異世界ルポルタージュ  プロローグ



コーレニンは、1つの宮殿のような世界である。
つまり、住民は皆1つの建物に住んでいるといっても過言ではない。
一人一つの部屋を好きずきに選び、そこに住み着く。
中には引っ越しをする者もいるらしいが。
因みに、住民は宮殿の外に出たことがない。

扉がない。窓もない。

強いて言えば「丘の部屋」「草原の部屋」云々はあるのだが、あくまでも「部屋」である。
空は見えるものの、それは本物ではない。
何処か高い場所に必ず天井があるのは、誰もが無意識ながらも知っていることだった。

全く関係のない補足だが、コーレニンはもともと地球だった。
それはずっとずっと昔のことである。
何かの原因で時空がぷっつんと千切れて、現在に至る。
そのせいか、コーレニンの住民達は多かれ少なかれ地球に興味を抱いている節もあった。


西暦998年。コーレニン南西部の某部屋で、この関係無い2つのことが一つとなった。

その部屋の中で沢山の紙が床に落ちる音が聞こえた。そして仕上げに箱が落ちる重い音。
隣の部屋に住むフーラルは、暫くその部屋側の壁を見つめ、溜息をついて立ち上がり、自分の部屋を出る。
例の部屋の前で立ち止まり、ノックも無しにドアノブを回す。

扉が開いたことに気付いた住民は、笑顔で振り返った。
「あれフーラル、どうかした?」
フーラルはすっかり呆れて言い放った。
「リヴィエ、お前なぁ…どうかしたのはお前のほうだろうが」

フーラルとリヴィエは、それぞれが今の部屋に住む前からの友人である。
コーレニンの住民が部屋探しをするのが5歳前後なので、こちらの世界でいう「幼稚園時代からの幼馴染み」だ。

床にぺたんと座るリヴィエを囲むように、巻いた紙がたくさん転がっていた。
彼のすぐ脇に落ちた箱と、リヴィエが片手で頭をさすっているのを見て、フーラルは思う。
――あいつ、頭の上に箱を落としたのか。

「ちょ、何可愛そうな人を見る目でこっち見てるの?!」
手をぱたぱたと振るリヴィエをじっと見て、フーラルはまた溜息をつく。
「だいたいさぁ…なんでお前そんな物を漁ってんだ?」
不満そうにしていた顔から一転し、リヴィエは喜々として言った。
「これね、ただの紙じゃないんだよ!」
「あ?」
リヴィエはいそいそと紙の1つを広げ、読み上げた。
「『ローマ。大きな橋を見つけた。これは目印になる。
  同じような建築様式の建物が国内に幾つもあった。
  その中の一つについて、近くのお爺さんに尋ねた。パンと見せ物…パンって何?』」

「パンは小麦粉から作る欧州の主食だが――」
「違 う ! 最後のもこの紙に書いてあったの!!
 それにしても、文献から書き写しただけじゃこんなに書けないよ。これ…ルポだよね?」
リヴィエの質問に、フーラルはしばし考える。
何か言おうとしたところで、興奮しきったリヴィエが続けた。
「これ、地球のルポだよね! 凄いよ!
 コーレニンの規則を約1000年に渡って無視し続けたんだよ?!」
「あ―… 『コーレニンの外に出て1年以内に戻って来れなかったら魔力が消える』ってやつか」
リヴィエは大きく頷く。
「しかも、コーレニンの外に出ただけでも凄く罰せられるそうだよ!」
フーラルは、生き生きと話すリヴィエに引っ掛かるものを感じた。

「…お前さぁ、何故そんな規則あるか知ってるのか?」

リヴィエはぱたぱたと振っていた手を止める。
「…へ?」

「何故コーレニンから出たらいけない? お前考えたことあるか?
 俺は思うんだけどさ、そんな規則は要らね。
 魔法が地球に漏れることを恐れるルーの気持ちも分からなくはない。
 だけどさ、それがどうして『コーレニンから出たらいけない』に繋がるんだよ?」

間に言葉を挟む隙も許さずに続けられるフーラルの言葉を、リヴィエは黙って聞く。
言い返す言葉が思いつかないにも関わらず、何かを言おうとして口を開いては躊躇うことを繰り返しながら。
そんなリヴィエの様子に気付きつつも、フーラルは更に言葉を続ける。

「お前さ。行きたくなったんだろ? 見てーんだろ? 地球ってもんをさ。
 本当は、規則を無視したとかどうでもいい、ただそのルポとやらに書かれたことが気になった。  それだけだろ?」

はっとしたリヴィエは、先刻より更に大きく頷いた。
言いたい言葉に辿り着いて、迷いの無くなった顔つきで。

「見たいよ! 此処よりもずっとずっと広いんだよね?
 空って本当にあるの? 夜に星と月が見れるって本当なの?」
「此処には無い植物もわんさかあるだろーな」
「!!」
「…そのままホウレイ線戻らなくなるぞ」

フーラルはリヴィエの顔の前で手を揺らす。
リヴィエ本人は、目を輝かせて遠くを見つめていた。

やっぱりこいつはどうかしていると思いながらフーラルが周りの紙を箱にしまい始めた音で、リヴィエは我に返る。
「そうそう、確かこっちのに書いてあったんだけどね…あったあった。
 『これに興味を持ったひとは、フッセの魂系の本を開いてね♪ byメイボセ・フッセ』」
「…それで?」
「凄いテンションだよね!」
「違うだろ? ところで、俺はウェイウィーア、お前はシューナの魂系で、フッセの本開けられる奴はこの部屋にはいねーけど」
「フッセの魂系の999代目のひとに頼むのは? …名前何だっけ?」
「却下。会わねーし、名前だって知らね」
リヴィエは再び手をぱたぱたと振り始める。
「え―、じゃあ移動方法とか分かんないじゃん―」
「その長い杖持ったまま手ぇ振るな! だいたい魔法なら何とかなるだろ」
「そうかなぁ…」


 1年後


「…何とかなっちゃったね!」
「だから言ったろ」
「魔法を掛ける場所も、何とかなっちゃってるしね!」

2人はこの1年間を書物で調べたり、良さそうな魔法を試したりすることに費やしてきた。
魔法は頻繁に試すものの、一度も成功しなかったが。

「まさか俺とお前の部屋の間にこんな場所があったなんてな。
 2人の部屋からしか入れない。他の奴らに見つからなくて良いな」
「とにかく、この魔法試すのは初めてだから、失敗する可能性あるよ…」
「何度もそうだったろ」

フーラルとリヴィエは、それぞれの魔法道具をもう一度しっかりと握る。
そして、お互いに確認をとる。

「リヴィエ、杖魔法を掛けれるの、お前しかいねーからな?」
「フーラルこそ、弓矢の腕なまってないよね?」

お互いの確認に、お互いが答える。

「大丈夫だよ、あとは呪文を唱えるだけ」
「数式魔法を矢の形に変えた。こっちも準備よし」

リヴィエは呪文を唱え、二人が立つところにポイントができた。
そこにフーラルが弓を引き、矢を刺す。

その瞬間、ポイントから一気に光が溢れ出した。
暫くしないうちに光はおさまり――

「ねぇフーラルうぅぅ――……成功したよねぇぇ……?」
「うるせー話し掛けるな。魔法は成功した、確かに地球だろーな此処は。こんなに風が吹き荒れるものなのか。あぁどうしたことだろーな全く」

「フーラル… …怖い?」


――彼らは塔の上にいた。
  激しく吹く風で、異常に流れの速い雲の下で。


西暦999年 イタリア半島某所。





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