこと。
 それにより、1代目の者達が『最後の指令』として、その時代に赴いたこと。
 この二点について、1代目・オシャーンの遺した日記に記されていたこと。
 すぐにオシャーンの日記の並ぶ書棚へと向かい、日記に目を通すが、先代の話していた書き込みは見当たらなかった。

 どれだけか後に、再び彼が999代目を訪れる機会があったので、聞いてみた。彼は、確かにその書き込みを読んだと話していた。加えて知らされたのは、1000代目の時代をその目で見てきたということ。
 何度もこうして他世代を訪れる彼のことだ。きっと、ルーの話していたという出来事にも立ち会うつもりなのだろう。それらを踏まえた上で、あくまで自分にとっては関係ないので、その出来事に関与するかは分かりかねると告げた。
 とはいえ、完全に突っぱねるのは、なぜだか気が引けたから。
「もし、万が一、首を突っ込むようなことがあったら、」
 ゆっくりと手を差し出す。
「その…… よろしく頼む」

「もちろん。任せて」
 しっかりその手を包んでくる彼の両手は、とても温かかった。



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